第40話 腐っても女王
俺が習得した攻撃魔法マジックアローはフナムシに全然当たらず、戦闘は憎っくきピトセに見せ場を与える皮肉な結果に終わった。
拗ねた俺が自室に引きこもろうとして踵を返すと、ゾデが追いかけて来る。
何でも大事な話が有るそうで、明日の朝になったら話すと。
俺は適当に返し、脳内メツェンさんにいやらされ……癒されながら地下道を目指した。
「シツではないか」
相変わらず自室の場所が分からない俺が地下道をうろついていると、女王とパッタリ出くわした。
彼女の顔を見た俺は、ゾデから聞いたオウハイの意味を思い出す。
それは良いとして、どうせ会うなら優しいメツェンさんが良かったな。
「ああ、女王……」
「そなたが地下にいると言う事は、とうにラスティアンを倒したのじゃな。
どうじゃ、マジックアローは上手く扱えたか?」
「全然駄目でした。
1発も当たりませんし、最後なんかピトセに美味しいとこだけ持ってかれて……」
「そうかそうか。
発動自体は出来たのじゃな」
女王は何故か笑っている。
俺がノーコンなのがそんなに嬉しいかよ。
「はい」
「そうクヨクヨするでない。
その内慣れるであろう。
立ち話もなんじゃ、そなたの部屋へ向かおう」
女王が歩き出す。
えっ?そっち!?
俺が歩いて来た道じゃん。
「どうしたシツ。
そなたの部屋はこっちじゃぞ」
「あっ、はい!」
早歩きする女王の背中を、俺は小走りで追った。
女王がある一室に入ったので俺もその中へ。
テーブルの上に折り畳まれて置かれた町娘の服が、ここは俺の部屋なのだと如実に示している。
女王は椅子に腰かけたので、俺は消去法でベッドに座った。
そういや俺、この部屋を割り当てられてからあの椅子に座った記憶が無いぞ。
ちょっぴり不服。
「時にシツよ。
先程触れておったが。ピトセがラスティアンを倒したとな?」
女王はランプの上に指先を滑らせ、部屋の壁に影を作った。
「はい」
「それは朗報じゃな。
あやつは全く言う事を聞かんからのう。
使い物にならんと決めつけておったわ」
「……俺がピトセの見せ場を作ったんですよ!?」
「おお、どうした急に」
つい爆発してしまった俺に、女王が目を丸くして怯んでいる。
「あ、すみません……」
「……詳しく聞かせてはくれぬか?」
「町の少し開けた場所で、ピトセとラスティアンが睨み合っていたんです。
俺が投げたマジックアローは外れたんですが、それで驚いたラスティアンがピトセの方に跳ねて、そこをピトセが殴り倒しました」
「ほう」
「これって全部がピトセの手柄じゃなくて、俺のお陰でも有ります……よね?」
女王はしばしの間「うーむ」と唸った。
「偶々そうなったのであろう?
残念じゃが、シツがマジックアローを外したのには変わらぬ」
「そんな!」
俺は右手を女王へと伸ばした。
この右手が何をどうしたいのかは、当の本人である俺にも良く分からない。
「落ち着け、まだ続きが有る。
そなたのマジックアローが陽動になったのも偶然なら、そこをピトセが利用したのもまた偶然。
分かるか?そなた達は単に運が良かったのじゃ。
そなたもピトセも……どちらもな」
「……成る程」
腐っても女王、か。
怒りに渦を巻いていた俺も、これはかなり腑に落ちた。
「勝負は時の運と言うじゃろう。
結果ラスティアンを倒せたのならばそれで良かろうに」
幼稚な俺を上から見るように、フンと鼻息を飛ばす女王。
「でも、シツはピトセを賞賛していましたよ?」
「それとこれとは話が別じゃ。
ゾデは恐らく、獣じみておるピトセがAAとしての使命を果たせた事実そのものを賞賛したのじゃろう。
そなたはクラス2、片やピトセは認定後初のラスティアン討伐。
評価の基準がまるで違う故、妬くのは見当違いじゃ」
「確かに、そう言われてみれば……」
女王の意見はどれもこれも筋が通っていて、ただ不満を漏らしていただけの自分が、何だか馬鹿馬鹿しく思えて来た。
どちらかと言うと良い意味でね。
「ピトセなど関係無く、シツは単に褒めて貰いたいだけなのではないか?」
「えっ?」
どうなんだろう。
「ゾデに賞賛されているピトセを見て憤りを感じたのであれば、大方そうなるじゃろう」
「はあ……」
女王はニヤリと微笑み、椅子から立ち上がって俺の頭に右手を置いた。
天使の輪っか狙いか!?
