第8話

 マユリの協力をするわけではないが、俺も陽來の銃について知りたかった。


 半永久的に存在できると思っていた幽霊を消す道具に興味が湧いたのだ。

 陽來を観察していればいつかまたあれをお目にかかれるのでは、と思っていたのだが、幸か不幸か予想以上に彼女はあの銃を公然と使用しているようだった。



 ケース一。

 ふと授業中に陽來の教室の前を通りかかったときのことだ。どの教室からも気怠さと緊張感の混ざり合った雰囲気が廊下にまで漂ってくる中、その声は聞えてきた。


「死神コード〇〇四四四、安全装置解除!」


 教室を覗くと、イスを蹴って立ち上がる陽來の姿が見えた。

 この時点で既にクラス中の視線は彼女のものである。


「神々廻さん、何してるの。席に着きなさい」


 諭した新米の女性教師(推定二十三歳)の言葉を完全に無視して、陽來は教室の前方にいる幽霊へ銃を向けた。当然クラスのみんなに霊や銃は見えていない。

 ところが幽霊はただ陽來のクラスを通過しただけのようだ。陽來の声に反応することなく、その姿はすうっと前の壁へ消えていく。


「あっ、無視しないでよお! こら、待ちなさい!」

「神々廻さん!? それは先生の台詞よ! どこへ行くの!?」


 銃を抱えたまま、陽來は先生の制止を振り切って教室を飛び出した。慌てて陰に隠れた俺に気付くことなく、陽來は幽霊が消えた隣接するクラスにノックもなしに飛び込む。いや、ノックすればいいとかの問題じゃないけどさ。


 当たり前だが、隣のクラスは蜂の巣をぶっ壊したような騒ぎになった。少ししてまた飛び出した陽來は更に前のクラスへ突入する。どうやら前のクラスでも逃げられてしまったようだ。


「神々廻さん、どうして……私の指導力が足りないばっかりに……」


 陽來を追って廊下に出てきた女性教師がオロオロとして、やがて廊下にしゃがみ込む。わずかばかりの自信を打ち砕かれたその姿は、ひたすらに哀れだった。


「気にすんな。悪いのはあんたの指導力じゃなくて、あいつの常識力だ」


 呟いて俺は踵を返す。背中からは女性教師の嗚咽が追ってきていた。




 ケース二。

 全校朝礼にて。長ったらしい校長の話が終わりかけていたそのとき、事件は起こった。


 全校生徒が体育館で規則正しく整列している中、いきなり一人の女子生徒――陽來がまた訳のわからないことを唱えて走り出た。あまりの大胆な行動に生徒も教師も一様に目を丸くしてしまっている。校長も呆気に取られ、話は尻すぼみになり消えた。


 全員の視線をものともせず陽來は足音高く壇上へ駆け上がると、両腕を掲げた。銃だ。それを体育館の天井に向ける。


 骨組みが剥き出しになった天井に引っかかるように浮いていたのは、透けた腕だった。目を凝らすと、腕だけが五、六本ある。

 よくあんなの見つけたな、とある意味感心していると、パンッ、パンッと続けざまに銃声がする。

 命中率は中々のものだ。照準器は付いているのだろうか?


 腕が一つ、二つと白い煙となっていく。だが、残り二本というところで急に当たらなくなった。狙いが外れた弾が天井に吸い込まれて消えていく。


「何やってんだ! こっちに来なさい」


 壇上を見ると、ようやく我に返った教師たちが陽來へ駆け付けていた。陽來は男性教師に両脇から腕を掴まれている。


「っ、放してください! まだ幽霊退治は終わってないです……!」


 しかし、教師たちは陽來の言うことを聞こうとはしない。陽來も抵抗するが、無駄だった。教師に脇を抱えられてずるずるとステージの裾へと引きずられていき、彼女はステージから消えた。


 騒然となった体育館で、俺は一人壁に背を預け横を見た。いつの間にか雲林院先生が隣に立っている。


「……先生の言ってた面白い新入生って、あいつっすか?」


 ステージを見つめる美女の口角がキュッと吊り上がった。


「そうよ。仲良くできそうでしょ?」


 その言葉に俺は盛大に舌打ちしそうになるのをぐっと堪えた。

 あんなKY除霊士と仲良くだなんて冗談じゃねえ。

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