15話 月の都 (ルノ)

 真空の漆黒。

 星船の大きなモニターパネルに一面、星空が映っている。

 画面の真正面にあるいびつな星が、みる間に近づき姿を大きくしていく。星の表面はボコボコのクレーターだらけ。とくに斜め上のところがひどくへこみ、そこから幾本も放射状に筋が走っている。はるかな昔、大きな隕石がそこに衝突したことを如実に語る姿だ。

 ぴちっとした白いアストロスーツを着込んでいるアルが、その星をじっと眺めあげた。


「大月……ここに、おじいさまがいるのね?」


 体の線がでるスーツはかっこよいが、ふわふわの金髪がヘルメットに押し込まれているのが少し残念だ。小動物用のアストロチョッキを着込んだ僕も、同じ形のヘルメットをかぶっている。酸素電池が内蔵されていて、非常時に酸素が供給されるようになっている汎用宇宙装備だ。

 

『身内がどこかに忍びこむなんて、体裁悪いのは嫌だからね。堂々と月に行かせてやるよ』


 装備も月へ行く用事も、エンマ隊長があっという間に調達してきてくれた。

 極東第三傭兵隊は、大地ユミルでの戦区戦を専門とする部隊だ。宇宙へ出る任務はまったくの畑違いなのだが。

 

『ふふふふ。うちの隊は、月の観測基地へ行く将軍の護衛をする。ただで超豪華な星船に乗せてもらえるぞぉ!』


 その将軍というのが、第三傭兵隊に浅からぬ縁をもつ御仁らしい。


「しかしほんとにいびつだな。ジャガイモみたいだ……」


 将軍の星船は、超光航機関搭載の最新鋭。おかげで航海は半日かからなかった。

 いまやモニターいっぱいに映っている大月は、一日二回、西から昇って東へ沈んでいくせわしない星だ。大地ユミルから約六千Nキロメートル離れた軌道を、七時間半で公転している。

 対して、画面の隅にかろうじて見える小さな星――もうひとつの月は、極小でのろい。直径は大月の約半分で十一Nキロしかなく、はるか遠くの軌道を回っているため、東から昇って西へ沈むまで二日もかかる。あれが大月と同じ衛星つきだとは、ちょっと信じがたい。空に散らばる無数の星と、そんなに変わらない大きさで見えるからだ。


 高みへ。もっと。はるかな高みへ――


 皇帝として宮殿に住んでいたころ。昼下がりにアルと空を飛ぶと、大月は決まって東の空にあった。いびつなこの星を見ると、いつも思ったものだ。宇宙空間を自在に飛んで、あそこまで行ってみたいと。

 僕らは特別。本当にそうなら、誰にもなし得ないことをしてみたいと。

 

「機霊は、地上から五百キロの衛星軌道までが到達限度だよな。月まで飛ぶのはさすがに無理だ。体力エネルギーがもたない。でもいつか、機霊でここまで来てみたいね」


 アルの隣で腕組み姿でモニターを見上げるエンマ隊長が、しみじみつぶやく。彼女も僕と同じことを考えているらしい。 

 宇宙そらを飛んで別の星まで到達する。

 それは、機貴人共通の夢なのかもしれない。


「う? あれが観測基地?」


 月は大小どちらとも無国籍。どの国家にも属さず、大昔に島都市連合が建てた観測基地があるだけ……なのだが。


「あら? 基地って……こんな形でしたっけ?」

 

 アルが首を傾げる。大クレーターの中にある観測基地は、有名な歴史的建造物だ。かつてアルゲントラウムが見せてくれた資料で僕も見知っている。平たい亀の甲羅のような形の建物がひとつ、ぽつねんと建っている――だけのはずなのに……。


「なんだこれ……」


 息を呑む僕にエンマ隊長が苦笑する。

 

ファング帝国は島都市連合の理事国のひとつだろ? それでいろいろ国際的な業務を請け負ってるわけだけど、この大月の観測基地管理ってのもそのひとつなのさ。それで女帝陛下は、ここを好きなようにいじったらしいぜ」


