第56話 VSオトヒメエビ
混浴の露天風呂にて、俺とメツェンさんが2人きり。
メツェンさんが背中を流してくれるそうなので素直に従う。
旅立つか否かをゾデに聞かれたと口に出すなり、俺は彼女に押し倒される。
『否』と告げると彼女は安心し、更に何かを言いかけた。
が、ラスティアン襲来を告げるゾデに遮られる。
床が濡れているせいもあり、大慌てなゾデは物の見事に転倒。
……滑稽だけど笑ってる場合じゃない!
俺はタオル一丁のままゾデに引っ張られ、アンアンコスの為に自室へと戻る。
あれを着てないとAAとして戦えないからね。
ウィッグも必要だろうから、これだけはちゃんと持ってきた。
「ゾデさん、ピトセは?
あいつだってAAでしょう」
「まだ眠ってるのかも知れない。
ピトセの事は女王とメツェンに任せよう」
「……あの、ゾデさん。
あっち向いてて下さい」
年中フルメイルのゾデには分かんないだろうけど、
男だって恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよ。
「安心しろ。
目は閉じてるから」
「その兜じゃ分かりませんって!」
俺は的確にツッコミを入れつつ、白ニーソに足を通した。
「シツ、今回のラスティアンは巨大だ。
生身では厳しいだろうから、何か武器になる物を持って行った方が良い」
「ゾデさんの剣や鎧で十分ですよ」
と、勢いで言ったものの実は不安材料がある。
原作におけるアンジェロッドの融合は、同一の物体に対して一度しか行えないのだ。
やってみないと分からないけど、それなら平時の内に色々実験しとくべきだった。
「僕はそう思えない。
今回のラスティアンは中距離攻撃を得意とする。
接近戦では分が悪いだろう」
……よし、服はオッケー。
後はウィッグだが、これが一番手間取りそうだな。
まずはネットを被る。
「シツを地上に送ってから、使えそうな武器を探しておくよ」
「分かりました」
「……シツ」
「何ですか?」
「やはりお前はここを出るべきだ。
メツェンの事を想うなら尚更な」
ゾデの進言に俺はイラっと来た。
ヘアピンを持つ手を止めてゾデを睨む。
向こうは目ぇ閉じてるんだったか。
「……俺がラスティアンを呼び寄せたって言いたいんですか」
「率直に言ってその通りだ」
「もし違ったら?」
「その時は……ピトセに任せ、この地下で耐え忍ぶしかない。
シツの恋人であるメツェンもな」
ゾデには悪いが既に結論は出ている。
俺はウィッグのセットを再開した。
「そんなの考えたくありません。
俺は残ります」
「それなら別の提案をしよう。
メツェンを連れて2人で旅立つと言うのはどうだ?」
「それは……それは、メツェンさん次第です」
ゾデが沈黙した。
俺も自分のやるべき事に集中するとしよう。
「……よし!」
装着完了。
これで俺は魔法天使アンアンになった。
勿論アンジェロッドも忘れずに。
「終わったか?」
「はい。
ゾデさん、いつものお願いします」
ゾデは出口を向いて俺に背中を見せ、膝を折った。
俺が体重を預けると、ゾデは『いつもの』爆走を始める。
右へ左へと地下道を迷い無く進み、あっという間に地上へ出た。
ゾデタクシーから降り、天井の蓋を押し開ける。
「どこで……ってうわぁ!?」
朝日を覆い隠すそれを一目見るなり、俺は驚愕した。
ハサミや脚が細長いエビタイプのラスティアン。
ざっくりとした大きさは以前倒した毛ガニに勝るとも劣らない。
ただ、重量感に関してはあちらが上。
「強烈なビジュアルですね……」
この一言に尽きる。
ハサミと体が赤と白の太い縞模様なのだ。
脚の倍以上に長い6本もの触角は、何かしらの怪獣映画を思わせる。
不意に、その内1本が俺達へと振り下ろされた。
「来るぞ!」
体に対して細く見えたこの触角。
いざ間近に迫ると、抱き枕に出来そうなくらいの太さがある。
『ガギィン』
鞭のような触角攻撃が謎バリアーに防がれた。
ゾデの言ってた中距離攻撃ってこれの事か。
このエグいリーチで毎回足を止められてしまうと、確かに接近戦は厳しいな。
「じゃあ僕は武器を!
あまり無理するなよ!」
俺を地上に送ってから武器を探しに戻るとの宣言通り、
ゾデが地下に消えた。
それまでの間、俺は謎バリアーで民家を守るとするか。
……既にかなりやられてるけど。
「がうー!」
鳴き声の方を見ると、10数メートル程離れた場所にピトセが立っている。
俺が使ったのと別の場所から出て来たんだな。
二足歩行にも慣れたのかとか思ってたら、すぐ四つ足になった。
「がうがうー!」
彼女の蹴りを警戒して俺は身を守ったが、ピトセは俺をスルー。
脇目も振らず紅白エビに突撃して行く。
目で追うと、そこに紅白エビの触角が横薙ぎに飛んで来た。
しなり具合を見るに俺には当たらなさそう。
「がう!?」
右から迫る触角に気付いたピトセ。
易々と飛び越してみせたが、着地した隙に別の触角が。
野生児でも6本の同時攻撃を避けきるのは無理だろう。
だが、AAには謎バリアーがある。
俺は特にピトセの心配などしなかった。
『バリィン』
「うがぁー!」
「えっ!?」
いつもと違う音の直後、ピトセは触角の下敷きになっていた。
何だ今の音。
ガードブレイクでもしたってのか?
