14話 紅蓮の都(テル)
赤。赤。真っ赤。
巨神の目や耳はえらく高性能だ。目の前は一面ごうごう、炎の嵐。すさまじい爆発音が耳をつんざく。
俺も焼かれるんじゃないか――俺の体は硬直した。放電帯に縛られて操縦席に沈められてるけど、さらに固まっちまって動けない。
破壊される都。それは何ヶ月か前に目のあたりにした光景とそっくりで。そのときの悲惨な光景がまざまざと脳裏によみがえって……。俺の思考はしばし停止してしまった。
「あ……ああ……もえ……てる」
ここも、コウヨウみたいになっちまうのか?
切り裂かれて。燃やされて。溶け落ちて。なんにもなくなっちまうのか?
「なんということ! おのれ! おのれ女狐め!」
そばにいる東華帝君の顔は真っ青だ。長い髪を振り乱して、怒り心頭で叫んでる。
赤。赤。真っ赤。
帝宮だけじゃない。紅色の建物ひしめく町が、天界一人口を誇る都が、ごうごうぼうぼう燃えてる。広大な方形の都を真っ二つに分断する太い切れ目。果てまで続くその溝から、紅の溶岩が吹き出してる。
この破壊をもたらしたのは。無残に都を裂いたのは――
「あの女! こんな形で巨神を利用するなんて……!」
ちくしょう!
つい先ほど。俺たちを内包する巨大な鋼鉄魔神は、帝都の結界を拳の一撃で砕いて帝宮に降り立った。着地場所は人気のないど広い庭園だ。
『??? 帝宮の城壁結界が消えていますね? この庭園の龍穴以外のところは、不可視の結界で完全防御されているはずなのに』
俺の自由を奪って巨神の頭脳を支配する東華帝君は、首を傾げた。帝宮から逃げ出したとき、結界なんてないように俺は感じたけど、帝君は龍穴っていう細い脱出口をしっかり通って外に出てくれたらしい。
復讐に燃える機霊は怪訝な顔をしつつも、「敵」に向かってかなり紳士的に信号を発した。
『私のパルスに答えなさい、
『ワンムーニャンニャン?! 皇帝機の?!』
PPDアルゲントラウムと同じぐらい超有名で由緒ある機霊だ。エネルギー効率が悪い融合型だったけど、改造に改造を重ね、今の最新鋭機種と変わらないスペックになってるらしい。女帝自ら戦区に降りて戦うことがあるって、前にロッテさんが言ってた覚えがある。
そんな女傑だから容姿も若いんだろうなと思ってたけど。俺が帝宮で対面した人は、女帝の名をかたる皇帝機だったんだろうか? だとしたら交代劇はいつ起こったんだ? つい最近? それとも、もっと前から?
俺が盛大に首をかしげたとき。ずずんと、激しい振動が襲ってきた。モニター窓は一瞬、まばゆくホワイトアウト。俺の目も焼かれて、何十秒かめくらましをくらった。
回復したモニターが映したのは、いつのまにか左右上空に一隻ずつ浮かぶ大きな船。そいつらはいきなり、まぶしい波動艦砲を吹いてきた。
『くっ! これが返事ですか』
巨神の足元に広がる緑の芝生が、無残に切り裂かれた。帝君は歯ぎしりしながら紫の機霊石に威嚇射撃を命じた。とたんに巨神の頭部から紫のビームが発射され、円を描いて拡散。庭園の池に浮かぶ円堂を撃ち抜いた。
『
帝君は根が優しい奴なんだろう。今は復讐に燃えてるけど、本来の性能は専守防衛。攻撃性は強くなくて、護衛に徹する
はたからみれば、はなはだ甘い脅し。そんなもの効くわけがなく、艦砲はまたぞろ巨神を狙って撃ってきた。池が広がる美しい庭園が破壊されるのを全く厭わずに。
『ディラチェーラ様、 結界を展開してください!』
――『シー、マエストロ』
だから帝君は、コマンド命令下にあるおかっぱ石に命じて守りを固めたんだけど……。
『?! はじいた?!』
破壊光線は結界に食い込んで霧散しなかった。鏡みたいにそっくり反射されて、帝宮の外に一直線。
その攻撃が紅色の都を裂いたんだ。
無残に、まっぷたつに……
巨神がはじいた光線の威力はすごいなんてものじゃなかった。かつてコウヨウを裂いた、暴走アルゲントラウムに匹敵する威力だ。
「そんな!! 反射型結界が標準装備?!」
茫然自失。真っ青になって呻く東華帝君は見るも哀れだった。おもわず両手で顔を覆う帝君に、おかっぱ石のいやに機械的な声がふりかかる。
――「シー、マエストロ。
「く……! ディラチェーラ様、今すぐ結界を
――「ノン、マエストロ。展開できません。この
「そんな……! このまま攻撃をはね返し続けたら、炎都は滅んでしまいます! ディラチェーラ様、今すぐ離脱を!」
――「ノン、マエストロ。できません。艦砲より吸着弾を撃たれました。足がゲル状の吸着弾で固定されて動けません」
「い、急いで足元を焼いてください!」
どうんどうん。恐ろしい音がモニターを通して聴こえてくる。巨神がまた、艦砲をはじいた。モニターはひんぱんにホワイトアウト。巨神の目が回復するたび、都を裂く亀裂が一本また一本と増えていく……。
くそ! 宮も都も、もうめちゃくちゃだ!
