12話 稲妻たち(ルノ)

 雲ひとつない蒼穹。眼下に広がるのは異様に黄色い大地。

 てらてら太陽を照り返す不毛な砂地に、巨大な船が影を落とす。


「わあ、真っ赤ね」

 

 金のエンゼルスフリューゲルツインテールを揺らすアルが、地上を見据える。翼を広げた白猫――僕を背負ってヒュンヒュンチキチキ。先端細い真っ黒な軍船から、ものすごい速さで降下しながら。

 人間の色覚では、この大地は血のように赤い。分解しきれない毒素が溜まりにたまって、そんな色になったのだと言われている。


『第三隊、模擬戦リハーサル開始!』 


 僕が首にかけるネックレス型通信バンドから、司令が聞こえてきた。黒い三角軍船の操舵室から発せられたものだ。

 僕らの頭上にある黒船は、五部隊から成る極東傭兵隊の司令塔。傭兵たちの棲み家にして空母だ。煌帝国の飛空船の中ではかなり小ぶりらしいが、それでも僕らが乗ってきた貨物船の倍はある。


「ひゃっはぁ! のろいぜ白猫ちゃん!」


 それは稲妻か弾丸か。

 蒼白い閃光が、僕らのすぐ脇を走り抜ける。

 一瞬視認できたのはぴちりとした黒スーツと、機霊のひらひら青ドレス。


「稲妻のエンマ……」

「なんて速い」


 たなびく機霊光は鋭く細く、すさまじい速さでみるまに僕らと距離をあけ。すさまじい勢いで蒼穹を突いた。まるで鋭い槍のごとくに――


  



 極東第三傭兵隊隊長エンマ・フィディチは相当なやり手だ。

 貨物船に収容して切り刻んだ船を、手際よく各所に売りつけまくって僕らの救出代金を賄った上に。


『もぐらはうまく土の中だねえ。どこに隠れたか探ってやるよ』


 メガネ女とシング老の行方を、第三傭兵隊がこっそり探る代金を僕らに請求してきた。

 隊長曰く、軍部は目付けのような機密部をだいぶ煙たがっているという。それゆえひそかに機密部の鼻を明かすのは大歓迎。しかしボランティアではできない仕事だときっぱり言われた。


『この世はギブアンドテイクだぜ。白猫ちゃん』


 金で支払えなければ働いて返せ。

 隊長に迫られた僕とアルは、第三傭兵隊に仮入隊扱いとなった。

 三日間の休暇が終わるやいなや、第三傭兵隊は黒島という島都市に降り、黒い軍船に乗りこんだ。煌帝国には色の名がついた島が五つほどあるが、それらはみな、軍事専用のコロニアだという。


『巨神のドックは青島にあるらしい。でもメガネの女も老人もそこにはいないようだねえ。ま、必ず突き止めてやるよ、白猫ちゃん。その間あんたは仕事に励んでしっかり稼ぎな』


 傭兵隊は黒船で東戦区のひとつに運ばれた。僕はさっそく、実戦投入直前の訓練に駆り出されたのだが――。


「ルノ、顕現して!」 


 大地に向かって降下するアルが、周囲をちらちら見回しながら叫ぶ。


「私が麻痺銃を撃って援護する。ルノは無駄撃ちしないで、確実にロックオンしてから光弾を撃つのよ」

『待てアル、この訓練に誘われたのは僕だけだ。まずは君を船に戻す』

「いいえルノ、私も一緒に戦う」


 さらりと言うアルは模擬戦リハーサルに強引についてきた。黒い軍船から勝手にふわりと飛び降りたのだ。僕があわててアルの肩にとりついた結果、機貴人と分離型機霊という体裁になっている。

 

『アル、どんぐり船のとき君にとりついたのは、結界で君を保護するためで……』

――『総員、エネルギー残量十五%で戦闘を開始しています。各自エネルギー配分に留意してください』


 船からの警告が聞こえると同時に、青白い閃光がふた筋、僕らの目の前を横切った。まずいと思って翼を動かし回避行動をとるも、ガチンガチンと結界が光弾をはじく。


『うう、開幕で二発も?』


 傭兵の訓練は隊員同士のガチンコ勝負。しかも燃料かつかつの状態で行う。

 光弾が結界に当たったら通信機についているモニターの計測器がまわり、十発被弾で「墜落」判定を出される。つまり、光弾を完全に回避しないと勝ち目はない。

 

