22話 1+1=? (テル)

 悩んでるヒマなんてない。やるしかない。 

 急いで、でも慎重に。

 この工房にはなんでも揃ってる。

 ここはじっちゃんと俺の城。どんなことでも叶うんだ――



  ういんういん、ひゅうひゅう。

 作業机の上で遠心分離機が唸る。


「まだなのか?」


 白い筒の回転を睨み付けるようにして見つめながら、白い猫が聞いてくる。

 イライラと、肉球を小刻みに机に押し付けながら。


「あ、あと十万回転くらいかな?」

「つまり?」

「十分ぐらいやれば、みんなここ・・から引き剥がされて、分離する」


 たぶんと付け加えたら、すんごく深いため息をつかれた。

 隣でアルが、俺が作業机の上にポンポン乗せた部品を一列に並べてくれてる。


「これでいいかしら」

「おお、めっちゃ分かりやすい! ありがと!」


  金色の基盤板。基盤に嵌め込むソケットやチップ。コーティング用の宝石。保護膜。強化膜。いやもう、新しい機霊石を作る準備だけは万全なんだけど。


『頼む! プジを助けたいんだ!!』


 床に両手をついてみんなに頼み込んだ結果、なんとか時間も、確保できたんだけど。


「急げテル・シング。すでにもう、コウヨウ上空に星船を待機させているんだぞ」

「う、うん」


  白猫の怒り顔がすんげぇ恐い。

 

『まったく……信じられないわ!』


 ジョゼットさんの機霊の睨み顔は、さらに怖い。まさに鬼で、俺ちびりそう。


『あなた、わざとやったでしょ!』

「ととととんでもないっすー!」


 わ、わざとじゃないぞ。ほんとだぞ。

 でもごめん。ほんとごめん。ごめんなさい――





 俺はみんなから仰天するようなことを聞かされた。

 じっちゃんはこれから覚悟をきめた戦をする。そのために皇帝として、孫の俺を絶対に、安全に、別の星に避難させるようみんなに命じたんだそうだ。

 ロッテさんはもともと煌帝国の傭兵隊に入ってたけど、ルノたちまで同じ部隊に厄介になってるなんてびっくりだし。じっちゃんが復位っていうのをして皇帝を名乗ったって言うのも、さらにびっくり仰天だった。それ以上のことはみんなして、貝のように口を閉じて何も教えてくれなかったんで、これは何かやばいことが起こったんじゃないかって、かえって心配になっちまったのは事実だ。ルノもアルもロッテさんもミッくんも、固く口を引き結んでだんまりを通してたもんな。

 もしかしたらじっちゃんは、俺と同じ事をしようとしてるのかもしれない。俺がミミたちを恐ろしいドラグナイトから引き離そうとしてるように、女帝をこわい石の中から救いだそうとしてるのかもしれない。

 でもじっちゃんの相手は、一国の主だ。俺のプジと違って、あの燃え盛ってる女帝はすんごく強そうだし、護衛も軍隊もわんさかついてる。それにあの人自身は、ドラグナイトから引き剥がされることを望んでないだろうと思う。

 だからとても 心配だ。助けに行っちゃだめなんてマジかよ……! って、ちょっと腹が立ったことは……否定しない。しないけどさ。

 

「わ、悪気はほんとになかったんだ。信じてくれっ」


 きゅうううううう。


 遠心分離機がすごい音をたて始める。予備回転から本回転に入ったようだ。

 これでなんとかなってほしいと、俺は両手を合わせてぐっと握って祈った。


「うまくいくんだろうな」

「だ、だいじょぶだルノ!」


 竜の石は恐ろしい。確実に魂を吸い込んでくれるが、中にいるものがその魂を脅かす。ミミとタマを救いだすには、こわい石から二人をサルベージするしかない。

 ということで、俺はさっきまで二人の救出に集中していた。

 タマのサルベージは超簡単だった。タマの魂が入ってる吸魂石は、ドラグナイトの基盤にぽつんと嵌め込まれてる。俺がハンダでひっつけただけだから、そいつを外せば分離完了。作業時間は、ものの十数秒で済んだ。問題は、紫色で異様な模様がいっぱいな基盤の中で一体化してる、ドラグナイトとミミの分離だ。