 「好きなように」というのはどんな意味か。船がさらに月面に迫ると、はっきりその意味が分かった。

 

「な……まるっきり都市じゃないか……!」


 大クレーター内はほぼ全域、分厚い結界ドームに覆われていて、幹線道路が一面びっしり張り巡らされている。チェス盤の目のような区画を埋めているのは、うっすら虹色に輝く白地の建物群だ。中央部にそびえる幾本もの塔は、天に突き立つ水晶の柱のよう。緑の木々や湖もあちこちに見える。


「フライアより広い……!」

――「直径約九Nキロ。本当に立派ですよね。陛下は何年も前から、この虹都を建造させていたそうです」


 僕らの真後ろにある数段高い司令席から、物柔らかな声が流れてくる。


「遮蔽シールドを張って外部に感知されないようにしてましたけれど。明日の式典で、ついに全世界に公開されます」


 司令席に座っているのは、長い黒髪の女性。緑のマントを袈裟懸けにまとい、萌黄色の鉄鎧を着込んで完全武装している。その顔はなんとも穏やかで柔和だ。

 鶴百麗フー・バイリー将軍。極東第三傭兵隊は、この人の護衛を仰せつかっているのだが。かつて、どこかで会ったことがあるような感覚を覚えるのは……気のせいだろうか?


「観測基地を一大テーマパークにするなんて、すんばらしいぜ」


 エンマ隊長の声がはずんでいる。将軍はそうですわよねとにっこりうなずいた。


「だれもが楽しめる観光地を作るなんて、素敵ですわ。陛下は先月、島都市連合の理事会にこの都市を建造する事後承諾を求めたんですけれど。非難されるどころか、諸手を挙げて賞賛されたそうです」


「七将軍の会議を観光地でやるとは、粋だねえ」

「ええ、お披露目の式典に出席するついでに、記念会議を開くことになったんですの」


 テーマパーク? 観光地? ここが?! 

 本当に……そうなのか? 僕の胸に、得体の知れない不安がよぎった。

 皇帝だったころ、僕はファング帝国を第一位の仮想敵国とみなしていた。戦区戦でもっとも多く相手にする国だったから、完全に敵だと思い込んでいたし、今はテルやシングを誘拐されてるしで、この国にはいい印象を持っていない。そのせいで、素直に信じられないのだろうか?

 しかしあの筒状の白亜の塔。どうにも、波動砲台に見えてしかたない。中から光線が飛び出すような気がしてならない。あの城壁のようなところにも、筒状の何かがびっしり設置されている。あれも砲台じゃないのか?


「観光地なら、砲台はいらないのではないですか?」


 僕の懸念をアルも等しく感じたようだ。

 

「ん? 砲台? ああ、あの塔か。たしかにでっかい筒に見えないことも……」


 エンマ隊長がきょとんとすると、バイリー将軍は操縦席のパネルをオペレーターに開かせた。

パネルから立体光体で月の都の設計図が立ち上がる。各部に細かく説明書きがついている。島都市連合に提出された公式のものだそうだ。


「これによると、あの塔は空調設備らしいですね。城壁を囲む筒は、天候調節機で雪を降らせたり雨を降らせたり。季節や天気を再現するもののようです」 

「あ、ほんとね。空調調節弁って記されてるわ」


 設計図を見たアルは納得した。しかしエンマ隊長が掴んだ情報によれば、メガネ女はここにシングを連れ込んでいるのだ。

 なぜに、この観光地に? 

 胸騒ぎは収まらなかった。どうにもざわざわどきどきして仕方なかった。なんだか気持ちの悪い感覚が背中をじりじり走っていく。

 

「わあ……真っ赤ね」


 分厚い結界が張り巡らされた塔の中に、星船が沈む。その時、大気に満ちた結界ドームの白い空に、僕らが生まれ育った星が浮かんでいるのが見えた。


大地ユミルは巨大だな…‥」


 猫の僕には真っ黄色に見える母なる大地ユミルを、アルは感慨深げに見つめた。


「血のように真っ赤……あの大地は、汚染される前は何色だったのかしら」

「緑……じゃないかな」


 反射的に言ったとたん、僕の脳裏に大きな星の映像が浮かんだ。それはなぜか突然、ぱっと出てきた。キーを叩いて、端末画面に呼び出したかのように。

 一面真っ青で。白い雲が渦巻いていて。ずいぶんみずみずしい星だ。

 なぜこんな映像がいきなり?

