第26話 女王と衣装交換
アンアンコスの女王は爆炎魔法を放ったが、ラスティアンへの決定打にはならなかった。
やっぱり他人が着ていても駄目なんだろう。
此の期に及んで女王はまだアンアンコスを諦めていない様子なので、俺とゾデは止むを得ず結託し女王を押さえつけた。
「ぎゃー!何をする!」
「お許しを、女王。
非常事態ですので」
女王の背後にゾデが回り込み、彼女を羽交い締めにしている。
もう無礼だの何だのと言ってはいられない。
俺は女王の足元にしゃがみ込み、まず女王の履いている靴に手をかけた。
彼女は足をバタバタさせて抵抗して来る。
「おのれぇ……」
「お願いですから大人しくして下さい。
試着くらいなら平和な時にさせてあげますから」
「それはまことであるな!?」
どの口が言う。
脱ぐから部屋を出てくれと言って俺を騙し、転移魔法で逃走を図ったのは一体何処の誰だろうな。
呆れた俺は口を紡ぎ、淡々と女王の足から靴を脱がせる。
ピンクベースに白いリボンの、原作でアンアンが履いているのと同じ靴だ。
靴を脱がせると、白いニーソに包まれた女王の指先が現れる。
俺はつま先から上を辿り、軽くニーソが食い込む女王の膝に触れた。
メツェンさんと触れた時程の抵抗は感じない。
「シツ、ゾデっ!
わらわは観念した!これ以上は自分で脱ぐから離してくれ!
頼む!」
「どうする、シツ」
女王の忠実な部下である筈のゾデが、女王の宣言をさておいて俺に判断を委ねた。
これ、女王からすればかなり宜しくない状況だと思う。
今のゾデは多かれ少なかれ、女王への信頼度が下がっているんだろう。
一国の女王ともあろう者が、よりによってこんな時に盗みを働き、挙句の果てに反省の色も大して見えないんじゃあ無理も無い。
本当に大人気ない女王だ。
「まあ、良いですよ。
自分で脱いだ方が手っ取り早いでしょうし」
俺は一足の靴をそれぞれ両手に持ち、女王から離れた。
それとほぼ同時にゾデが女王を解放する。
「俺は背中向けときますけど、ゾデさんは見張ってて下さい」
最低限のプライバシーは守るけど、また逃げられたりしたら困るどころじゃ無いからな。
ゾデの性別を俺は知らないが、仮に男だったとしても今回の場合は必要悪だろう。
そもそも、女王は本来あれこれと文句を言える立場じゃないんだよなぁ。
「分かった。
さあ女王、急いで」
「分かっておるわ……」
「じゃあ俺も脱ぎますんで、後でこれ着て下さい」
女王の立場はそりゃあ悪いけども、だからってすっぽんぽんで放置するのは気が引ける。
女王の胸のサイズには合わないだろうが、本来なら俺のようなひんぬー専用装備であるアンアンコスよりはまだマシだろう。
今更だが、生地が伸びたり痛んだりしてないか不安になってきた。
直すにしても、この世界の裁縫技術はどれくらいのレベルなんだろうか。
物体を修復する魔法でも有れば助かるんだけどね。
「とほほ、わらわが平民の衣を着る羽目になるとは……」
「女王、それは自業自得です」
「ゾデさん、ちゃんと脱いでますか?」
俺の方は薄着なので簡単に脱ぎ去ってしまった。
上はノーブラ、下はアンアンコスに合わせてチョイス下は白のショーツだから、つまるところ今の俺はパンイチ。
あ、ウィッグはそのままだった。
ネックレスとアンジェロッドもだね。
「ああ。
女王はたった今全裸になった所だ」
「やめんかゾデ!