「タマが入ってる吸魂石じゃ、吸引力が足りなかったんだろうなぁ」


 俺が遠い目でつぶやくと、ジト目でルノが確認してきた。


「それゆえにミミという少女は、猫と完全に融合できなかったと?」

「うん。大体にして、基盤の上に吸魂石をのっけて、回路を繋げてただけだったし。それでもミミとタマは連携ができたみたいで、それがプジっていう形で表に顕現してたようなんだ」


 タマが入ってる吸魂石は、じっちゃんがドラグナイトを参考にして試行錯誤の末に作り出したものなんだろう。吸い込める魂はおそらくひとつだけ。本家とは違い、出力をかなり抑えてる感じだ。でも吸引力はあるから、タマは竜の石に吸い込まれることなく、ミミと繋がるという特殊な効果を生み出せたんだと思われる。

 その吸魂石は、俺にも使われてる。

 俺が時折見る変な夢は……おかっぱ少女の夢は、ミミと繋がってたタマの吸魂石と俺の頭の中にある石が共鳴して、起きたものなのかもしれない。竜の石は複数になると連携して強力になるってミミがいってた。じっちゃんはたぶん、そこらへんの性質をしっかり模倣したんだろうな。

 そんなじっちゃん製の吸魂石で、まっさらなやつ。幸いなことにそんな便利アイテムが、工房の金庫に複数保管されてた。さっそくひとつ、タマを抜いた紫色の機霊石に近づけてみたけれど。残念ながら、それだけでは何も起こらなかった。


「だからもっと吸引力をつけないとだめだと思ったんだ。融解して二つの吸魂石をひとつにすれば……」

「単純に、吸引力が二倍になると?」

「う、うん。倍ぐらいの力だったら、ミミだけ吸い寄せることができるんじゃないかと」

「それで金庫に入ってた吸魂石をふたつ、作業箱の中で溶かしてドッキングさせたと?」

「う、うん」


 ドラグナイトの吸引力の方が強くて、ミミはまったく引き寄せられてこなかったもんだから、俺はじっちゃんの吸魂石を強化した。工房にずらりとそろってる機器を使えばわりと簡単に作業できると思って、ざっくりてきとーにやってみたんだ……けど。


「吸引力が二乗された……っぽい」

「ぽいって、なんだ。二乗どころか二乗の二乗じゃないのか?」

『二乗どころではないのは、確かですっ!』


 ルノとリンファのまなざしがめちゃこわい。

 いやその。単純に一たす一は二でいいのかどうか、一瞬不安には思ったよ? 

 改造吸魂石は真っ赤な豆粒みたいな外見になって、見るからにめちゃくちゃ強力そう。でもまさか、基盤からミミだけでなく、竜の悪魔もいっしょについてきちゃった……だけじゃなくて。


「周りの人も吸い込まれちまうとか……いやほんと、なんかすごいっていうか」

「のんきに凄いと言ってる場合じゃないだろうが!」

「ご、ごめん! ほんとごめん! 大は小を兼ねる、的な?」

『兼ねすぎです!』

 

 無事だったのはルノとアルと俺とタマ。そして、リンファ。吸引力のあるじっちゃんの吸魂石が頭に内蔵されてる組と、完全AIの機械は、幸いにして吸い込まれなかった。

 無事じゃなかったのは、ロッテさんとジョゼットさん。脳みそが生もの組だ。それからなぜか、ミッくん。三人は見事に魂を抜かれて、今、俺のすぐ横でぶっ倒れてる。ミッくんなんて半透明になりつつも、目をかっと見開きながら仰向けに倒れてる。機霊機能は稼働させたまま、改造吸魂石に魂だけをすっこ抜かれたんでこうなってるらしい。

 ええとつまり俺が強化した石は、じっちゃんの石で吸引されてないあらゆるタイプの「魂」を吸い込めるようだ。


『とにかく早く主公を助けてください! もとに戻して!』


 リンファが鬼の形相で俺に迫る。

 

「は、はいっ! ほんとすみません!!」

「あと二分で分離器が止まるわ。うまく分離部屋にひとつずつ、魂が入るといいわね」

 

