第22話 カニの大移動

メツェンさんのアドバイスに従い、俺はカニのラスティアンを蹴飛ばすはずだった、

しかしAAの対ラスティアン能力は何故か働かず、カニの甲羅で足を痛める結果に終わった。

無様にのたうち回る俺を見たメツェンさんは、これが非常事態だと察してくれたらしく、俺の手を取って無理矢理起き上がらせ、一緒に走ってその場から逃げ出した。

AAとして戦えないのなら、ラスティアンからは逃走一択だ。


「一体全体、どうしちゃったのよシツちゃん!」


「俺にも分かりませんよ!」


幸いな事に、俺達は森の深くにまでは入っていなかった。

昨日ゾデと来た時は、今日よりももっと奥に進んでいたな。

あのカニは鈍足っぽかったし、これならとりあえず安全は確保できそうだ。


「AAが力を無くすなんて聞いた事無いわよ!」


「魔力切れかも知れません!」


「ええっ?」


俺の隣を走るメツェンさんが俺の顔を見た。

こんな時にあれだが、彼女はやっぱりとても綺麗な眼をしている。

激しく揺れている胸を鑑賞するのは、流石に自重しておこう。


「ゾデさんが言ってました!

俺の武器は魔法武器かもって!」


「でも、武器じゃなくて蹴りが効かなかったわよ?」


「それは……」


何でだろう。

メツェンさんの言い振りだと、魔力が切れてもAAの力そのものは使えるみたい。

じゃあ魔力は関係無いのかな。


『ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ』


唐突に俺達の背後から迫り来る、おびただしい数の音。

俺とメツェンさんが走りながら後ろを向いてみると、黄褐色の落ち葉が敷き詰められていた筈の森一面が、鮮やかな赤に染まっている。


「大群っ!?」


「げえっ!?」


鮮やかな赤の1匹1匹はさっきのカニだ。

だが数が余りにも多過ぎる。

これだけの数が森のどこに潜んでいたって言うんだよ。

と、ここで俺の脳内にゾデの言葉がフラッシュバックした。

3人で丘を越え、超巨大毛ガニを目の当たりにした時の台詞だ。


『この星のどこかからここに転移して来たのだろうな』


突然のラスティアン襲来を、ゾデは『転移』と表現した。

このカニ達も毛ガニ同様転移して来たんだろうか。

だとすると、直接囲まれなかったのだけは不幸中の幸いだった。


「森を抜けるわよ!」


メツェンさんの叫びで視界に意識を戻すと、前方には穏やかな草原が広がっていた。

後方には全くもって穏やかでない、カニの大群がひしめいてるけどね。

つうかこいつら足速くね?

俺もメツェンさんもずっと走ってるのに、ちっとも距離が開かないんだが。

1匹の時はトロトロしてたのに、群れたからって強気になってんのかな。

何にせよ良い迷惑だ。

こんな時にAA能力不発なんて泣きっ面に蜂、女装っ子にカニだ。


「メツェンさん、どこまで逃げたら!?」


「町の地下に入れば安全よ!頑張って!」


「はい!」


『ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ』


ちょっちょっちょ、増えてるって!


