第42話 休憩

女王はマジックアロー習得用の棒を、何と8本も俺に押し付けてきた。

何でも彼女が言うには、これらを握って瞑想すれば一度に数発のアローを放てるようになれるらしい。

早速瞑想に入る俺を、彼女は何かにつけてからかおうとしてくる。

そんなに暇なら町に帰っとけよ。


「もぐもぐ」


30分くらいは経ったと思う。

女王はやけに食うのが遅く、未だに咀嚼音を立て続けている。

瞑想している俺のすぐ隣でね。

満腹だから、音や香りで食べ物を連想してしまうとちょっとキツい。


「気が散るんですが……」


「この程度で気が散っている様ではいかんぞ。

文句を言うな」


「はあ……」


時々口を聞いてもこんな調子。

その言い分には一理有るけど、女王が俺の為に立ち振る舞っているとはどうも思えない。

単に俺の反応を見て面白がっている様に感じてしまう。


「女王、この訓練は俺から願い出たんですよ?

絶対にサボったりしませんから、どうぞ町へ帰って下さい」


「嫌じゃ。

もぐもぐ……」


「何で嫌なんですか?

仮にも一国の女王なら、色々と仕事だって有るでしょうに」


「だからこそじゃ。

わらわにも羽休めが必要で有る故」


「そっちがサボり宣言っすか……」


「それに、もぐもぐ……」


「それに?」


「……ごくん。

シツが町に帰ってしまったが最後、わらわなど無視してメツェンの姿を探すであろう?」


唐突だな。

メツェンさんの名前が話題に上がるとは思ってなかった。


「……悪いですか」


「そうは言っておらん。

何せ一度まぐわった間柄、互いを探してしまうのも無理も無いわ」


「ぶっ!」


まぐわったって……女王、どうしてそれを知ってるんだよ!?


「おおぉー?シツよどうした。

マジックアローを上達させたいのではなかったのか?」


「じょっ……女王、どうして俺とメツェンさんが……どうしてそれを」


隣に座っている女王が俺に体を寄せ、耳元でくすぐる様に囁く。


「シツも知っておろう。

地下道には地上との出入り口を除き、扉が設けられておらぬ。

そなた達の漏らす悦びの喘ぎは筒抜けであったぞ?

気付かず通り過ぎる方が難しいわ」


他者に秘め事を探られる恥ずかしさと耳元での囁きで、今俺の顔面はカァッと紅潮しているに違いない。

まさか女王、その手の趣味で地下室に扉を付けてないのか……!?


「その様子ではとても瞑想にはならぬな。

一旦休憩にするか?シツ」


俺は瞑想の続行を諦め、両眼を開けて隣の女王に目をやった。

女王は何事も無かったかのように平然と立ち上がり、岩の中心へと歩いて行く。


「誰のせいだと……」


「随分と気張っておるから、わらわが気を利かせてやったのだぞ?

そなたが考えたり感じたりしている以上に、この瞑想は心身を消耗してゆく。

わらわがパンを恵んでやっていなければ、今頃倒れていたかも知れぬと言うのに」


「恩着せがましいですね」


「うるさい」


女王は幼稚な悪態をつき、岩の中心で仰向けに寝転がった。

食べてすぐ寝ると牛になるぞ。

おっと、胸は既に乳牛並みだから手遅れか?