「ピトセ!」
俺はピトセの元へと駆け出した。
いくら嫌われてるからって同じAAだ。
放っては置けない。
「ピトセ!」
ピトセは目立ったケガや出血こそ無いが、思いっ切り地面に埋まっている。
漫画やアニメみたいな絵面だが、これっぽっちも笑えない。
「うがう……」
意識はあるみたいだ。
俺はピトセを抱き起こそうとして、彼女の腰と地面の間にに手を入れた。
「う……重い」
ピトセが重いんじゃない。
言っても推定小5ロリだからな。
俺の腕力が無さすぎるんだ。
女装の為に筋肉を落としてるのが仇になったか。
「ピトセちゃん!」
背後からメツェンさんの声。
振り向くと、こっちに走って来るメツェンさんと目が合った。
露天風呂ではタオル1枚だったけど、今はいつも通り緑の服を着ている。
「メツェンさん!?
危ないです、逃げて!」
「でもピトセちゃんが!」
背後に気配を感じてチラリと伺う。
紅白エビの触角が斜めに振るわれていた。
メツェンさんを守らないと。
足を止めず俺達との距離を縮めるメツェンさんに、俺はガバッと飛び付いた。
「きゃ!」
『ガギィン』
謎バリアー成功だ。
ピトセは1発目で駄目だったが、俺は普通に2度防いだ。
これは一体何の差だろうか。
「メツェンさん逃げて!」
俺はメツェンさんから飛びのき、紅白エビと対峙する。
しかしメツェンさんは俺の忠告を無視してピトセに近寄った。
「メツェンさん!」
俺が怒鳴ってもメツェンさんは動じず、ピトセの側にしゃがみ込んだ。
両手をピトセの胸に重ね、ブツブツと小声で呟く。
メツェンさんは回復魔法を使えるとゾデが言っていた。
あれはその詠唱だろう。
「もう!」
紅白エビの触角が来るので、俺はメツェンさん達の前に出た。
いつものガード音と共に触角が弾かれる。
ピトセがやられたのは、あの紅白エビが特殊だからって訳でもないらしい。
「ピトセちゃん、もう大丈夫よ!」
「がう?」
メツェンさんの回復魔法が効いたらしく、ピトセがひょっこりと起き上がる。
胸元が破れ、見えてはいけない薄桃色がチラ見えしている。
ピトセは推定小5だけど、男の俺よりは胸あるんだよな。
「シツ!」
「ゾデさん!
良い武器ありました?」
ゾデと女王が俺の横に並ぶ。
「……って、何で女王まで?」
「わらわには魔法がある!
トドメは刺せずとも戦力にはなろう!」
「シツ。
これを使え」
「これは……弓?」
ゾデから木製の弓を受け取った直後、紅白エビの触角が2本同時に向かって来た。
俺はメツェンさん達の前に出て盾となる。
ゾデは傍の女王を抱き上げて大ジャンプし、触角をかわした。
「メツェンさん、ピトセを連れて逃げて下さい!」
「……嫌!」
俺はネックレスからアンジェロッドを取り外しつつ、
肩越しに背後のメツェンさんを見る。
「何で!?」
「シツちゃん、お願いがあるの!」
「後で聞きます!
目を瞑って!」
ゾデから受け取った弓にアンジェロッドを突き立てる。
恒例の激しい閃光だ。
……目を開けると、弓のデザインが大きく変化していた。
純白の翼を繋ぎ合わせたような本体。
弦は特殊で、小さな光輪を鎖のように繋げたものになっている。
安直にアンジェネリックアローと命名。
矢もセットだが3本しかない。
「それで弱点を射抜くんだ!」
「どこかも分からないのに……」
「シツちゃん!私を守って!」
とりあえずそれっぽく弓を引いていると、腰の辺りにメツェンさんが抱き付いてきた。
そんな事お願いされなくても、俺は喜んでメツェンさんを守りますよ。
ピトセと一緒に逃げて欲しいってのが本音ですけど。
「がう!」
敵が大人しくしてるからか、ピトセが再度紅白エビに突撃して行く。
メツェンさんが「待て!」と叫んだ瞬間、ピトセは停止した。
「犬かよ」
「ピトセちゃんは逃げて!」
「がうー……」
ピトセは不満げな声を漏らしつつ、反転して走り去って行く。
俺の言う事もちょっとは聞いて欲しいんだけど。
「シツ!
はよう攻撃せい!」
「でも弱点が「つべこべ言うでない!」
いちいち気に障る女王だ。
俺は左目を瞑り、右目のみで紅白エビの頭部に適当な狙いを付ける。
イセエビの時はあの辺に弱点のコアがあった筈。
紅白エビがズシンと一歩歩いた時、弓を引いている右手を離した。
『ビシュッ』
矢は疾く飛んだが、紅白エビとの距離は遠い。
体感1秒ほどで矢が命中。
その1秒で狙いはズレたが、ハサミの付け根辺りに大きな風穴が空いた。
普通の弓矢では考えられない威力だ。
自慢の触角もあれじゃあ上手く使えないだろう。
「ハズレじゃ!
すぐに再生しおる!」
「シツ、畳み掛けろ!」
「言われなくても!」
俺は既に弓を引き、次なる矢の狙いを定めていた。
頭部を引きちぎれれば倒せずとも動きを止められる筈。
さっき空いた穴の近くに矢を放つ。
「おお!」
「見事じゃ」
2発目は概ね狙い通りだった。
1発目と合わせ、紅白エビの頭部は半分以上抉れている。
再生しかけていた肉の繊維がブチブチと千切れ、
そこから先の頭部がグラリと垂れ下がった。
すかさず最後の矢を構える。
「シツちゃん聞いて!」
「何ですか?」
「私と2人で旅に出て!」
最後の矢を放つのと同時に、俺は「えっ?」と疑問の声を上げた。
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