第37話 マジックアロー

瞑想に入った俺に、女王はちょっかいをかけて来る。

これは禅で言う喝に当たるのだろうか。

なんて思っていたら首を舐められ、俺はぴゃあっと悲鳴を上げて縮こまる。

この岩を墓にするとかおふざけが過ぎるぞ、ドS女王よ。


「冗談じゃ冗談。

そなたが今学んでおるのは、攻撃魔法の中でも特に簡易なマジックアローじゃ。

簡易さ故に威力は極々軽微じゃが、大抵の者が1日足らずで習得可能。

慌てるでない、シツ」


「はあ……」


「ほれ、さっさと続きをせんか」


「はい」


マジックアロー……魔法の矢か。

俺の名で有る疾の漢字にも矢は使われているから、何だか親近感が湧く。

簡単に習得出来るらしいので、その点は安心。

ただそうなると、首を洗って云々の発言は誇張だったとしても、町民達の憐れむような反応は説明が付かない。

ひょっとして、俺のこれは特別なメニューなんだろうか。


「シツ。

そなたは男の癖に何故そうも、肌が美しいのじゃ?」


……美しいから俺の首を舐めたとでも?


「美容には人一倍気を使ってますから。

男女は関係無いですよ」


「そうか。

わらわも見習わねばならんのう。

そなたの為にもな」


平常心、平常心。

教育プログラムの一環なのかはさて置いて、これは俺をおちょくってるつもりなんだ。

まともに反応しちゃいけないぞ。


「自分の為だけにして下さい。

そう言えば、さっきのオウハイってどう言う意味ですか?」


「それは……フフ、秘密じゃ」


「はあ」


秘密にされたのなら、自分で推察するしかないな。

……女王が言うんだから、オウは王様の王と見て良いだろう。

問題は後ろのハイだ。

『聖杯』の杯なんかがそれっぽいが、これだと人じゃなくて物扱いに感じる。

酒を一緒に飲むみたいな意味だろうか。


この世界独自の単語だったら俺にはお手上げだが、いずれにしろゾデにでも聞けばすぐ分かるよな。

簡単にバレる事くらい分かってるだろうに、女王はどうしてそれを秘密にするのか。

俺は内心頭を捻りながらも、大人しく瞑想を続けた。


「女王!」


時計なんて無いから正確な時間は測れないが、小一時間は経っただろうか。

俺達の元にゾデかやって来た。

ゾデにかかれば岩をよじ登る必要は無く、草原からひとっ飛びで岩の上に着地したらしい。

銀の靴底と岩がぶつかる事によって、周囲に甲高い音が響いた。


「どうしたゾデ。

教育の邪魔をーーー」

「失礼。

町にラスティアンが現れたので、その報告に参りました」


「えっ?」


瞑想なんかしてる場合じゃないな。

俺はクルリと向きを変え、ゾデ達を視界に入れた。

真っ直ぐ立つ女王の下がり気味な目線の先に、ゾデが跪いている。

話題の割にゾデは落ち着き払っていると言うか、こう、今すぐ来て下さい大変なんです!みたいな必死さが感じられない。


「町にはピトセが居る筈じゃが?」


「仰る通りです。

現在、ピトセはラスティアンと交戦しています」


それでこの落ち着き様か。

ただ俺は、ピトセは真面目に戦ってくれているのか?と、疑わずにはいられない。


「それ、俺も行った方が良いですか?」


「今回のラスティアンも小型で、数も決して多くはない。

だがAAが多く居て困る事も無い。

……女王、シツは今魔法の教育を受けているのですよね?

僕としましては、あの規模ならピトセ1人に任せられる範囲だと推察出来ますが。

ご判断を願います」


「シツも町に向かわせる。

ゾデ、何時もの様にシツを背負ってやれ」


「瞑想は良いんですか?」


俺が指摘すると、女王はこちらを見てニヤリと微笑みを浮かべた。

何だよ。


「瞑想はもう飽きたであろう?

次は実習じゃ。

そなたは既にマジックアローを習得しておるぞ」


「もう?」


1日足らずって言ってたけど、1時間も経ってないよ?


「その棒の両端を見よ。

色が変わっているじゃろう?」


女王に言われて見てみると、金色だった棒の両端が真っ黒に染まっている。

右手の物だけでなく、左も同様だった。

瞑想で目を瞑ってたから、今の今まで全く気付かなかったよ。


「確かに……」


「それが黒に変われば習得じゃぞ。

ご苦労であったな、シツ」


「マジックアロー……でしたよね。

どうやって放つんですか?」


「見せてやろう」


女王はそこに細い物が存在しているかのように自身の右手を軽く握り、振りかぶって上空に投擲の動作をした。

すると、何も無い筈の女王の右手から白色極細の光がシュッと飛翔し、瞬く間に空を疾って遠い彼方へ飛んで行く。

消えたのか離れ過ぎたのか、光はすぐに見えなくなった。


「おお……」


「これがマジックアローじゃ。

放つには、放つ意思さえ有れば良い。

慣れない内は心の中で、マジックアロー!とでも唱えれておれば、まず間違えまい」


今のマジックアローって声、緩くてちょっと萌えたんだが。

女王、声優やれんじゃね?


「シツもやって見せよ」


「あっ、はい!」


ずっと座っていた俺は、マジックアローを試そうと立ち上が……れなかった。


「うっ!」


「どうしたシツ」


「まさかそなた、初歩中の初歩であるマジックアローを失敗したとでも言うのか!?」


「ちが、足が痺れちゃったみたいで……つっつ」


ずっと座っていたから仕方無いよね。

……なっさけねえ。

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