第15話 アンジェネリックソード
超巨大毛ガニの一撃により、ゾデの剣がこちらに向かって飛んで来た瞬間、
俺は死を覚悟した。
回避は間に合わない。
「うっ!」
俺は胸に衝撃を受けた。
目を瞑り、後ろに倒れて尻餅をつく。
「シツ!」
ゾデが俺を呼んでる。
良かった、まだ他人の心配を出来るくらいには元気みたいだな。
……て、あれ?俺生きてんじゃん。
謎バリアーの音はしなかったが、痛くもかゆくも無い。
一体何が起こったんだ?
情報を得ようと、目を開けて視界を確保した。
「え?」
仰向け気味に座る俺の目の前には、一振りの剣が落ちている。
だがこれは、ゾデが使っていた銀の剣とは全く異なる外観だ。
ゾデの剣よりも短く、刃と柄の間に有るツバは俺の頭のそれに似ていて、
まるで天使の輪っかのよう。
おまけにツバのすぐ下からは、天使の翼を思わせる一対の装飾までもが生えている。
俺は、このファンシーなデザインを良く知っている。
俺が首にかけていたはずのペンダントが無くなっている事からしても、まず間違い無い。
「まさか……」
『バキバキバキバキ』
氷が砕ける音がした。
振り下ろしの後に女王の魔法で凍らされ、
地面へと固定されていた超巨大毛ガニのハサミが動き出す。
「女王は僕に任せて、シツは自分の事だけ考えろ!」
俺達の側に駆け付けたゾデが、倒れ伏す女王を担ぎ上げながら俺に言った。
「はい!」
「しかし、それは一体……?
僕の剣ではないのか?」
「これは……」
俺はファンシーな件の剣の柄に右手を伸ばし、しっかりと握った。
驚くくらい俺の手にジャストフィットしてくれる。
持ち上げると、これの内部は中空かと疑う程に軽い。
そればかりか、自身の体まで軽くなったようにさえ感じる。
剣道もフェンシングも未経験だが、俺はそれっぽく剣を構えてみた。
「これは……アンジェネリックソードです」
「……後は任せたぞ!」
ゾデは言い終わるより先に走り出した。
あれだけ走ってここに来て、モロに脚の直撃を食らったってのにまだ走れるのか。
「うっ!」
異物が目に入り、俺は左手で顔を庇った。
見上げると、超巨大毛ガニのハサミが高く掲げられ、
女王が放った氷魔法の名残である細かな氷の破片がハサミから剥がれ落ち、
地表に向かってパラパラと降り注いでいる。
もし日向だったら、陽光が反射してさぞかし綺麗だっただろう。
程無く、ハサミが俺目掛けて振り下ろされた。
どの道謎バリアーが守ってくれるけど、ここはひとつ試し斬りと行こう。
俺はアンジェネリックソードを両手で握り、ハサミに対抗するようにして振り上げる。
結果は……俺の勝ちだ。
超巨大毛ガニの超巨大なハサミ。
その下部を、俺は一刀両断で切り落とした。
「よし!」
俺はゾデみたいに超人的な身体能力を有していないけど、
剣の切れ味自体は誰が使っても変わらない筈。
むしろこのアンジェネリックソードは、元となるゾデの剣より良く斬れるのかもね。
非力な俺なのに、関節部分でないハサミを切断出来たのだから。
「うおおお!」
俺は調子に乗って、他の脚も斬ってやろうとダッシュした。
アンジェネリックソードを横に構え、すれ違いざまに斬り付ける。
脚先がスライスされ、痛みを感じたからかその脚は急上昇して行く、
かと思うと、すぐに俺を踏み潰そうと戻って来た。
俺はハサミを切断した最初の時と同じく、アンジェネリックソードアッパーで迎撃。
「わわわわ!」
アンジェネリックソードが肉を切り裂いても、超巨大毛ガニは脚の動きを止めない。
逆に毛ガニ自身が脚を斬られたくてそうしているかのように、
俺が掲げるアンジェネリックソードの刃を境に毛ガニの脚は斬り裂かれ、
白い肉の滝が左右に分かれ流れて行く。
