17話 赤い砂漠 (テル)

 ずずんと、地響きがした。救命ポッドからアラームが鳴る。起きろっていう目覚まし音だ。

 意識が戻ったとたん、俺は涙がどっと出てきそうなまぶたをしゃかりきにこすった。

 プジの体もその頭脳も、なんとか俺の手に戻ってきた。でも……。

 目の前に、ぼうっと光る文字が浮かんでる。


『着地完了』


 緑色の光板モニターが映し出した文字は、俺にも読める共通語。救命ポッドがどこかに着陸したらしい。


「俺、どのくらい眠っちまってたんだろ」


 最悪十年百年、冷凍されたまんまだったって可能性もなくはない。都の爆発で上に巻き上げられたら衛星軌道に乗っちまうし、運が悪けりゃその先まですっとばされて宇宙を漂流、別の天体に降り立った可能性もある……と覚悟しつつ、光板モニターのはしっこを見た俺は、ホッと胸をなでおろした。島都市共通の日付と時間がそこに表示されていたからだ。

 

「コロニア暦千二百五十一年、十月二十五日、午後十三時……よかった、射出されてまだ数時間しかたってない」


『空気組成検査中』


 うわ。でもなんか、ものものしいメッセージが出てきたぞ。


『検出完了。照合開始……

 判定結果:母星と百パーセント合致』 


 ふうう、よかった。一瞬、月にでもすっ飛ばされたのかと思った。大月までってすごく近いもんな。

 

『酸素ヘルメットなしで外出可能。

 音声コマンドで扉を開閉してください』


 このポッド、星船用のをそっくり転用したみたいだ。船に搭載されるものは、別の星に不時着することを想定して作られてる。つまり分厚い壁で外気を完全遮断し、救難信号を発信し、濃密な冬眠ガスを充填させ、発見・救助されるまで中にいる人間を冷凍保存するという、とてもオーソドックスな機能が付いてるってことだ。

 救難信号発信はオフって画面の隅に表示されてるけど、これはファング帝国の索敵にひっかからないよう、帝君がぬかりなく設定してくれたから。冬眠ガスはポッドの射出後すぐに、ぷしゅうって出てきた。

 帝君は、ほんとにいい機霊やつだった。

 ちくしょう。俺、どうしてあいつを救えなかったんだろう……。


「扉を、開けてくれ」


 涙をこらえて共通語で話しかけると扉が開いた。砂塵まじりの大地の風が、ばちばち頬に当たる。乾ききった赤い砂丘が、目の前に果てしなく広がってる。ここってたぶん、コウヨウの近くじゃない。さらさらの砂漠地帯ってことはもっと西の方だろう。

 じっちゃんやルノたちはきっと、俺のことを探してくれてるんだろうな。もしかしたら煌帝国とやりあってるかもしれない。早いとこ俺が無事だってこと、知らせた方がいいよな……


「にゃあ」「にゃあ」


 足元のキャリーバッグから猫が励ましてくれる。バッグを抱えてポッドから出て、外側からまじまじ眺めて。それから俺は、扉の裏についてる操作盤をいじくってみた。


「えっと、蓋を開ければ配線板が……う? なんだっけこれ」


 気分は最悪。筒型ポッドのクッションはふわふわ、寝返りもごろごろ打てるぐらいだったけど、なぜか寝心地はよくなかった。頭がすごくふらつく。


「冬眠ガスで酔ったかな?」


 異様に陽射しが強く感じる。空を仰げば太陽が沈みかけてる。刺すような夕焼けだ。

 大きいのと小さいの、ふたつの月が太陽のそばで交錯してる……

 だめだ、頭が痛すぎて配線板の構造が全く分かんねえ。ちょっと休もう。ポッドの陰に入って、猫を二匹抱っこして。頭痛が収まるのを待とう。

 家に帰ったら、プジの体にまた紫のおかっぱ宝石を入れ直さないとな。ご丁寧に別のねこAIを入れられてるけど、このAIのためにはもう一体、猫の体を作ってやるか。家に猫が増えるっていいよな。

 

