槍水仙

「あっ」

何気なくみた窓の外の中庭に“アイツ”がいる。

べ、別に探していた訳じゃない。

仲の良い友達とは中学三年になり、初めて離ればなれになった。

あの時は何度もうちの顧問を呪った。

うちの部活に所属している生徒はそこそこ成績優秀者が多い為、クラスの成績調節のためにこういう風になったらしいと噂伝うわさづてに聞いたからだ。

ふざけるなよ、顧問。

そんなしょうも無い理由で大好きな親友達(と言っても過言では無いと思う)と離されて堪るかって話だ。

はぁ。

しかし、悲しきかな。

世の中とは不条理でも理不尽でも我慢して生きていかなくてはならない。

世の中は妥協と譲歩と諦めでできている。

ともあれ、休み時間になったとしても話す相手も、することもない為、自然と本を読むことになる。

時々、係りの仕事により外に出なくてはいけない。

その時に廊下を通らなければならないのだがこの学校の形状上、中庭の方が必ず目に入り、そのままなんとなく見てしまう。

まさに今、この瞬間のことだ。

そして、自然と見つけてしまう。

勝手に視野に入ってくる。

というか、周りは皆、学ラン姿なのに対してアイツは中のカッターシャツだけ。

黒の中にぽつんと白があったらそりゃ目立つ。

ぼけっといつまでもこうして見てるわけにはいかない。

はぁ。

何かよく分かんないがあれよあれよという間に英語係りに担任にさせられ、律儀にも一人でも仕事をこなす私に誰の労いもない。

まぁ、そんなもの、最初から期待してないんだけども。

はぁ。

本日、何度目かになる溜息をつく。

今日もまた一人でまるで「ヤ」のつくような方々の一人のような、勝ち負けに拘り過ぎる子供のような、達磨のような英語教師を呼び出す。

          ○

アイツとは小学校一年生からの腐れ縁だった。

それ以来、中学に上がるまではずっと同じクラス。

けど、よくしゃべるようになったのは五、六年の時。

親友達と仲良くなった頃に、だ。

男っぽい女子が多い私達のグループは男女関係なく仲がよかった。

その中にいた腹の立つ奴、それが私の中でのアイツの立ち位置ポジションだっだ。

何かとちょっかいをかけたり、かけられたり。

軽口を言ったり、言われたり。

喧嘩していることで他の子とは違う、“特別”な気がしていた。

軽口の言い合いなどが原因で周りの親友達に「好きなんだろ?」的なことを言われ続けた。

でも、それぐらいの関係性が私達にとっては心地よかったんだと思う。

少なくとも、私にとっては心地よかった。

相手も私が言う軽口は本気に捉えて無いはずだし、相手も私に言う軽口は本気じゃなかったと思うし、私は本気に捉えなかった。

アイツは気付いても、思ってないのかもしれないが私は、感謝している。

きっと、アイツは覚えてないことだらけかもしれないけど、確かに私はたくさん、たくさんアイツに助けられた。

でも、一度だってその感謝の気持ちを伝えられたことはなかった。

言い訳な気もするが私のどうしようもない意地っ張りが邪魔をして、伝えられなかった。

そんなもやもやしたものを引き摺ったまま、中学に上がった。

入学式の日、私は決意する。

卒業までに必ず、『ごめんね』、と『ありがとう』って言うんだ。

これに関しては3年の正月に葉書を送るときに書いておいた。

早めにしておかないと忘れてしまう、というか、面と向かって言えない、というか、になってしまう。

思春期というものからか何なのかは定かではないが廊下で擦れ違っても以前のようには言い合うことは無くなった。

アイツにはアイツの、いつもの面子めんつ以外の男友達がいる。

それも相まってだろうと思う。

時折、いつもの面子で集まることもあったが昔、言い合いしていたのが嘘のように普通に話していた。

何ともない、普通の友達のような。

それが少し、寂しいような悲しいような気がする自分がいた。

それに気がつき、自分に驚いた。

いや、驚いたことは間違っている。

『後悔してからじゃないと気づかないんだろうね。いや、それでも気づかないんだろうよ、あんたは。』

一番の親友の声がよぎる。

貴女あなたも気づいてたんでしょ”

可愛らしいワンピースを着て優しそうな光をともしている少女がいた。

首の付け根辺りで髪を結い、右に流している、“私”が私を見下ろしている。

何も聞きたくない。

耳に蓋をし、体育座りをしている自分の膝に顔を押し付ける。

それでも“私”は言葉を続ける。

“ねぇ、自分のこころに嘘をつくのはもうやめて”

女の子な“私”が私をいたわるように言う。

“男の子っぽいのが貴女なのは私も一番分かってるわ”

私の頭をゆっくりと、幼子をあやすように撫でながら続けている。

“認めてしまったら、戻れないことは私も一番わかってるわ”

だって、貴女も私も“私”なんだもの。

「なら、どうすればいいのよ」

アイツは私のことをどうとも思ってない。

よくて仲のいい友達。

悪くて腐れ縁の顔馴染み。

私の一方的な想い。

“どうもしなくていいじゃない。でも、こころを否定するのはやめてあげて。とっても苦しいわ”