 ううう、アルは優しい。柔らかな表情はまさに癒やしだ。

 いやでもまさか、こんな強力な吸魂石ができるなんて。調整難しいなこれ。ちょうど魂一個分の吸引力に出力調整するなんて。じっちゃんは本当に、天才だと思う――






 きゅううううううう。きゅうん。


 遠心分離機がひときわけたたましい悲鳴をあげたあと、回転を止めた。

 事態がややこしいことになったので、石から石への直接移動は断念。俺は改造吸魂石の中に吸い込まれた魂たちを、いったん分離器の中にサルベージした。


「これ……本当に小部屋にひとつずつ魂が入っているのか?」

 

 分離機の周りについている小さなスペースを、白猫が覗き込む。


「何も見えないが」

「えっ? うそだろ、ちゃんと見えるじゃん。黒いの、紫の、赤いの……」

 

 分離機の小部屋にひとつずつ、どろどろうずまく火の玉みたいなものが入ってる。

 分離は大成功! って、俺はホッと胸をなでおろしたけど、アルもリンファも首を傾げてる。まさか他の人にはこれが見えないのか? 確実に魂がひとつひとつ、分離されてるんだけど……色味でなんとなく誰か分かる。黒いのはドラグナイトにもともといた魂だろう。紫のはミミ。桃色のは、きっとジョゼットさんだ。 

 まずは改造吸魂石を割って破壊。紫色のドラグナイト基盤も破壊。あたりから魂を引き寄せる引力をなくす。それから透明な蓋を開け、桃色のを外へ解放してみる。するとそのきれいな色の魂はすぐに、ジョゼットさんの中にすうっと入っていった。

 目を開けたジョゼットさんがリンファを呼ぶ。少女機霊は喜びの声をあげ、主人に抱きついた。よ、よかった……! 復活成功! さあ、次だ。

 赤い魂を小部屋から解放すると、そいつはロッテさんのもとへ飛んでいき、長い赤毛の頭の中へと消えた。次の瞬間、彼はカッと目を開けて無事に復活。

 

「ちょっとテル・シング!」

「ごめんなさいいい!!」


 ミッくんの魂はたぶん、この銀色のやつだろう。蓋を開ければ迷わず、ロッテさんが背負ってる機霊箱へと飛んでいく。

 

『なんということをする!』

「申し訳ありませんー!!」

 

 怒れる銀の騎士に、俺、必死に土下座。

 さあこれで、残るは黒いやつとミミだ。

 紫の魂が入ってる分離小部屋に、金庫に残ってたじっちゃん製の吸魂石を近づける。ノーマル性能だから安全安心。魂が入るなり、無色だった石がほんのり紫に染まった。

 よし、ミミを確保!

 ドラグナイトにもともといた星の魂のかけらも、別のノーマル性能の吸魂石に吸収!

 とりあえず鉛の箱に突っ込んで、金庫へ投入!

 箱には触るなキケンって、マジックで記入!


「やったか」

「うん! これでみんなサルベージできた」


 ミミの石とタマの石は同じはずなのに、今や色合いが全然違う。

 紫と白。アルが並べてくれた基盤に、俺は急いで二つの石を並べ、ハンダで固定した。ソケットもチップも乗せ、透明な金剛石を乗せて急いでコーティングする。

 

「この機霊石の基盤は、実をいうとルノが今使ってる……つまりアルゲントラウムの複製なんだけど」


 さて、器はどうしようか? 

 元の通り、プジ猫の体へ? それとも「女の子」の体を作ろうか?

 ミミに聞いてみようかな。どっちがいいか。

 

「迷っているヒマはない。機霊石ができたのなら行くぞ」

「え! ま、待ってくれルノ、器に入れなきゃ機霊を起動できな――」

「おまえが機霊で戦う必要はない。とりあえずミミとタマはさらの機霊石として持っていろ」

「そうよ。行くわよテル・シング。急いで星船へ乗り込むのよ」

 

 腕組みロッテさんの後ろで、銀鎧の騎士も同じ格好をして俺を睨んでくる。

 ううう、機霊の力がなければ、物理的にじっちゃんに加勢することは不可能だ。


「テルくん、おじいちゃまの願いを叶えてあげて」

 

 アルとジョゼットさんが、申し訳なさそうに俺の両腕をつかんで、外へ連行した。

 

「いちおう貴重品として金庫を運ぶわね。それからめぼしい工具や家財道具も。持っていきたいものを選んで、このコンテナに入れてちょうだい」

「は、はい。入れます……お願いします……」

 