 もしかしてこれは、僕の記憶に埋め込まれた大昔の大地ユミルの姿だろうか。

 でも蒼い星はとても美しすぎて、まるで別の星のように思えた。どこか遠くの、遥か彼方に在るものののように。

 




 バイリー将軍の星船は、ゆっくりと垂直降下して円形の台座に着陸した。

 巨塔の中は広大で、誘導の点滅光がびっしり。幾隻もの船が着陸できる立派な港だった。

 大都市に生まれ変わった観測基地は、島都市コロニアのようにすっぽり、何枚ものぶあつい空調結界に包まれている。それゆえ、出入りできるところはたった一箇所。この巨塔のてっぺんにある、結界穴だけだそうだ。

 

「帝都と同じだね。あそこも都に何枚も結界をはってて、港の結界穴からしか外に出られないんだ」

 

 空気組成は島都市と同じ。重力はあまりないようで、船から降りたとたん体がえらくふわふわした。ヘルメットを脱いでよい許可がおりたが、通信リングで傭兵隊員に命じたエンマ隊長は脱がなかった。黒スーツにヘルメットというのが、隊長の定番スタイルだからだ。この格好になぜかこだわりがあるらしい。

 バイリー将軍は副官たちと迎えの小型車に乗り込み、中心部に林立する白亜の塔のひとつに入った。第三傭兵隊は機霊の翼を広げて護衛行列を作り、後ろについて飛んだ。体がひどく軽いので、エネルギー消費が少なく済んでびっくりだった。

 白亜の塔は豪奢なホテルで、壁は一面、細やかな彫刻を施された香木。沈香に似た香りが充満しており、煌帝国風の木材をつかった調度品にあふれていた。将軍はベーターに乗り、最上階よりひとつ下の階の部屋へ入室。護衛の僕らはずらり、部屋前の廊下に並び立った。

 半開きにしていた機霊の翼をひっこめながら、エンマ隊長と赤毛女が顔を見合わせにっこりする。


「ほんとバイリーは優しいわね。あたしたちにこの仕事を振ってくれるなんて」

「あいつはうちらが大好きなのさ。なにせ古巣だからね」


 バイリー将軍は、かつて第三傭兵隊に所属していたことがあるらしい。隊長はざっくり、僕らに教えてくれた。

 

「バイリーは、うちの隊に左遷されてきた没落貴族だったんだけどね。戦区戦で大金星をあげて七将軍に抜擢されたんだ。波乱万丈の大逆転ってやつだよ」

 

 戦区戦は、国家同士の揉め事を解決するために行われる機貴人同士の決闘だ。島都市連合の戦区管理部が勝敗を公式に判定し、あらゆる事柄が戦の理由と勝利報酬になりえる。

 どこの国も国家の命運をかけるような重大な戦に精鋭を投入し、大勢にあまり影響のない特権や優先権、すでに決まった条約につけ足す褒賞など、重要度が低い戦を傭兵に任せている。

 ファング帝国において、傭兵隊に振られる戦区戦の勝利条件はほぼ、殲滅戦だ。これは忠誠心の薄い傭兵たちの士気を高めるためで、帝国は連合の管理部に殲滅戦でやりたいと、わざわざ要望を出しているらしい。

 たしかに自分の命がかかれば、僕らは死に物狂いで戦うしかなくなる。えげつないが、士気と戦果を上げるには有効な方法だ。


「おかげでうちらは相当叩き上げられるわけだけど、傭兵だってんで上層部にはかなりなめられてるんだよな。それで往々にして、権力闘争や陰謀で失脚した〈罪人〉たちが傭兵隊に放り込まれてくるんだ。戦って死ねという、露骨な圧力だね」


