第35話 岩の上のシツ

俺に魔法教育を施すと女王が言った途端、それを聞いていた町民達は口々に俺を心配し始める。

訳が分からずキョドる俺に、ほくそ笑む女王が告げた。

首を洗って待っておれ、と。

嫌な予感しかしないんですけど……?


「良い眺めだなぁ……」


かくして俺は今、公園のアスレチックで良くあるジャングルジム並みの大きな岩の上に座り、地平線に広がる草原をボンヤリと眺めている。

優しいそよ風が金髪のウィッグを撫でていく。

こうしていたい気分とかじゃなくて、この辺の岩の上で待ってるようにと女王に言われたからここに居るのだ。

この辺りの草原一帯には多くの岩が散見されるが、これが1番登りやすそうだったので。


「……これで良いのかな?」


俺は自問自答しつつ、自身の首に指先を触れる。

ともすれば笑い話だが、ここに来る途中に綺麗な小川を見付け、女王の意味深な発言を思い出した俺はそれを間に受けた。

つまり、マジで首を洗ってしまったのだ。

タオルなんかの拭く物を持っていないので、水から上がった犬のように首を振ってはみたが大して効果は見られず、今もまだ首回りが濡れている。

濡れている箇所に風が当たる度に、少々の冷たさを感じた。


いやさ、実際問題魔術的な理由で身を清めておかなきゃならなかったりするかもじゃん?

誰も笑ったりしないよね、しないでくれ。


「女王遅いなぁ……」


草原の景色にも飽きが来て暇を持て余した俺は、岩から投げ出している足を何度も何度も空中へと蹴り上げた。

普通に考えれば魔法教育に使う教材なんかの準備に追われてるんだろうけど、ピトセの認定儀式に手間取ってるってのも有り得る。

なんせ野生児だ、儀式のぎの字も分かんないだろうし。


……こう考えてしまうのは、俺がピトセに特別嫌われているからだろう。

今後のメツェンさんには必ずあいつが付いて回るのかと思うと、途端にピトセが憎らしく感じられてしまう。

私を守ろうとするあまり……ってメツェンさんが弁護してたけど、俺だってメツェンさんを守りたいし実際守ってるのに、それでも嫌うとか理不尽にも程がある。

勢いとは言え急接近出来た所を、後から邪魔してくれやがって。

大体あの半裸っぷりは何なんだよ、世のロリコン達を馬鹿にしてるだろ。

……うん。


「お前なんか悪いロリコンに捕まって、痛い目にでも会ってりゃ良いんだよバーカ!」


感情が高ぶり、つい熱のこもった独り言を叫んでしまう。

喉以外のある部位も熱を帯びている気がするが、メツェンさんに一目惚れした瞬間から俺はロリコンを辞めたので、これは気のせいです。

絶対気のせいです。


「おおう、何事じゃシツ」


「おわぁ!?」


突然の声に俺はびっくり仰天し、考え無しに振り向こうとした為バランスを崩してしまう。

岩のフチに座ってたのが良くなかった。

俺が岩から転落する寸前、岩の上に立つ女王の姿が一瞬だけ見えた。

いつからそこに居たんですかね……?


『ドサッ』


「ぐう……」


俺は頭から地面に落下したが、生い茂っている雑草と天使の輪っかがダブルでクッションとして機能し、衝撃こそあれ痛みや怪我は免れた。

ウィッグと輪っかを繋いでいる繊維が痛んでないかは心配だけどね。

おっと、背中の翼にも感謝しなきゃ。


「シツ!無事か?」


岩の上から女王が顔を出し、4、5メートル下に倒れている俺を覗き込む。

有り余る爆乳が重力の影響を受け、やや垂れ下がっている。

俺はどちらかと言うとひんぬー派だけど、あれを見せられるとちょっとだけ浮気してみたくなる。

例えば……乳搾りプレイとか。

引かれるかな。


「平気です……」


「そうか。

驚かせてしまい、済まなかったな。

魔法教育に使う教材を持って来た故、早速じゃがシツの教育を始める。

再度この上に登って参れ」


「はいはい……」


俺は一応頭をさすって気遣いながら、岩の上に戻ろうとして立ち上がった。


「女王、来るの遅くないですか?」


登りやすい形状になっている岩の面へ回り込みながら、俺は不満気味に尋ねた。


「魔法教育をするなど久しかったのでな、教材が中々出て来なかったのじゃ」


「ピトセの事とかは……」


「それじゃ!

あやつは全くもって落ち着きが無くてのう、終いにはメツェンや町民達と協力して無理矢理取り押さえたんじゃ。

何故あれ程までに儀式を嫌うのか、苛立ちを通り越して興味すら湧いて来よったわ」


「はは……」


俺は乾いた笑いを作りつつ岩をよじ登る。

ピトセは俺にだけ乱暴を働くけど、だからってその他の人間に従順な訳でもないんだな。

あれだけ懐いていたメツェンさんにさえも逆らうとは。


「よいしょっ……と」


「来たかシツ」


俺が岩の上に戻ると、中心付近に立っている女王が俺を見た。

女王の両手にはそれぞれスティック糊程度の大きさの棒が握られ、やや尖った両端が彼女の手から僅かにはみ出していた。

指の隙間から覗く茶色と両端の金色は、木材のベースに金属を組み合わせた全体像を俺に連想させる。


「それが、教材……ですか?」


俺が触れると、女王は両方の手を開いて棒を見せた。


「ああ、そなたにはこれを握ったまま瞑想を行なって貰う」


「瞑想?」


なんだ、首を洗って待ってろなんて脅すからもっとハードでデンジャラスな修行かと危惧してたのに。

岩の上で瞑想って、案外普通じゃん。

異世界転生して来た俺からすれば、むしろ刺激が足りないぞ。


「時にシツ、教育を始める前にひとつ聞きたいのじゃか」


「何ですか?」


「先程そなたが叫んでおったロリコンとは、一体どう言う意味じゃ?

あの口振りじゃと、この世界で言うラスティアンの様な怪物を指すのか?」


「忘れて下さいっ!」


ロリコンは断じて怪物なんかじゃありませんからね!

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