第17話 異世界談義

メツェンさんの色気に当てられてはにゃせなくなってしまった俺は、

ゾデに手を引かれて地下道を進み、とある一室の前へ。

先に入ったゾデが中で何やら操作をすると、暗い部屋の壁面がボウっと照らされた。

地下に造られたここは太陽が届かない場所だから、ランプ的な物を用意してあるんだろう。


「さあシツ、入ってくれ。

今日からここがお前の部屋になる」


「お邪魔しまーす……」


入ってみると、俺の六畳一間な自室よりもやや狭い程度の広さ。

ベッドと簡素なテーブルに椅子、椅子には先に入ったゾデが座っていて、それからテーブルの上にはやはりランプが置かれ、その中で火が静かに揺らめいている。


「シツはAAだと言うのに、豪華な部屋を用意できなくてすまないな」


椅子はゾデが使ってるから、俺はベッドの端に腰掛けた。


「いえ……」


「女王の部屋もこことあまり変わらないんだ。

大きい部屋を少なく作るくらいなら、小さい部屋を多く作れとの女王の命令でな」


「へえ」


民思いの優しい女王って感じか。

最初に俺のコスプレ衣装を剥ぎ取らせようとした時は、爆乳だけが取り柄の自分勝手な女王像を脳内に描いてたけど、

実はそうでもないみたいで結構見直したよ。

毛ガニから逃げずに戦おうとしてたのも、無謀ではあるが人間の在り方としては評価できる。


ただ、仮に今後天地がひっくり返るレベルで女王の評価が上がったとしても、このコスプレ衣装だけは絶対に譲らんからな。

俺はそれを体で示すかのように、自身を軽く抱き締めた。

……誰に?


「冷えるのか?」


「え?ああいえ、平気です」


自分の世界に浸かっていたら、ゾデに不要な心配をさせてしまった。

俺は誤解を解く為、即座に腕を開いてみせる。


「それなら良いんだが。

さてシツ、さっきの続きを話してもらいたいんだが」


「これですよね」


俺は自分の首からネックレスを外した。

天使の輪っかが少し邪魔になるが、これはウィッグと一体なので仕方無い。

『さっき』ってのは廊下でメツェンさんを交えての会話で触れた、このネックレスに付随するペンダントの事だろう。


「異世界からここにやって来るAA達は、我々ペインシャント人からすれば未知の技術や知識を有する、いわば宇宙人のような存在だ。

シツの武器もそうだな。

その異質さ故に、AAを毛嫌いする者も居るのだが」


「宇宙人……」


なんか嬉しくない呼び方。

どうせなら俺のこの格好も考慮して、同じ異質でもせめて天使って呼ばれたいもんだ。

それなら俺も嬉しくないどころか、むしろノリノリになれる。


「ああ、また独りよがりに喋ってしまったな。

ペインシャントと言うのは、今我々が暮らしているこの惑星の名前だ。

外的存在であるAAの対の言葉として使われる程度で、別段覚えておく必要も無いが、

まあ一応、頭の片隅にでも刻んでおいてくれ」


ゾデはテーブルに片肘を付いている。

楽な姿勢を取りたいのなら、まずその鎧兜を取れと声を大にして言いたい。


そういやこいつ、性別はどっちなんだろうか。

声だけでは紛らわしくて判断出来ない。

どっちだと困るとか、そんなんじゃないけどね。

強いて挙げるなら男性の方が、少し話しやすくて助かるのか。

ここに住む女性の多くは、俺を逆レイプしようとして来ちゃうから。

女の子怖い。

饅頭は怖くない。


「惑星ペインシャント……ですね」


「シツの星はなんと呼ばれていたんだ?」


「地球、ですね」


「チキュウか。

初めて聞く星だな」


「初めて!?」


ゾデがサラッと放った言葉に俺は驚き、ベッドから勢い良く立ち上がってしまう。


「どうした?」


「え?いや、まさか地球から来たのが自分だけだなんて……」


「その気持ちは分かる。

だがここペインシャントに来てしまった以上、同郷の人間と会ったり話したりするのは不可能だと思ってくれ」


「そんな……」


俺はガックリと落胆し、ベッドに尻を落下させた。

不可能ってそれ、帰る方法なんか無いって意味にもなるよね?

