第19話 翡翠と草原

魔法武器と思しきアンジェネリックソードで消耗しているかも知れない魔力の足しにと、催淫作用を持つイキリダケを勧めてきたゾデ。

俺はそれを、俺専用保育園の設立を目論む女王の目論見だとしか思えなかった。

もしかしたら、魔力の足しになるってのも嘘だったりして。


「要らないか。

もし体調に異変を感じたら、その時は僕でも誰でも良いから声をかけてくれ」


俺が警戒するのも束の間、ゾデはあっさりと自らの提案を取り下げ、サッと椅子から立ち上がった。


「どこへ?」


「シツの武器……アンジェロッドについては凡そ把握出来た。

あれだけの巨大なラスティアンを相手にして、シツもさぞかし疲れているだろう。

僕の話はこれで終わりにするから、ゆっくり休むと良い」


「はあ……」


俺もそうだけど、ゾデの方こそ運動量とかダメージがヤバそうなんだが……。


「では、失礼した」


ゾデが部屋から出て行く。

そう言えば、この地下室ってドアが設けられてないんだな。

未完成なのか元々この設計なのか、一体どっちだろう。

キチンと造られた廊下を見るに、材料不足とかは考えにくい。


さて、ゾデが言ったように俺は疲労している。

コスプレ向きの体型を維持する為に食事制限してるし、それにずっと引きこもってたから体力無いんだよね。

誰も居ない事だし、堂々と寝転がってやろう。

俺はベッドの上に仰向けで体を預けた。

期待してなかったけど意外に柔らかい。


「ああー……」


筋肉が溶けていくみたいだ。

重力も今は心地良く感じる。

床や壁同様に木材で覆われた天井をボオッと見つめていると、まぶたが勝手に降りて来る。

もうこのまま寝ちまおうか。


「シツちゃん?」


「ふぁっ!?」


夢と現実の境でまどろんでいた俺をメツェンさんが呼ぶ。

気配さえ感じでいなかった俺は驚き、全身をビクンと震わせた。


「あら、もしかして寝ちゃってた?」


そうだけど、こうなったもんはしょうがない。

俺は上半身を起こし、ベッドのフチに座って出入り口の方を見た。

案の定、そこには壁に軽くもたれかかっているメツェンさんの姿が。


「まあ……はい」


まだ眠気が抜け切らない俺は、右手の甲で目を擦る。

ドアがちゃんと付いてればと一瞬思ったが、有ったら有ったでノックされていただろうから、そこは然程重要じゃないな。


「御免なさいね。

お詫びに添い寝して、子守唄を聞かせてあげましょうか?」


「添い寝ぇっ!?」


そんな事されたら逆に寝れなくなるって。

ひょっとして俺、メツェンさんに年頃の男子として見られてないのか?

いやいやそんな筈は。


「ウフフ、冗談よ冗談。

椅子、座っても良いかな?」


「……どうぞ」


俺の許可を貰ったメツェンさんはテーブルに手を置き支えにしながら、その近くの椅子に座った。

尻から太ももに差し掛かる間の柔い肉に、椅子のカドが食い込んでいる。

ランプの火に照らされるメツェンさんの艶めく緑髪が、

ここはファンタジックな世界なんだと俺に再確認させた。

だってあれ、俺みたいにウィッグとかじゃなくて地毛だろ?

いや、本人に聞いたワケでもないけれど。


「メツェンさんは、俺に何の用ですか?」


「シツちゃんの今後について、色々と話し合って置きたいの」


「俺の、今後……」


俺はこの世界を全然知らないから、今後どうするかなんて全く決まっていないし、そもそも今の俺だけでは決められない。

現地人であるメツェンさんなら、俺の相談に乗ってくれそうだ。

そればかりか、メツェンさんの方から俺を案じに来てくれた。

ひょっとして俺、好かれてるのかな?


