第38話 未婚の女王

町にラスティアンが出たとの報告をゾデが持ってきた。

しかし俺は、簡易攻撃魔法のマジックアロー習得に向けて瞑想中。

かと思いきや、既に習得は終わっていると女王は言う。

女王のお手本を見て、じゃあ俺もやってみるかとなった所で、足が痺れて立てなかった。


「シツ、立ち上がれないか?」


「はい……すみませんゾデさん」


「ゾデ、シツを背負って街へ連れて行け。

道中で揺さぶられている内に足の痺れも取れよう。

当然ゾデか先になるが、わらわも町に戻る」


「仰せのままに。

シツ、少しだけ我慢しろよ」


「ええ……」


未だに足の自由が効かない俺は、ゾデによって強引に背負われてしまった。

俺に選択肢は与えられないのか。

まあ、どっち道行くつもりではあるけどさ。


「シツよ、此度のラスティアン討伐には制限を課す。

直接攻撃及び魔法武器を一切使用せず、マジックアローのみでラスティアンを倒すのじゃ。

無論、人命に関わる場面ではこの限りで無いが」


「まだ一回も放ってないのに、上手く当てられますかね……?」


「当てろ」


ひっでえ。

何のアドバイスにもなってないぞ、それ。


「女王、もう行っても?」


ゾデが確認を取り、それに対して女王はしっかりと頷いた。


「うむ。

シツが制限違反をせぬよう見張っておれ」


「承知しました。

では!」


ゾデはその場で大ジャンプした。

岩に昇る時なら分かるんだが、降りる時は普通でも良いんじゃないかな。


「おわぁ!」


岩の高さと大ジャンプの勢いが合わさって、着地の衝撃が中々凄まじい。

ゾデは全くもって平気であるらしく、着地の直後に走り出した。

こいつの肉体おかしくね?


「シツ、足はどうだ?」


「まだちょっと」


「そうか。

町に着いてもまだ痺れていたら、その時は踏ん張ってくれよ!」


「努力します……」


陽が傾き、夕暮れに染まった草原をゾデタクシーは駆け抜ける。

乗る者と乗られる者の両方が、このゾデタクシーにすっかり慣れ切ってしまっている。

もしかしたら俺だけじゃなくて、他にも色んな人を乗せてるのかも知れない。

そろそろ本気で人力車の導入を検討したらどうだろうか。

今回なら2人掛けの人力車があれば、俺だけじゃなくて女王も一遍に連れて行けた筈。

人力車の発想自体が無いかもだし、これについてはそう遠くない内に話してやるとするか。


足の痺れも無くなった所で、俺は女王が意味を伏せたある単語を思い出す。

そして、その単語の意味をゾデに聞いて見ることにした。

こうすりゃ1発なのにどうして隠したのかが、やっぱり俺には分からない。


「ゾデさん」


「どうした?」


「オウハイってどう言う意味か知ってます?」


「王配?

女王の夫を指す言葉だが、それがどうした?」


俺はオウハイの意味を知り、そのオウハイを含んだ女王の発言をも理解した。

そしてそれが受け入れられず、何か聞き間違いをしたんじゃないかと自分の耳を疑う。

……女王が俺に求婚だって?


「……えっと、ゾデさんもう一回お願いします」


「難しかったか?

女王が婚約者として選んだ男性を王配と呼ぶ。

この言葉を知らないとなると、シツの世界では女王が一般的でないのか」


聞き間違いじゃなかった。

うん?


「そもそも王制じゃないです」


「そうなのか。

僕の常識と全く異なる、まさに別世界だな」


「ですね……」


俺は未だに女王の求婚が受け入れられず、ゾデに生返事をしてしまった。

求婚が受け入れられないと言うより、何で俺に求婚してんだよってとこ。

冗談だとは言ってたが、あれは墓云々の発言の方を指していたのかも知れないし、求婚が冗談だったのならわざわざオウハイの意味を隠さなくても良いだろう。

これらは単なる深読みで、俺はただひたすらにおちょくられてただけなのか……?


「王配と聞いて思い出したんだが、実を言うと女王は未婚なのだ」


「未婚?

