第57話 アンジェネリックナーセリー
6本の長い触角で一方的に攻撃してくる紅白エビのラスティアンに対し、
ゾデは弓を持ってきた。
早速アンジェロッドと融合させ、1発2発と矢を放つ。
最後の3発目を放つ瞬間、俺の腰に抱き付いていたメツェンさんが一言。
「私と2人で旅に出て!」
「えっ?」
「見よ!」
女王が叫ぶ。
最後の矢がダメ押しとなり、
既に半分以上千切れていた紅白エビの頭部が完全に切り離された。
大きいので落下はゆっくり。
『ドォォォォオン』
頭部の重量が大地を揺るがす。
そして閃光の後、アンジェネリックアローは元の弓に戻っていた。
矢を使い切ったからか。
「これで攻撃は封じられた!
じゃが弱点のコアをを破壊せねば!」
「もう一度その弓を使えないのか?」
「……ダメですね」
試しにアンジェロッドで木の弓をつついてみたが、全くの無反応。
こんな所まで原作再現しなくても。
「すると僕のこの鎧も……」
「何か武器にな理想な物はないですか?
割と何でも良いんです。
マジックアロー習得に使ったあの魔法具とか……」
この場の全員に目を走らせる俺。
女王と目が合った時、彼女は八重歯をむき出しにした。
「あれは大事にしまっておるわ!
どこぞの阿呆のお陰でな!」
「女王! それはお許しになられた筈!」
いきり立つ女王をゾデが宥めている。
「メツェンさんはなに、か……」
メツェンさんは未だ俺の背後にいる。
抱き付きくのをやめて、何か紙のような物を広げて見ていた。
ただの紙じゃ流石に融合できなさそうだ。
「メツェン、それは?」
「保育園の企画書よ」
「巨大なラスティアンを相手にしておると言うのに。
全くもって呑気な娘じゃ」
「だって、シツちゃんが守ってくれるんですもの。
ね?」
ドキッ。
「ええ、まあ……」
「シツちゃん、ゾデから話は聞いてるわ。
あなたがラスティアンを呼び寄せてるかも知れない事。
私が好きだから、私を守る為にここを離れられないって事も」
「……ゾデさん?」
俺はゾデを細めた横目で見る。
当の本人は、女王と2人で話し込んでいた。
「シツを投げ付ければ良いのではないか?
「投げて、その後は?」
「内部に入り込んで……」
「シツちゃんさえその気なら私はついて行くわ。
ううん、私もシツちゃんは旅に出るべきだと思うの。
あなたの力でこの世界を平和にして欲しい。
私達の子供の為にも」
「勿論……って子供!?」
下腹部を愛おしげにさするメツェンさん。
そう言えば生ハメだったような。
俺……パパになっちゃうの?
未成年の引きこもりなのに。
「シツちゃん。
この保育園の完成を見られないのだけが、私の心残りなの。
素敵な保育園にしようって、みんなの想いがこの紙に詰まってるのよ」
メツェンさんが俺に紙を見せてきた。
ザックリとした間取り。
花や木を取り入れた華やかな看板。
花壇なんかも作るらしい。
何人もの子供が、無邪気な笑顔で走り回っている。
「この目で見てみてたかったわ。
シツちゃんの子供専用の保育園を」
メツェンさんは紅白エビそっちのけで、遠くの朝焼けを見つめている。
嬉しいの悲しいのかどっちつかずな、ちょっとくたびれた感じの笑顔。
必要は発明の母と言う。
俺は閃いた。
「……なら、見せてあげましょうか?」
「シツちゃん?」
俺はメツェンさんの手から保育園の企画書を取り上げた。
空いている左手でアンジェロッドを大袈裟に振り上げる。
こんなの原作でもやってないが、やって見なくちゃ分からない。
みんなの想いを形に……出来るか!?
