あやかし世界に行くには逢魔が時に鈴をならすことでした。

クリスマスを祝いましょう

「今日はここ十数年に西洋から日本__日本國ヒノモトノクニに入ってきた行事やお祭り、祝い事について、です」

ここ半月以上ここで先生という職業をしていてもまだまだできないことだらけな上、わからないことだらけだが最近、わかったことがあった。

おばあちゃんは日本の古くからある事柄に関しては今では日本人でも三割位しか知らないであろうことはものすごく詳しく教えているが最近日本が西洋から輸入してきた文化に関しては日本人の九割が知っているようなことも全然教えてなかった。

「そういうものはたくさんありますが今回は“クリスマス”を教えたいと思います。クリスマスを知っている子はいますか?」

私の問いかけに首をかしげる子ばかりだ。

「クリスマスというのはキリスト教の開祖であるイエス・キリストの生誕の日・二十四日の夕方から十二月二十五日夕方までのことです。今の日本國では二十四日をクリスマス・イブ、二十五日をクリスマスとしています」

時折出てくる質問に答えながら話を進める。

「昨今、日本國では恋人と一緒に出掛けたりして過ごしたり、家族とご馳走を囲んで過ごしたりしています」

その他にも“サンタクロース”という赤い服を着たおじさんがプレゼントをくれる、などということを説明するとそのおじさんは日本國の法律でいうところの不法侵入じゃないんですか?雪菜先生、と言われた。

夢もロマンも何もない。

妖というのは見た目年齢はあてにならないことは重々承知だが幼い見た目の子からサンタクロースは不法侵入という言葉は聞きたくなかった。

それについてはサンタクロースがプレゼントを渡しだした起源なんかを説明して納得してもらった。

          ○

「与一先生はご存知でしたか?」

夕方になり授業がすべて終わり私と与一先生、そして夜さんが居間で暖かいお茶と雪兎ゆきうさぎを頂きながら蜜柑のざるをおいた炬燵に入り話していた。

雪兎というのは小豆洗いの一族が営んでいる老舗和菓子店・小豆こまめ薯蕷饅頭じょうよまんじゅうのこと。

因みに冬限定の代物だ。

愛くるしい雪兎の形をしているのに味は絶品。

小豆洗いが洗った小豆は美味しいというがそれを踏まえてもやはり美味しい。

ここに来て始めて食べた真っ白な大福も小豆の特製大福だったらしい。

「ええ、噂程度には。」

時々、現世にも足を運んでますしねぇ、と。

「夜さんは?」

いや、とわからないといった顔で首をかしげた。

まさにさっきまでここにいた子達と同じ反応だ。

「そうなんですかー。かくりよじゃああんまりポピュラーじゃないんですね」

なんかもったいない。

折角ご馳走が食べられる日なのに。

そう思っている隣で夜さんがポピュラー?、と考え込んでいる。

あ、わからないか、と思い、広く知られてるとか大衆的とかって意味です、と伝えると納得してくれたようだった。

「夕子さんは西洋の祝い事には疎かったようですがクリスマスを祝ってましたか?」

「おばあちゃんに引き取られるまでは家族全員でケーキを食べたりはしましたけど、それ以降はしてないですね」

まあ、もうその頃は高校生に上がる頃だったんで、と続けた。

「なら、ここでしましょうか。あの子達のなかでクリスマスという祝い事を体験してみたいという子達だけ呼んで」

あの子達、というのは教え子達のことだ。

名案だというような心底楽しそうな表情で言ってのけた。

はあ?どうせ料理とかは俺に作らせる気なのになに提案してる、という夜さんの無言の訴えを無視して。

「あの子達もクリスマスを直に学べるいい機会です。確か日付は十二月二十四、五日位でしたか」

「はい。詳しくは二十四日の夕方頃からその次の日である二十五日の夕方までがクリスマスです」

この日はここに泊まらせて枕元にプレゼントをおきましょうか、などと夜さんの無言の訴えを無視しながら話を続けるのはかなり心苦しいがあの子達の折角の機会のために、と思い話を進めていると夜さんが折れた。

そして、当日の予定などを綿密に組んでいった。

          ○

十二月二十四日。

クリスマス会当日だ。

決まった日からこの日まで一週間もなくばたばたとした数日だった。

今日、クリスマス会をする、と言ったのは決まった日の次の日。

そして集まることになったのは全員だった。

西洋の祝い事に興味があったり、この私塾に泊まるということが楽しそうとか理由は人それぞれ。

いや、妖それぞれ?

