18話 奇跡(テル)
ぱちぱち、まっ赤な光が四角い筒型の箱から立ち昇る。赤い熱が頬を焼く。
「あったかいな……」
これは――暖房箱だ。コンパクトで性能抜群の光熱器。ポッドの裏側に収納されてた、サバイバルキットの中に入ってた。おかげで風がびゅうびゅうの砂漠の夜だってのに全然寒くない。
暖房箱の真ん前では、猫が二匹丸まってすやすや。具合悪くなった長毛のやつも、今は元気におだやかな寝息をたてている。ジョゼットさんがサバイバルキットから救急薬を取り出して、投与してくれた。そしたらみるみるよくなってホッとした。
『テルちゃんならキットがここに内蔵されてるの、知ってると思ってたけど』
汎用救命ポッドって、他の星に不時着する想定で作られてるから、サバイバルキットが積まれてるってことは常識なのに――
『あ。ああ。そうだったよね』
俺はぜんぜん思い出せなかった。どうしてだろ。頭の中身が吹っ飛ぶほど、てんぱってたんだろうか。ぼんやり暖房箱にかざしてる手が震えてる。俺、まだ寒いのかな。だいぶあったまったと思うんだけど。
「どう? ちょっと落ち着いた? 何か食べないとだめよ?」
ジョゼットさんが黒髪を垂らしつつ、ひょいと俺の顔を覗きこんできた。俺の足元には、山のように果物が積まれてる。ジョゼットさんが機霊でひと飛びしてきて、ちょっと離れたオアシス林から採ってきてくれたのだ。
「食べられる物かどうかわからなかったんだけど。下界人のテルちゃんなら判断がつくと思って」
「えっと。白くてまん丸いのは、パオパプの実。黄色くて小さいのはロクルの実だよ。どっちも生で食べられる」
二種類とも、コウヨウの市場でも売ってるメジャーな果物だ。とくにパオパプはどこにでも、どんな気候でもにょきにょき生える強い果樹。もさっとした食感で、ハムとかサラミとかをはさんで食べるとうまい。島都市でしか手に入らない、麦っていうのと味がそっくりだと言われてる。
食欲なしなしだったけど、ジョゼットさんがパオパプの実を差し出してくれたんで、俺はそれを受け取り、やっとこかぶりついた。
「オアシスの近くに、下界の街がうっすら見えたわ。行ってみる?」
「ん……」
「できればポッドごとそこへ行けるといいわよね。汎用のって、地上用の反重力推進装置がついてるんじゃなかったかしら」
「あ。そうだったね」
そうだ。ポッドは漂うだけじゃなくて、降り立ったあともちゃんと自走できるんだっけ。
ジョゼットさんがさっそくポッドの操作盤をいじって、その機能を起動させようとする。でも突然ぷすんって変な音がして、操作盤の通電灯がショートした。途方に暮れたまなざしが俺に向けられる。
「どうしようテルちゃん、うんともすんとも言わなくなっちゃった」
その黒い目はさっと操作盤に戻り、シリアルナンバーに注がれた。
「これ、よく作動してたわね。製造年号が百年以上前よ」
シリアル……確認するの忘れてた。何かの流用物みたいだってのは気づいてたけど、そんなに古いものだったのか。
「たぶん配線切れただけだろうから、俺が直すよ」
請け負ったはいいものの。操作盤の上蓋を開けたとたんに、ぐわんと頭が揺れた。
痛い。
なんだどうした? さっきまで俺、なんともなかったのに。砂虫にひどく叩きつけられたのが効いてるのかな。でも猫を守るために受け身取ってたから、頭にはダメージ受けてないはず……
「ごめ……気持ち悪い」
「大丈夫? どこか打ってるのね? 無理しないで休んでて」
ジョゼットさんは俺を暖房箱の前に座らせると機霊のリンファを顕現させた。ふわりと浮かぶ黒髪少女がたちまち、その線をつなぎ直せとかそこは離せとか、指示を出しはじめる。端末網にアクセスして情報を取ったみたいだ。
機霊ってすごいな。ほんと便利だよ。俺も早く、
「テルちゃん?」
「あ……あれ?」
おかしい。なんでだろ。プジのこと考えただけなのに、なんで目からぼとぼとって……
