16話 慈愛の神 (ルノ)
眼が焼ける。まぶしい――
『総員! 至急、隊本部に戻れ!』
首にかけた通信バンドから、エンマ隊長の呼び出しがかかる。本部とはすなわち、隊長のことだ。
僕はアルの背にとりつき、翼を広げて白い巨塔に飛び戻った。
都を囲むようにつらなる砲塔は、ざっと見渡しただけでも何百とある。今、そのすべてから光が立ち昇っている。都を覆う分厚い結界はまったく壊れていない。砲塔の上空には、港と同じ開閉可能な結界穴がずらり。すなわちこの照射は決して、「天候調整装置の暴走」などではない。
「全塔一斉になんて…‥」
アルが息を呑む。光線がめざす先は、空に浮かぶ僕らの星。汚れきった僕らのゆりかごの、一体どこにこの光が落ちるのだろう?
「砲塔兵器を使うなんて、時代錯誤もいいところだ」
「そうよね。
都市の破壊や大量殺戮を引き起こす戦は損失がはんぱないから、基本、どこの島都市も派手な兵器は威嚇用。実際に使用することは忌避している……はずなのだが。
「ねえルノ。これは私たちのせい?」
「なんだって?」
アルが不安げに聞いてくる。すみれ色の双眸を悲しげに伏せて。
「私たちが、コウヨウを焼いたせい? エルドラシアの新皇帝が私たちを利用してあんなことをしたから……他の島都市も釣られているの? ただ軍備を増強するだけでなく、やられる前にやれとか、そんな感じになってしまっているの?」
「下界のコウヨウが焼かれても、天界人は気にも止めないんじゃないか? 危機感を覚えたのは、むしろシルヴァニア落としに対してだと思う」
エルドラシアの新皇帝は容赦なく、属州シルヴァニアを
あれが天界にとってひどく衝撃的な出来事であったのは確かだ。
煌帝国の女帝がこんなに極端な兵器展開をしたのは、そのせいだというのか?
僕をせせら嗤ったあいつを警戒しての挙動だと?
それは……否定できない。世を乱すものが現れれば、だれもが影響を受けずにいられない。それを正すもの。便乗するもの。利用するもの。さまざまなものが現れる。
この世界がエルドラシアに君臨するあいつのせいでおかしくなっているのは事実だろう。
でも僕は、あえて言った。落ち込む少女の姿を見たくなかったから。
「アルのせいじゃない」
白い巨塔に戻ると、一階のロビーにバイリー将軍の姿があった。左右をエンマ隊長と赤毛女に固められている彼女の顔は真っ青。ひどくうろたえている様子から、僕らを騙すつもりなどまったくなかったことがありありと見てとれた。
「これから……七将軍すべて集まっての軍議が始まります。この都が設計図通りのものではないのはなぜか、そこで他の将軍たちに聞いてみます」
将軍が集まってきた第三傭兵隊や自分の副官たちにそう告げるや、エンマ隊長がてきぱき、招集した傭兵隊に指示を飛ばす。
「チーム壱と弐は砲塔やその管制塔を調べろ。チーム参と四は将軍についていって護衛だ」
僕らはチーム参。将軍護衛組だ。唇をきりりと噛みしめる将軍の後に続いて外に出てみれば、砲塔からの発光は止んでいた。
ぱんぱん小気味よい音が聞こえた。巨塔がつらなる眼前の通りから、ちいさな光の玉が三つほど飛び出すのが見える。あれは機霊光だと、目で追う僕らが認識したその時。
――「ごきげんよう、バイリー!」
黄金色の鎧にまっ黄色のマントという出で立ちの女が、巨塔の前に伸びる通りからひらひら手を振って寄ってきた。
「ヤン将軍! これは一体どういうことですか? 都を囲むあれは、気候調節塔のはずですよね?!」
全身緑のバイリー将軍が噛み付く。ヤンという人はおそらく七将軍の一人だろう。黒髪の中にひと房だけ、金髪がある。そんな染め髪を黄色のマントに長く垂らした女将軍は、苦笑して肩をすくめた。
「公式設計図にはそう書いてあるけど、違うわよ」
「えっ……?!」
「私もつい最近知らされて、正直驚いてるのよね。バイリーはまだ聞いてなかった?」
「は、初耳です! 陛下はどうして隠し事を……」
「ふふ。あなた有能だから、陛下に警戒されたのね。事前に教えたら妨害されるって思われたんじゃない?女帝陛下はね、ここを新しい帝都にするおつもりなのよ」
バイリーは七将軍に任ぜられてからまだ日が浅い。それに中央権力から馬鹿にされるような部署にいたから、女帝への忠誠が盲信レベルではないのは明らかだ。女帝にしてみれば、まだ全面的に信頼することができない部下なのかもしれない。
それはともかく。月に遷都するだと?!