特殊な剣であるせいか、俺の腕や肩に負担はかからない。
しかし控えめに言ってもグロい。
磯の香りとかがしないのが助かる点で、コスプレ衣装に匂い移りなんてしたら最悪だ。
汁も飛んだりしないし、俺が知ってるカニとは違う存在なんだろう。
「これ、どこまで斬れるんだ!?」
超巨大毛ガニは次第にバランスを崩しているようで、
肉を切り裂くのが終わり、アンジェネリックソードが殻を突き破った。
脚から脱出出来た俺は、毛ガニがこちらに倒れてくるのを見てダッシュで逃げた。
信頼と実績の謎バリアーでも、この超重量に耐えられるかは怪しい。
俺は白い肉の海を踏まないように、毛や突起の間を抜けて殻の橋を渡った。
肉を踏んだら足を滑らせそうだし、何よりキモいんだもの。
「うわぁ!」
数秒走った所で超巨大毛ガニの体が大地を叩き、
俺はその凄まじい衝撃で前方へと跳ね飛ばされてしまった。
草の上を三回転程転がり、仰向けで停止する。
そのまま横目で見ると、毛ガニの脚の内一本がとても食べ易そうに切り開かれている。
実際食べたくはないが。
「よっと!」
俺はすぐに起き上がった。呑気にしては居られない。
あいつらラスティアンはほっとくと再生してしまう。
このアンジェネリックソードの切れ味なら、全体をぶつ切りにして弱点を探すのもきっと可能だ。
弱点の名前は、確かテューマリウムだったっけ?
「おりゃあああ!」
俺は意気揚々と、超巨大毛ガニへ突撃した。
謎バリアーのお陰で擦り傷さえ負わずに済む。
アンジェネリックソードが有れば、硬い殻もなんのその。
こう言うのを、人はチートって呼ぶんだよね。
俺は無双ゲーよろしく、滅多やたらに一心不乱にアンジェネリックソードを振り回した。
相手が相手なだけに、無双ゲーよりは狩ゲーのが近いか。
そっちはあんまりやらないけど。
そういや女王いわく、これを倒せばクラス2になれるらしいな。
『せざるを得んな』って言ってた辺り、
女王にとって俺のクラスアップはあまり望ましくはないようだけど。
「あれだ!」
超巨大毛ガニを斬り刻みまくった俺は、遂にテューマリウムを発見。
超巨大なのも有るがかなり滅茶苦茶に斬ったんで、
結局どこに弱点が隠れていたのか分からなかった。
バスケットボール程度だったイセエビのそれより、ふた回り以上も大きなテューマリウムだ。
サイズだけで言えば、バランスボールに出来そう。
俺はアンジェネリックソードを頭上に構え、一旦停止した。
コスプレしてるしどうせ誰も聞いてないし折角だし、何か決め台詞を添えてフィニッシュしてやりたい。
だがとっさには浮かばない。原作もそんな雰囲気じゃないしね。
モタモタしてると再生される。
てなワケでここは安直に。
「アンジェネリーック、スラーシュッ!」
二次奥義、アンジェネリックスラッシュ誕生の瞬間である。
バランスボール大のテューマリウムが綺麗な横真っ二つになり、イセエビの時同様の白いチリになって飛散した。
周囲の肉や殻も同様に消滅し、後には俺だけが残される。
「ふう……」
俺は肩を落とし、軽く溜め息を吐いた。
反則的な攻守のお陰である種の楽しさを感じてはいたが、
運動不足で痩せな引きこもりの俺にはこたえる。
コスプレ衣装が汚れるのもそっちのけで、俺はその場にペタンと座り込んだ。
「シツ!やったなシツ!」
まるでラスボス戦後のようなハイテンションで、ゾデが走って来る。
女王はきっと、どこか安全な場所で休ませてるんだろう。
「アンジェネリックスラッシュが決まったな!」
「ぎゃーっ!」
やっべ、聞かれてた恥ずか死ぬ!
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