3話 白い悪魔 (テル)

「えっとここはアルミにして……ネジ型は……」


 銀色のプラ棒に、ちまちまボンドを塗る。

 あぐらをかく俺の前には、いろんな色に塗り分けられた小さなプラ棒がいっぱい。

 赤は鉄鋼、青はコンクリ、黄色は石膏、緑はメタリカ鋼といった具合に、建材を模してる。

 円型の模型の中央にそれをほいほい、ざっくりてきとーに組み込んでく。


「う? この支柱、多いかな? 取ってもだいじょぶか。いやでも、強度考えるとなぁ」


 新しい島都市をつくることが決まって以来、俺のものづくり魂はめらめらバクハツ中。

 都市の模型をせっせとつくって、燃え上がるムラムラを発散してる。


 ふるさとの星では、すでに工事が始まってる。

 都市設計は、ファング帝国の技術者たちが行った。炎都をモデルにしつつ、広さも住める人の数も、その1.5倍ぐらいに設定したらしい。

 一から都市を作るってことに興奮した俺はまず、その設計図まんまの都市の模型を、何千分の一っていうスケールで作ってみた。

 これがめちゃくちゃおもしろかった。

 島都市の構造を理解できたし、技師たちの緻密な設計に唸らされた。それでここはこうしたらどうなるんだとか、なんだかいろいろ、試してみたくなったんだ。

 四角いの、三角の、円いの。このリング型ので、十個目かな。


「んー? うー? 支柱、やっぱり、多すぎ?」

「テル! ご飯食べに行こうよ。あれ? また模型作ってるの?」


 しゅんと船室のドアを開けて、ミミが入ってきた。

 航海七日目。おかっぱ娘は金髪のアルと四六時中一緒にいるけど、最近かなり、ヒマをもてあましてる感じだ。さすがに星の海ばかり眺めるのは、飽きてきたっぽい。だからちょくちょく、俺の部屋をのぞきにくる。

 

「わあ、きれいな骨組み。でも真ん中が空いてる?」

「へへ、リング型で、自転するって設計さ。円周上に浮遊機関を八つ搭載するって感じ」

大神星オーディンの宇宙ステーションみたい」

「うん、そいつをモデルにしたんだぜ」


 大神星オーディンは、俺たちの太陽系の第五惑星だ。無数の岩塊からなるアステロイドベルトをまとってる。その渦の中に有るステーションは、銀河を旅する星船たちが集う一大ジャンクション。あまたの星系へ行く便が出てて、かなりでっかい交易地だ。

 俺たちの星船は今、そこをめざしてる。


「人口そこそこ多いよな。十万人ぐらいだっけ」

「ロッテさんとの待ち合わせ場所でしょ? あーあ、早く着かないかな」

「あと二週間の我慢だぜ」


 ほんと一千光年って、遠いなぁ。でもじっちゃんによると、大昔は、Γ星系まで行くのに何十年もかかったらしい。今の航行速度は、俺たち人類が飛躍的な進歩を遂げた証拠なんだそうだ。

 自らの身体をほとんど進化させないで、よくもここまで発展させたもんだと思う。

 これからも俺たち人類は、いろんなものを進化させてくんだろうな。自分たちは、決して変わらずに……

 




 ミミと一緒にふわふわ、重力薄い船の廊下を伝って食堂に入った俺は、けむくじゃらのじっちゃんからカリカリもらってるハゲネコに近づいた。


「よう、タマ。ちょっとこれ、背中に組み込ませてくんない?」


 ポケットから出した円い板をみせると、ハゲネコは、ごきゅんとカリカリをのみこんでミミのうしろにかくれた。うぬう、なんて察しのいい奴。俺が持ってるもんが変なものだって気づいたのか、警戒して近づいてこねえ。


「大丈夫だって。ただの結界発動機だからさ」


 宇宙ステーションをモデルにしたついでに、ステーションの結界機の雛形も作ってみたんだよな。オーディンは分厚い金属の壁だけじゃなくて、気体結界も展開してる。そいつを小型化してみたやつなんだけど。

 

「これつけたらきっと、ながいこと宇宙空間にいられるぜ」


 機霊の結界は、真空ではバカみたいにエネルギーを食う。だから実質、宇宙空間を飛行するのは不可能だ。でも、この気体結界を出せるようになれば。


「機霊単体で、星から星への移動も可能! たぶん」

「にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃーにゃ。にゃにゃ」

「えっと、ワープ航行機能がないから、隣の惑星にいくまでに何十年ってかかるだろって、タマがつっこんでるよ」


 ミミの翻訳に俺はあえなくうなだれた。


「あー、それはまずいな。タキオン波放出型の航行装置も、縮化しないとだめかぁ」


 しかしタマってばほんと頭いいな。よーし、メシ食ったらざっくりてきとーに、航行装置の模型作ってみるか。

 宇宙食、今日はどれにしよっかな。粉焼きおこのみキューブはめっちゃ粉っぽいからむせちまうし、焼肉キューブは塩辛いし。麺キューブと豆茶液にすっか。

 あれ? 真っ白テーブルに白猫がいないな。いつもなら、アルの隣にべったりなのに。

 首を傾げて席につくと、アルが心配げに聞いてきた。


「テル、ルノを見なかった?」

「いんや、今日は会ってないな」

「このところ眠い眠いって、ずうっと丸まって寝てばかりだったでしょ? でもさっき見たら部屋にいなくて。あちこち探したんだけど……」


 そういえばあいつ、黒い卵を飲んだって言ってたな。眠気すごいの、その副作用じゃないかなって思ってたけど。

 