「あ。でもプジ的には、猫より絶世の美女の体の方がいいのか?」


 地下工房に戻ったらプジに聞いてみるか。アルみたいに人間ぽい体がほしいかどうか。おかっぱの機霊体、なんだかただのAIって気がしないもんな。あれはきっと、ミミって子だよ。きっとそうだよ。

 それにしても頭ひどいな。すごく……痛い…‥





「あれ? もう夜か。さむ……」


 ふと気づくと、あたりが真っ暗になっていた。眠ってたんだろうかと頭をぶるぶる振ると。


「テル。おーい、テル・シング!」


 懐かしい呼び声が聞こえた。ハル兄だ。光線銃かついでひょっこり目の前に現れるとか。こんな砂漠でありえない。これ、夢かな?

 

「いくぞテル。探してるもんは地下に潜ったぜ」

「ま、待ってよハル兄」


 探してるもの? 地下? うわ?! 俺いつのまにコウヨウに戻ってるんだよ。ここ、地下遺跡Bの入り口じゃん。目の前に階段が突然出てきたぞ? これ現実じゃないよな?

 階段を降り切ったとたんあたりがグワンと揺れて、長くて真っ黒な回廊に変化した。

 でもハル兄は動じずに俺の前をゆうゆう歩いてる。急いでるようには見えないのにどんどん距離が離れてく。やばいこれ。無限回廊って感じだ。走れども走れども、同じとこを回ってる気がする。ぐるぐる永遠に。

 

「ねえハル兄……」

「タマはこの奥だ」

「あ、ああうん」


 真っ暗な回廊は果てがない。気が遠くなる……

 

「わ!? な、なんだこれ。足元に何かいるっ」


 ぐつぐつ変な音を立てる黒いもの。なんだかうずくまってるようだ。


「おまえさん、何をお探しだね?」

「た、タマを探してる」


 そいつがしわがれ声で聞いてきたんで、俺はおずおず答えた。でもどんな猫かと聞かれたら、俺の口は勝手に動いて、えらくとち狂った答えを吐き出した。


「長い黒髪で。背が高くて。イケメンなんだ」


 違う、タマはそんなんじゃない。俺が今言ったのって、東華帝君のことじゃないか。でも俺の口は止まらなくてなぜか必死にまくしたてた。


「俺、タマを助けないといけないんだ!」

――「無理だよぼうや」


 目の前の黒いものは嫌な声音で俺に言った。


「おまえさんには、助けられない」


 そのとおりだ。俺は帝君を助けられなかった。なのにこうしてまだ、探してる。たぶんあいつは死んだのに。視線をさまよわせたら、前を歩いてたはずのハル兄の姿見が当たらない。いつのまにか忽然と消え失せている。

 俺、置いてかれた?

 泣きそうになる俺を見上げて、うずくまってる黒いものはひひひと嫌味全開で大笑いした。

 なんだろうこれ……どろっとしてて、ぶよぶようごめいてて。でもなんだかよく知ってるもののような気がして、無性に腹が立った。うりゃあと歯を食いしばって飛び越えたら、回廊の先に何かが見えた。

 ふわりとなびく長い黒髪の影だ。

 

「タマ!?」


 いやいや違う、あれは猫じゃない。タマじゃない。

 でもなぜか俺はそう叫んで、長い黒髪の男めざして走った。


「タマ! 待てよタマ! 助けにきたぞ! 早まるな!」


 黒髪男は俺に気づかない。手をのばして全速力で追ってるのに、後ろ姿がどんどん遠くなっていく。


「待てよおおおっ!」

「ひひひ。どうあがいたって無理さ」


 背中から不気味な声が刺してくる。黒くうごめくものが笑ってる。

 俺は身震いしてその場に両膝を折った。

 たしかにあの黒髪男はタマじゃない。

 でもタマと同じ。俺が救いたいと思ってるものだ――!

