最弱魔法使いのラストチャンス

M.M.M

序章:世界を捨てた魔法使い

「願いは何だ?」


召喚魔法によって現れた悪魔は言った。

誰もが魔法を使えるこの世界で悪魔召喚は禁忌とされている。召喚に必要な触媒は市場には絶対に出回らず、彼はいくつかの重い罪を重ねてそれらを手に入れ、禁忌を破ったのだ。

目的はたった一つ。

この世界を捨てて別の世界へ行くためだ。


「ここ以外の世界へ連れて行ってくれ。人間がいて、俺だけが魔法を使える世界に」

「……ほう。そんな願いは初めてだな」


悪魔は12個ある目を細め、1つの口を歪めた。

人間でいえば笑った顔なのかもしれない。


「なぜこの世界を捨てる?永遠の命や強大な魔力を得たいという願いなら何度か聞いたが、お前は欲しくないのか?」

「いらない」


彼は言い切った。


「大きな力を得てもどうせ強い奴に負けるんだ。勝てるとしても面倒だ。俺は最低最弱の魔法使いだからな。魔法のない世界に行けば楽に最強になれるだろ?」

「なんと怠惰な人間だ……」


さすがの悪魔もあきれたらしい。

彼は本当に怠惰だった。しかし最初からそうだったわけではない。魔術学校ではいくらかの努力をし、自分だけに備わった魔法の才能を探りもした。

しかし、あらゆる科目で最下位の成績を出し、それが10年も続けば絶望という安寧に身を預けるのも仕方ないことだった。彼は誰からも相手にされず、魔法使いの底辺で生き続け、ある日ふと死にたくなった。

その時、彼は思った。

どうせ死ぬなら最後に大博打を打ってみよう。

悪魔と契約し、「魔法使いがいない世界」へ自分を送り込んでもらえば何もしなくても世界最強の魔法使いになれるはずだと。


「こんな人間は初めてだな」

「どうでもいい。俺の願いは叶えられないのか?」

「可能だ。ただし、寿命の半分をもらうぞ?」

「半分か……」


悪魔が契約の対価に寿命を要求することは彼も文献で読んでいた。

この寿命は残りの寿命ではなく神々が定めた全寿命のことだ。自分の寿命が80年なら40年に減り、40年なら20年に減る。非常に運が悪ければ異世界に行った翌日に死ぬ可能性もある。

しかし、彼はなんとも思わなかった。

どうせ無価値に終わるはずの人生だった。

半分だろうと9割だろうとくれてやる。


「ああ。少しも惜しくない。もっていけ」

「よかろう。人間がいて、お前以外は魔法が使えない世界。それが条件だな?世界の"詳細"は私が好きに決める。異論は許さん」

「ああ、好きにしろ」


術者は契約の詳細を決められない。

悪魔の気まぐれで契約を歪めることもある。

ゆえに頭がまともな魔法使いは悪魔と契約などしない。

この世界の規律や倫理観からすれば彼は十分に狂っているといえた。


(全寿命の半分か。もう次の転移は頼めないな。次がろくでもない世界なら今度こそ……ははは)


「……この世界にするか。目をつぶれ。転移を始める」


彼は言うとおりにした。

すぐに体の感覚が消えてゆく。

意識もだ。

彼は恐怖を覚えることもなく思った。


(まるで眠るときみたいだ。いや、きっと死ぬときもこんな―――)


次の瞬間、彼はこの世界から消滅した。

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