「宮も壊されているのにあの女は、なぜ平気なのですか? この宮すら守る気がないというのですか? なぜッ?!」
――『ほほほほ。その必要がないからじゃ。もうこの宮も都もいらぬものとなったからの』
モニターが拾う外の破壊音がフッと遠のいて、コクピットに突然答えが降りかかってきた。
『巨神に砲船。一大スペクタクルじゃな。まことよい見世物よ』
くつくつ、女の笑い声が聴こえる。帝君の支配下にあるおかっぱ機霊が、彼が求めるものを受信したらしい。画面が切り変わって、相手の姿が映し出された。
紅の衣を着た美しい人。その周囲は外と同じぐらい真っ赤。炎がゆらめいてる。
まちがいなく、女帝だと名乗り、俺のことを我が孫と呼んだ人だ。帝君が見せてくれた幻像の
『我が孫よ。帝君を使ってたった一人でそこへ至るとは、実にあっぱれ。褒めてつかわすぞ。その巨神が気に入ったのなら、そなたを巨神の操縦者にしてやってもよいが。どうじゃ?』
放電帯に縛られ操縦席に沈められてる俺は返答不可能。代わりに答えたのは、俺の隣に立つ黒髪の美青年だった。
「とんでもありません。我が主公は、巨神の破壊をお望みです!」
『暗黒機霊は魔物。主人を魅了し魔王に変えると聞くが。ほほほ、我が孫は相当に精神力が強いようじゃな。なればますます欲しくなるのう』
機霊が主人を魔王に変える? それってどういうことだ?
「おまえに主公は渡しません!
『牛耳る? 人聞きの悪い表現じゃな。帝国を統べるわらわに対してその態度。たかが機霊のくせに無礼じゃぞ』
「何を言う。おまえも私と同じ機霊ではないか!」
モニターをにらみ上げる黒髪の美青年は、次の瞬間うろたえた。
炎の中にいる人が、われは機霊にあらずと豪語したからだ。
『ふん。あわれな時代遅れの機霊が何をほざくか。帝君よ、おぬしはわらわが発しているパルスで、わらわは皇帝機であると認識しておるようじゃな。ふふ、間違いないがしかし、わらわはまごうことなく、
モニターの中の真っ赤な女はからから笑った。目を細めて余裕の表情。真っ赤で妖しげな唇がにやり。自信満々で、息を呑むほどこわい。
『わらわは皇帝機と完全融合した。一心同体となり、無限の力と命を得た。時代遅れの寝ぼけた機霊には分からぬだろうが、都を破壊するはれっきとした理由があってのことじゃ』
――「マエストロ。足元の吸着剤を焼き払いましたが、その間に重力弾を撃たれました。この庭園から離脱不可能です」
おかっぱ石が淡々と報告してくる。
――「相手は我々を、どうあってもここにとどめておきたいようです。こちらを御覧ください」
モニターが二分割された。右半分に別の映像が映し出される。
この炎都の遠景だ。巨大な三角錐の結界が無残にひびわれているが、これは俺達の巨神が開けた穴だ。穴は割れてひびがビキビキ入ったまま。復旧しようと再展開を始める気配がない。
しかも。その画面の右下には、真っ白なテロップが浮かんでる……。
――生中継
『みなさまこんにちは。
電視台? それってナノビジョンのことか! おかっぱ石は煌帝国の国営放送が配信してる幻像電波を傍受したらしい。しかし新首都? 廃都? 浄化だって?!