煌帝国は島都市連合の目を欺いて、公共の地に帝都を作っていたというのか?
「無茶よ……」「じ、冗談だろ?」「いくらなんでも」
緑の将軍とその部下も、僕ら傭兵隊も。あまりのことに絶句した。
しかし黄色い将軍はニコニコ顔で、さらに信じられない情報を伝えてきたのだった。
「明日の式典で女帝陛下が御自ら、ここが我が帝国の新しい都であると宣言なさるわ。てことで陛下は今、
「旧帝都って……かの炎都で、
「ええ。今、全世界にその模様が放送されてるわ。女帝陛下は
端末をさっと出してにっこり。至極満足げな黄色い将軍の言葉通りだった。
その場に居合わせた全員が、あわてて自分の端末を調べたとたんに気色ばむ。
「なんだこれは……」
「ちっ……マジだね。帝都が盛大に燃えてる絵が映ってやがる」
なんと今このとき、煌帝国の電視台が「巨神始動」というライブ映像を放送配信していた。すでに三角錐の帝都はまっぷたつだ。まるごとそのまま火だるまになって落とされたシルヴァニアよりも、はるかに無残な姿をさらしている……。
我が目を疑う光景。これは、現実のことなのか?
画面の上のところで、
「ちょっと、この決定的瞬間のリプレイ……
赤毛女の指摘通り、鋼の巨体はただ帝宮の庭園に突っ立っているだけ。都を壊したのはほとんど、巨体がはねかえした艦砲のように見える。その空恐ろしい映像とともに、実況アナウンサーの声が何度も再生されていた。
『みなさま、ごらんください! この無敵ぶりを。巨神はありとあらゆる攻撃をはねのけるのです。たとえアトミック爆弾を受けても、我らの守護神は爆破不可能。まったく無傷なのです』
けたたましい叫び声はなんとも気持ち悪い。
リプレイの中の巨神の足は何かに吸着されている。
これはどういうことだ? 故意に逃げられなくされていたのか?
この巨神に全く戦意がないように見えるのは、気のせい?
炎都に住む人たちは大丈夫なのだろうか。ちゃんと避難させているんだろうか。
脳裏に、燃え上がるコウヨウの街がちらつく。僕とアルが焼いた街の姿が。僕らが成した罪の光景が――
まさかあんな地獄絵図がまた、繰り広げられているなんて……
「ああ、光線が!」
ライブ映像の方では驚くべきことが起こっていた。
今や巨神は、左右上空にある軍艦にサルベージされ、砕け落ちる都を見下ろす形で浮いている。がぶり寄りでその光景映し出す画面が、きらきらまばゆい光に覆われていた。天から無数の光がふり注いできているのだ。
「この光は――!」
それが何かひと目で察したバイリー将軍が、震え声で黄色い将軍に迫った。
「こ、これって、ここの砲塔の光線ですよね?! まさか今の照射は、巨神の援護をするためだったんですか?!」
「援護? いいえ違うわ。私が陛下から聞いた限りじゃ、その予定はないはずよ」
こんなにも恐ろしいことが起こされているというのに、黄色い将軍はのん気な口調でそっと眉をひそめるだけだった。
「だからなぜ光体ポッドが出力したのか、調べさせるために機霊を出したの。この都のど真ん中に建ってる中央管制塔へね」
「光体ポッド?」
「選ばれし帝都民を
――「ああ、見て!」
固唾を呑んで端末を覗き込むアルが叫ぶ。
「光が、シャボン玉のようになってるわ!」
滅びゆく都にふりそそぐ、月からの光。それは割れ落ちていく都に到達するなりぱっと細やかな粒となり。直後、ふわりと膨らんだ。よくよく見れば、それは何かを包み込むために次々と膨張している。包みこまれたものは……
「人間だ!」
くそ! やはり、ろくに避難なんてさせてなかったのか!
