第58話 旅立ち、別れ、出会い?

 メツェンさんが不意に取り出したのは、みんなの想いが詰まった保育園の企画書。

 たとえまがい物であっても、俺は彼女の悲願を叶えたい。

 アンジェロッドと企画書の融合は成功し、誕生したのは小さなホイッスル。

 吹くと頭上の雲から金ピカの子供達が降って来て、紅白エビに突撃していく。

 女王の身を呈した吹雪によるサポートで、子供達は触角を登る。

 殻の隙間から続々と内部に侵入し、見事弱点のコアを破壊。

 最終的に何百人にも膨れ上がった子供達を伴い、巨大な紅白エビはチリになって消えた。


 ここまでが昨日の話。

 ここからが今日の話。


「シツちゃん、忘れ物はなぁい?」


 大勢の町民達が見守る中、メツェンさんが俺に問いかけた。

 緑髪がそよ風でフワフワと揺れている。

 翡翠のように綺麗な眼を良ーく見ると、アンアンコスの俺が小さく映り込んでいた。


「忘れ物?特に無いです。

 強いて言うなら、童貞だった頃をすっかり忘れちゃいましたね……」


 ゆうべはおたのしみ……どころじゃなかった。

 俺の旅立ちが決まった途端、AA二世を求めた女性達が本性を現したのだ。


 具体的に何人が俺の部屋に来たんだろう。

 百から先は数えていない。

 イキリダケも何本食わされたことか。

 世界平和の為とは言えいささかハード過ぎますって。


「うふふ、これからは私だけとしましょうね?

 毎晩でも……」


 大人しげな笑顔で生々しい事を言うメツェンさん。

 俺は気恥ずかしくなり、つい彼女から目を背けてしまった。

 やっぱりメツェンさんだけは特別だわ。


「シツ、僕が同伴するのは次の王国までだからな。

 そこで僕は帰るから、新たな護衛を雇ってくれ。

 僕は女王にお仕えする身なのだ」


 旅の荷物満載の台車を引きつつ、フルメイルのゾデが寄って来た。

 人力車の概念はともかくとして荷車あったのね。


「分かってますって。

 もう何度も聞きましたから」


「そうだったな。

 所で女王の姿が見えないんだが、2人は何か知らないか?」


「知らないです。

 メツェンさんは?」


 俺が目を合わせると、メツェンさんはフルフルと首を振った。


「私も見てないわ」


「昨日の吹雪がまだ響いているのだろう。

 相当な出力だったからな」


「肉体への負担だけなら、私の魔法でいくらか良くなってるはずだけど」


「がうー!」


 ピトセだ。

 半泣きのピトセが二本足の早歩きで近付いてくる。

 初登場時はボサボサだった赤髪が、今は綺麗な団子に纏められていた。

 服も半裸ではなく、メツェンさんが仕立てた緑色の物。


「がう!がうがう!」


「ピトセちゃんはお留守番!」


「うがう……」


 メツェンさんが強めに言い放つと、ピトセはガックリとうなだれて背中を曲げた。

 こいつ、メツェンさん無しでAAとしての責務を果たせるのだろうか。

 すごく難しそうなんだけど。


「ピトセはまだクラス1だ。

この町で下積みをすると良い」


「ゾデ。

 旅先で私達が手紙を出すから、

 ピトセちゃんがクラス2になった時に知らせてちょうだい」


「合流するのか?

 その時の距離にもよるんだが……まあ心がけておくよ」


「そろそろ行きます?