 振り返って怒鳴りかけた俺は言葉を失った。うごめく黒いものがすらりと立ち上がり、みるみるあのおかっぱ娘に変化したからだ。プジの頭脳、紫の石の中に住んでいる暗黒帝の機霊に……


「絶対無理よ。あなたには救えない」


 紫の放電をまとう、おっぱいがでかいオトナの女。

 そいつは俺を見下ろしてきた。この世の終わりに遭遇したかのような、ひどく哀しげな顔で。

 


「アシュラ。私、ミミじゃない。あなたはだれも、救えないわ」





「……っ!?」

 

 ハッと目をさましたら夜が明けかけてた。

 東の空からうっすら太陽が昇ってきてる。なんてこった、俺、半日も寝ほうけてたのか?

 あわてて起きてキャリーバッグを確認。猫達はお互いに丸まってぬくぬくすやすや。こいつらにご飯あげなきゃ。そのためにも急いで、じっちゃんやルノたちに信号発信しなきゃ…… 

 扉についてる操作盤にとりつく。

 三色配線にちっちゃなキーボード。銀色のつぶつぶが並ぶ基盤。どれも見慣れたものばかり。

 汎用的な救難信号じゃなくて、特定の端末に信号を発信するようにするには……

 あれ? えっと、どうやればいいんだっけ。わからな……

 どうしよう、また頭痛くなってきた。ちくしょうなんでだよ。気持ち……悪……


「がはっ!」


 両手に赤い砂がつく。両膝がくがくだ。立ってられない。やばい、俺一体どうしちゃったんだ。冬眠ガスってそんなにきついのか? 配線わかんなくなるとか重症すぎだろ。

 手が震えてるってことは中毒になってるのかな。視界もぼやけてるし。くそ、なんでこんなにぼたぼた涙が落ちるんだよ。涙腺いかれてる? なんでだよ!

 ちくしょう寒い。ずいぶん冷え込んでる。

 ああ、巨神は爆発しちゃったんだろうか。帝君はもうこっぱみじん? あいつ、もうこの世にいないのかな。どうなったか調べないといけないのに。ポッドの基盤いじれば簡単じゃないか。普通の端末で取れるような情報を傍受するようにして、光板モニターに映せばいい。ちょっと配線いじるだけじゃないか。


「ど、どうしよう、頭まっしろだ」


 しっかりしろ俺。何もできなきゃ家に帰れないぞ。こんな砂漠っぽいところに何日も、飲まず食わずでいられないぞ。とりあえず、体の震えをなんとかおさえないと――

 

「無理よ」

「あ……プジ?」


 びかりと、俺の胸元で紫色の光が光った。手に握りしめてる機霊石からかすかに声がする。


「あきらめなさい。あなたはだれも救えない。無力な存在なの」

 

 エネルギーがまだわずかに、石に蓄電されてるんだろう。石は最後の断末魔を絞り出すように俺に囁いた。


「あなたもアシュラと同じ。やり遂げたと勘違いして、自己満足に浸るだけなんだわ」

「な、何言ってるんだ?」

「暗黒帝は、ミミを機霊にしたと思いこんでいたの。でも実のところは、ミミの記憶をコピーしたAIを機霊にしただけだった」


 なんてかぼそい声なんだ。姿は見えないけれど想像できる。おかっぱ少女がうなだれて、泣いている姿が。


「私はただの複製……本物のミミじゃない」

 

 嘘だ。

 反射的に俺はつぶやいた。

 なぜかわからないけど、俺が見たおかっぱ機霊はただのAIとは思えなかった。

 ただの複製だったらこんなに情緒豊かにふるまえるはずがない。


「じ、じっちゃんは、アルゲントラウムはたぶん魂の移植に成功してるんじゃないかって言ってた。その証拠を俺たちはこの目で見たんだ。だからおまえだってたぶん――」

「たしかにアルゲントラウムは、アレイシアそのものでしょうね。でもそれがうまくいったのは、私で失敗したことが分かったからよ。マレイスニールはアレイシアにさらなる新技術を試したの。だから彼は、大事な人を失わずに済んだ。でもアシュラは永遠にミミを失ったのよ……」