「ルノ、私を船に戻してる余裕はないわ。後ろを見て」

『回り込まれた?』


 さっき撃ち逃げしていった青白い光が旋回し、僕らの後ろにつけていた。

 二機からパッと放たれた光弾が、放射の軌道を描く。

 回避したのに、一発惜しくもかわしきれなかった。ガチンと結界が鈍い音をたてる。


「ルノ、広範囲結界はダメ。的を広げるだけだわ」


 ぎりぎり、僕らの体に密着するほどの範囲の低出力結界を展開するのが吉ということか。

 しかしそうしたら被弾振動がもろにくる。アルへの負担が心配だ。


「ルノ、目潰し弾を放って二機と間合いをつめて、光弾を」

『分かっている!』

 

 もどかしい。僕は未熟者。力も知識もまだまだ足りないのは百も承知だ。アルゲントラウムの戦闘記録を記憶として覚えているアルの方がはるかに強いだろう。

 でも、ひとりで戦いたい。アルをこんなふうに危険にさらしたくない。このままではアルは昔と同じ。「戦う者」に戻ってしまう。


『逃げられた……!』

「でも一発当たったわ。光弾を撃ちながら離脱するふりをして旋回して!」

『再度攻撃を?』

「大丈夫よ、攻めてルノ!」 

 

 二対一はきつい。低出力結界なのに、相手に光弾を当てられたら……

 アルに痛い思いをさせるなんて、嫌だ! ケガなんかさせたくない――


「ルノ! なぜ退くの?!」

『分が悪すぎる! こちらも味方を探そう。ちょうど真横に赤毛女が飛んで……うあ?!』


 銀鎧のミケル・ラ・アンジェロが、容赦なく僕らに光弾を放ってきた。赤毛女が甘いのよと高笑いしながら麻痺弾が装填されている銃を構える。


「まずは弱いものを集中攻撃で排除する。強い奴としのぎを削るのはそれから! それが戦区戦よ!」

「そういうわけだ、白猫ちゃん!」

 

 頭上からエンマ隊長の声が降ってきた。雨あられのような光弾と共に。


「力のない奴がまず狙われる。とくに、戦意がない奴がな!」


 戦意がない? ちがう。僕はただ。アルを……巻き込みたくないだけ……だ――



 


『こちらは鳳電視台です。先日全世界に公開されました巨神ユーシェンが、近々実戦投入されると、帝宮から正式発表されました』


 ナノビジョンの音で、僕は起こされた。目を開ければ巨大な鉄の巨人が壁にはまるスクリーンに映っている。

 ここは……こじんまりとした船室の中か。僕はアルの膝の上にいた。幻像は煌帝国の国営放送のものらしい。金髪の少女は画面を食い入るように見て息を呑んでいる。

 

巨神ユーシェン……これが、おじいちゃんの力が必要だっていう兵器?」

『我らが女帝陛下は、これこそ帝都の守護神であろうとのお言葉を寄せられました。きたる巨神ユーシェンの初陣は、国営鳳電視台が独占配信いたします。帝国民のみなさま、どうかご期待ください』


 白い腕が僕をぎゅうと抱きしめてきた。身じろぎするとハッとその腕の力が緩み、柔らかな手が僕を優しく撫でてくる。


「ルノ、起きたのね? 大丈夫? あたしたち包囲されてあっけなく負けちゃったけど、あなたが最後に鉄壁の結界を張ってくれたから――」 

「……っ!」


 僕はあわててその手を払い除け、寝台の下に逃げ込んだ。

 恥ずかしかった。

 結局僕らはあっけなく「撃墜」された。

 アルが痛みをこらえる姿を見たくなかったから、僕はほとんどのエネルギーを結界にふって、鉄の壁のようにした。おかげで船内に戻るなりばたんきゅう。スタミナを切らして倒れたのだ……。


「ルノが気を失ってる間に、模擬戦どころか戦区戦も終わっちゃったわ。相手は島都市ドンゴルで、ガンマ星系内の二惑星との貿易優先権がかかってたの。あっという間だった……ほんの二、三十分で戦闘終了よ。今はみんな、勝利の祝杯をあげてくつろいでる」