 工房をそっくり移せればありがたいけど、さすがにそれは無理か……。

 俺は機霊の翼を広げたジョゼットさんとルノに支えられて、上空へと運ばれた。

 船はコウヨウのすぐ上にあり、ずいぶんと巨大で、推進機関はイオン・ナノ光発電。天界の最新鋭だった。なんと、さる将軍が手配してくれたという。

 

「すぐに太陽系を出るから。この船室でおとなしくしていて」

「お、おう……」

 

 うなずいたものの。俺はミミとタマを嵌めた機霊石をにぎりしめながら、すぐに行動を起こした。まさか黙って別の星に運ばれるなんて、そんなことできるはずがない。

 

「た、たとえ離れてても……」


 人間の魂の重さは二十一グラム。じっちゃんが昔、いつかどこかでそう言ってた。

 俺の吸魂石は、磁石のようなものだとも。

 目に見えないけれど、確実に存在するもの。だから俺は、にせものじゃなく。複製でもなく。

 

『おまえさんは、本物のテル・シングじゃよ。体は機械でも、わしの本当の孫じゃ』


 じっちゃんはそう言ってた。俺の頭を撫でながら。

 ちくしょうじっちゃん。今すぐ飛んでいきたい。

 どうかしのいでくれ。死なないでいてくれ。

 あんたの孫が……俺が今するべきことはただひとつ。

 それは、逃げることじゃない――

 


 


 俺は急いで、脳内の表計算モードを起動させた。

 こないだはじめてこのモードを試したときは、メインの人格が抑えられて、ぼうっとしちゃって記憶も定かじゃなくなった。計算に力をかけすぎたんだ。今回はその反省を活かして、ひかえめに計算を開始した。船が離陸して大気圏を越える数分の間に、俺はこっそり天界下界両方の網に何千回とアクセスを繰り返した。

 拾えたのは、煌帝国に関するさまざまな動画だ。特に多かったのは俺が乗ってた巨神ユーシェンの幻像。炎都をまっぷたつにしたあの怖ろしい光景が、網や板の中にあふれまくってた。正直見るのは辛いものばかり。動画のアナウンスはとても異様で、しかも何回とリピートされてて。それで女帝が今どこにいるのか、把握できた。

 帝国の新しい都――それは月に造られたらしい。


『我らが不滅の帝国は、天界をも見下ろすのです! 煌帝国万歳!』


 女帝はできたてホヤホヤの都で遷都の式典を行うという。

 となると。女帝と対峙しようとしてるじっちゃんは、すでにそこにいる可能性が高い。

 動画検索で気になるものがもうひとつ。それは超法規的措置で消されたらしい動画についてのもので、天界下界両方の掲示板でぽろぽろ言及されていた。

 

『大月で爆発ってマジ?』


『大規模らしいぜ』


『それって新首都で何かあったってことか?』


『さあ? 爆発動画、消されたし』


『煌帝国は何も発表してないぞ』


『式典映像、一瞬だけ映った。この直後か?』


『どうなんだろうな? 前かもしれないし後かもしれない』


 式典映像は検索したらすぐに出てきた。でも広場に軍楽隊みたいのが並んでて、女帝を乗せた小さな飛行機がそこへ乗り付けた……みたいな、数秒間のものしかない。式典が滞りなく済んだのかどうかは、確認できる動画だけでは確定不可能だ。

 爆発っていうものが本当にあったのかどうか。それは人為的に誰かが起こしたものなのか。

 もしかしてじっちゃんが……仕掛けたもの?

 わからない―― 

 大月は地上から六千ナノキロの距離にある。倍ほどの距離がある小さい方の月じゃなくてよかったけど、別天体ってところが厄介だ。機霊では到達できず、星船が要る。

 ルノたちの雰囲気からして、これから行き先を月へ変えてもらうという願いは、叶いそうにない。俺に協力してくれそうなジョゼットさんすら、機霊のリンファにたしなめられて、硬い表情。船室に呼んでも、しばらく休んでいてくれとの一点張りだ。

 となると。直接月へ行くのではなく、もっと別の方法で援護するしかない……

 

