第55話 重なる2人

 カップル専用混浴露天風呂の脱衣所手前にて、メツェンさんは我先にと湯煙の向こうへ消えた。

 俺が脱ごうとしているこれはメツェンさんお手製の服なんだが、

寸法を測られてもないのに何故かピッタリだ。

 ……もしやあの時、カラダで覚えられてましたか?

 熱い初体験を不意に思い出してしまい、脱衣所で1人赤面し立ち尽くしていると、

すぐ側から唐突にゾデの声が。

 覗きでもあるまいし、そのフルメイルを脱いでまでお前は誰と混浴する気なんだ?

 ……女王?


「驚かせて悪かったな。

 だが僕も驚いてる。

 声が聞こえたから来てみたが、シツは独り身だろ?

 ここよりも男湯に行くべきだと思うが」


「あの、メツェンさんと、はい……」


 俺は照れながらも正直に答えた。

 でないと最悪、俺自身が覗き扱いされちゃうかもだからね。


「そうか」


「反応軽っ!」


 まあ、別に俺とメツェンさんが関係を持っていだとしてもだ。

 ハーレムフリーなここイサファガの事、精々女王が嫉妬してくるくらいだろう。


「シツちゃん、まだぁー?」


 俺の背中、扉越しにメツェンさんの声が響いた。


「少し時間をくれ」


 ゾデが早口な小声で喋る。

 風呂に浸かりに来た訳ではないらしい。


「少しだけですよ?

 メツェンさん! もう少し待ってて下さい!」


「分かったー!