 たった数十分で本番終了? なんて部隊だ。

 アルは紀霊だったころ、僕に戦区戦の情報を報告してくれたことが幾度もある。

 小部隊同士なら数時間というのが平均的なところだ。まれに決着がつかなくて日をまたぐこともあった。勝利条件はその都度違うが、敵全員を戦闘不能にする「殲滅」だとおのずと時間は延びる。 

 

「……勝利条件は?」

「殲滅よ。すごいわよね。ねえルノ、隠れてないで出てきて?」

――「ちょっとあんたたち、今ナノビジョンで巨神が報道されたわよ! 見た?」


 アルが僕が隠れる寝台の下に手を伸ばしかけたとき。赤毛女が船室に飛び込んできた。


『ロッテ! た、助けてくれ!』


 いつものように銀鎧の騎士がそばにいるようだが、様子がおかしい。カテリーナが、カテリーナがと、エンマ隊長の機霊の名前を叫びたてている。何事かと思ってそろっと顔を出してみれば、青いドレスの機霊がニコニコ顔で彼におぶさっていた。 


『頼むロッテ! エンマ隊長から二十メートル離れてくれ!』


 二十メートルは、機霊が主人から離れられるぎりぎりの距離だ。


「いいじゃん、あたし隊長とマブダチだし。美人じゃないさその子」

『ありがとうございますロッテ様。わたくし、ミケル様と積もるお話がしたいんですの』

『ない! 積もってなどいない! 君があのカテリーナであるはずが』

『残念ながらあのカテリーナですわ。かつてあなたに婚約破棄されて投身自殺した――』

『うがああああ! ロッテ! 私は清廉潔白だー!』


 ああ信じてる、信じてるからと赤毛女はひらひら手を振り、青ドレスの婦人に廊下へ引っ張られていく騎士を見送った。苦笑するその顔は、なぜかどことなく誇らしげだ。


「なんというか、年代物の機霊ってすごいわよね。今の今まで生き延びてきたってことはさ、それなりにそれなりのことをしてきたのよ。それにしてもルノ、なにしてるの?」


 寝台の下にいる僕を見下ろす赤毛女は、ははーんすねてるのねとケラケラ笑い飛ばした。

 

「あたしもはじめはあんたと同じだったわ。模擬戦でいの一番に大勢から狙われて、あっという間に撃墜判定。何度悔しい思いをしたか。アホウドリサイズなんて回避的に絶望的だし。でもね、プライドをかなぐり捨てたら一気に三人負かせた。それからはみんな、あたしをはじめに狙わなくなったわ」


 腰に手を当てる赤毛女の背には、大きめの機霊箱が燦然と輝いている……


「プライド?」

「ミッくんは時代物で分離型のふっるいアホウドリ型。だから今までのあたしは劣等感と恥ずかしさでどろっどろのもたもただったの。心のどこかで、ミッくんをちゃんとパートナーだと認めてなかったのよね。でもねえ」


 赤毛女は何かを悟りきったまなざしで僕を射抜いた。

 

「生き延びるためには、カッコなんてつけてらんないのよ」

 




 次の戦区線まで連日何度も、第三傭兵隊は模擬戦リハーサルを行った。

 エネルギーかつかつでのバトルロワイヤルでいつも生き残るのは、エンマ隊長と赤毛女の二人。


『ミケル様! この恨み、晴らさでおくべきかーっ!』

『だから誤解だカテリーナーっ!』


 カテリーナは融合型に移植改造された古い機霊で、実はミケル・ラ・アンジェロと同年代。軽く六百年を越える名機だ。年老いた貴婦人と騎士は、膨大な戦闘経験を駆使して今どきの機霊たちを圧倒していた。そして最後の一騎打ちでは、必ずミケルがひらひら白旗をあげるのだ。


『カテリーナ、許してくれえ!』


 レディファースト、彼なりの騎士道であるらしい。

 二人のエースを抱える部隊は、戦区戦で全軍一のスコアを誇り、隊員は手練ればかり。僕は模擬戦に毎回出たけれど。誰にもまったく勝てないどころか、一分ともたないときさえあった。