          ○

ふとした時、もう一人の自分がでてくる。

大体が自分が悩んでる時に。

そして、また、出てきた。

あぁ、きっと、ずっと前から好きだったんだ。

妙に心に落ちた。

いつから好きだったなんて分かんない。

困っている時に助けてくれた事。

私が軽く本気で怒ったときに謝ってきた事。

私が辛くて悲しくてどうしようもない時に、一番欲しくて堪らない言葉を、誰よりも最初に、一番欲しい時にくれた事。

気がついた時にはもう、アイツが心の中にいて。

気がついた時にはもう、それは、本当にどうしようもないほどに大きく膨れ上がっていて。

でも、私にそれを伝える勇気なんて持ってなくて。

もし、伝えてしまったら。

今の関係は、それなりに心地よいこの関係は壊れてしまうかもしれない。

私は勇気も度胸もない意気地無し。

そんなこと知ってる。

そんなこと分かってる。

誰よりも、誰よりも。

だから、いつも気づいてないふりをしてた。

          ○

認めてから、私はアイツの言動に一喜一憂するようになった。

たまに喋っても照れたり、恥ずかしがったりするのを隠そうとして空回り。

余計な一言やキツい言い方をしてしまう。

親友の一人が六年生の時アイツの事が好きだと言っていた。

今はどうか分かんないけど。

その子は私なんかと比べ物にならないぐらいに可愛くて、元気一杯で。

まるで、物語の主人公のような子。

地味で可愛くも可愛いげもない私とは真逆。

その子がたまにアイツに抱きついたりする。

アイツからしたら、動物に抱きつかれてるとか、そういったものかもしれないけど、私からしたら見ててなんだか気分のいいものじゃない。

別に私は付き合ってるわけでもない上に好きだと言ってるわけでもないけど。

そんなこと思うとここが苦しくなって少しキツい言葉を言ってしまう。

アイツと私とであったことを考えるといつも後悔ばかり。

卒業式の日。

物語のように好きな人と同じ学校に進学するわけもなく、私は夢を叶える為、私立の高校に進学することに、アイツは近所の公立に進学することになった。

もう、校舎の窓からアイツを眺めることはない。

これからはもっと話せなくも、会えなくもなるんだろう。

でも、私にこれ以上の関係を築く為の、たった、たった二文字を紡ぐ勇気はない。

だから、その想いを込めて別の言葉を紡ぐ。

何度も言おうとしたが喉の奥につっかえて言えない。

言っても後悔する。

でも、言わなければ絶対にこれから先、もっと後悔する。

「なぁ、最後ぐらい一緒に写真撮ろ」

精一杯の勇気を出して。

声が少し上擦っているけど、精一杯、アイツが知っている男勝りな、いつも喧嘩を吹っ掛けてくる“私”を演じて。

言い方に可愛らしさの欠片もないけど。

そう言うとびっくりした顔をして驚いている。

そりゃそうだろうね。

私の口からぶっきらぼうとはいえそんな言葉が出るなんて。

いいよって言葉がどんなに私をホッとさせているかもアンタは永遠に知ることはないんだろう。

私は母から借りた携帯を渡し、写真を撮るように頼んだ。

頼んだ一番の親友は長く一緒に居ただけあってか、全てを瞬時に察したらしく変な目をよこしてきた。

にやにやとした私の気持ちを見透かしたような目。

あぁー!

発狂しそうだがここでこいつが撮るのを拒否したら私の頑張りは水の泡。

ここは我慢。

仲の良い男友達も茶化してくる。

「おー、もっと近くに寄れよ」

写真を撮ろう、というのに必死すぎて何て言われたか頭から抜け落ちてるけど好きなんだろ、的なことを言われたのは理解できている。

こいつ、後で絶対しめる。

「親のだけどいいの?」

後で誤解されるかもよ。

優しいからそう続けて言ってくる。

でも、優しさっていうのは時々、残酷。

“アナタとなら誤解されてもいいかもね”

そんな主人公ヒロインのような言葉セリフが浮かんだがやっぱり私には勇気なんてなくて、霧のように雲散する。

         ○

「仲睦まじいねぇ」

帰り道に冷やかされる。

通りすぎた鏡に写った顔が紅くなっていた。

茶化すな、と言いたいが写真を撮ってもらった手前、下手に強く言えない。

「でも、かなり大変だし、たぶん難しいよ」

真面目な口調トーンで私に言う。

私の顔を見ず、前を見据えて言う辺り、こいつらしい。

暗に無理だ、と言っている。

それでもというのなら。

「まずはきつい言い方を直しなよ。なんかアイツも若干萎縮してる感があるし」

こいつは全面的にどんな時でも私の味方、とは言わないらしい。

本気だったら邪魔はしない。

ただし、手伝いもしない。

自分の手で何とかして見せろ。

そういう感じのことが言いたいのだろうと思った。

こいつを責めるつもりはない。

この子はこういう子だっていうのは私が一番知っている。

そういうところが好きで一緒にいる。

「いいよ、そんなの。自分が一番よく分かってる。それにこれでいいんだ、私には十分」

この写真だけで十分。

こんなことを思うなんて、アイツが思う私と違って女々しいのかもしれない。

でも、このままアイツのことを何とも思わなくなるのは出来っこない。

かといって、伝える勇気もない。

だから、伝えずにアンタの少しでいいから。

曖昧な関係のままでいいから。

この気持ちを持ったまま、近くにいさせてください。

でも、もし。

もしも。

万が一にもあり得ないかもだけど。

アンタが私のことを想ってくれる、っていう奇跡があったとしたら。

どんなに支離滅裂でも、不恰好になっても。

この想いをきっと、きっと、伝えるから。

だから、今は淡く色付く想いは秘密のまま。

『大切なものってね、失ってから気づくものなんだよ』

私の大切だった、幸せだった時間たちはその想いと一緒に。

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