――「主公、端末網から拾いました。全世界放送の動画です」
俺が震えながらなんでか目からにじんでくるものを拭ってると、ジョゼットさんの機霊が幻像を出してきた。小さな四角いスクリーンがジョゼットさんの目の前に映し出される。
「砕かれた炎都から離脱した
「下の世界……ど、どこ……どこに?!」
少女機霊がじとっと俺を睨んでくる。そういえばこいつ、主人以外の人には無愛想なんだっけ。ジョゼットさんに促されて渋々、リンファは俺に教えてくれた。
「端末網には、これ以上何も情報が出ていません。規制されているようです。島都市のさまざまな板で推測が活発に飛び交っているようです」
「ていくん……帝君を……」
あいつやったんだ。巨神を自爆させたんだ。どこに落ちたんだ。どこに――
「見つけないと!」
「テルちゃん?!」
「探さないと! 助けなきゃ!」
もうだめかもしれないけど。木っ端微塵でなにも残ってないかもしれないけど。
希望を抱くこと自体、俺には許されないと思う。でも――
俺はもう一度、あいつに会いたい。
だめだ。そうしないと時間が進まない。
ああちくしょう、頭ぐちゃぐちゃだ。でもそうしなきゃって無性に思うんだ。
なんだろうこのカタマリ。わかんないけど、なにかがむくむくこみ上げてる。
俺は胸から飛び出そうな熱いそいつにひっぱりあげられて、弾けるように立ち上がって。ポッドの操作盤にはりついた。
前に、進むために。
「ヘッドライト、まぶしい」
夜の砂漠を照らす灯りの筋が、一本。
ポッドが出すライトが砂丘のはるか先を明るく浮かび上がらせる。
こうしちゃいられない。そんな気持ちでポッドの修理を引き継いで、がむしゃらに作業。おかげで救命ポッドはぷすぷすいいながらも結構な速度で砂漠を走りだした。寝せた形でそのまま推進してて、細長いメケメケって感じだ。
あぐらをかいて座る俺の足の中に、猫たちがちょこんちょこんと座ってる。
ジョゼットさんは機霊翼をひろげて低飛行。先導役を買って出てくれた。たのもしい護衛は、朝になるまでに何度か砂虫を退治した。炎都から救われた人たちも大勢砂漠に降りたみたいで、あの長い虫に襲われてたからだ。
「ありがたい光に包まれて命拾いしましたよ」
「あの虹色の光、神様のお力かねえ」
「いやいや女帝陛下がお救いくださったんだろ?」
「本当に陛下のお力なのか? だったら事前に避難させてないか?」
「それもそうだな。しかしだとしたら一体誰が?」
出会った炎都の人々は、自分たちが何に救われたのかいまいちよく分かっていなかった。でもたぶん、救済は女帝がやったことじゃないだろう。
命あっての物種なんだろうけど、天界からいきなりこの
「すでに、煌帝国の回収隊が作業を始めていると思われますが」
それでも行くのですか?
煌々と夜空に輝くジョゼットさんの機霊が、あきれ顔で俺を睨んでた。大事なご主人様は迷わず俺についていくと言ったので、実に不本意そうに。
もう何も残ってないかもだけど。何かは、落ちてるかもしれない。
骨を拾ってやらないとって思う。だって帝君は俺を守って死んだんだ。
だからどうしても見つけたい。ミクロンレベルでも構わない。何かをこの手に掬えたら。俺も救われるような気がするから。
「どうかな、続報とれた?」
「はい。ですが下界の端末板は取捨に迷います。みんないかがわしいもののように思えます」
ジョゼットさんの機霊が眉間に皺を寄せる。彼女には、俺が思い出した端末のパスコードで、下界の板からも情報を拾えるようにしてもらった。トレジャーハンターたちが使う裏板だ。これでおそらく巨神の落下点を正確に割り出せるはずだ。天界から回収隊が来るまでにこそっと
「どれが使えるかは俺が判断するよ。そのまま全部教えて」
「……了解。巨神の落下推定地点が十箇所、追加で挙げられました。この速度ですとあと一時間ほどでその地点のひとつに到達します。ハンターの報告掲示板の板を読みあげます。