『ですが皆様、ご安心ください。炎都在住の優良市民はみな、新しい都への移住が完了しております。彼らは新首都の善良なる帝国民としてつつがなく、女帝陛下に仕えることでしょう』
アナウンサーが熱に浮かされたようにまくしたてる。
『巨神の力がいかに強大か。我らが帝国の偉大さを知らしめるべく、この放送は全世界に配信されます。帝国民の皆様、廃都が巨神にこっぱみじんにされる様を、どうぞご覧下さい』
帝君が愕然としてモニターを見上げた。
「この偉大なる炎都を捨てる?! なぜ!!」
『ほほほほ。人口五十万人など多すぎる。おかげで都は汚らしいことこの上ない。まるで地上の蟲どもの巣のようじゃ。わらわはそんな下界臭い都はいやじゃ。新首都はもっと美しく、もっと洗練された至高の都。我が神殿にふさわしい天の楽園ぞ。さあ巨神よ、炎都をもっと焼け。破壊神たるその力を全世界に知らしめよ!』
けたたましく笑う女の姿がぷつりと切れて、モニターの半分が外の光景に戻った。ごうごうと燃えさかる都の場面に。
五十万人は多すぎる? それって……新首都に移ったのはまさか全員じゃないってことか?!
俺が帝宮から逃げてからまだ数日もたってない。街に逃げ込んで人混みに紛れて空港まで行ったけど、ごちゃっとした街の人々は、避難のひの字も、移住の移の字も口にしてなかった。そんな雰囲気なんて、全然なかった。みんなごくごく普通に暮らしてた。ここで生まれてここで骨を埋める。そんな雰囲気で。
街にいた人たちが、あれからすぐに避難したとは思えない。
いったいどれぐらい都に残ってるか知らないけど、ナノビジョンでこんな恐ろしい光景を全世界に配信するなんて。なんてたちの悪い死刑宣告をかますんだ!
――「マエストロ。また重力弾を投下されました。当機はこの場から全く動けません」
「結界を解除してください! これ以上攻撃を跳ね返すわけにはいきません!」
「シー、マエストロ」
俺と同じ考えに至ってうろたえてる帝君が、苦肉の命令を放った。
戦意ゼロの様子を見せたのに、左右に浮かぶ軍艦は容赦なかった。ばちばちばりばり振動とショックが来る。
――「艦砲被弾」
結界なしでもろに艦砲を受けるとかやばい。やばいよ!
「ぐあああああっ!!」
うう、きつい。熱い。まじで俺、焼けそうだ。コクピット内の温度急上昇してるぞこれ!
「そんな!! なぜ跳ね返すのですか?! 結界を消しているのに!」
帝君が叫ぶ。嘘だろ? 絶対砕かれると思ったのに。跳ね返した?!
――「マエストロ、当機は超合金オリハルコン製の鎧をまとっていますので、結界を張らずともすべての攻撃を跳ね返します。たしかに反射結界を展開させた方が被弾振動や体内への影響を完全遮断できますが、非展開時と大差はありません。被ダメージはほぼゼロです」
冷たい口調のおかっぱ石がぞくりとすることを告げてきた。
結界がないときと大差ない? 大ありだ。機霊は気温も振動もそんなに気にならないだろうけど、生身の部分を持ってる俺は。人間の感覚を忠実に再現する体をもってる俺は――
「ぐううう……!」
「主公!!」
また被弾した。すごい揺れだ。これで巨神は無傷なのか? 攻撃を跳ね返してるっていうのか?
金属の脳みそが揺さぶられる。一瞬焼かれたようにあたりがひどく熱くなる。爆風にでも当てられたみたいに。ちくしょう、都を裂く亀裂がまた増えた。立ちのぼる幾本もの炎の柱。
やばいよ。これ以上裂いたら。この島都市、割れちまう……!