 おかっぱ機霊の声は消え入りそうにか細かった。


「かわいそうなアシュラ。あの人は、結局だれも救えなかった。英雄になろうとしてなれなかった。あなたも同じ。あなたはただの無力なぼうやなの。さあ、そこの小さなキーボードに今から言うコマンドを打って。煌帝国の軍隊に拾ってもらいましょう。私、あの国の緊急コマンドを教えてもらっているから」

「い、いやだ」

「このままだとのたれ死ぬわよ」


 帝君が命をかけて俺を逃してくれたってのに。あいつのしたことを水の泡にできるものか。

 強制コマンドを言う必要はなかった。おかっぱ石の蓄電はすぐに尽きて、すぐにぷつぷつ歯切れの悪い音を出すだけになった。

 俺は無力? そんなこと……ない。

 ギュッと握ったおかっぱ石を、俺は衣の懐に入れた。 

 ガスで頭がラリってるだけだ。もう少ししたらきっともとに戻る――



 すっかり夜が明け、太陽が空のてっぺん近くに昇るまで、俺はポッドの中に縮こまっていた。休めばいいと思ったからだ。でも変になった頭は全然治らなかった。

 

「おい、個別信号出してくれ」


 音声で命じても、ポッドの頭脳は応じない。このままの設定だと、無差別の救難信号しか出せないようだ。基盤をちょちょいといじれば自在にどこの端末にも繋げられるはずなのに、俺の手はいまだに震えてなにも手につかない。

 さすがに腹が減ってどうにもならなくなってきたので、俺はポッドの周囲を探索した。

 草がちょっぴり生えてる小さなオアシスを見つけて、猫たちといっしょに水をガブガブ。

 それが悪かったんだろうか。ほどなく長毛の子猫の方がぐったりしちまった。


「もしかしてこいつ、完全に生身? 免疫弱いの?」


 俺やプジ猫は体の部品がかなりの割合で金属だ。ぶっちゃけ少々の毒物が腹に入ってもそんなに影響しないでエネルギー還元できる。でも完全に純粋培養で生身のものには、この汚れた大地の水はやばかったらしい。縮こまって震える猫を抱く俺の頭の中では、おかっぱ石に言われたことがぐるぐる。何度も何度もリフレインした。


『無力なぼうや』

「そ、そんなことない」


 唇をきつく噛む。どうしよう。猫の目が開かない。どうしよう……

 ごおうとオアシスに塵まじりの風が吹く。風はどんどん強くなり、砂嵐の様相を呈してきた。

 やばい。あわてて俺は猫たちをかかえてポッドに戻った。がちがちがんがん。嵐があたりの砂や石をまきあげて、ポッドの壁を襲っている。

 中に入って扉を閉めてしのがないと――砂混じりでじゃりじゃりの口からコマンドを叫ぼうとしたら、いきなりごごっと地面がつき上がってきた。


「ななな!?」


 赤い砂丘の中から何かが出てきた。ポッドを蹴倒して、ぽすんと砂丘に落ちた俺の方に一直線に向かってくる――


「ひ?! 砂虫?!」


 蛇のように長くてムカデのように足がびっしり。これいつか、学校でメイ姉さんに教えてもらったやつだ。コウヨウのあたりにはいないけど、砂漠にはうじゃうじゃいるとかっていう虫だ。

 やばいやばいやばい。今の俺、機霊も銃も持ってない。逃げるしかないぞこれ!


「にゃあああ」「にゃあああ」

「おまえら、走るぞ!」


 猫達を両腕に抱えて全力疾走する俺は、悔し紛れに何度もぶつくさ唱えた。


「俺、無力じゃない。無力じゃないよお!」


 しっかりしろ。しっかりしろ。せめて猫たちだけは守らなきゃ!

 砂虫はするするずるずる、すごい速度で追ってくる。俺は走った。歯を食いしばって走って走って走りまくった。情けなくて視界がすごくぼやけたけど、がむしゃらに足を動かした。

 くそ、飛びたい。プジが猫機霊のままだったら、空に飛び上がって悠々と虫を見下ろせただろうに。

 うあ! やばい、つんのめった。すっ転んだー! いてえ!

 猫、無事か? 無事だな? 