 準備しておくわねー!」


 メツェンさんの意味深な発言に、俺は思わずグルッと振り向いてしまう。


「何のですか!?」


「シツ」


「はいはい……で?何ですかゾデさん」


「女王から伝言を預かっている。

 イサファガを旅立つのか留まるのかハッキリと決めてくれ……だそうだ」


 扉越しじゃどうやったって直接見えはしないが、

俺はメツェンさんが待っている露天風呂の方にチラッと目をやった。

 俺の存在そのものがラスティアンを呼び寄せている懸念こそ有るが、

彼女とこの地で添い遂げるつもりだ。


「……当分の間、ここに留まります」


「分かった。

 女王にもそう伝えておこう。

 では」


 要件が終わるなり、ゾデは大袈裟なまでの豪速で走って脱衣所から消えた。

 確かに少しだけとは言ったけども。


「さて……」


 これ以上メツェンさんを待たせたくはない。

 俺は服をササッと脱ぎ、金髪セミロングのウィッグに手を入れた。

 短髪の地毛、その上にスッポリと被っているネット、

そしてウィッグ……これらを1つに留めているヘアピン全てを取り外す。


「よっ、と」


 地毛を出すのは久しぶりだな。

 久しぶりどころか、この世界に来てから初めてだったりして。

 どの日の夜もベッドに吸い込まれる様に爆睡してばっかりだから、

そこんとこの記憶が怪しいんだよね。

 無闇に外すと俺だって分かってもらえないだろうし。


「シツちゃん、まだなのぉー?」


「もうちょっとですから!」


 俺はウィッグその他を大事に脱衣かごへ置き、山積みにしてあるタオルを上から一枚取る。

 それを体に巻いて隠し、やや乱暴に引き戸を開いた。


「お待たせしました!」


 白色かかった青空へと登る、うっすらとした湯気。

 周囲は見上げる程の木々で覆われ、

目を落とせば、マーブル模様の入ったやや黒っぽい石の床が広がっている。


 一際大きな丸い模様が点々と続いて行き、それを目で辿った先には岩造りの露天風呂が。

 同時にに軽く10人は浸かれそうだ。

 これが俺とメツェンさんとの貸切か。

 所で。


「メツェンさん、どこですか?」


「へくちっ!」


「うわぁ!」


 俺のすぐ右から、メツェンさんの可愛いくしゃみが飛んで来た。

 メツェンさんは俺と同じ茶褐色のタオルを胴に巻いているが、

豊満な彼女に対してやや布地が足りない印象。


「シツぢゃん、おぞいわよぉ……」


 濁った声のメツェンさん。

 自身の鼻を擦っている。


「ごめんなさいっ!」


 とりあえず謝っておく。

 でも、遅くなったのはゾデと話してたせいでも有るんだよな。

 無駄に赤面棒立ちしてたのは悪いけどね。


「私先にかけ湯して待ってたのに、シツちゃんに何かあったのかなって心配で……」


 さっき言ってた準備しておくって、アッチ方面じゃなくてかけ湯の事だったのか。

 酷い勘違いを……いや、そう思わせるだけの事をメツェンさんはしてる。


「ホントにごめんなさい!」


 ただただ頭を下げる俺にメツェンさんは密着し、腕を組んで来た。

 かけ湯を浴びた彼女の柔肌はいつも以上に暖かく、

水が潤滑油として機能するせいか、感触のいやらしさもより増している。

 メツェンさんの『準備』はまだだろうけど、俺の方はすっかり準備万端になってしまった。

 悲しきかな、雄のサガ。


「早く入って温まりましょ?」


「ひゃい……」


 急かすメツェンさんに出来るだけ足並みを合わせ、

床のマーブル模様をペタンと踏みつけた。


「足元気を付けてね」


「ひゃい……」


「シツちゃん、随分脱ぐのが遅かったけど何してたの?

 服はすぐ脱げるようにした筈だけど、頭の輪っかを外すのが大変だった?」


 そこ、輪っかって言うのか。

 ウィッグが本体で天使の輪っかはオマケ扱いだと思うけどな、普通。


「ゾデさんが来たんです。

 女王から伝言だって」


 風呂の湯が近くなって来た。

 メツェンさんが俺から離れ、湯の近くに腰を下ろし正座する。

 潰れてくっ付き合う彼女のムッチリ太ももと際どい三角コーナーを見て、

俺は口の中に何やら唾液の分泌を感じた。


「へえ、ゾデも朝早くから大変ね。

 何のお話だったの?。

 あ、シツちゃん隣へいらっしゃい。

 背中を流してあげるわ」


「はい」


 愛しのメツェンさんに言われたのでは断る道理などない。

 俺は湯に近寄り、メツェンさんに背中を向けて正座で座った。

 メツェンさんもそうしてるし、ここのマナーかも知れないので。


「ゾデのお話……スカルベルちゃんの伝言って何だったの?」


 俺の背中とタオルの間に指が入れられ、タオルをゆっくりとずり下ろしていく。

 妙にゆっくりなもんだから、ちょっとだけくすぐったい。


「俺がここに留まるか旅に出るかの質問でした」


 俺が言い終わると同時に、メツェンさんの指がピタリと止まった。


「……シツちゃん、やっぱり行ってしま「いや、残ります」


 メツェンさんの、そんな悲しそうな声を俺は聞きたくない。

 たった一瞬1文字でも。

 だから、大きめの声で遮らせてもらった。

 床が岩だと良く響くな。


「シツちゃん!」


「うおっ!?」


 背後からヘビーなボディプレスを食らい、

俺は正面の岩の床に倒れ込む。

 子供の頃良く遊び場にしていた、小石だらけの河原みたいな匂いがする。

 とっさに仰け反ったおかげで顔は打たずに済んだけど、代わりに両手が痛い。


「良かった。

 私、ラスティアンが怖くて……。

 それに、シツちゃんとお別れしちゃうのも怖かったの」


 耳元での囁き。

 俺を押し倒したメツェンさんはそのまま抱き付きに移行した。

 タオルに包まれた両胸が、俺の背中に押し当てられている。


「嬉しい。

 嬉しいわシツちゃん」


「そう、ですか……」


 ご本人は単なる抱擁のつもりだろうけど、ラッキースケベどころかストレートスケベ。

 しかし正直ちょっと苦しい。

 体格重量共、俺はメツェンさんに完全に負けてるんだよね。

 どいてほしいかと聞かれたら……もうメツェンさんの好きにして。

 と息子が申しております。


「じゃあシツちゃん、私と……」


 相変わらず俺にのしかかったままのメツェンさんは、途中で言葉を切ってしまった。

 スウハアスウハアと、うなじに当たる彼女の吐息がやや荒い。

 何となくだけど、その続きには察しが付いている。

 そしてもし察しの通りなら、俺は……大歓迎ですよ。


「メツェンさん?」


「ラスティアンだ!」


 姿が見えなくてもやかましく響いたゾデの敵襲警報に、

俺とメツェンさんのムードはぶち壊されてしまった。


「こんな時に!」


 俺はメツェンさんの下から這い出て立ち上がる。

 非常事態なだけにメツェンさんも俺を引き止めようとはせず、

むしろ抱擁を緩めてくれた。


『バキィッ』


 体当たりで引き戸をもぶち壊しつつゾデ登場。


「おわぁ!」


 そして、見事に転んで背中を打った。

 体は平気だろうけどダサ過ぎる。

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