第39話 VSフナムシ

女王についてあれこれ話した後、俺達はイサファガに帰還。

ラスティアンに襲撃されているらしいんだけど、パッと見何処にも見当たらない。

ゾデはあっちだこっちだって言ってるんだけど、幻術にでもかかってるんじゃねえの?

と思ってたら俺も目撃しましたよ、キモいラスティアンをね。


「だから言ったろシツ!」


珍しくゾデが怒ってら。

状態異常扱いしてゴメンね。


さて、数メートル先の民家の壁に引っ付いているあの小型ラスティアン、何処がどうキモいのかについて触れたくないけど触れよう。

まずサイズは前のカニよりも小さく、ざっと見て風呂で使う椅子くらいか。

あれの上には絶対座りたくないけど。

体色は鈍く光る黒系統一色で、日陰に隠れられると視認しづらそうだ。


幾つもの節によって構成された楕円形な体の両側面には、短くて細い脚。

数えるのも面倒なまでに生え揃っている。

体の先端と後端にも、長く伸びる触角じみたものをそれぞれ2本セットで備え、それだけだとどっちが頭でどっちが尻かが分からない。

しかし、片方に黒く大きな一対の眼が確認出来るのでそっちが頭だろう。

つまりあのラスティアンは今、頭を下にして壁に張り付き、地面をじっと見ている訳か。

結論、キモい。


「あ」


思い出したぞ。

あれまんまフナムシじゃんフナムシ、俺の記憶よりデカいけど。

海辺とかに居るゴキブリみたいなあれだよ。


小学校の遠足か何かで海に行った時見たな。

女子がキャーキャー喚き散らして海岸を逃げ回り、怖いもの知らずな男子が捕獲を試みるも、ゴキブリ並みの超スピードに心を折られていた。

……小学校時代は平和だったなぁ。

と、要らん回想してる場合じゃなかった。


「シツ、何をボーッとしているんだ」


フナムシを刺激しない為の配慮からか、ゾデが俺に耳打ちする。

この声、やっぱり男か女かどっちつかずだ。


「あっ、すみません」


「静止している今がチャンスだぞ。

マジックアローを使え」


「言われなくても……」


俺は女王のお手本を思い出し、握った右手を振りかざす。

詠唱は心の中だけで良いんだよな。

行け、マジックアロー!