「何ですか!?」
「シツの頑張りを讃え、頭を撫でてやろうと思ってな。
ほれほれ」
女王が俺の頭頂部を撫で始めた。
ウィッグ越しなんで、正直撫でられてる感覚が薄い。
メツェンさんならまだしも女王からこれをされたって、あんまり喜べないや。
……俺の目線丁度の高さで静かに揺れている爆乳に、俺の息子は喜んでるけどね。
凄い谷間だ。
「ちょっ、そう言うのならメツェンさんに……」
「メツェンになら撫でられたいと?」
「う……」
女王のSな側面が顔を覗かせ、俺の図星を突いてきやがる。
「フフ、背格好は女でも中身は男じゃな」
「……そう言えば、メツェンさんは何処に居るんですか?」
「早速会いに行くのか?」
俺を撫でるのに飽きたのか、女王は天使の輪っかを指でピンと弾いて揺らした後、俺から離れて椅子に戻る。
「違います!ピトセが1人だったし気になって……」
「メツェンなら、自室で裁縫をしているらしいぞ」
女王は自身の左手に右手を近付け、摘んだ指を波打つように上下させている。
糸を通した針で布を縫う、裁縫のジェスチャーをしているんだろう。
「裁縫?」
「ラスティアンをピトセに任せてここに避難した後、メツェンはピトセに服を作ってやりたいと言ったそうじゃ」
「あいつ、殆ど裸同然ですからね……」
「聞いたところによると、そなたの服もこしらえておるらしいぞ。
良かったな、シツ」
「何でそこでニヤつくんですか?」
「さあさあ、今日も疲れたであろう。
わらわはここいらで退散とする」
女王はテーブルに手を突きスッと立ち上がった。
そのままスタスタと早歩きし、出入り口を潜ろうとする。
「あ、待って下さい!」
俺が呼び止めると、女王は壁に手を添えて肩越しに俺を見た。
俺の肌が綺麗だと彼女は言っていたが、そっちのうなじも中々じゃないか。
「何じゃ?
メツェンを呼んで来いとでも?」
「違いますって!
俺、もっとマジックアローの練習をしたいんです。
何度も外したのが悔しくて……だから、明日もまた稽古を付けて欲しいんです。
駄目ですか?」
「……良いだろう。
明日の朝、再びここを訪ねてやる」
「ありがとうございます、女王」
「他には?」
「えっ?」
どうしよう。
オウハイ発言……つまり求婚の事、思い切って聞いてみようかな。
冗談じゃ、と笑われて終わるだけだとは思うけど。
「メツェンか?」
「だからぁ……」
「ではもう行くぞ。
朝寝坊するなよ、シツ」
「あ……」
俺が漏らした言葉にもならない声に女王は気付かず、俺の部屋を出て行った。
言おうか言うまいか、俺がモタモタしている間に。
「……何女王なんか気にしてんだ、俺」
ボソボソと独り言を呟いた後、俺はベッドにうつ伏せで寝転がった。
押し潰された胃袋がグウウと鳴る。
良い加減何か食いたいなと思いつつ、瞼がストンストンと降りてくるんだよね。
ま、痩せれるからいっか。
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