 次の町まで、結構あるんですよね?」


「そうね。

 スカルベルちゃんとお別れの挨拶が出来ないのは、少し残念だけれど……」


 女王を探しているのか、メツェンさんが町民達を見渡した。


「AAシツ殿。

 どうかこの世界をお救いくだされ」


 町民達の1人が俺に声をかけてくる。

 最初にこの町を訪れた時に拝んで来たおじいさんじゃないか。

 気の利いたセリフも浮かばず、俺は手を振るに留めた。


「ではシツ、メツェン。

 前人未到のヤツハシラを目指して……出発しよう」


「はい」

「ええ!」


 さらばイサファガ。

 荷車の車輪が軋む音と3人分の足音を伴い、俺達は旅路についた。

 町民達の歓声がだんだん遠ざかっていく。


 次の町についての話や休憩を交えつつ、俺達は草原を進む。

 やがて太陽が真上に差しかかった頃、俺達は一本の大きな木の下で休憩を取る。


「ああー、疲れた……」


「マッサージしてあげましょうか?」


 と言いつつ、問答無用で太ももを触ってくるメツェンさん。


「遠慮しときます!」


「結局、女王はお姿を見せられなかったな。

 これだけの可能性を秘めたAAの出発を見届けないのは、

AAリングの管理者としてどうかと思うんだが……」


「寝てるんですかね?」


「やっぱり、まだ昨日の消耗を引きずってるのよ」


「そう言われると、僕としては少し心配になってくるな」


「待たれよ!」


 頭上……木の上から声がした。

 なんか聞き覚えがあるような無いような……あるわ。


「女王!?」


 俺達が見上げると、木の葉の中から飛び降りて来る人影が。


「どわぁあ!」


 着地失敗。

 ツギハギの見られるお粗末なローブを来た謎の人物が転げ回っている。

 女王のそれに酷似した明るい金髪が見え隠れ。


「痛たたた、腰が! 腰がぁ!」


「スカルベルちゃん!?」


「女王、あなたが何故ここに」


 謎の人物はピタリと停止。

 かと思うとシュタッと立ち上がり、腰に手を当てて堂々としている。

 どこぞの爆乳女王を思わせる真紅の瞳が俺達を一巡りした。


「女王? スカルベル? 知らんなあ。

 わらわ……じゃなかった、ベルベルはベルベルである!

 早速じゃが、このベルベルをそなた達の旅に混ぜてもらおう!


「スカルベルのベルだけ取って増やして、それでベルベルですか?」


「ベルベルだと言っておろう! スカルベルなんぞ知らんわ!

 あまりうるさいと爆炎が飛ぶぞ!」


「シツちゃん、どうしましょ?」


「うーん……」


 てかメツェンさん、なんで俺に振るかな。


「とりあえず次の町まで送ろう。

 ゆくゆくは僕が連れて帰るよ」


「よし! そうと決まれば出発出発!

 退屈なイサファガなんぞ捨て置き、女王の悠々ぶらり旅じゃぞぉっ!」


「自分でバラしてるし……」


 女王の責務から逃れられるのがよっぼど嬉しいんだろう。

 自称ベルベルは我先にと草原を駆け抜けて行く。

 こんな調子で、そのうちピトセも後を追って来たりして。


「ぎゃあああ!ラスティアンじゃ!」


「女王!」

「シツちゃん!」


「はあ……」


 俺はため息を吐きつつ重い腰を上げた。

 守る対象が増えちまったよ。


 ま、どのみちメツェンさんだけじゃない。

 俺の子専用保育園と、そこで暮らす子供達の笑顔の為にも、

 世界そのものをラスティアンから守らなくちゃな。

 原作譲りの融合武器、このアンジェロッドを使って。


 俺は荷車にアンジェロッドを突き立てる。

 閃光を経て、荷車は古代にあったような物々しい戦闘用馬車に生まれ変わった。

 アンジェネリックチャリオットとでも呼ぼうか。


『ヒヒィィィイン!』


「何と見事な……」


 親切にも黄金色の馬2頭がセット。

 俺は馬車に乗り込み、付属の槍を手に取った。


「シツちゃん、カッコいいわぁ!」


 目標はベルベルを襲っているあのイセエビだ。

 思えばこの異世界に来て最初に倒したのも、あれと同じイセエビだったな。


「ぎゃああああ! 早う助けんかあああ!」


 今度のはサイズが段違いに大きいけど。

 前のが4トントラックなら、あれはジャンボジェットくらいかな。

 何にせよ俺がやる事は変わらない。


「突撃ぃっ!」


 俺の一声で2頭の馬は土を蹴った。

 ヒヅメの轟音、戦車の車輪が勢い良く回る。

 イセエビはすぐそこだ。

 俺は槍をまっすぐ構える。


「アンジェネリッーク、スピアーッ!」


 なんか乗って来ちゃって、ついついそれっぽい技名を叫んでしまう。

 はは、またゾデにおちょくられちゃうよ。

 まあ楽しいから良いか。


 ……てな訳で、俺はこれからもカニやエビを倒し続けるのでした。

 ヤツハシラとやら、待ってろよ。

 魔法天使アンジェネリックアンジェリカの力を手に入れたこの俺が、

必ずお前をぶっ壊してやるからな!


俺の子専用保育園!?〜引きこもり女装レイヤーの甲殻類特効遺伝子を異世界へ〜

完(後書きがあります)

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