今から三十分前、『地点SS17も候補に入れておく』
二十八分前、『SS6当たりかも!』
十五分前、『SS7行ってみたけど収穫なし。みんなSS7以外を回ろうぜ』」
「なるほど。SS6か。そこに行ってみる」
ジョゼットさんがふわっと俺の脇に降りてきて、そうなの? と問う。報告は大体嘘なんだよと俺はにやっとした。
「トレジャーハンターはお宝をひとり占めしたいもんなんだ。だから板にはぜったい真実を書かない。書きこまれてることと反対のことを書くってみんな信じてる。だから当たりってかかれてるのは普通スルーする。でも、嘘の嘘は真実かもしれない。たぶんあげられてる地点は微妙に緯度経度がずらされてるだろうけどね」
夜が明けてまもなく、俺達はSS6地点に入った。ハンターたちが放つ探索光はぽろぽろまばら。俺と同じ読みをした奴はゼロじゃなかったらしい。
煌帝国軍はもうすでに巨神を回収しきったのか。それとも推測が外れているのか。残念ながら目立つような収穫はなさそうだった。
「テルちゃん、朝ごはんにしましょう。少し眠るのもいいかも」
がっくりする俺の肩を叩き、ジョゼットさんはあっというまに宿営場をしつらえた。暖房箱を置いてパオパプの実をほんのり炙って渡してくる。
「下界に降りるのは、たしか二度目よ。おぼろげだけど思い出してきたわ」
そんなことをつぶやきながら、砂漠を見渡して目を細めている。
「私は……煌帝国の下級騎士だった。あるとき下界にいる人に会いたいからって……政府の高官に護衛を頼まれたの。探し人はコウヨウって街にいるらしくて、そこへこっそり二人で降りていったわ。でも街に入るなり、雇い主は政敵が送った機貴人につかまってしまった。私も……捕らえられて改造されたのよ」
「コウヨウはいろんな人間がたまるからなぁ。雇い主が会おうとしてた人って、すごい大物? 危険人物だったんだ?」
「太上老君よ。ようやく居場所を突き止めた、帝国を救える方は先帝さましかいないって雇い主は言ってたわ」
「え……太上……」
うちのじっちゃん?
「たぶん雇い主は炎都が破壊されるのを止めたかったと思うの。だから先帝陛下を頼ろうとしたんじゃないかしら」
そうだ、連絡つけなきゃ。じっちゃんもルノたちも無事でいてくれるといいけど……でもジョゼットさんの今の話しぶりじゃ、やばいことになってるかもしんない。
俺はポッドの操作盤の蓋を開けて端末信号をいじくった。また少し頭が痛くなったけど、こらえてじっちゃんとルノ、アル、それからロッテさんの端末にSOSのメールを打った。それから名残り惜しげに、SS6地点を見渡した。たぶんここは外れだったんだと、言い聞かせながら。
「あと十何箇所、急いで回ろう。ハンターたちが根こそぎ、オコボレを持ってく前に――」
「テルちゃん、あれ!」
休憩もそこそこに暖房箱をしまって、ポッドを動かそうとしたとき。
ジョゼットさんが、遠くに見えるハンターの探索光を指差した。
「あのハンター、今何か落としたわ! きらっとするもの!」
「落とした?」
とたん、探索光が変な方向に曲がった。地面を照らすものが、まっすぐ天に向かう。
複数のハンターがいてそこで何かが起こった――そう察したときには、ジョゼットさんは翼をひろげてそこへ飛んでいた。
「ま、待って! ジョゼットさん待って!」
ここらへんのハンターもコウヨウ付近のやつらと同じ装備をしてるなら、手強いはずだ。機貴人だからって油断してたら無傷じゃすまない。
急いでポッドにはいって推進装置をオンにする。探索キットの箱を漁れば緊急脱出爆弾があった。
いよいよのときはこいつを投げれば――
ぱあんと目標地点から弾ける音がした。やばい。交戦状態になったみたいだ。
機霊光が一瞬、探索光と同じ方向にほとばしる。
「ジョゼットさん!」
駆けつければ、黒髪の少女機霊が歯を食いしばって光弾を光体翼から繰り出していた。
「うちの主公になにするのー!!」
まずい。被弾したのか?!