「ふ……ふああああ……」


両腕を頭上に伸ばし、恥ずかしげもなく大あくびを晒す女王。

その緩い仕草を見ていると、俺も釣られて眠気を思い出してしまう。

寝るつもりじゃないが、俺もちょっとだけ真似してみるか。


「よいしょっと……」


両手で後頭部を庇い、女王と同じく仰向けで空を見上げる。

……棒は握りっぱなしにするよりも、一度女王に返すのが良さげだな。

岩の表面は意外と滑らかで、自然物にしては悪くない寝心地だ。

溶けそうな青の広がる透き通った空のあちこちに、小さな雲の塊が点々と浮かんでいる。

晴れ空が綺麗に見えるのは、どこの世界でも変わらないのかな。


「のう、シツ」


「何ですか?」


「そなたは、メツェンのどこを好いておるのじゃ?」


「いきなり恋バナですか……」


自分はお見合い全滅未婚20半ばの癖に、他人の恋愛事情には思いっ切り首を突っ込むんだな。

そういやこの20半ばってのは俺の推定だから、実際の所は分からないままだ。

この世界で女性の歳を聞くのは、俺の世界同様タブーに当たるのかな。

そこを押さえた上でゾデに聞けば、ひょっとしたら教えてくれるかもね。

でも絶対二十歳は過ぎてるだろう。

そこは断言させてもらう。


「イサファガにはメツェンの他にも、年頃の娘など幾らでも居よう。

その中からシツがメツェンを選んだのは、どう言った理由なのじゃ?」


「理由とか無いですよ。

強いて挙げるなら……そうですね、優しいとことか。

俺、一人っ子だったから、メツェンさんみたいな姉が居たらなあって考えた事が何度も有りまして」


「わらわは優しさに欠けると?」


俺は思わず、先に隣で寝転がった女王のの方を見た。

一つに纏められた明るめの金髪が、硬い岩の上で無造作にうねっている。


「どうしてそこで女王が出てくるんですか?」


失礼ながら質問に質問で答えると、女王も俺の方へ顔を向け、俺達は目が合った。

風に当たりやすい岩の上だからだろうか、女王の赤い瞳が僅かに潤んでいるように見える。

自分では確認出来ないけど、俺の眼もああなっているのだろうか。


「秘密じゃ」


「また秘密……」


女王はやけに俺を意識してくる。

それも単にAAとしてではなさそうだ。

単に俺の自意識過剰ならそれでお終いなんだけど、それにしたって女王の言動には疑問が残る。

大体、自分から切り出しておいて秘密じゃぞって、一体何がしたかったんだよ。


「女王、今回の瞑想はどれくらいかかります?

本数が増えた分長くなりますか?」


女王は俺から目を離し。再び空を見上げた。


「そうじゃのう。

今日中に終われば上出来と言った所か」


「やっぱり長くなるんですね」


「実際問題、ずっと岩の上に座る訳には行かぬぞ。

もう1日は費やすと見ておれ」


「はい」


女王の横顔にも飽きが来る。

彼女に続き俺もまた、青空を求めて上を向いた。


「女王。

俺、これからこの世界でどうして行ったら良いんでしょうか?」


返事は来ないが、俺は構わずに続けた。


「そりゃあ折角異世界に来たんですから、色々見て回りたいってのは少なからず有りますけど、まだまだ右も左も分からないし……」


自分で突っ込むのも何だけど、5年も引きこもっていた人間のの発言とは思えない。

単に家から出たくなかったと言うよりも、イジメを見て見ぬ振りする社会の風潮そのものに嫌気が差しちゃってたんだろうな。

外界との接触は避けてたけど、両親とだけは割と普通にコミュニケーション出来てたのも大きい。

自分で考えてたよりも、対人での緊張感は強くなかった。

この世界なら俺はAAとしての役割を貰えるし、ラスティアンは居るがいじめっ子は今の所居ない。

女王は……ちょっと怪しいが、まあ節度は弁えてくれるだろう。


「それに、元の世界に居る母さんが心配なんです。

俺がここに来る直前、重い病にかかったと聞かされまして。

まあ、あっちではもう死んじゃってるんですけどね、俺」


重めの内容だからか、女王は俺の発言を黙って聞いている。


「もし元の世界に戻る方法が有るとしたら……ハードルの高さにも依るけど、興味は有りますね。

仮に戻れたとしても、俺が母さんの病を治すなんて出来っこ無いんですけど、せめて隣に居て励ましてあげたい。

家族の一員としてね。

もしもの話ですけど。

女王、そこんところ何か知りませんか?」


「すぴー……」


「いつから!?」


思わずガバッと勢い良く起き上がってしまった。

俺が良い加減話題のバトンを渡そうと隣を見た所、女王は心地好さそうな表情で目を閉じ、小さな鼻提灯を作っていた。

やべえ、鼻提灯なんて漫画やアニメだけの表現だと思ってたよ。

何て間抜けな絵面なんだ。

くっそ、写真撮りてえ。

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