退廃した王国イサファガ

第3話 伊勢界転生?

「はっ!?」


いつの間にか、俺は草原に立っていた。

救急車に跳ねられて死んだはずだが、体のどこにも痛みは感じない。

ここはあの世?

それともまさかだが、小説みたいに異世界へ飛ばされたとでも言うのか。


緑の香りを含んだ風が草を揺らし、ニーソックス越しに俺のスネをくすぐる。

目の前には、はあ!?


『ドドドドド』


さっきの救急車よりでかく、4トントラック程も有りそうな、巨大な、巨大な……何か。


とりあえず全体がくすんだ赤1色で、生物めいた有機的な本体、その側面から斜め上に生え、ある点でカクッと曲がって地面へ伸びた、うごめく足らしき多数のパーツが確認できる。

それ以上観察する前に、巨大なそれは轟音を鳴らし、土を激しく巻き散らして俺に迫る。

そのサイズに重量感からして、衝突すれば命の保証は無いだろう。


救急車に跳ねられて死んだばっかなのに、また死ぬのか?

どうせ逃げるなら走るべき所を、俺はつい後ずさりした。


「おわ!」


しかし運の悪い事に、背後の何かへとぶつかって後ろに転んでしまう。

草ではなく、硬いような柔らかいような物が俺を受け止めた。


『ドドドドド』


俺が転んでも、巨大な何かは突進をやめない。

逃げられないと悟った俺は足掻きとして、腕を交差させ防御の姿勢を取った。


その時、

4トントラック並みの巨大なそれの上部に突き出ている、一対の棒状の部分に目が行った。

それぞれの棒の先端には、やや潰れた球状の黒い物体が備わっている。


あれ、眼じゃね?


激突する寸前の俺は、逆に諦めがついたからか、そんなどうでも良い事を考えていた。

目を強く瞑り、全身にチカラを込める。


『ガキィン』


対戦ゲームでのガードを思わせる、硬くて小気味の良い謎の音。

明らかに激突するタイミングだったが、俺の体にはダメージどころか、

振動やよろけと言ったものすら来ず、全く何事も無かった。


右目だけを開けて様子を伺うと、視界に映るのは草原のみ。

だが数メートル先に、大きな影がかかっている。

俺は左目も開き、両眼で影の主を追って空を見上げた。


「……イセエビィ!?」


草原に影を落としていたのは、天に舞う巨大なイセエビだった。


「異世界じゃなくて伊勢界かよ!?」


正面から対峙した時は4トントラック並みだと感じたが、

全体像を見ると腹や尻尾が有る分、トラックよりも大きく感じる。


こんな高級食材を、生前の俺は一度たりとも食べた事は無い。

しかしその見た目や名前くらいは知っている。

なぜ俺が助かり、なぜ巨大イセエビが浮かんでるのかは不明だが、

これがさっき突撃して来た何かの正体か。

さっき足だと思ったのは本当に足で、眼だと思った部分は本当に眼だったワケだ。


巨大イセエビは既に上昇を終えていて、重力に従って落下して来る。

巨大イセエビが草原に落下すると、ドォォンと爆音が響き、

俺の立っている地面も振動した。


「戦え!新たなアンチエージェントよ!」


前方右から、男性とも女性とも区別のつかない中性的な音域の叫び声が上がった。


「えっ?」


俺がそちらを見ると、全身を銀色の鎧で覆う、人間らしき誰かが居た。

巨大イセエビに注意を奪われていたのもそうだが、

草に覆われて視認しづらかったのだろう。


そのフルメイルの人はどこかを負傷しているのか、

両腕を支えにしてなんとか体を起こしている。

そのすぐ側には、鎧と同様な銀の盾と剣が落ちていた。


「ギギギ……」


巨大イセエビが殻をきしませ、再度俺に接近して来る。


「戦え!」


フルメイルが叫ぶ。


これ、俺に向かって言ってるのか?

戸惑っていると、調子を取り戻したらしいイセエビが俺に突進。


「チッ!」


フルメイルが舌打ちをしつつ走り、盾を構えて巨大イセエビの胸部に横から体当たりをした。

その体当たりは体格差を覆す程の威力だったようで、巨大イセエビが大きくよろける。


「ハッ!」


次にフルメイルは、右手の剣をイセエビに振り下ろした。

ザッ、と爽快な音の後、

なんと巨大イセエビは、フルメイルに斬られた胸部を境にして真っ二つに。

まるで現実の出来事とは思えず、ゲームか何かみたいだ。


「やった……!」


俺は右も左も分かってないけど、怪物が倒された喜びからガッツポーズをして歓声を上げた。

しかし、フルメイルはまだ剣と盾を構えたままで、警戒を解かない。


「まだだ!お前がトドメを刺せ!」


フルメイルは今、明らかに俺の方を向いて叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る