『シュンッ』


成功だ。

右手に作った穴から、お手本同様の白い閃光が飛び出す。


「外れたっ!」


射出自体に成功したのは良いがフナムシには当たらず、民家の壁でパキッと弾けた。

フナムシはその音を察知し、敏捷な動きでササササと壁を這って民家の裏に姿を隠してしまった。


「小型なだけあって素早いな。

次はしっかりと狙えよ、シツ」


「適当に放ったみたいな言い方しないで下さいよ。

今のが初めてですし。

それにしても、本当に低威力なんですね」


外したのはまだ良いとして、俺のマジックアローは土を固めて造られている民家の壁に当たった訳だが、不思議な事に壁を抉ったりヒビ割れさせたりなんて事が一切無かった。

これでも、あのフナムシみたいに小さいラスティアン相手なら貫けるのだろうか。

簡易故に低威力とは女王から聞いてるけど、まさかここまで弱いとは。

魔法入門直後の俺ですら小一時間で習得出来たのも頷ける。


「逆に考えれば、物や人を傷付けずにラスティアンだけを倒せるクリーンな攻撃魔法と言えるだろう」


「まあ……」


「シツ、無駄話はこのくらいにしてラスティアンを追うぞ!」


ゾデは我先にと、フナムシが隠れた民家へと走る。

俺もそれを追いかけた。


「あれだけ小型で敏捷となると、民家や地下道へのへの侵入が不安だな」


「ですね」


「シツ、女王はアンジェロッドの制限を告げられたが、使う心構えはしておいてくれ」


「勿論です」


俺達は、さっきフナムシが張り付いていた民家の周囲を歩いて一周。


「……居ないな」


「屋根の上とか……?」


考え半分に俺が言うとゾデは一旦しゃがみ、垂直に大ジャンプした。

この離れ業も見慣れたもんだ。


「よっ、と。

屋根の上にも居なかった。

何処か別の場所に移動したんだな」


事も無げに着地したゾデは、萎える事をいともあっさりと言い放ってくれた。


「ええー……」


「探すぞ。

ラスティアン討伐はAAの使命だからな」


「はあ……。

そういやピトセはどうしてるんでしょうね?」


ピトセが戦っていると聞き、初めの内は、手柄を取られて相対的に俺のAAとしての地位が下がるんじゃないかと懸念していた。

今は考え方が変わり、むしろピトセに投げてしまいたい。

動き回るのは好きじゃないし、フナムシはキモいし。


「ピトセも何処かで戦っている筈だ。

シツも戦え」


「はいはい……」


それから俺達はフナムシを探し、町中の民家を見て回った。

所々でフナムシを発見するも、マジックアローが中々当たってくれない。

何とか見付けて、マジックアローを外し、そして逃げられるの繰り返し。


日が沈み、辺りは薄暗くなってしまった。

暗くなればなる程、フナムシを探し出すのがより困難になる。

俺は魔力以前に、自尊心やモチベーションを消耗していった。

ダーツなんて触った事すら無いんですよ、はい。


「ピトセ!」


民家が少なくやや開けた場所まで俺達が辿り着いた時、そこにピトセの姿が。


「がるるるる……」


ピトセは身を沈め、自分が今から狩らんとする獲物の隙を伺っているかのようだ。

そんなピトセが睨んでいる先の地面には、俺達が何度も取り逃がしたフナムシが、脚一本動かさずに佇んでいる。

まさに一触即発って感じのする光景だった。

今、俺達は民家の影からそれを覗いている。


「シツ、やれるか?」


「とりあえずやりますけど……」


俺は半ば投げ槍になっていた。

もう何回もマジックアローを外している所為で、次投げてもまた外れでしょ?と後ろめたく考えてしまう。

それでもやるしかない。

俺は右手を振りかぶった。


「がう!?」


気配を察知したピトセが俺の居る方に振り向く。

すばしっこいフナムシだけでも面倒なのが、ピトセのアンチ俺属性で泣きっ面に蜂の展開か?

こっち来んなよ頼むから。

マジックアロー、当たってくれ!


『シュンッ』


マジックアローは飛んで行き、フナムシの尻尾的な部分を掠めた。

それに驚いたフナムシが、迂闊にも真正面……つまりピトセに向かって飛び跳ねる。


「がうー!」


視線を俺からフナムシに戻したピトセが、自らの眼前に迫るフナムシに引っ掻きを食らわせた。

ピトセのAA能力により、フナムシが白いチリになって飛散。

ちょっとした連携プレーみたいな流れでフナムシは倒された。


「ピトセ、見事だ!」


金属の両手を叩き合わせながらゾデがピトセに近付いて行く。


俺は、それがどうもいけ好かなかった。

確かに直接倒したのはピトセだったけど、俺のマジックアローも勘定に入れて欲しい所。

待遇の差による不満から、気付けば俺の両頬がプクッと膨らんでいた。

そりゃあ、ピトセに投げたいとは思ってたけどもさ。



「がうっ?」


「その調子でイサファガを守ってくれ、ピトセ。

……おいシツ、何処へ行く?

後輩AAの勝利を祝福しないのか?」


俺が踵を返して立ち去ろうとしている事に、ゾデが遅れて気付いた。


「疲れました。

部屋に帰って寝ます」


俺は一旦足を止めて簡単に返事をし、そのまま歩き出した。

ガシャガシャと、金属の歩行音が背後から近付いて来る。

だが俺は歩みを止めない。


「シツ」


「ほっといて下さい」


「……分かった。

だが、僕はお前に大事な話が有るんだ。

今日はゆっくり休んでくれて構わないから、明日の朝に話そう」


「へーへー……」


俺は超適当にヒラヒラと手を振って見せ、地下道の出入り口を目指した。

クラス2昇格の大手柄で浮かれていた俺のプライドも今やズタボロ。

ああー、こんな時にメツェンさんが慰めたりしてくれないかなぁ。

ピトセはあっちだけど、メツェンさんは何処に居るんだろう。

メツェンさんメツェンさん……うっ。

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