「きゃあ!」


俺より先に後ろを見てしまったメツェンさんが悲鳴を上げる。

遅ればせながら恐る恐る確認すると、森の木々の間から続々とカニが流れ出し、極大規模の群れを形成しつつあった。

森の中では樹木のせいで視界が限られていたから気付かなかったが、奴等はこんなにも大勢で居たのか。

若緑色の草原が、たちまち鮮やかな赤で埋め尽くされていく。

背中の黒もまたグロテスクだ。


「何でこんなに!」


「シツ!メツェン!」


前方遥か彼方から、ゾデの大声が響いた。

眼を凝らして良く見ると、いつもの銀ピカフルメイルに身を包んだゾデが土煙を上げ、こちらに向かって爆走している。

遠くからでもこの光景は異常だと、誰でも一目で分かるよな。


いやー良かった、驚異の身体能力を誇るゾデならこの危機的状況も何とかしてくれる。

だってあいつ、俺を担いでても俺より疾く走れちゃうんだもん。

一層の事メツェンさんも同時に背負って貰うか。


「ゾデさん!」


「きゃっ!」


俺がゾデの名を叫んだ直後、メツェンさんの小さな悲鳴が。


「メツェンさん!」


カニの大群に追われてるってのに、俺は走る速度を殺して立ち止まった。

メツェンさんが地面に倒れている。

足をくじいて転んでしまったのか。

反応が遅かったせいで、俺とメツェンさんとの間に生まれた距離は長く、彼女の背後にはカニで構成された鮮やかな赤の大波が押し寄せ、全てを飲み込まんとうねっている。

間に合いそうにないが、俺は腕を伸ばして踏み込んだ。


だって好きだもの。


「逃げて!」


俺は硬直する。

共倒れの危険を冒してメツェンさんを助けるか、彼女を見捨てて俺だけ逃げるか。

判断するより先に、俺の体は宙に浮かび上がった。


「何をしている!」


ゾデが俺の頭を後ろにして肩に背負う。

ゾデはすぐに、カニの大群と反対方向の自身が元来た道を走り始めた。

頭が後ろだから、俺の視界にはメツェンさんとカニの大群がバッチリ映っている。


「メツェンさん!」


俺に向けられた引きつる笑顔を最後に、メツェンさんの姿が赤い波に消えた。

見る見る内にカニとの距離が離れていく。

俺の身の安全は確保された。

だがメツェンさんは死んだ。


「メツェンさん!」


俺は暴れた。

何でだろうな。

ゾデの判断が正しいってのは分かってるよ?

でも腹が立つんだ。


「何故戦わない!?」


「うるせぇ!戦えないんだよ!

AAの力が出ないんだよ!」


「何!?」


「ゾデ!メツェンさんを助けろよ!」


「もう無理だ!彼女は死んだ!」


「うるせぇ!助けろよ!」


俺は手足をガムシャラに振り回した。

その拍子で顔に触れた、首から下げているアンジェロッドの存在を思い出す。

直接攻撃は不発だったが、もしかしたらアンジェロッドは機能するかも知れない。

俺はアンジェロッドの先端でゾデの鎧の背中を叩く。


……何も起きなかった。

鎧は武器じゃないからか。

だが原作ではマイクや電車、はたまた死人までもを融合して戦ってたぞ。

鎧だってバトルスーツとかに出来るだろう。

俺はもう一度試したが、駄目だった。


「うおおおおお!」


慟哭。

ギュッと目を閉じて。

それしかなかった。


『ガキィン』


「……この音!」


ハッとしてカニの方を見上げ目を開けると、メツェンさんを中心にしているであろうカニの小山から、1匹また1匹とカニが吹き飛ばされて行く。

俺も馴染み深い、謎バリアーのガード音と同時に。


「おいゾデ!あれ!」


俺の誘導に乗ったゾデが上体毎振り向くと、ゾデは徐々に走る速度を落とした。

俺はカニの小山に注目して欲しかったのだがゾデは仰け反り、カニではなく空を見上げているようだ。


「また新たなAAが……?」


どうしてゾデが空を見上げているのか気になるが、ゾデに背負われている身の俺は姿勢の自由が利かず、自身の眼では空を確認出来ない。

だが、死んだと思われたメツェンさんに希望が舞い降りたらしい事は、聴覚で得られる情報からだけでも充分把握出来た。


「メツェンがジリンジャーだったとは……」


メツェンさんを見捨ててまで逃げていたゾデが、遂に足を止めた。

ジリンジャーって何ですか。

メツェンさんが助かるなら何だって構わないけど、ジリンジャーって何ですか。


「ぶわ!」


ゾデに放り投げられ、俺は草の上に顔面から落下。

毎度の事だが荒っぽい奴だ。

口に入った土をペッペッと吐き出しながら体を起こすと、カニの小山から次々とカニが吹き飛んでいくのが見えた。

まるでポップコーンを作っているかのような、滑稽にさえ思える光景である。


俺達が呆然とそれを眺めていると、カニの小山がドッ、ドッと、内側から突き上げるように脈動し始める。

何度かの振動の後、カニの小山がボコォンと炸裂した。


「がおーっ!」


中に居たのはバンザイ体勢で吠える半裸のロリっ子。

第一声はがおーっ、だってさ。

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