「ねぼけてふらふらどっか行くとか、そんなことはないと思うな。船に聞いてみっか」


 星船には優秀なAIが搭載されてる。乗員の健康維持や保護に気を使ってくれる、ありがたいシステムだ。まっ白テーブルの真ん中に嵌まってる円い液晶画面にさわると、「そいつ」がパッと映し出された。


「ご用件はにゃんでしょうか」


 遠い遠い古代から、船っていうものは、女の人にみたてられてきたらしい。だから船のAIも女の人の姿をとることが多いんだが、この星船のは、なんでか黒いネコだ。

 

「ルノどこにいる? さがしてくんない?」

「かしこまりました。ルノさま、サーチしますにゃ」

 

 画面の中の黒ネコが、勢いよく敬礼する。いつみてもこの肉球、かわいいんだよなぁ。

 腕組んで首かしげたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、アクションがめちゃ豊富。

 

「見つけました。倉庫の中におられますにゃ」

「へ? なんでそんなところに?」 


 船倉には、浮遊石を詰め込んだコンテナがいっぱいだ。


「コンテナを開けておられるようですにゃ」


 ルノ、一体なにをしてるんだ?

 アルが、急いでキューブ食を口に放り込んで立ち上がる。俺もさっと食事を済ませて後に続いた。

 ミミとタマがわたわたとついてくる。

 みんなでベーターに乗って地下の倉庫へ行くと。アルは重力薄い中を跳躍しながらきょろきょろ。白い猫を探し始めた。

 

「ルノ! どこなの!」


 ミミがタマを背負って機霊顕現させる。タマの視力で探そうと考えたらしい。

 ああ、俺もアズマを背負ってくればよかったな。あいつってば分離型の箱だから、うっかり部屋においてきちまった。

 コンテナはすし詰めで隙間なし。数本、隙間があるけど人間がはいりこむのはちょっときつい。

 ミミはタマの翼をつかって、ふわりとコンテナの上に舞い降りた。


「なんか、すごく奥の方にいるみたい!」

 

 ミミの肩に顕現したタマが、さっそく見つけたようだ。

 アルが腰につけた携帯ポシェットから、白い球をだす。


「あ、それ。燃える王がくれた……」

「起きて精霊たち!」


 アルの言葉に呼応して、球のなかから花のような形をした水の精霊たちが出てきた。

 ふつふつと、桃色アストロスーツのアルの周囲に浮き上がったそれは、くるくる周りだす。

 すると。アルの体がふわりと浮き上がった。


「すげえ! 移動リングになってる!」

「ゆっくりだけど飛べるの」


 精霊すげえ。俺も炎の精霊ってやつ、どんなスペックかちろっと試してみたけど、まじ攻撃専用っぽくて、壁が焦げただけだったぞ。


「あ、ちょ! まっ……俺も!」


 精霊に囲まれるアルが、慌てる俺の手を掴んで引き上げてくれた。

 とたん、上昇速度がげっそり遅くなる。定員は、二人がぎりぎりってところか。でもすげえ。

 こうして俺たちは、タマが発見したところに向かった。

 ミミはきゅんと飛んで。俺とアルは、コンテナの上を走って。

 白猫は、コンテナの海の奥の奥にいた。

 機霊の力を使ったのか、コンテナの扉が焼き切られてて。中から、浮遊石の鉱石がごろごろ転がり落ちてた。

 

「ルノ! なにしてるの!?」


 アルがその光景を見て悲鳴をあげる。

 俺もミミもタマも。驚いて、ルノを見下ろした。

 

 じゃりじゃり。がりがり。

 

 なんと白猫は、機霊フォルムのするどい爪で鉱石を裂きながら……

 

「く、食ってる?!」


 浮遊石を、ほおばっていた。

 まるで、でっかい骨付き肉をむしゃむしゃ、食いちぎってるように。飢えたガキのように。ガツガツむしゃむしゃ、必死で食らっていた。


「ルノ、おま……!?」


 俺たちに気づいて、びくんと白ネコの体がわなないた。

 体の動きが止まって、足元に鉱石がばらばら落ちる。 

 見上げてくるその顔の異様さに、ひるんだ瞬間。白ネコはものすごい雄叫びをあげながら、背中から竜翼を出した。

 竜巻みたいな風が、あたりにびゅうびゅう吹き荒れた。

 びゅうびゅう。びゅうびゅう――





 アズマを連れてこなかったのは、大失敗だった。

  