「ルノ、今のあれは殲滅用の熱線じゃなかったんだわ。見て! 光の玉がつぎつぎポッドのようになってる。中に人がたくさん、包み込まれてるわ! 救助されてるのよ!」
「おかしいわね……ポッドをあんなにたくさん、一斉に射出するなんて。あれは布教用に使う予定だったはず。女帝陛下は、帝都民の半分を大聖女神への生贄にすると仰ってたのに」
「な……」
きょとんと首をかしげる黄色い将軍にバイリー将軍が固まる。
いまや配信されている画像いっぱいに光の玉が散乱している。見捨てられた帝都の人々をたくさん内包して。きらめく玉はふわふわゆっくり、
「大聖女神というのは、ま、まさか女帝のことですか?」
「そうよバイリー。陛下はこれから聖なる御身の名のもと、天上から人民を支配するつもりらしいわ」
「神となられようというのに、民の救済はそのご意志ではない…‥というのですか?!」
「ええ。陛下がなろうとしている神は、慈悲深いものじゃないようだわね」
救いの手は支配者の予期せぬもの。では、代わりに手を差し伸べたのは?
中央管制塔で、勝手に光体ポッドを出したのは……
「あ……! もしかして……!」
「きゃ! ルノ!」
僕がいきなり翼をはばたかせたので、アルが驚いて端末を落としかけた。
「隊長、すみません! 僕も中央管制塔を調べるチームに入ります!」
返事を待たず、僕は飛んだ。
予感がした。びりっと体がしびれるぐらい、これはもしかしたら……という思いが僕の中を駆け抜けたのだ。
我が身を顧みず、女帝の意志に背いて救命ポッドを出す。そんな偉大な優しさを可能にできる人がこの世にいるとしたら。その人は……
「ルノ、速すぎるっ」
「ごめんアル、我慢して!」
エンマ隊長に命じられた傭兵たち、そして黄色い将軍が出した機霊たちが、都のど真ん中にそびえるひときわ高い塔に迫っている。
『
僕はアルの肩先に機霊体となって飛び出し、加速推進を引き起こす結界をかけた。
『速度付加! 特攻!』
「アムル……!」
アルの目が喜びに輝く。銀髪碧眼の僕の機霊体を、すごく気に入ってくれてるようだ。
僕はアルの手をとり、前方にいる機霊たちを一気に追い越した。
塔の入り口はどこだ? 砲塔を操る管制室はどこにある?
一階の正面入口に降り立つなり、機霊体の僕は怒鳴った。
『シング! ここにいるのか!?』
その推測は当たっているようだった。
なぜならひとりでに、塔の扉が開いたのだ。まるでようこそと両手を広げてくるように。
アルの体を浮かせて中に飛びこむなり、迎えてくれた扉はすぐさま閉まった。
呼びかけに反応して受け入れてくれたかのようなこの挙動。これはやはり……!
期待が僕の翼を急かした。
塔の内部には、一本の太い柱がそびえている。この帝国の船の中枢にあったような、見事な彫刻がほどこされた太い柱だ。その周りに、ゆるやかでとてつもなく広い螺旋のスロープがついている。柱を上から下まで見上げても、部屋のようなものはどこにも見当たらない。どうやら管制室はこの、とても太い柱の中にあるようだ。
黄色や青の誘導照明がそこかしこで点滅している。蛍の光のごときそれらに惑わされじと、僕は柱を見据え、螺旋廊下を辿った。柱のどこかに、入り口らしきものが見えてくるまで――
「ルノ、敵よ!」
道中、進行を遮るものがころころ転がってきた。球体型のセキュリティーロボットだ。回転を止めると手足を出して全展開し、僕らの前に立ちはだかる。
招き入れられたのに、迎撃された? ということは……
『管制室で争いが起きているかもしれない!』
球体ロボットが出してきた光線を結界で中和しながら、僕はアルの目の前に輝く槍を出現させた。
『障害を排除して、急ごう!』
「了解!」
アルが鉄球に槍を投げつけ、ずっさり串刺しにする。まるっきり勇敢な戦乙女だ。
しかし鉄球ロボットは柱の上部から次から次へと出てきた。エネルギー残量を気にせざるをえないぐらい、止めどなく。
『全部倒してたら体力が切れる!』
「飛び越えましょう!」
アルはそう提案したが、飛び上がると相手もついてくる。雨あられと散弾を飛ばしてきて厄介なことこの上ない。
球が出て来るところを破壊できれば――そう思ったとき。
