第41話 8本もの棒

貧乏だ盗っ人だと馬鹿にしていたけど、話せば話すほど大人な対応……腐っても女王は女王で、俺は自分の未熟さを知った。

マジックアローの練習を手伝って欲しいと申し出たら、女王はこれを快諾。

明日の朝にまた会う約束を残して、彼女は部屋を出て行った。

俺は空きっ腹を抱えつつも睡魔に身を委ねる。


翌朝、俺は女王に叩き起こされた。


「いつまで寝ておる!」


「うん?おはよう、ございます……」


いけね、アンアンコスのまま寝ちまってたか。


「ほれ、さっさと岩場に向かうぞ!」


寝ぼけ眼の俺を女王の手が掴み、ベッドから強引に引き摺り下ろす。


「わわっ!」


女王は俺の手を握ったままズンズンと部屋の外へ歩くので、俺は従わざるを得なかった。


「女王、そんな乱ぼほっ」


文句をつけようとしたが、それは中断されてしまう。

女王がもう片方の手に持っている何かを、俺の口に突っ込んできたのだ。


「むぐぐ……?」


歯の表面でカリッと崩れる皮、その下には噛み応えの有るフワフワの中身。

そして、愛おしくすら思える香ばしい香りが鼻を通過する。

これは……パンか?


「ここに来てから食事らしい食事を摂っていないであろう。

それでも食べながら歩け」


「あひあほ……もぐもぐ」


うん、かなりイケるよこのパン。

でもさ、ちょっとしたフランスパン並みにデカいんだけどこれ。


「数少ないイサファガの名物じゃ。

良く味わうのじゃぞ」


「はひ」


その後、俺は女王に引き摺られながら黙々とパンを食べたが、あまりに大きいもんだから岩場に着くまでに完食出来ず、結局半分以上も残してしまった。

んで、昨日と同じ岩の上へ。

女王は俺からパンの残りを受け取り、代わりとしてマジックアロー習得時に握らされていた棒を手渡す。

既に習得済みな訳だけど、精度を上げる訓練にもこれは使えるのかな?


「……え?」


2本、3本、4本、5本……。

女王は腰にぶら下げている皮袋から、次々と同じ棒を取り出しては俺の手の上に乗せてゆく。


「まだまだ有るぞ。

全部で8本じゃ」


「8本!?

何に使うんですか?」


「青い弓引きは数で攻めろ、と言うじゃろう?」


「俺の世界にも、それと似たような言葉が有りますね……あっ」


無理矢理積み上げていたせいか、俺の手の上に出来た棒の山から1本の棒が下の岩へ落ちる。


「ぎゃー!」


女王は身も蓋も無い叫びを上げ、岩の上をコロコロと転がって行く棒に飛び付いた。

……何とか岩から落とさずに済んだみたいだ。

うつ伏せに倒れると爆乳が潰れて息苦しいだろうな、と俺は思った。


「シツの阿呆!

これは貴重で高価な魔法具ぞ!

もっと丁寧に扱わんか!」


「考え無しに積み上げたのは女王ですけど」


「うるさい!

兎に角この棒は絶対に落とさぬ様、しっかりと握るのじゃぞ!」


「握るなら1本ずつで良いでしょう。

こんなに沢山の棒を、一体何に使うんですか?」


「それはじゃな……」


女王は起き上がってこちらに近寄り、計8本の棒の内4本を皮袋に仕舞い込んだ。

最初からそうしろと。

そして残りの4本を自身の左手に持ち、そこから右手で1本だけ抜き出すと、俺の左手の小指と薬指の間に差し込んだ。


「シツ、棒が落ちない様に指で締め付けておれ」


「はあ……」


言われた通りに俺が指の間で棒をホールドすると、女王はもう1本の棒を持ち、今度は薬指と中指の間へ。


「落とすでないぞ」


「はいはい」


女王のしたい事が段々分かってきたぞ。

俺の予想は当たっていて、俺の左手の指の間にそれぞれ1本ずつ、計4本の棒が差し込まれた。

1本でもそれなりの重さなので、4本も有るとかなりズッシリ来る。

このまま昨日みたいに瞑想するのなら、とてもじゃないが腕を上げ続けたりなんて出来っこない。

女王は俺の右手にも、同じ様に棒をセットしていった。


「これで良し。

さあシツ、瞑想の時間じゃ」


「こうすれば、マジックアローの精度が上がるんですか?」


俺が残したパンを両手で持ち、ちょこっとだけかじり取りながら女王が答えた。


「精度そのものは直接鍛える他あるまい。

じゃが、その状態で瞑想すれば一度に複数のマジックアローを放てる様になる。

先程申した、青い弓引きは数で攻めろ……とはこの事じゃ」


「うーん……」


数撃ちゃ当たるの理論か。

想像してたのとはちょっと違うけど、単発よりはずっと当てやすくなるだろう。

俺は昨日の様に岩の上へ座り、目を瞑って瞑想を開始した。


「もぐもぐ」


女王がパンを食べている音が、やたらと良く聴こえる。


「まこと美味じゃのう。

シツに食べさせるには勿体無いわ」


「女王、思いっ切り聞こえてますからね?

て言うか近いです」


「良いではないか。

もぐもぐ」


女王の声は明らかに、俺のすぐ真後ろから発せられている。


「俺の背中見ながら食べるパンが、そんなに美味しいんですか?」


「まあまあじゃな。

前から気になっていたが、背中のこれは何なのじゃ?」


女王の手が、俺の背に生えた翼に触れている。

正確にはアンアンコスの一部分だけど、ずっと着ていると体の一部の様に錯覚してしまうのだ。

飽くまでも錯覚。


「パン食ってる最中の手で触らないで下さい!」


「おっとっと、シツは今瞑想中じゃぞー。

声を荒げてしまっては妨げになる。

忘れておったか?」


「ぐ……」


「フフフ、この翼はフニフニと揺れて面白いのう。

ほれほれ」


女王はからかう様な声色で喋りながら、俺の翼を弄っている。


「女王。

それ、俺を試したくてやってるんですか?」


「試すと言う訳ではないが、暇なのでな」


「……先に帰れば?」


昨夜の大人な女王は何処へやら。

俺は「はああ……」と大きな溜め息を吐いた。

ここまで萎えると、一周回って良い精神統一になりそうだよ、全く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る