 バイリー将軍は、そんな不遇な人のひとりだったそうだ。

 ライバル貴族に失脚させられ、母親は爵位剥奪。一家は離散。士官学校に入りたてだった幼い彼女は、政敵の謀略で傭兵隊に配属されたという。


「ふふ。それでうちらがしっかり育ててやったんだ。もうびしばし、鍛えてやったさ」


 腕組み姿のエンマ隊長がからから笑う。

 

「それで、エルドラシア帝国の皇帝機を退けるまでに成長したってわけだ」


 バイリーの大金星というのは……かつて、赤毛女がけちょんけちょんにやられたとぼやいていた戦のことらしい。傭兵隊が出るような戦いに新皇帝機が出てきたので、みなびっくりしたという。エルドラシアの皇帝は何か、新兵器を試したかったようだ。

 エンマ隊長すら機霊の翼を撃ち抜かれたというのに、バイリー将軍は新皇帝機の猛攻をしのぎ、強烈な一矢を放って退却させたという。果敢にも、僕の宿敵を……。


「力ある者こそ支配者たれ――七将軍に叙すとき、女帝陛下はバイリーにそうのたまわったそうだぜ。がっつり実力主義なんだろうな」


 七将軍は七色の師団をそれぞれ統率している。

 バイリー将軍は緑旗師団の司令官だ。緑の衣装をまとっているのはそのためらしい。

 その機霊チン・ウェイは、主人の昇進とともに、緑の羽衣をまとう姿で顕現するようになったそうだ。七将軍の機霊は帝国最高の大機霊と認められ、「七仙女」と呼ばれるからだ。

 

「バイリーの機霊は主人に似て虫も殺せないような顔してるけど、めっちゃ強いのよ。汎用型の機霊だっていうのに皇帝機に攻撃通すとか、奇跡だわ」


 赤毛女が頬に手を当てしみじみ言う。


「汎用型……完全に人工AIなのか」

「そうよ。エンマ隊長のカテリーナやうちのミッくんみたいに、もとは人間だった機霊の方が、断然強いって言われてるんだけどね」

「たしかにスペックは……」


 僕のアルやエルドラシア皇帝のアレイシアもそうだ。もとは人間だった。

 決して、失いたくなかった人だ――


「バイリーのチン・ウェイは代々お家に伝わるものだけど、百年ぐらい前に、だれかに強改造されたっぽいのよね。それで人魂型機霊と同等の力が出せるみたい。それよりルノ、あんたバイリーのこと、どこかで見た顔だって思わない?」


 う? たしかにさっき、そう思ったが……

 こくりとうなずけば、赤毛女はそうよねとうなずきを返してきた。


「その感覚、きっと間違いじゃないわよ。バイリーには行方不明の姉がひとりいるの。嵌められて家が没落したとき、生き別れたって聞いたわ」

「姉?」

「あの顔に、メガネ。かけさせてみなさいな」

「あ……!」「そういえばそっくり!」


 僕もアルも口をあんぐりあけて、エンマ隊長と赤毛女を交互に見やった。

 

「バイリーはずっと前から、その姉をさがしてるんだが。ロッテ嬢が、あんたらが探してる奴と同じ奴に違いないっていうのさ」

「間違いないと思うのよね」


 赤毛女はふふんと目を細めて胸を張った。


「あのメイっていうメガネ女。絶対、バイリーの姉さんよ」





 エンマ隊長曰く。メガネ女の居所を突き止めてその情報をくれたのは、バイリー将軍その人だそうだ。

 七将軍に昇った彼女は、その権限を使って機密情報を調べまくり、生き別れた姉の行方を追っていたらしい。僕らは長い間姉を探していた彼女と、偶然にも目的が一緒になったというわけだ。

 

「バイリーは姉がこの都市のどこにいるか、ほぼ把握してる。あとは意を決してそこへ行くだけさ」


 エンマ隊長はぐっと親指を立てのたまわった。僕らは、将軍についていけばよいと。


「ってことで、将軍にはあんたたちの事情をさらっと話してあるぜ。がんばってケリつけてきな」

「ほーっほほほほ。将軍と探し人が姉妹だって気づいたあたし、偉いでしょ? ミッくんが、骨格センサーで一致率を確かめてくれたってのもあるけどぉ?」

 