『ああもう……ひどく目が回ったわ……』

『にゃあ……』


 握りしめてる機霊石から、声が聞こえてくる。おかっぱ少女と猫だ。

 うう、やっぱり遠心分離はきつかったよな。


「申し訳ないっす」

『ああテル! テル! あいつを離してくれてありがとう!』

『にゃ!』

「しんどい思いさせて、ほんとごめんな。ミミとタマ、これからちょっと、協力してくれ」

『協力? 何するの? 任せて!』

『にゃー!』


 たとえ翼が無くても、俺たちは飛ぶことができる。きっと。

 俺は黄金色の基盤が輝く機霊石を握りしめた。

 透明な金剛石でコーティングしたての基盤には、紫と白の吸魂石が光っている。

 俺のと合わせて三個。俺たち三人が、力を合わせれば……。


――「おい、ちょっといいか」


「ひ?!」


 左手にミミたちを入れた機霊石をもち。右手は、船室にあるモニターそばの端末に突っ込んでいる。

 そんな姿の俺がルノに発見されたのは、それから数分後のことだった。

 

「おまえやっぱり……船のシステムに変なハック信号が見つかったから、もしやと思えば」

「いやその、中継より直接端末触った方が、アクセス速度速くなるから」

「それで船を乗っ取るつもりか?」

「ちちちちがうよ! いやほら、情報とるだけだよ。単に情報を」

「情報をとるだけ? もっと他のことをするつもりだったんじゃないのか?」


 う。ルノの青い目が刺してくる。

 でも船を乗っ取る気はゼロだ。それは誓える。俺がしたいのはそんなことじゃなくて。


「おまえ、この場にいながらにしてシングを助けるつもりだろう? だが猫と少女とおまえ、三つの吸魂石だけでは、出力的に達成が難しいと思うぞ」

「う? ルノ?」

「僕とアルでは二乗どまり。だがさらに加われば……だったよな、アル?」

「ええ。さらに三つ、おじいちゃん特製の吸魂石が加われば、効果範囲も成功する可能性も、飛躍的に上がります」


 黄金の髪がふわりと揺れて、船室にアルが入ってきた。にっこり微笑みながら。

  

「あ、あの。あのその」

「表計算モードが入ってるのは、おまえの脳みそだけじゃないってことだ、テル・シング。さっさと手を出せ」

 

 驚く俺の手を。機霊石を握ってる方の手を、肉球のある手がぐっと掴んだ。

 

「手伝わせろ。僕らも飛べる・・・。どうにかできないかと、僕らは一度この方法を試したんだ」

「ルノ……アル……!」

「残念ながら僕ら二人では出力不足だった。だがお前たちが加われば、おそらく思っていることが可能になる。アクセス速度が惑星間通信レベルになる前に、目標達成を目指すぞ。まったく……」


 白い猫は腹立たしげに俺の手に爪をほんのり立てた。ふがふがとぼやきながら。

 

「だから急げと言ったんだ。こんな立派な計算機能があるんだから、はじめからちゃんと計算しろっ」

「ルノ……ありが――」

「礼はシングを助けてから聞く!」


 猫の手が熱くなる。じわりじわりと、魔法の呪文のようなコードが手から体の中へ入っていく。まるで灼熱の炎のように溶けた感覚がすると同時に。

 

『連結成功。そちらの猫と少女が見えます』

 

 黄金の髪の少女の声が、ふおんふおんとリフレインして聞こえた。

 俺の左手にみんなが並んでる……

 猫を抱いたおかっぱの少女と。その子と手をつないでる銀髪の少年。そして、少年と手をつなぐ金髪の少女。

 

『マレイスニール? ああ、アレイシア!』


 おかっぱの少女が涙を浮かべて、僕らの隣に並ぶ少年少女を見つめた。

 とても嬉しげに。



 一たす一は二じゃなかった。

 一たす一たす一たす一たす一。

 それはとてつもない無限の数字を生み出す数に違いなくて。 

 俺達はめくるめく網の中に勢いよく飛び込んだ。

 

『手を離すな、テル・シング!』

『わかってる! 死んでも離さねえ!』

『にゃー』

『タマが一番光ってる』

『やる気満々なのね』

『うん。タマもあたしも、おじいちゃんが大好きだもん。絶対助ける!』


 目に見えない俺達の翼は力強く羽ばたいて、俺たちをみるみる運んだ。

 光り輝く網と板と波のジャングルの向こう。

 はるか高みに在る、月へ向かって。




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