『みなさま、ごらんください! この無敵ぶりを。巨神はありとあらゆる攻撃をはねのけるのです。たとえアトミック爆弾を受けても、我らの守護神は爆破不可能。まったく無傷なのです』
「ぐっ……」
振動に耐えきれずに頭を垂れた俺の耳に、ナノビジョンから熱っぽい語りが飛び込んできた。
その言葉をかつてどこかで聞いたような気がして。俺の背中はぞくりとわなないた。
『世界に浄化を。偉大なる西王母、
『われら煌帝国は、いにしえの暗黒帝のご意志を継ぎ。
世界に真の静寂と浄化を求めるものなり。
集え勇者よ。新生の都、
力あるものこそ、真の支配者たれ。
膿みはて。腐りはて。汚れしものを破壊せよ!』
ナノビジョンが熱っぽい声を響かせる。
浄化? 集え? 力ある者こそ? 破壊……
どこかで聞いたことある……
『集え勇者よ。天に煌く夜の女王。月の玉座に座す御方のもとに』
月……新しい都ってのは、月にあるのか? ああ。割れる。
都が、割れる――
「主公……主公……申し訳ありません」
う……攻撃、止まったのか? ナノビジョンの声、不気味だった。えんえん怪しい言葉が聴こえてきてすげえ気持ち悪かった。吐き気がひどくて、意識が飛んでた。頭がぐらぐらして口が動かない。
あれ? あたりが真っ暗だ。
「お許し下さい。私が復讐したいと望んだせいで炎都が……そこに住む人々が……」
にゃあ にゃあ
帝君。ここって操縦席じゃないよな? このふわふわ感。猫の声。もしかして救命ポッド?
「魔が差したのです。エネルギーを受けたとき、紫の石が私に囁いてきたのです……復讐せよと……甘い声で……」
おかっぱ石が? コマンド支配されてるはずなのに?
「気づけば私は主公を操縦席に沈めていました……申し訳ありません。巨神の力で我が恨みを果たせると思ってしまったのです。
帝君。おまえは悪くないよ。俺も全然気づかなかったんだ。まさか女帝が自分の都を嫌ってて、破壊するつもりだったなんて。
「あの女
帝君の声こそ湿ってる。ちくしょう。俺たち、どれだけ無力なんだ……
「炎都は。偉大なる炎煌の都は、砕けました……不思議なことに島都市が割れる直前、天からいくつもの結界玉がしゃぼんのように降ってきましたが……どれだけの人間が救われたのか……」
結界玉?
ぐらつく頭の痛みをこらえてほとんど閉じてたまぶたを開ける。さっきより少し遠くになったモニターを見れば、帝君の言った通りだった。
地に落ちていく無数の瓦礫の中で「しゃぼん玉」が舞っている。虹色の結界玉だ。どれだけあるんだと思うぐらいたくさんある。
「奇跡……だ……」
結界玉は炎の中できらきら。命の煌めきそのもののように輝いてる。
だれがこれを? 天に去った女帝がせめてもと降らせたのか? いや。あんな笑い方をする女がこんなことするとは思えない。
「主公。申し訳ありません。我が君
帝君?
「巨神は上空の軍艦二隻にサルベージされました。足元で固まった地盤ごと、鎖で吊り下げられたところです。どこかに運ばれるのでしょう。ですがあの女
あ。胸に紫の石が置いてある……
「これよりただちに救命ポッドを飛ばします。今飛ばせば、瓦礫の雨と結界玉たちに紛れて索敵を撹乱できるでしょう。救難信号は出さず、
ま、待て、帝君。この巨神を自爆させなきゃ。
「ご心配は無用です。この私が必ず、巨神を自爆させます。奇跡の結界玉たちに影響が出ないところまで運ばれてから、当該モードを開始いたします。どんな妨害があろうとも、やり遂げてみせます」
そんな! 俺がいなかったら、金属箱のおまえは退避できないじゃないか。
「さらばです、わが御子。わが帝国の正当なる継承者。
ちがう、俺は――やめろ! 蓋を締めないでくれ! 一人で責任をとろうとしないでくれ! 俺と一緒に――
「!!」
ポッドの蓋が締められた。おかっぱ石を阻止できたときとは違って、俺はまったくの無力だった。ごんごんという無情な音は、ポッドが射出口に移動していく音だろう。そうして、白い棺はわずかな振動を起こした。巨神の外に出た、という証拠となる揺れを。
「……っ! ていく……帝君! いや、だ!!」
俺は内蓋を力なく叩いた。何度も何度も、ただただ虚しく。手に全然力が入らなくて、何度もふらっと空振りした。
おかっぱ石のせい? 違う。俺が悪いんだ。
帝君を直した俺があいつをもっとちゃんと見てたら、暴走なんて……
主人を失ってすごく辛かったはずなのに。帝君にはちゃんと心があったのに。俺はただ、便利な道具としてしか見てなかった。
もっと親身に話を聞いて、理解しないといけなかったんだ。あいつのことを――
「ちくしょう……ちくしょうっ……」
後悔があふれて止まらない。
奇跡の結界玉をだれが出したのか、それを分析する余裕なんてなくて。俺はただただ泣きながらポッドの内蓋をこぶしで叩いた。
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