仮にも一国の女王だし、貰い手は居そうですけど……」


「それがだな、女王は夫に求めるハードルがどうも高いらしく、これまでにも何度か縁談が持ち込まれたが、ただの一つとして上手くいった試しがない。

女王だからと言って必ずしも婚約を交わす必要は無いのだが、側近の僕としては少し不安になる」


「へえ……」


どれくらい本気か知らんけど、あんたが心配してるその女王、色んな過程をすっ飛ばして俺に求婚してきやがりましたよ。

女装趣味を持つ年下が好みなのかな。

俺の美肌を気にしてた事から察するに、相手にも美を求めてるってのは少なからず有りそうだが。


「シツ、お前は女王の事をどう思う?」


「……はい?」


「時々思うんだ。

もしや我が女王は、縁談が成り立たぬまでに女性としての魅力が無いのか……とな。

異世界人であるシツの目に、女王はどう映っている?」


これは返事に困る質問だな。

女王も決して悪くはないけど、彼女はアンアンコスを盗んだ前科持ちだし、そもそも俺はメツェンさんが好きだから。


「綺麗な人だとは思いますよ。

ただ、俺は女王の気ままで迷惑被ってますから、その辺がちょっと……」


割と無難に、でも正直に答えられたと思う。


「……そうだったな。

すまない、今のは忘れてくれ」


「そう言うゾデさんはどうなんですか?」


俺、珍しく反撃開始。


「うん?」


「ゾデさんは女王を慕ってるみたいですけど、女性としてはどう思ってます?」


俺はゾデの性別さえ知らなかったが、この質問でケリがつくはず。

適当にはぐらかしたりして、白けさせないでくれよ。

あ、女性じゃなくて異性って言えば確実だったか。


「……え?」


俺の質問返しが相当堪えたのか、ゾデは次第に走る速度を落としていき、遂には何と草原のど真ん中で立ち止まってしまった。

あの、ラスティアン倒しに行かないと。


「ゾデさん?」


「……スカルベル女王はとても素敵なお方だ。

シツにとっては色々と災難だっただろうが、少なくとも僕はそう思っている」


「あ、はい……」


何この空気。

これ、触れちゃまずかったか。

しかも素敵な方ってニュンアスじゃあ、結局性別分からずじまいじゃん。


「日が暮れそうだ。

少し急ぐぞ、シツ」


そう言ってゾデはまた走り出した。

少し急ぐとの言葉通り、立ち止まった遅れを取り戻さんばかりの勢いだ。

さっきの神妙なリアクションと言い、女王とゾデの間にどんなエピソードがあったのか少しだけ気になる。

根掘り葉掘り聞くのは気が進まないし、聞いてもそう簡単には話してくれないだろうけど。

話しづらい空気になってしまい、俺達は町に着くまでの間、互いに黙りこくっていた。

これでピトセがとっくにラスティアンを全滅させてたりしたら笑えるな。

そうなれば、マジックアローの練習もしようがなくなる。


「居たぞ、シツ!」


町に着き、早速ゾデが叫ぶ。

俺はゾデの背中から飛び降りて辺りの民家を見回すが、ラスティアンらしき姿は見られない。


「何処ですか?」


「あそこだ!」


ゾデが右方向を指差したので、そちらを見る。

家しかない。


「……居ませんね」


「いや、確かに見たぞ」


「うーん……」


決して疑うつもりじゃないけど、視界を狭めているその兜だけでも脱いだらどうかな。


「あっ、あそこだ!」


ゾデがまた声を上げた。

そちらに目をやると、ゾデは俺と真反対の方角を指差しているので、俺も体ごとクルリと振り返った。

しかし、またしてもラスティアンの影形は無し。


「……ゾデさん?」


「僕を疑っているのか?

本当に見たんだ」


この世界じゃ魔法が普通に使われるくらいだし、誰かが何かの目的で幻術でも操っていて、ゾデにラスティアンの幻を見せてるんじゃないか?

と思ったらホントに何か居た。


「キモっ!」


その何かを見た俺が抱いた、率直な感想がこれである。

だってマジでキモかったんだもの。

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