それから全員にサンタクロースさん宛の手紙を書かせてそれにあったものを買ったり、まあそんなこともあり、二十三日はとてつもなく忙しかった。

料理の下準備はとてつもない量だった。

あの量は買い揃えるだけで一苦労なんてものじゃなかった。

死ぬかと思った。

その三分の二を一人でこなしていた夜さんは本当に凄い。

作ったことがないというケーキやフライドチキンなどの西洋の料理はレシピを見せただけで再現していた。

味見をしてみたがものすごく美味しく初めて作った人のものとは思えないほどだった。

私ができることと言えば料理の手伝いやレシピをコピーして夜さんにあげること、プレゼントの包装位だ。

包装に関しては与一先生にも手伝ってもらった。

かくりよではプレゼントを綺麗に包装するという概念がないようで緑の下地したじに赤いチェックの包装紙と金色のリボンを現世から持ってきてせっせっと包んでいった。

最初は無しにするか迷ったが幼い頃、袋の中には自分がお願いしたものが入っているかとわくわくしながら開けたのを思い出し、包むことにした。

酉四つになったばかりなので六時半頃。

七時からクリスマス会、開始だ。

それまでにこのプレゼントを包んでしまわないと。

私は一層包む手を速める。

          ○

わいわいきゃあきゃあ。

どんちゃん騒ぎが起こった。

妖はお酒や煙草に年齢の規定がないので呑んでもいいが苦手なものや駄目なものもいるので与一先生が私塾内は全面禁止にした。

素面しらふなのにどんちゃん騒ぎって、ね。

これだけ騒げばぐっすりと眠ってくれるでしょう。

食べて騒いで皆楽しそう。

夜さんは常になにか料理を作っていた。

妖は妖力維持のため基本的に大食いらしいし。

与一先生はにこにことして皆を見ていた。

暴れだしそうな子を大人しくさせたり、一緒に遊びに興じたり。

私は夜さんが作ってくださった料理を運んでいた。

この様子だったらすぐにでも寝られるようにお布団を出しておこう。

どたどたと走る音が聞こえる。

千晴ちゃんも楽しそうに飲んだり食べたりしている。

よかった。

「大丈夫か?大分ばたばたしてたけど」

夜さんは私の体調を気遣ってくれる。

「平気です。夜さんは?」

「俺は妖怪だからな。丈夫だし、体力あるし」

疲れたら一言言え、続け、台所に戻って行った。

夜さんは心配性だなぁ。

にこりとも笑わないから誤解されやすいけど本当はとっても優しいことを私は知っている。

ふふふ。

笑みが溢れる。

実は与一先生に相談して夜さんにもクリスマスプレゼントを用意しているのだ。

お世話になっているし。

喜んでくれるかな。

雲ひとつなく星の瞬く空を見上げ一息つき、再び、布団を広げた。

          ○

「皆ぐっすり寝てますね」

枕元にプレゼントを置きにいっても誰もぴくりとも動かなかった。

皆が寝ている部屋の障子を閉める。

「そうですね。あの子達も楽しそうで良かったです」

いつもよりも穏やかに教え子たちを慈しむように微笑んでいる。

「そろそろ私たちも寝ましょうか」

そう言われ時計を見ると子の刻九つ。

つまり、真夜中十二時だ。

先生は私にだけ見えるように小さく左目でウィンクをして居間から出ていった。

夜さんもそのあとに続こうと出ていこうとしていたので慌てて止める。

「えっと、これ」

背中の後で隠し持っていたプレゼントを取り出す。

深い夜の空のように濃い紺色の包装に真っ白なリボン。

「良かったら、どうぞ」

我ながらもう少しましな言い方はなかったのかと思うが男の人にプレゼントをあげたことがないことは勿論、誰かに何かをあげること自体両手で数えるほどもない。

一方、夜さんは驚きながらも開けてもいいか?と聞いてくる。

勿論です、と頷くと丁寧な動きで包装を解く。

夜さんにあげたのはシンプルなシルバー長方形の装飾がついたネックレス。

どんなプレゼントがいいか探しているときにたまたま通りかかった店のショーウィンドーに飾られていたときにぱっと目についた。

絶対似合うなぁ、と思い、購入した。

ついでに包装もしてもらった。

「どうですか?」

「ありがとう」

少し照れてはにかむようにしながらもちゃんとそういう言葉を言ってくれる。

小さな箱からそれを取りだしつけようとしてくれている。

しかし、なかなかうまくとまらないようだった。

「私がつけましょうか?」

