第54話 頰ズリ

 俺ホイホイの異名を持つ(俺談)とされるメツェンさんは、俺の手を引き朝風呂へと誘う。

『私達2人っきり』なるフレーズが気になったので尋ねてみると、

ここイサファガの風呂には男湯と女湯の他にもう一つ、

カップル専用の混浴場である『乱れ湯』が設けられていると言う。

 何それまんま過ぎんだろ、いや待てメツェンさんまたヤるんですか?

 そんなにがっつかなくたって、

明日でも明後日でも……メツェンさんが望むならずっとでも、俺はここに居てあげるのに。


 メツェンさんは俺を引っ張って地下道の廊下をグングン歩き、やがて一つの出入り口の前で停止した。

 ゾデの言葉を借りるなら、チキュウから来たAAは現在俺だけなんだそうだが、

露天風呂に繋がっているであろうこの出入り口には、

どこからどう見てもジャパニーズノレンとしか言いようの無い青い布が吊るされている。

 おまけに、その布には温泉を意味する3本の波打つ線と半円のマークに、

潜りやすくする為に入れられた二筋の切れ目まで入っていた。


「着いたわよ。

 ここが入り口で……」


 メツェンさんはのれんを顔面で乗り越え、中に俺を連れ込んだ。

 のれんそのものは日本のそれと酷似しているが、

手でどけたり姿勢を低くして潜ったりしない辺り、微妙な文化の違いが見て取れる。

 のれんをくぐると、横並びに三つの出入り口が。

 それらにもやっぱりのれんがかけられている。

 ここ、異世界ですよね?


「ここからそれぞれの浴場に行けるの。

 真ん中が私達の入る乱れ湯よ」


「乱れ湯に入るって決まっちゃってるし……」


 メツェンさんが中央の出入り口を指差した。

 左右ののれんはそれぞれ赤一色と青一色で男女が分かりやすく区別されているが、

乱れ湯ののれんは……ピンク色だ。


「ある意味分かりやすいですね」


「さ、入るわよぉー」


 俺の独り言はスルー。

 メツェンさんは俺の手を握ったまま、右手を使って服のボタンを外し始めた。


「ちょっ!? メツェンさん!

 脱ぐの早いですよ!」


「でも、私達しか居ないわよ?」


 こちらを振り向くメツェンさん。

 胸元のボタンが全て外され、

普段はやや窮屈そうに服の中に収まっている胸が、今はポヨンと大胆に露出している。

 元々膨よかだし大して着込んでいないのに、まさかまさかの着痩せするタイプでしたか。

 もう少しでビーチ区が見えちゃいそうだ。


「だからって!」


 今更だけどメツェンさんノーブラ?

 奇遇ですね、俺もなんですよ。

 俺は雄っぱいだから要らないんだけど、メツェンさんには必要かも。


「シツちゃん、恥ずかしがらないで。

 だって私達、もう……ね?」


 いかにも女性って感じの恥じらいを含ませた声と、

ほんのり頬を染めて目を逸らすその仕草に、

俺は顔面がボッと茹で上がるのを自分で感じた。

 瞬間湯沸かし器メツェンさん。

 いや、これだと俺を怒らせてるみたいになるな。

 瞬間湯たんぽメツェンさん……うん、語呂的にもこっちが良い。


「……そう、ですね。

 とりあえず、続きは中で……」


「中!?

 シツちゃん、その気になってくれたの?

 この前は私が攻めてばっかりだったから、

シツちゃんから求めてもらえるとなんだか嬉しいわぁ」


 メツェンさんは右手を自らの頬に当て、

それはそれは嬉しそうな蕩ける笑顔を作っている。

 ご機嫌な所非常に申し訳ないんですが、ここはツッコミを入れさせていただきますよ。

 漫才なる文化がこの世界で通用するかは疑問ですけど、ボケとツッコミの方ですからね。

 アッチの方じゃないんで念の為。


「脱衣の続きですよ脱衣のっ!」


 これがイサファガ一般女性の貞操観念なのか……? と、

俺は頭痛にも似たカルチャーショックに文字通り頭を抱えつつ、

メツェンさんと共にピンクののれんをくぐった。

 ここでもメツェンさんはのれんを払いのけたりせず、顔面で堂々と受け止めてみせた。

 俺にしか見えてないなんて事、無いよね?


「どうしたのシツちゃん?」


 脱衣所に入った俺はしばし硬直していたのだが、そこにメツェンさんが声をかけてきた。


「……いや、質素だなあと思って。

 あ、すみません失礼でしたよね!」


 だってさ、

脱衣所とは言っても俺の六畳有る自室より狭いし、

四角く折り畳まれて積まれた薄褐色のタオルと、

木か何かで編んだ植物製のカゴが幾つか積んであるだけなんだもん。

 個室にドアが無いプライバシーフリーなここイサファガ地下だが、

風呂には流石に扉が設置されているようだ。

 これまた和を感じさせる引き戸式なのが、少々気にはなるが。


「他の国からしてみれば、イサファガなんてへんぴなど田舎なの。

 だから物流も少ないし、どうしてもこうなっちゃうのよね……」


 やっぱり失言に当たったみたい。

 メツェンさんの落ち込む顔なんて見たくないよ。

 俺はサッサと入浴に移り、悪くしてしまったこの雰囲気を一刻も早く切り替えようと、

すっぽんぽんになるべく自分の服に手をかけた。


「……あれ?」


 なんか紐やら結び目やらが凄いんだけど、これどうやって脱ぐんだ?