左右から青白い光弾が流れてきて、目の前の鉄球の群れが一気になぎ倒された。
『焦るな、銀髪の少年』
――『ミケル・ラ・アンジェロ!』
「抜け駆けかますとか、上等じゃない?」
アホウドリサイズの翼を全開させる赤毛女が、僕の横にふわと降り立った。ピンクのアストロスーツが憎らしいほど似合っている。
「ここに入れてもらえたのか!」
「ええ、あたしだけね。他の機霊たちはシャットアウトされたわ。管制室にいるのは、あんたたちとあたしたち、共通の知り合いかも。それにしても、さすが中央管制のセキュリティーね。最新鋭の鉄球がわんさかだなんて。あんた一機じゃしんどいんじゃないの?」
大丈夫だとは言えなかった。助けはとてもありがたかったからだ。
黙ってしぶしぶ頷けば、赤毛女がにやりとする。
「いい子ねルノ。そうよ。あんたは一匹狼じゃないの」
『
むかつくけど事実だ。僕は今、第三傭兵隊の一員。頼もしい仲間と共に在る――
「ミッくん、風で巻き込んで!」
アホウドリ機霊が青白い旋風をロボットたちに打ちつけ、注意を引く。鉄球がごろろと赤毛女に群がり、集中攻撃を始めた。
その隙に僕らは敵の波を飛び越え、チャージした光弾を柱の中に打ち込んだ。
わらわらと鉄球を吐き出す扉の向こうに。柱の中で、すさまじい破裂音が轟く……。
「やったわアムル!」
出本を断てばと思った読みは図星だった。しかしずいぶん頑丈な柱だ。内部爆発を受けたのにびくともしない。各部屋に鉄壁の防護壁を貼っているのだろう。
上に至る間に鉄球たちはあと三回出てきた。僕らと赤毛女は交互におとりになり、出処を潰して路を切り開いた。最上階付近では人形の警備ロボットも繰り出されたが、余裕で撃破。螺旋のスロープを昇りきり、そしてついに――
「ここね! 扉みたいなものがあるわ」
『セキュリティーが湧くところじゃなさげだから、きっとここだ』
柱にはまる四角い扉。流麗な文様がびっしり彫られたそこはしかし、うんともすんとも言わない。中にいる人が開ける余裕がない可能性を悟って、赤毛女が叫んだ。
「ミッくん、ぶちかまして!」
『
銀鎧の騎士がエネルギーを溜めに溜め、青白い光線を扉に放つ。
幾枚も貼られた結界ごと、扉はバリバリと砕け、しきいに瓦礫の山を作った。
『シング!!』
当たりだ。部屋の中に飛び込めば、うずくまっている老人がひとり。その周囲を緑色のプラズマ放電がとり囲んでいる。
しかし一緒にいると思ったメガネ女の姿はどこにもない。
彼女の声は、管制室の中央にある台座から聞こえてきた。
『いまいましい……あなた、孫がどうなってもいいの? 偉大な都の頭脳となった私を、勝手にいじるなんて。なぜ手動コマンドでポッドを出したの!? しかもあんなにたくさん!』
台座の上で輝く、宝石の中から。
「メイ・バイリー。わしはおまえさんが管制塔のAIにされるのを止められなかった。しかも紅都があんな有様に……わしは、女帝がなしたこの上なき非道を見過ごすわけにはいかん」
――「おじいさま!」『シング!!』
僕らの到来に気づいた老人が、ちらりと振り向き微笑する。放電にかろうじて耐える姿がなんとも痛々しい。宝石と化したらしいメガネ女は、中に押し入った僕らを無視して叫びたてた。
『大きなお世話よ! 私は志願したのよ、女帝陛下のために!』
「女帝陛下? 違うじゃろう? 妹さんのためであろうが。おまえさんは妹さんを人質にとられておる。だからこんな――」
『うるさい! あなたはとっとと
「……恐れるな、メイ・バイリー」
シング老の体から緑のプラズマがパッと散る。気合で消したわけではなく、彼の手の内で何か宝玉のようなものが光っている。
「妹さんはわしが守る。すべてを作り出した者として、このわしが
シング老が片手を差し上げた。手の内にある宝玉が燦然と輝く――
僕の視界は光に満ちて、それからしばらく何も見えなくなった。
メガネ女が何か泣き叫んでいたが、妹の名前をしばしば口にしていたように思う。
光は熱くなかった。そこにはただただ、暖かなぬくもりが満ちていた。
優しさという名の、偉大な想いが。
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