 赤毛女が胸を張る。なんだか悔しいがその通りだ。

 アホウドリ機霊は隊長の機霊をこわがってか、翼を広げていても出てこなかったけれど。機霊箱の中でなんだか、誇らしげな顔をしているような気がする……。

 ともかくも、将軍は式典が終わるまで予定が目白押し。姉に会う自由時間を得るまで、しばらくかかる。それで僕らは護衛の任をこなしながら、しばし待つことになった。

 任務はじつにゆるゆるだった。

 四チームに分かれ、将軍の部屋と塔の入り口の二箇所に待機。それから都市の哨戒。

 配置はこの三箇所で、一チームは非番。三時間で交代する。非番組は仮眠をとるなり観光するなり好きに行動してよいし、戦地ではないから見張りも哨戒ものんびりこなせる、という具合だ。

 

「つまり隊長は、この一大テーマパークをとことん楽しむつもりで来たんだろうな」

「絶対そうよね。経費はバイリー将軍からいくらでも落ちるから、気にしないで使えって言ってたもの」


 僕はアルと将軍の部屋の前で見張りをした。自販機で買ったココア缶をあおる休憩をちらっとはさみつつ。

 それからアルと美しい都の上を端から端まで飛び回った。またココア缶をあおる休憩をちらっとはさみつつ。

 さらに三時間後、非番になったので、アルと料理店で炎都ダック宮廷料理を食べ。美術館で月をモチーフにした芸術作品をながめ。またココア缶を買ってふわふわ浮遊する観覧車に乗った。

 

「温泉もあるみたいね。あそこは遊園地頭。それにしても……ルノ、ココア飲み過ぎ」

「う? あ。ココア缶好きだから……ていうか、いいのかな……こんなのんびりしてて」


 観覧車のポッド席にちょこんと座る僕を、向かいに座るアルが心配げに覗き込む。


「ルノ、本当に大丈夫? ショコラって猫には毒なのよ?」

「そう……なのか?」

「顔が赤いわ。なんだか酔っ払ってるみたい」

「そう……かな?」

  

 自販機のココアが美味しくてついつい……気づくと買ってしまっていた。これは一体何杯目だろう?

 

『マレイスニールはほんとにココアが好きなのね。病院の自販機でいつも買ってるわ』

 

 アルと同じ声が、頭のどこかから聴こえる……


『それも、地球産のばかり』

『だってなつかしい味がするんだよ。あそこは僕の――』


 ちきゅう?

 なんだそれは……

 あ。また、あの蒼い星が脳裏に浮かんで……く…‥


「ルノ? 大丈夫? しっかりして」

「あ、うん、平気だよ? あ、おい! ココア取り上げるなよ!」

「だって、まぶたが半分下がってるわ。やっぱり酔っ払ってるのよ。飲み過ぎよ」


 まてアル。ほんとに僕は平気だから。ちょっとぼうっとしただけだって。そんな怖い顔して、ほっぺたを膨らませないでくれ。

 金髪の少女からココア缶を取り返そうと席から飛んだとき。僕をかわしたアルが、ハッと僕の背後を指差した。

 

「ルノ! 見てっ!」


 ごまかさないでココアを返してくれと思いつつ。つられて後ろを振り向くと。


「う……!」


 まばゆい閃光が僕の目を焼いた。

 郊外にずらりと並ぶ筒から一斉に光の柱が立ち昇る。


「くそ、まぶしい」


 どこに照射してるんだ? 見上げれば、ひとつしかないはずの結界穴がいくつも水玉のように、都市の上空にあいている。光の柱はその穴を通って外に出ている。

 やはりこれは空調設備じゃない。これは――

 

「ルノ、やっぱりあれは砲台よ!」


 アルが哀しげに叫んだ。


「一体何を狙ってるんだ!?」

 

 たくさんの光の柱はまだまだ伸びて。暗い真空の空間を貫いていった。

 頭上に浮かぶ、僕らの星。大地ユミルをめざして。

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