「スカルベルちゃんが目覚めたら、シツちゃんは儀式を受けてクラス2になる。

クラス2になったら、この国から出る許可が下りるの」


「許可……?」


初耳だ。

クラス2になったらって事は、今の俺は国の外に出られないのか。

女王が俺の昇格に消極的だったのは、俺にこの国へ留まって欲しいからだったかも。


「これは飽くまで許可だから、その後どうするかはシツちゃんが自分の意思で決めて良いの。

だけど現実問題、これまでここに来たAAはみんな、クラス2になり次第イサファガを出て行ったわ」


メツェンさんは残念そうに俯き、自身の太ももの上で両手を握った。

イサファガってのは、ここに入国した時会った爺さんも言ってたな。

メツェンさんの文脈からしても、ここの国の正式名称である事に疑いの余地は無い。


「そうなんですか……」


「シツちゃんには意外かも知れないけど、イサファガはかなり安全な所なのよ。

地震は時々起こるけど、ラスティアンが出るのはホントにごく稀でね。

あんな大きいの、私は生まれて初めて見たくらいだわ」


「へえ……」


確かにあの毛ガニはデカかった。

アンジェネリックソードが有ったとは言え、我ながら良く倒せたもんだと今になってはそう思う。


「それでね?

平和過ぎる環境に不満を感じたAA達は、より良い待遇と活躍の場を求めて出国して行ってしまうの。

シツちゃんなんかはもう昇格が決まってるから、すぐに出て行っちゃうんじゃないかって……」


「うーん……」


大体把握出来た。

折角特別な能力を得たのに暇してたんじゃあ、現状に不満を募らせるのも無理は無い。

他所でもっとチヤホヤされるってんなら尚更だ。

俺自身については、まだ何とも言えないけどね。


「シツちゃんはどうしたいの?」


メツェンさんが俺をまっすぐ見つめる。

口をキュッと閉じていて、どこか寂しそうな表情。

緑髪と似た色の両眼は、キラキラとしていて宝石の翡翠みたいだ。


「まだ何とも……」


とりあえず無難に返答すると、メツェンさんは豊かな胸の上を撫で下ろし、ホオッと微弱な溜め息を吐き出した。

表情も緩んでいる。


「良かった。

私、もっとシツちゃんの近くに居たいもの」


「あの……」


メツェンさんに対し初対面の時から抱いている疑問、この際だからぶつけてみるとしよう。


「どうしたの?」


「メツェンさんはどうして、そんなに俺と居たがるんですか?」


メツェンさんは答えるより前に、2、3回程パチクリと瞬きをした。


「……理由は色々あるわ。

どれだけ平和でもラスティアンは怖いから、AAとしてイサファガに居て欲しいのひとつ。

単純に私が他人とお別れしたくない性分なのも有るけど、これはただのエゴよね」


メツェンさんは鼻を擦り、何故か照れ臭そうにしている。


「会ったAA全員にその話を……?」


メツェンさんはパッと俺を見た後、目線を背けて床に落とした。


「……シツちゃんは、特別よ。

AA初の男の子だし、それなのに女の子みたいで素敵な服を着てるし。

それに……」


コスプレ衣装を褒められると、体型維持に苦心している当人の俺としては鼻が高い。

何万もしたしね、これ。


「それに?」


メツェンさんは数瞬の沈黙の後、ブンブンと頭を横に振った。

縛ったりせず自由にしている緑髪が撒き散らされ、俺がこの異世界で最初に降り立った風吹く草原の景色を思い起こさせる。

草の匂いはしないが、メツェンさんの『良い匂い』がほのかに漂っていた。


「ううん、何でも無いの。

兎に角シツちゃんは強くて可愛くて面白いから、出来るだけ側に居たいのよ。

駄目かしら?」


メツェンさんは喋りながら椅子を離れ、ベッドのフチに座る俺に近付く。

彼女の両手が俺の右手を優しく包み込む。

彼女のきめ細やかな指先が、AAの証である金のブレスレットに触れた。


「ええっ?駄目じゃない、です」


メツェンさんの積極的なスキンシップに怯んだ俺は、対して考えもせずに彼女の意見を実質通した。

すると、彼女はたちまち笑顔を取り戻す。

それを見て、俺の心臓がバタンキューした。

これを人は恋と呼ぶんだよね。


「良かった。

これからも宜しくね、シツちゃん」


「こちらこそ……」


「あそうそう!

イキリダケの料理、どんなのにする?

炒め物?スープ?

串焼きなんかもオススメよ!」


「ちょっとタンマ!」


超ハーレムルートは保留でお願いしますよメツェンさん!

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