母さんが病院で死の病と闘ってるのに、息子の俺が顔を見せる事すら出来ないなんて。


……あ、でも俺救急車に轢かれて死んだんだっけ。

これじゃあ帰る方法以前の問題か。

今更だけど母さん、先立つ不孝をお許し下さい……。

しかも女装で死んだんじゃあ、世間の笑い者だよな。

そう思うと、地球に帰りたい気持ちが薄らいだ。


「また話が逸れたな。

シツにとっては無駄話で無かったかも知れないが、

良い加減そのペンダントについて話そう」


ゾデが俺の右手を指差す。

件のペンダントをそこに握っているからだ。

俺はゾデが観察し易いよう、右手を広げてペンダントを少しばかり差し出した。

天使の輪に天使の翼と、そのデザインは記号的ですらある。


「実はこれ、ただのペンダントなんです」


「ただの、と言うと?」


「魔法や不思議な力なんて無い、ごく普通のペンダントなんです。

誰でもお金で買えますよ」


「シツ、疑うようで悪いが敢えて聞く。

僕に嘘を付いていないか?」


「そんな!」


俺は食ってかかるように、ゾデの居る方へ身を乗り出した。

何の身寄りも無い異世界に飛ばされた中、現時点で一番頼りにしている人物からあらぬ疑いの目をかけられたのでは、

そりゃあ感情も昂ぶるよ。


「俺が聞きたいくらいですよ!」


「……そうだな。

シツ、すまない」


「別に……」


ゾデが謝ってくれたので、俺は怒りを鞘に収めてベッドの端に戻った。

疑われた事に直接腹を立てたと言うよりも、信頼が崩れてしまうのが怖かったからこそ、態度を荒くして逆らった部分が強いように思う。


「そのペンダントについて、シツが話せる範囲で良いから僕に聞かせてくれ。

僕は余計な口を挟まないよう、極力発言を控える事にするよ」


「そこまでしなくても……」


ちょっと度が過ぎている気もするが、ゾデなりに俺を気遣ってくれているんだな。

俺は安心感を覚え、ペンダントを手の上で傾けたりしつつ口を開いた。


「これは、俺が着ているこの衣装とセットのペンダントなんです。

この衣装はその……えっと、絵や文字の中の架空の存在が着ている服なんです」


「うん?」


俺の言った内容がイマイチ理解できなかったらしく、ゾデはやや前のめりになった。


「この世界にも、神話とか絵画とか、小説や演劇が有りますよね?」


「有るぞ」


ゾデが頷く。

やっぱりいくら異世界であっても人間がそこで暮らす限り、娯楽や文化が発生して当然だよね。

流石に、俺の元居た世界程には発展していないだろうけどさ。


「ですよね。

この衣装やペンダントもそうなんです」


「なるほど。

その架空の人物はなんて言うんだ?」


「えっ?」


「架空の人物にも名前が有るだろう?」


「ええ、まあ……」


この展開だと、あれを言わなくちゃならないのか。

しかしこれを知られたら、奥義名を叫んだ真の意味をゾデに理解されてしまいかねない。

もしそうなれば、最悪また恥ずか死んでしまう。

でも、こっちだって変に嘘を付いたり誤魔化したりはしたくない。

俺は覚悟を決め、静かに深呼吸をした。


ゾデを真っ直ぐ見つめる。

ゾデの全身を包む銀のフルメイルに、不明瞭ながらコスプレイヤーの姿が写り込んでいるのに気付いた。

ピンク系のドレスに、金髪で白ニーソ。

このキャラクターを、俺は誰よりも愛してる。


「……魔法天使、アンジェネリックアンジェネリック……あ」


誰よりも愛してるのに噛んじゃった。

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