「きゃ!」
成功。
これまで行ったどの融合よりも強い閃光が俺達を襲った。
数秒後、恐る恐る目を開ける。
「……笛?」
俺の左手にはアンジェロッドのデザインをベースにした、
手のひらサイズのホイッスルが1つ。
この何とも言えない結果に疑問を感じていると、
いつからか辺りが影に覆われていることに気付く。
「これは何じゃ!?」
見上げると、頭上数メートルに大きな雲が浮かんでいる。
俺達に影を落としているのがこれだった。
「シツちゃん、それ笛よね?
吹いてみたら?」
「シツ、ラスティアンが再生し出したぞ!」
ゾデの言う通りだ。
紅白エビの胴体と地に落ちた頭部、それぞれの断面から肉の柱が伸び、
互いを結合させようと揺らめいている。
「シツ! 早う何とかせい!」
「はい!」
鼻から大きく胸一杯に息を吸いホイッスルを咥えた。
ぶっちゃけ訳分かんないけど、元々原作でも出たとこ勝負だ。
『ピーーーーーーーーーッ』
何かの始まりを思わせる、澄んだ高い音色が響き渡った。
「……何も起こらないわね」
「遊んでおる場合か!
ゾデ! シツを投げよ!」
「しかし……うおっ!?」
『何か』が真上に降って来たせいでゾデが倒れた。
その、まばゆい黄金色の『何か』は手をついて立ち上がり、パタパタと走り出す。
俺の腰にも届かない身長の『何か』は、紅白エビを目指しているようだった。
「あれは……子供かしら?」
「あの雲から降って来たのか?」
「シツ、どういう事じゃ。
わらわに説明せい」
「分かりません。
でもアンジェロッドが融合したんですから、これも武器になるはず……」
「まただ!」
ゾデのすぐそばに、また金ピカの子供が降って来た。
それだけじゃない。
次から次へと子供達が降って来ては立ち上がり、真っ直ぐに紅白エビへと走って行く。
「5、6、7、8……まだ増えるみたい」
「シツ、もっと吹いてみるんだ」
「え? はい……」
俺が再度ホイッスルを吹くと、子供の落下するペースが上がった。
「25、2627、28……数え切れない!」
俺はポケーッと子供達の背中を見ていた。
融合自体は成功してるんだが、これって……?
「ラスティアンの再生が終わった!
また触角攻撃が来るぞ!」
ゾデの予想に反し、紅白エビはハサミを振り下ろした。
リーチ外の俺達ではなく、自身に迫る子供達がターゲットのようだ。
「ああっ!」
メツェンさんの悲鳴が上がる。
巨木のように太い紅白のハサミが大地に突き刺さり、
金ピカの子供達が散り散りになった。
しかしダメージなどはないのか、すぐにまた突撃して行く。
「……ハサミを登ってる!」
「あの子達、ラスティアンを攻撃しようとしてるんだわ!」
「吹け! シツ、もっと吹くのじゃ!」
状況が掴めた途端にこれか。
調子の良い女王だ……と思いつつ、俺は再三ホイッスルを吹いた。
子供達の数、もう百人は超えただろうか。
「ラスティアンが動くぞ!」
紅白エビが脚を上下させて旋回。
触角で地面をなぎ払い子供達を一掃する。
突然、そこに猛烈な吹雪が放たれた。
咄嗟に女王の方を見る。
彼女が前方に突き出している両手から吹雪が噴出され、
氷結によって紅白エビの触角は地面に固定された。
「うぐ!」
「スカルベルちゃん!?」
爆乳を押さえて倒れる女王。
メツェンさんが駆け寄り、回復魔法の詠唱を始めた。
「女王!」
「言ってたじゃないですか! 吹雪はカラーが違うから負担だって!」
「ラスティアンの殻は堅牢。
じゃが、あれ程の巨体であれば、隙間も生まれよう。
これで、あの触角を子供達が登り、ラスティアンを……倒してくれるじゃろう。
わらわの、苦痛など安い物……」
『ピーーーーーーーーーーーーーッ』
女王の自己犠牲にいたたまれなくなり、
俺はこれまで以上に強く長くホイッスルを吹いた。
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