第31話 スープ
俺が闇雲に振り下ろした鍬は、狙いを外して地面を抉る。
すると辺りの雑草が急成長し、カニを締め付けて倒してしまった。
完全勝利だ、と万歳した俺はその勢いで草の上に倒れ、そのまま意識を失う。
「う……ん」
見覚えのある木の天井。
草原で倒れた俺が目覚めたのは、イサファガの地下室だった。
「シツちゃん!?」
視界の端から誰かが顔を出し、翡翠の両眼が俺を覗き込む。
僅かに遅れて自由な緑髪が現れ、俺の鼻先をくすぐった。
「メツェン……さん?」
「良かった……気が付いたのね」
ゆっくりと体を起こす。
俺はベッドの上に寝かされていて、そのベットのすぐ近くに椅子を置き、メツェンさんが座っていた。
「がおっ」
メツェンさんの背後から、厄介なあのロリっ子がヒョコッと飛び出す。
「うわっ!」
何でこいつまで居るんだよ。
俺はロリっ子から距離を取ろうとするあまり、壁に背中を打ち付けた。
「がう?」
「どうしたの?シツちゃん」
「そいつ、俺を何度も襲って来て……」
俺が震える指でロリっ子を指すと、何を勘違いしたのか彼女は「がう!」とニッコリ笑顔で元気良く吠えた。
その様子に、また来るぞと構えていた俺は拍子抜け。
「ああ、この子ね?
どうも私に懐いちゃったみたいで、ずっと側に居て離れようとしないの。
刷り込みって言うのかしら……」
「はあ……噛み付いて来たりしませんか?」
「そんな事無いわよ。
むしろ甘えん坊さんで可愛いんだから。
ほら」
そう言って、メツェンさんはロリっ子に手を差し伸べる。
するとロリっ子は、いないないばあをされた赤ん坊の様に茶色い眼をキラキラと輝かせ、
四つ足で飛び跳ねてメツェンさんの手に頬を触れさせた。
「がうー……」
あれだけ俺に迷惑をかけてくれたロリっ子が、まるでメツェンさんに飼い慣らされた猫だ。
首回りをくすぐられ、とても嬉しそうに身をよじっている。
それを見て、生えてもいない尻尾が左右にしなるビジョンさえ浮かんだ。
野生児どころか、最早獣人レベル。
メツェンさんも口角を上げていて、何だか楽しそうにしている。
「ね?」
顔はそのままに、メツェンさんが横目で俺を見た。
「可笑しいな。
俺には敵意剥き出しだったのに……」
「きっと、あらゆる者から私を守ろうとしてくれたんだと思うわ。
シツちゃんは鎧を着ていたらしいし、見た目が怖かったのよ」
「はあ……」
鎧を脱いだ後も怪しかったんですが。
まあ今のこの懐きっぷりも考慮すれば、大方そんなとこだろうね。
俺が戦えなかった間メツェンさんを守ってくれてたのは事実だろうし、ここは水に流してやるとしよう。
「……シツちゃん、あのラスティアンの大群を全滅させたのよね。
超弩級の魔法武器だったって、スカルベルちゃんやゾデから聞いたわよ。
私も見てみてたかったわ」
「魔法武器?」
俺のアンジェロッドが魔法武器だとする仮説は、ゾデと話した時にも一度聞いている。
直接目撃していなかったメツェンさんは兎も角、魔法に明るいであろう女王が魔法武器だと言ったんなら、もうそれで確定なんだろう。
植物を操って攻撃する魔法武器、原作に負けず劣らず中々面白いじゃん。
「ただ、あれだけの大群を倒す為には相当な魔力が求められるのね。
シツちゃんが倒れたのは魔力切れのせいよ。
ねえ、何処か痛かったりしない?」
メツェンさんが椅子から腰を浮かせ、俺に手を伸ばしてくる。
一体その手をどうするつもりなんですか……?
「へっ、平気です!」
「あら、そう?」
実際どこも痛くはないが、俺は手を突き出して大袈裟に断ってみせた。
メツェンさんは手を引き椅子に戻る。
もし平気だって言ってなかったら、どんな展開が待っていたのだろうか。
触診なんかされたら、ついさっき目覚めたばかりの俺はまた気絶してしまうかも知れない。
「そうだシツちゃん、これ飲まない?」
メツェンさんが背後のテーブルへと振り返り、その上に置かれている木製のカップを掴んだ。
俺に向き直り、両手で木のカップを差し出してくる。
傍らのロリっ子がそれを目で追いかけた。
中を覗き込むと、黄色く濁った液体の中に小さな野菜らしき破片が浮かんでいる。
この香りからしても、大まかにスープと呼んで差し支え無いだろう。
「これは……?」
「シツちゃん、朝から何も食べてないでしょう?
少しでも栄養になればと思って残しておいたの」
そういやそうだった。
朝からどころか、この異世界に来てから今まで何も食べてなかったんじゃないか?
長く少食を続けているからか、その辺の感覚が曖昧だ。
「有難うございます。
早速頂きます」
俺はメツェンさんからカップを受け取り、迷わず口を付けた。
人肌より温度の低い、サラサラのぬるいスープ。
色んな材料から出汁を取っているようで、ストレートにこれだと言える味じゃないけど、塩加減が絶妙で旨味とのバランスが良く、とても豊かで広がるような美味しさだ。
暫く振りの食事ってのも大きい。
空腹は最高のスパイスって言うからね。
「どうかしら?」
俺はカップを大きく仰ぎ、最後の一滴まで残さず飲み干してから答える。
「最高ですよ、メツェンさん」
メツェンさんは顔の横で両手を重ね微笑む。
「良かった。
イキリダケを沢山使ったスープだから、魔力補給にもなるわよ」
「……イキリダケ?」
それって確か、媚薬の効果が有る卑猥な形状のキノコでしたよね……?
「シツちゃん?」
突然、メツェンさんが身を乗り出して俺の太ももに触れた。
アンアンコスのニーソとドレスの間は素肌を出していて、そこにメツェンさんは右手を差し込んで来たのだ。
「ぴゃあ!?」
「シツちゃん、他の女の子より先に……私としましょうよ」
メツェンさんの細い指が蠢き、俺の太ももを徐々に這い上がってくる。
逃げたい反面ずっとそうして欲しいような、矛盾し混濁した感覚に襲われる。
「にゃにを!?」
「……分からない?」
メツェンさんは左手で俺の後頭部を引き寄せ、唇を重ねる。
それは一瞬だった。
ほんの一瞬だったから、何が何だか分からない。
「ひっ、ひぃ……」
もう、泣きそう。
勘弁して。
「これでも分からない?
私だって飲んでるのよ、さっきのスープ」
「ふぇぇ!?」
イキリダケのスープを!?
「もう我慢できない。
シツちゃん、後は私に任せて……」
遂に、遂に遂に!
メツェンさんの指先が!
俺の大事な……でもちょっと邪魔な所に……!
「がう?」
こんなとこロリっ子に見せちゃいかんでしょう、メツェンさん!
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