「ぐあ!! 動き、速すぎる!!」


 ああ、突き上げられた――

 青空が近づく。大きな月がまた昇ってる。あの星、回転早いんだよな。一日に二回も空を通り過ぎる……

 

「ほ、放り投げたらちゃんとキャッチしろよ!」


 痛い……砂地に叩きつけられた。猫を守るために受け身取ったけど、背中が折れそうに痛い。

 衣はみるまにずたぼろ。この虫、俺を弱らせてから食うつもりなのかな。

 うわあまた、空に投げられた。うう、こんなの何度もやられちゃ耐えられないぞ。ば、万事休す?

 

「いやだ! 守る! 俺、なんにもできない奴じゃない!」


 なんとか着地できた。猫を抱える俺、また走りだす。気配が迫ってきたと思った瞬間、横に飛ぶ。

 やった! 突き上げをかわしたぞ。いける――

 

「うわああ! 尻尾降ってくるとかやめろお!」


 思いっきりはたかれた。痛い……。足折れたのか? 

 動かないや。だめだ、もう走れない。

 俺はうずくまった。猫を抱きしめて固く亀のように背中を空に向けて、縮こまった。

 たしかに俺はタマや帝君を救えなかったけど……こいつらだけは絶対に守ってやると思った。

 ものすごい地鳴りが迫る。俺が虫に捕まった瞬間、猫達をできるだけ遠くに放ってやったら、走って逃げてくれるかな。

 そんなことを考え、ぎゅっと目をつぶっていたら。不意に地鳴りが止まった。

 背後でぎしゃあというすさまじい断末魔が轟いて。赤い大地が揺れた。

 

「え? 虫……倒れた?」


 おそるおそる、振り返れば。虫の頭がすっぱり切断されて、すぐ後ろに転がってる。

 レーザーかなんかで切れてるみたいで、体液はまったく出てない。


――「テルちゃん!!」


 ちいさい目玉が無数についてるそのグロテスクな頭の向こうから、かん高い呼び声がした。ひょっこり姿をあらわしたのは……


「大丈夫?! 怪我してない?!」

「あ……」


 あの、ジョゼットさんだった。帝宮から逃げる途中、なんとか振り切ったはずのあの人だ。

 左肩につんつん顔の少女機霊がぷかぷか浮かんでる。


「待って! 逃げないで! 私もう、ファング帝国とは関係ないから。本当よ。私、テルちゃんを逃したからって炎都の牢に入れられて、そのまま置いて行かれたの。女帝陛下はテルちゃんを巨神のパイロットにしようかって笑いながら私に言い捨てていったわ。だから崩壊する都からなんとか逃げだしたとき、巨神から吐き出されたポッドを見て……きっとテルちゃんだと思って、迷わず追いかけたの」


 つまり、俺のせいでひどい目にあわされたから、俺に復讐しようって思って?

 

「お願い、こわがらないで。テルちゃん私から逃げたとき、救命玉で包んでくれたでしょ? 私を傷つけるつもりなんて、まったくなかった。その気持が伝わってきたから、私全然怒ってないわ。ただね、もう一度会いたかったの。会ってちゃんと話したかったのよ」

「は、話すことなんて」

「たくさんあるわ。できれば私、これからテルちゃんのそばにいて助けになりたいの。だってテルちゃんは私をダミーロボットじゃなくしてくれたじゃない? なんといってもすごい恩人だから」


 な……ちょっと、その顔で今、そんなこと言わないでくれよ。

 すごいなんて褒めそやすなんて、なんの拷問だよそれ。俺むちゃくちゃ落ち込んでるのに。


「ああほんとによかったわ、無事でいてくれて」


 俺の母さんと同じだっていうその顔で。そんなこと言われたら――


「ふぐ。うえ……あの……ね、猫が、死にそうで……」

「な、泣かないでテルちゃん! 大丈夫。もう大丈夫よ」

 

 かん高い声が近づいてきた。

 その場から動けないでブルブルしてる俺を、ジョゼットさんはぎゅむうと抱きしめてきた。

 大きな胸で。この上なく、優しく。



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