『カッコなんてつけてらんないのよ』


 原因は、分かっているんだ……。


「アルは船に残れ。僕はひとりで大丈夫だ」

「いいえ。私も一緒に戦うわ」


 模擬戦の前に僕らは同じ会話を繰り返した。

 アルはどうしてもついてくる。でも僕にとってアルは護るべき者であって、危険にさらしていい存在じゃない。たのむから安全なところにいてくれ。どうか――

 そんな風に思う僕と、戦意満々のアル。僕らの動きが噛み合わないのは自明の理だった。


「ルノ! 突っ込んで!」

『嫌だ! 低結界なんだぞ! そんなことしたら君に衝撃がいく!』


 シングの居所がなかなか分からないのも、僕の焦りに拍車をかけた。

 撃墜。撃墜。即撃墜。成績は無残な黒星の山。今日も結果は散々で、僕らはうなだれつつ、戦区戦直前の模擬戦を終えた。だからまさか隊長から声がかかるとは、夢にも思わなかった。


「白猫ちゃん、次の戦に出な」


 この人は正気なんだろうか。にやにや顔がなんだか悪魔のように見えた。


「ぼ、僕の成績は最低だ。普通ならとても戦闘に出せないレベルでは?」 

「だからこそだ。お嬢ちゃんと一緒に出な」 

「アルはだめだっ」

「あんたたちはうちの隊に仮入隊してるんだから、あたしの命令に従ってもらう。これは命令だよ、白猫ちゃん。ほら、出撃準備。二十分後に本番が始まるぜ」


 無理だそんなの――!

 

「ほら行きな!」


 僕は隊長に首根っこを掴まれ。糧食をがんがんぶちこまれてエネルギー満タンにされ。アルの肩にびっとりひっつけられ。ばしりと尻を叩かれて、降下ハッチに押し出された。


『対戦相手はハーン王国騎士団、識別記号はAからZまで。勝利条件は殲滅。全員を戦闘不能にしてください。第三傭兵隊識別記号は1から20、総員エネルギー残量百パーセントを確認。火器制限及び機霊機能抑、開放されていますオールグリーン。降下を開始してください』


 戦闘開始のサイレンが鳴る。エンマ隊長。赤毛女。隊員たちが次々と降下していく。

 僕はおろおろ。猫耳が垂れた。体が震えた。

 これは実戦だ。未熟な僕のせいでアルに何かあったらどうする?


「嫌だ。アルを戦わせるなんて。絶対嫌だ」

「ルノ、大丈夫よ」


 僕はアルの肩から降りて、今まで本人に言えなかった言葉をなんとか絞りだした。


「き、君が大事だから……大切だから…‥」


 そして身構えた。説教めいた言葉がアルの口から返ってくるんだろう――そう思って体を固くした。

 アルも僕のことが大事だとか。この戦区戦に出るのも、シングを助けるのも、そしていつかエルドラシアの皇帝を倒すことも、私達二人でやらなきゃならないことだとか。だから私を認めてくれとか。そんな風に訴えてくるんだろうと思った。のに……

 アルはしゃがんで、信じ切ったまなざしでまっすぐ見つめてきて。僕をきつく抱きしめた。


「私、知ってるわ。私にとって一番安全な場所がどこか」

「どこだよ」

「ここよ。あなたのそば」 

「え? あ、アル、離せ」

「いやよ、離さない。私達、半年前まではひとつだったのよ」

「アル……」


 卑怯だと思った。

 体を震わせて。頬を染めて。目をうるませて。唇を震わせて言うなんて。

 

「わがままいってごめんなさい。でも私、あなたから離れない。離れたら、すごく不安になる。とてもこわいの……お願いだから、ひとりにしないで」


 きらきら輝く真珠のような涙なんて。


「私、あなた・・・と飛びたい……アムル」


 その名前を呼ぶなんて。



 反則だ――




 



――「ひゃ?! 今の何! ルノ?!」


 赤毛女が目を白黒させているのが一瞬見える。


――「容赦なく行きな!」


 にやっと笑うエンマ隊長の脇を、僕らは悠々飛び抜けた。

 たなびくプラチナの光は、黄金オーロの光よりまぶしい。

 