わらわに恥をかかせるでない!」
「とっくに恥まみれですよ。
女王、代わりにこれを着て下さい」
俺は町娘の薄着を背中越しに放り投げた。
狙いは適当だけど、もし外れていてもゾデや女王自身が拾ってくれるだろう。
「ううー……」
まだアンアンコスが名残惜しいのか、町娘に扮するのが嫌なのか。
俺の後方で女王が不満げに唸っている。
「シツ、これで全部か?」
俺の眼前にゾデが回り込んで来た。
手には女王が脱ぎ去ったアンアンコス一式を乗せている。
それを見た俺は安心感を覚え、フゥーッと溜め息を吐いた。
これでまたラスティアンと戦えそうだ。
100パーセントではないけれど、95パーセントくらいは期待出来る。
「……はい、全部揃ってます。
すぐに着ますんで!」
俺はゾデからアンアンコスを受け取り、これまで何度もそうしてきたようにテキパキと装着する。
原作ではアンジェロッドの起動と同時に眩い光に包まれ、美少女戦士お約束の変身シーンを跨いでアンアン登場となるのだが、リアルだとまあこんなものだ。
「シツ、そなた女物の下着を……」
「うわっ!見てるんですか!?」
右足にニーソを被せる所で、女王が俺に声をかけてきた。
自分は全裸だと報告されて嫌がっていたのに、俺の着替えは堂々と覗くのかよ。
お返しって訳でもないが振り向いてみると、女王は既に町娘の服を着ていた。
アンアンコスよりはマシだが、やっぱり胸のサイズが合わなさ過ぎ。
やや前屈姿勢で顎に手を添え、細い目で俺を視姦……いや鑑賞してくる。
なんだよその目は。
自分が着替え終わったんだから、俺のプライバシーはどうでも良いってか。
「うーむ、悔しいが良く似合っておるな」
「当たり前でしょう。
これを着る為に色々してきましたから」
減量とかメイクの練習とか、あまり意識してないけど女声の出し方とかね。
女王もこれには納得してくれたみたいで、草の上に視線を沈め、腰の左右に両手を当てている。
「左様か。
美の道は長く険しいものじゃな……。
それを着こなそうとすれば、わらわも手を尽くさねばなるまい」
「いや、まずその胸が無理です。
早く諦めた方が良いですよ」
「何を!?」
女王と言い合いをしている間に、俺はアンアンコスの装着を完了した。
常日頃から女装なんかしてる癖して、これをついさっきまで女性が着ていたんだと思うと気恥ずかしい。
恥ずかしさの種類が違うのかな。
立ち上がって尻の土を払い、首を捻って背中の翼を視界に入れ、指で突っついて状態をチェック。
布地の痛みなどは特に見当たらなかった。
「よし!」
「シツ、どうだ?
戦えそうか?」
「まだ分からないです。
これを試せばすぐですけど」
俺は胸のアンジェロッドに手を添えた。
今の俺が本調子なら、毛ガニ戦時のアンジェネリックソードよろしく何かしらの融合武器を生み出せるだろう。
「そのペンダントが……どうなるのじゃ?」
「これは他の武器と融合出来るんです。
毛ガニもそれで倒したんですよ」
「ほう」
「その件についてはまたお話しします。
さて生憎だがシツ、僕の剣は地下道に置いてきてしまったんだ。
帯剣して走り回ったのでは、見た町民を不安にさせるからな。
他には何も持っていないんだが、どうする?」
俺はゾデの兜からつま先まで順に目を走らせ、それが終わるとゾデに目線を合わせた。
これで実際に合っているのかは、兜のせいでゾデだけにしか分からない。
「その鎧を融合させてみるのは、どうでしょう……?」
「鎧を……どうするつもりじゃ?」
女王が眉を潜めている。
それは妥当な反応だけど、原作でのアンアンの奇想天外っぷりを良く知っている俺は、鎧でも戦える確信を持っている。
……とりあえず言ってはみたものの、この提案が通るとはとても思えない。
俺と知り合って以来、非戦闘時であってもずっとフルメイルで居るゾデには、鎧に常時身を包んでいたくなる程の、何か深い事情が有るに違いないからだ。
俺は静かにゾデの拒絶を待った。
「ああ、良いだろう。
やって見てくれ」
「良いの!?」
良いの!?
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