第9話

「そういえば、ちょっと気になってたんですけど」



 コーヒーを啜りながら俺を上目遣いで見る陽來。


「何だ?」


 放課後の時間。外からはサッカー部の声が響いてきている。



「この部屋って、普段、鍵が閉まっていて入れないですよね? 鍵は先生が持っているみたいですし……」

「合い鍵を持っているんだ」

「そうなんですか!? え、先輩って見た目は普通なのに、実はワルなんですか?」


「……何故そうなる」

「だって、こんな劇薬とかマッチがある部屋の合い鍵をこっそり持っているってことは、どう考えても不良じゃないですか! 職員室に忍び込んで合い鍵を作ったんですよね?」

「んなことしてねーよ」

「ここから危険なものを色々持ち出して、授業をサボって屋上とかで使ってるんじゃないですか?」

「どんだけ想像力の無駄遣いなんだよ。確かに授業はよくサボるけど……」

「ほら、やっぱりワルじゃないですかー。ダメですよ、喧嘩に火炎瓶とか作って持ってったら」

「俺はいつの時代の不良だ」



 ツッコんだ俺は「それより、」と話を切り替えた。


「全校朝礼、見たぞ。大した暴走っぷりだったな」


 陽來が俯いた。その頬に朱が差す。


「恥ずかしいです……先輩に幽霊を逃す失態を見せてしまうなんて……」


 いや、そこじゃねーだろ、恥ずかしがるところ。


「あの銃、何なんだ? 幽霊を消すことができるみたいだけど……」

「わかりません」

「は? わからないって、なんだよ、それ。自分のもんだろ?」


 眉を持ち上げた俺に、陽來は困ったように首を振った。


「わたしにもわからないんです。わたし、高校デビューなんで」

「高校デビュー?」


 一般的にそれは、中学時代に地味で友達が少なかった人が、高校に入った途端に派手な格好になり友人関係も広くなることを指す。

 陽來の容姿はチワワみたいな愛嬌があって間違いなく可愛いらしいが、決して派手ではない。友人がいないというカミングアウトも先日されたばかりだ。


 首を傾げた俺に、陽來はコーヒーカップを弄りながら目を落とす。


「高校に入ってからなんです。わたしの手からあの銃が出てくるようになったのは。昔は呪文を唱えても、何も出てこなかったんですよ」

「とんだ高校デビューもあったもんだな。それにしても、呪文って……」

「あの呪文、カッコいいと思いませんか!? お姉ちゃんと共通の呪文なんです。わたし、秘密組織に属して幽霊退治をするのが夢で、それをお姉ちゃんに話したら呪文を教えてくれて……」


 姉妹揃って厨二病なのかよ。

 キラキラとした表情で語る陽來に俺はうんざりした。


「で、ふざけて呪文を唱え続けてたら、高校に入って遂にあんなものが出るようになっちまった、というわけか」

「ふざけてなんかいません! わたしはいつも真剣に唱えてました!」


 なお悪いわ。


「ん? てことは、あの銃を使えるようになってから、おまえはまだ……」

「はい。一週間くらいです」


 壁に掛かっているカレンダーをふり仰いだ俺に陽來が言う。

 一週間とは恐れ入った。それならば「わからない」というのも頷ける。これ以上、銃の原理や仕組みを訊くのは無駄かと思ったところで、


「あの、先輩。先輩はこの後、用事とかあったりしますか?」


 真面目くさった表情で訊かれた。


「いや、特には」

「じゃあ! わたし、これから校内探検を兼ねて幽霊退治をしようと思うんですけど、よければわたしと……!」

「断る」


先を読んで即答した俺に、陽來が眉をハの字にして肩を落とす。


「で、ですよね……先輩はわたしが倒されたときの切り札ですもんね。切り札は最後に取っておかないといけないですよね……」


 こいつの設定の中で俺は何なんだろう。


「わかりました。これも修行だと思って一人で行ってきます! 先輩、明日、成果を報告するので、待っていてください!」


立ち上がって敬礼する陽來。

誰もおまえに幽霊退治なんて頼んでないけどな。

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