『ちくしょう……ちくしょう! 実戦だったら本気出すしかないじゃないか! 顕現マニフェスタージ!』

「な、泣かないでアムル」

『泣いてないよッ! 左舷二時に三機!』

「私が火器で援護するわ。アムルは光弾を発射して」

「ヤー!」


 広範囲で分厚い結界はかなりのエネルギーを食う。僕らが浴びせる弾幕にたじたじになりながら、相手の三機は大結界を展開して散った。思う壺だ。

 ばらけた獲物の一機にたちまち傭兵たちが群がり、集中砲火を浴びせる。防護のための強結界が機霊のエネルギーを食らいつくし、ものの数十秒で敵がひょろひょろ地へ逃れ落ちていく。そこへ赤毛女の騎士がとどめの一撃を放つ――


「いい切り込みだ! 白猫ちゃん!」


 観念した僕は、心の中であいつを呪っていた。千年もの間、アルを僕ら・・複製体に縛り付けた張本人を。アルを僕ら・・から離れられなくした奴を。


『アレイシア、すまない。私は君を死なせたくなかったんだ……』


 マレイスニール。結局はあいつの――僕の本体のエゴだ。あいつの命令でアルは機霊にされて、僕らの守り役にされた。本当にひどい奴だ。

 だから僕はアルに償いたかった。自由にしてあげたかった。アルは僕らを恨むべきだと真剣に思った。

 なのに。

 アルは、僕と……飛びたいだって? 

 マレイスニールじゃなくて。僕と。僕と――


「アムル、顔が赤……」

『うるさい! 三時方向光弾! 回避する! あいつの背中に回りこむからっ』

「ヤー! 銃で撃つわね」

 

 低出力結界をキープして、攻撃の半分を機貴人の火器に委ねる。これでめったなことではエネルギー切れにならない。この戦法で大事なのは、機動力と機霊とのコンビネーションだ。

 確実な回避。正確なナビ。正確な連携。

 そんなの簡単にできる。かっこつけなければ。僕がまた、アルとひとつになれば……。


『ちくしょう! ぜ、全然、嬉しいとか思ってないぞ! 不本意なんだぞ! ほら、後ろを取った!』

「ヤー! 光線銃発射! 着弾!」


 嘘だ。嬉しい。立場は逆だけど、この感覚は懐かしすぎるから。

 この一体感。ゆるぎない安定と安心。この上ない、居心地のよさ。

 僕らは、ひとつ――


「うっそ! あんたたち速すぎ!」

「こっちのペースも激上がりだねえ!」

 

 赤毛女と隊長の機霊が、僕らが追い込んだ獲物に集中砲火を浴びせる。

 

『次! アル、敵が上下に分かれた。どっちを追う?』  

「高みへ」

『わかった。おいで』


  僕は、少女の手を取った。

 白金プラティノの輝きを散らす翼を、軽やかに羽ばたかせて。

 あっという間に眼下となる戦場。雲を突き抜け、僕らは飛ぶ。

 高みへ。

 もっともっと、高いところへ。 


 そうして僕らは。

 昼天に輝く星となった――。





『こちら司令部。識別記号AからZすべての戦闘不能を確認。戦闘終了。タイム9:34。

 識別記号1から20すべての機霊パルスを照合確認しました。

 全機生存おめでとうございます。

 これより本艦に帰投してください。繰り返します。総員……』





 その夜、黒船の中はどんちゃん騒ぎ。祝杯で盛り上がった。

 戦区戦の功労者は僕を含め五組。お立ち台に立たされ、食堂でビュービュー、酒瓶からの噴射を浴びていると。にやにやのエンマ隊長が、くいくいと人差し指で誘ってきた。

 

「お待ちかねのものが知り合いから届いたけど。今見るかい? それとも明日にするかい?」

「今すぐ見たい」


 クソ真面目だねえと呆れられつつ。僕は隊長の端末を覗き込んだ。

 

「え……ここにシングが?」

「どうやらこの星にはいないみたいだぜ」


 四角い端末画面には、かなりなじみぶかい天体が映っていた。猫の目には暗い黄色に映る星が。

 

「月……大きい方・・・・か……」

「だな。星船が要るが、まあ任せな。それなりの代金を支払ってくれたら連れてってやるよ」

 

 端末の中でその星は不気味に輝いていた。

 その名の通りに、見る者を恐怖に飲み込もうとするかのように。

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