 そう言えばアンアンコスからこれに着替える時も、

自力じゃなくて殆ど女性達の手で着替えさせられたような記憶がある。


「シツちゃん?」


「メツェンさん、これ……ってうわぁ!」


「何よ、そんなに驚いたりして。

 私の顔に何か付いてるの?」


 逆だ。

 顔どころか全身何も付いてない。

 中1にして引きこもった無学な俺の知る限りでは、これを『一糸纏わぬ』と呼ぶ。


「シツちゃん?」


 俺が少し目を離している間にサラッと服を脱ぎ去った、一糸纏わぬメツェンさん。

 着痩せしていた豊満な胸を揺らし、彼女は俺に迫る。

 俺は蛇に睨まれた蛙のように思考も肉体も束縛され、

ハジメテの時は着衣だった故本邦初公開となるメツェンさんのビーチ区や三角コーナーに、

否が応でも目を奪われてしまう。

 ……あっ、そこも緑なんですね。


「あのっ、あのあのあのあのあの、あの……」


 すっかり言語能力を失い、羽虫も殺せなさそうなあのあのラッシュをかける俺。

 茫然自失で大草原になっていた女王を、俺はもう笑えないな。

 押せ押せのメツェンさんと2人で混浴……この時点で、

遅かれ早かれこうなる事は容易に予測出来た筈。

 それなのに、実際目の当たりにしてみるとこれだよ。

 空想や妄想と現実の間には決定的な隔たりが有るのだと、

引きこもりなりに痛感した瞬間であった。


 ……そもそもこの世界が現実なのか非現実なのかについては、

当事者の俺に最早お手上げ好きにしてなので、

存在するかも定かでない観測者各人の判断に委ねる。


「あ、服が脱げないのね?

 任せて。

 私が脱がせてあげるわ」


「おっ、おね、お願いしましゅ」


 メツェンさんは俺の真正面で中腰になり、複雑に結ばれている胸元の紐に手をかけた。

 全裸の女性に服を脱がされ、俺もまた全裸となるのか。

 しかも俺は女装……どんなプレイだよ。


「AAのシツちゃんとピトセちゃんに着せてあげる服だから、つい凝っちゃってね。

 もっと実用性とか機能性を重視した方が良かったかしら……?」


 メツェンさんが作ったのか、この服。

 そういやメツェンは裁縫してるって女王が言ってたね。

 眼、髪、服まで緑尽くしのメツェンさんがこしらえたのなら、緑色なのも頷ける。

 思い返せば、ピトセが着てたのも緑だったな。


「いえ、好きですよこのデザイン!

 大好きですよ!」


「ふふ、ありがとシツちゃん。

 お世辞でも嬉しいわ」


「お世辞じゃないです!」


 胸元が涼しくなった。

 メツェンさんが紐を全部解いてくれたんだろう。

 次にメツェンさんは膝を折り、俺の腰に手を触れた。


「あっ……」


 この服は左右の腰の部分が露出していて、そこにも紐が結ばれているのだが、

 メツェンさんが素肌に触れた時、俺はつい変な声を出してしまった。


「こっちは胸程複雑じゃないからすぐに終わるわ。

 もうちょっと我慢してね、シツちゃん」


「我慢? 何を……ぴゃあ!」


 いつの間にか癖になってしまった、ややメスくて珍妙な俺の悲鳴。

 なんで悲鳴を上げたのか……それは、

メツェンさんが俺の息子に頬ずりをして来たからである。

 着衣越しであっても、きめ細かく柔らかな頬肉の感触が十分に伝わった。

 これがナマだったら……。


「それとも、もうはち切れちゃいそうなの?」


「声の振動が!」


 愛しのメツェンさんがすっぽんぽんで側に居るってだけで既にビンビンなのに、

これではただの頬ずりも頬ズリになってしまう。

 この違いが分からない程までには、俺は世間知らずではない。

 嗚呼、インターネット万歳。


「もう少しよシツちゃん」


「だから声がぁっ!」


 このままじゃ先走ってしまう、そんな考えが俺の頭を過ぎった頃、

スッ、とメツェンさんの頬と手が俺から離れた。


「はい終わり。

 後は簡単に脱げるわよ」


「ありがと、ござます……」


 カタコトニナチャッタ。

 風呂に入る前の段階ですらこれである。

 この後、俺どうなっちゃうんでしょうか。


「じゃあシツちゃん、私は先に体流しておくから」


 タオルの山から一枚を掴み取りつつ、メツェンさんが引き戸を開いた。

 いやぁ、お胸に負けずお尻も大っきいですね。

 はい。


「はいー……」


 複雑怪奇に結ばれていた胸元の紐さえ無ければ、構造的には簡単に脱げそうなこの服。

 仮にも男の俺に女物の服が充てがわれたのはまあ良いとして、

ピッタリと言って良いレベルでサイズが合っているのだが、

メツェンさんはいつ俺の寸法を測ったんだろうか?

 ……あ。


「体で覚えられてた……?」


 自ら地雷を踏んでしまい、恥ずか死さのあまりに独り顔を覆う俺。

 やっぱり大き過ぎるんだよ、メツェンさんとの初体験が俺にもたらした影響はさ。

 他の女性方には悪いけど、ゆうべのハーレムプレイなんか霞んでしまう。

 恋、それも初恋の力って本当に凄い。

 他の一切合切が目に入らなくなる。


「ううー……」


 扉の向こうに(全裸の)本人が居るのにも関わらず、

俺は顔を覆ったまま、まぶたの裏にメツェンさんの微笑みを思い描いていた。


「シツ?」


 ……だから名前を呼ばれるまで、俺は誰かの接近にこれっぽっちも気付かなかった。

 いや、俺にとってこの中性的な声は『誰か』なんかじゃ断じてない。


「……ゾデ!?」


 何だゾデ、覗きか!?

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