「アル! テル! あたしのそばにきて!」 


 ミミが顕現させたタマ機霊が、広範囲の結界を展開。人間三人をくるんだとたん、白ネコが真正面から、弾丸のように突っ込んできた。

 めりめりびきびき、すげえ音を立てて結界がひび割れてく。


「ちょ! なんて力だよ!」


 ルノの顔がむちゃこわい。眉間にめちゃくちゃ皺が入ってて目がつり上がって、悪魔そのものって面がまえだ。

 ばりんと結界が割れ散った。アルがすかさず、まとってる水の精霊たちを白ネコに飛ばす。

 攻撃力はゼロだけど、一瞬の時間を稼いでくれた隙に、タマはまた、結界を張り直した。

 しかし三人一緒だともろに機動力が落ちる。

 後方へ退避したものの、俺たちはまたすぐに、白い悪魔に追いつかれて。 


「く! また割られた!」


 やばい。すげえ爪で突き刺してくんじゃねえかって勢いで、白ネコが突っ込んでくる。

 俺たちはやむなく、三方向にパッと転げた。

 

「ルノ! やめて! 目を覚まして!」

「アル、あぶないっ!!」


 精霊たちをくるくる回転させるアルめがけて、白ネコが跳んだ。

 ミミがぎんと結界を張り直して、その動きを阻止しにかかる。

 うまく二人の間に入れたけど。


「はじかれた! くそ!」


 なんて勢いだ。結界ごとふっとばすとか、どんだけ馬力あるんだよ。

 なんだあれ、火事場のクソ力ってやつか?

 やばい、アルがやられる。結界無かったら、体に穴あくどころじゃすまな――


「みんな、動くでない!」


 そのとき。血の気引いた俺の耳に、じっちゃんの怒鳴り声が轟いた。

 けむくじゃらのロゴゴ族がどんとコンテナの上に乗ってくる。


「体を動かさず、気配を消すんじゃ!」


 動くな?

 あ……そうか! ルノは、ネコだ。


「ミミ! アル! じっちゃんの言うとおりにしろ!」


 あいつの目はネコ仕様だ。見える感覚が、人間と全然違う。

 動いてるもんには超反応するけど、止まってるもんは――


「ネコは、止まってるもんは見えない!」

「了解!」


 アルがすかさず、水の精霊たちをあさっての方向に飛ばす。

 白ネコはその動きにみごとにつられて、がむしゃらに突っ込んでいった。

 動きを止めた俺たちを見失い、動くものに反応したのだ。

 息をひそめる俺。ピタと止まるミミとタマ。体を固めるアル。

 精霊たちが、白ネコの斬撃を受けて空中に散る。

 細かい霧となったそれは、襲撃者の目を襲った。

 みぎゃあとすさまじい悲鳴をあげて、ネコが顔をこすりはじめる。

 その隙に。


「タマルノくん、すまんっ」


 白ネコの背後に跳躍したじっちゃんが、思いっきし、白ネコの横っ面に拳を打ち込んだ。

 筋骨たくましいロゴゴ族の、鋼鉄を砕く鉄拳を。

 白い塊がコンテナの上でもんどり打つ。

 ガンガンとおそろしい音をたてて、ネコは沈んだ。強制的な眠りの中に。




 ちゃぷんちゃぷんと、カプセル寝台の中に、溶液が満たされてく。

 毛むくじゃらのじっちゃんが、透明なドームの蓋を閉じた。

 中には、目を回して伸びてる白ネコが一匹。

 

「なんというか。順調に成長しとるようじゃのう」

「成長?」


 ひと騒動終わったあと、のされたルノは医務室に運び込まれた。

 じっちゃんはなにもかも分かってる感じで、ルノに対して検査もなにもしなかった。

 ただ、この寝台に寝かせただけだ。

  

「しかし石を食べるとはのう」

「大丈夫なんですか? ルノは……ルノは、大丈夫なんですか?」


 アルが、目にうっすら涙を浮かべて聞く。まさかあんな豹変をするなんて、ショックだよな。俺も、あまりのことに指の先っぽがちょっと震えてる。 


「体内におる卵が、欲したのじゃ。人によって、食べたくなる物は違うようじゃの。わしのときは、布切れを食べたくて食べたくて、しかたなかったわ」


 自分の服を次々食いちぎったんだと、じっちゃんは苦笑した。

 

「宿主は、卵の影響を大いに受ける。宇宙空間にぽっと出たりせぬよう、気をつけてやるのがよいかもしれん」

「ルノ……なんてこと」 

 

 アルが心配げに、ドームに手をあてる。じっちゃんは真顔で囁いた。

  

「まだまだ、これからじゃ」

 

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