夜さんの可愛らしいところを少し笑いながらいうといつぞやのように軽く睨まれたが小さく頷いて渡された。

その場に座ってもらい、私はその後ろで膝立ちになりつけた。

大きな背中。

私よりも固く黒い髪の毛。

「できましたよ」

こっち向いてみてください、とお願いするとこちらを向いてくれた。

似合うだろうと予想はしていたがこれほどまでに似合うとは思ってもいなかった。

どうかしたか、という夜さんの声で我に返りいいえ、と言い、それぞれの部屋に戻った。

戻ろうとした時、もう一度私の方に振り返り、ありがとう、雪菜、と。

そして、幼子おさなごにするように暖かく大きな手で私の頭を優しく二回ほど撫でていった。

しばらく、状況がよく飲み込めずにその場でほうけていたが少しずつ理解し、じわじわと嬉しさが込み上げてき、夜中なのにスキップをしだしそうな勢いで部屋に戻った。

          ○

昨日の出来事が嬉しすぎて正直に言うとあんまり寝てない。

今日は臨時のお休みにしたので枕元に置いてあげたプレゼントに興奮気味の子どもたちは朝ご飯を食べさせ家に帰した。

皿洗いは私の担当なのでぱぱっと終わらせてしまう。

「ちょっといいか?」

「はい。どうかしました?」

洗い物が一段落してこれから何をしようか、と思っていた時に夜さんに声をかけられた。

「この後は暇か?」

唐突だなぁ、と思いながらもええ、と答える。

「その、少し出掛けるか?」

「行きたいです!でも、いいんですか?」

無言のまま頷かれる。

夜さんから何処かにいくか、と聞かれることが珍しい。

与一先生も許してくれるか。

「いいですよ。雪菜先生もたまには息抜きをしないと」

拍子抜けするぐらい簡単に許可が出た。

「まるでデート、というやつみたいですね」

与一先生は常ににこにことしながら飄々としており、たまにとんでもない爆弾発言をする。

わざと私たちが慌てふためくように計算して言っているのか本当に天然なのか。

「デートというのはお付き合いをしている恋人同士がするものですよ」

そう軽く言うと意味ありげな笑みを浮かべた。

「楽しんできてくださいね」

あ、お土産は小豆の大福でいいです、というものすごい要求を無視して玄関に向かった。

「雪ですね」

「ああ」

子どもたちを送り出したときは降ってなかったんだけどな。

ふわふわとした雪が地面に落ちては消え、消えては落ちて、を繰り返している。

「雪の降るクリスマスをホワイトクリスマスっていうんですよ」

「そうか」

夜さんは静かに舞い降りる雪を目で追いながら返事を返した。

「雪は好きだ」

そう辛うじて聞こえる程度でぽつりと呟き、歩き始めた。

慌てて追いかけ夜さんの隣に並ぶ。

          ○

その後、色々な所を回り、小豆で大福を買い帰路についた。

町の様子を見ながら歩いていると呉服屋に目がいった。

そういえば前に行った時、ものすごくほしいのがあったんだよなぁ。

「こっち」

どうやら呉服屋さんにはいるらしい。

「いらっしゃい」

そういった小の呉服屋の女将さんである春音さんの奥には綺麗に着物に仕立てあるものや反物や簪、くしといった装飾品などが並べられている。

「雪菜」

先に進んでいたらしい夜さんは簪を置いている所にいた。

「なんですか?」

そういい近寄ると何かを決めたらしく、女将さんと話していた。

春音さんはというと楽しそうにくすくすと笑っている。

そして何かを買っていた。

店を出ていく途中に意味に気付いてくれるといいねぇ、と夜さんにいっていた。

          ○

玄関をくぐろうとした時、ん、といい差し出された。

「へ?」

これはどういうことだろうと本人に聞こうとしたが先に帰ってしまっていた。

紅く丸いぎょくに金属がついており、そこに小さな白い玉がついた簪。

派手すぎず控え目だが確かにあるという存在感がある。

私が一番ほしくて、でも高くて買えなかったやつ。

どこで私が欲しがってるのか知ったのか、それはわからないがクリスマスプレゼントだろう。

不器用だなぁ、夜さんは。

昨日、私がつけたように夜さんにつけてもらおうかな。

          ○

その後、照れながらも優しく、雪菜先生の髪を結っている夜先生を与一先生が見たとか見てないとか、子どもたちの間で大きな噂になったらしい。

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