ハンターは三人いた。いや、もともとは五人いたらしい。仲間割れしてすでに二人、砂の上に倒れてる。三人とも光線銃を持ってて、様子を見にきたジョゼットさんをいきなり撃ったみたいだ。彼女は片膝をついて肩を手でおさえていた。
その目の前で、ハンターたちがひとりふたりとバタバタ倒れていく。
「り、リンファ殺しちゃだめ」
「なに余裕かましてるんですか! 無理です! あっちは殺意満々ですよ?!」
黒髪少女は半泣きで三人目のハンターの腕を吹き飛ばした。銃がすっ飛び、俺の足元に転がってくる。とっさに銃を拾い上げると、そこから何かぶらさがっててそいつがキラリと光った。
「う、おいこら坊主、それは俺の――ぐあ!」
取り戻そうとしたハンターが、大穴の開いた胸を押さえて倒れた。リンファが鋭い光弾で撃ち抜いたからだ。しかしジョゼットさんもダメージがひどかったのか、ドッと倒れた。
びゅうびゅう砂塵混じりの風が吹く中。黒髪少女の絶叫がとどろいた。
「いやあああ! 主公っ――!」
それから俺は大忙し。ハンターたち五人のうち三人の死亡を確認して。あとの二人が血まみれになってあたふた逃げてく姿を見送って。ぎゃんぎゃん泣きわめく少女機霊に尻を叩かれつつ、サバイバルキットの通電機でジョゼットさんを治療して。猫たちにパオパプの実をあげた。
ほぼ金属製の体のジョゼットさんは、肩に走ってる動脈線を撃たれていた。それで動きがままならなくなったらしい。だからちぎれた線を応急で結んで、電気ショックで溶かして繋げた。
ぎりぎり頭がきしんだけど、少女機霊の涙顔を見たら……そんなことを気にすることなんて、できなかった。
「骨と配線が見えてます!」
「そ、それは仕方ないって、人工皮膚はさすがに培養できないよ」
「うう……主公すみません! 本当にすみません! まさか結界が効かないなんて」
それにしても、機霊の結界を破ってくるなんてすごい銃だ。前にハル兄が発掘したのと同じものかも。その銃に、争いのもとになったらしい袋が下がっていた。中に入ってたのは、分解してバッテリーになってる端末のかけらと。それから、ヒビが入った宝石――
「ここで当たりだったんだ」
俺はぎゅっと、そいつを握りしめた。透明な宝石層の裏側に、薄いTPUが貼られてる機霊核を。
落ちた巨神は、もうあらかた回収されたらしい。
でもいくらかの破片は砂丘にばらまかれたままだったんだろう。それをハンターたちが屑拾いしたんだ。まさかこれを見つけられるなんて……
裏側のTPUのところは焼けて真っ黒だ。基盤はすっかり炭になってる。石のコーティングのおかげで、形状だけはとどめてるけど……
「帝君……ごめんな。ほんとに、ごめん」
――「……救えないのね?」
俺の懐から悲しげな声が聞こえた。おかっぱ石だ。ずっと黙ってたのに、こんな時だけずっさり俺を刺してくる。
「やっぱり、あなたは無力――」
「いいえ!」
ジョゼットさんを気遣いながら、少女機霊が俺を睨んでくる。いや、俺の胸元を。
「テル・シングはその機霊がそんなになるまで守ろうとした子なんでしょ?」
もしかして。おかっぱ石を睨んでる?
「せっかく煌帝国から逃げたのにわざわざつかまる危険を冒して、死んだ機霊を拾いにくるなんて。お人好しで馬鹿だと思うけど、無力じゃないわ! そりゃあもっと完璧にご主人さまを治療してほしいけど、そこそこ使えるわよ!」
えっとこれは。俺、少女機霊にいちおう感謝されてるっていうか、認められてる……のか?
「大体にして。機霊核握りしめて泣いてもらえるなんて、機霊にとっては本望! これ以上のことはないわよ! 主人の幸せを祈って善処する。それが機霊ってものよ。ぶつくさ文句いうなんて、あんた純粋な機霊じゃないわね? 人間なの?」
「……!?」
腰に手を当ててがなりたてる少女機霊におされたのか、おかっぱ石はブツブツと奇妙な音を立てた。
そんなはずないとか、違う私はとか、かすかに声が聞こえてくる。
「違う。違う。違う! 私は」
その声は、徐々に大きくなって。
「違うううううっ! 私は、ミミじゃ、ない!!」
「うわあ?!」
絶叫と共に、紫の光が俺を包んだ。いや、辺り一帯を。
まだこんなに力が残ってるなんて。おかっぱ石って一体どれだけ容量があるんだ?!
放電する紫のプラズマが周囲に飛び散る。目の前でばちんと火花が弾けた。
「テルちゃん!!」
ジョゼットさんが手を伸ばす。でも届かない。俺はどうんとポッドに叩きつけられた。
「ちょっとあんた! なにするのよ!」
少女機霊が怒り心頭で叫ぶも、紫の放電は止まらない。
やばいこれ。意識が落ちる――
そう思った瞬間。びびっとポッドの操作盤からけたたましい呼び声がした。
『信号受け取ったわ! テル・シング!!』
なつかしいキンキン声。
『発信位置から動かないで! 今すぐ行くから待ってなさい!!』
「ロッテさ……」
うん、動かない。いや動けないよ、これ。
あははと苦笑しながら俺はドッと砂地に倒れ込んだ。おかっぱ石の悲鳴を聞きながら。
「もういや……いやよ! 誰かお願い! あたしを砕いて!」
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