9話 青島(テル)
にゃあ にゃあ
にゃあ にゃあ
近くで猫が鳴いてる……
「う……ここどこだ?」
手足の節々が痛む。意識が飛んでたんだろうか? 手をのばしたらじゃぼんと水音がして、濡れそぼったキャリーバックに当たった。あわてて掴んで引き寄せる。
ふう、猫たちは無事。バッグの中には水がほとんど浸水してないようだ。
あたりが暗いのは……目が潰れたんじゃなくて夜のせいか。
うわあ、一面星空だ。なんてきれいなんだろ。
しかし地に足がついてる感覚がない。ぷかぷか浮いてる? ああ、水なのかこれ。
『主公! お目覚めですか?』
背中に背負ってる機霊機から声が聞こえた。がぼがぼって、なんだか濁ってる。
俺の背中は水に浸かってて、機霊箱は思いっきり水の中。
そういえば修理したとき、防水のことをあんまり考えてなかった気がする。ざっくりてきとーに燃費計算したせいで、エネルギーゲージつけるのもすっかり忘れてた。
気を失ってたけど、ストック電池は幸い手の中に残ってる。運がいいな俺。
「ここ、湖……なのか? どっかの
『はい主公。我々は島都市
そうだそれ。帝宮のドックで研究員が、巨神を運んだ先だって言ってた都市だ。
それにしても……。
俺はぎゅっと手の中にあるストック電池を握りしめた。湧いてくる不安を押しつぶすように。
なんとかここまでこれたけど。「東華帝君」は、あとどのぐらい稼働できるんだろう?
きらめく星空のもと、俺は猫入りキャリーバッグを頭に載せて片手で支えつつ、平泳ぎした。ゆたりとした衣が水をはらんでめちゃくちゃ重い。岸辺があるだろうと目星をつけた方向になんとか進むうち、ここに至った経緯が頭の中によみがえってくる。
「そうだここも、ピラミッドだったんだよな?」
『はい? ピラミッド?』
「三角錐結界を展開してる島都市だってこと」
天に浮かぶ
白亜のフライア。自由都市ラテニア。今はもうないシルヴァニア。
ナノビジョンに映される天界の都は、みんな円形都市だ。
半球のドーム形は、空調膜を張るのに効率がいいらしい。放射機から出される空気を容易に拡散・循環させられるし、濃度も強度も一定になりやすい。
起動した「東華帝君」は、機霊体はぼやけてるけど出力良好。あっという間に籠の飛座よりも高く空へ昇って、俺に帝都の全景を見せてくれた。
『えっ?! ちょっとこれ……四角?!』
意外なことに、天界一の人口を誇る「炎都」はチェス盤のような真四角。夕焼け空にうっすら白くうかびあがった分厚い空調膜は、なんと巨大なピラミッドの形をしてた。
『むがあ?! 通れねえぞ?!』
しかも弾力ある空調膜の上に、固い結界膜をさらに展開しているという鉄壁の防御態勢。帝君がすんでのところで逆噴射してくれなかったら、俺はがっつり激突して鼻血を出してただろう。
そういえば煌帝国の島都市の全景をみたことないってことに、このとき気づいた。端末板やナノビジョンの観光宣伝じゃ、「炎都」のにぎやかしい町並みの幻像がわんさと紹介されてる。でも空に浮かんでる姿はついぞ見たことない。これって情報統制ってやつだろうか?
狭まる急斜面の結界は、宝石並の硬度がありそうで。エネルギー残量を気にしないといけない機霊で貫通突破するのは断念した。もとい下手に穴を開けたら、帝都の空気が外に漏れる構造かもしれないと、そんな考えもよぎった。
俺一人の都合で五十万人の命を危険にさらすなんてとんでもない。だからそこはあきらめて。
『主公! 背後より追手が参ります』
『街に逃げ込むっ!』
ジョゼットさんや黒鴉たちが追いかけてくる中、俺はぎゅうぎゅうづめの赤い街に降りて人ごみに紛れた。さすが五十万都市。通りという通りに人があふれてたし、建物もコウヨウほどじゃないけど、ほどよくジャングル。
背中の機霊箱は翼をたためば、大きな金属リュックに見える。加えて片手に猫のキャリーバッグを下げてる姿は、旅行者って感じをなんとか醸してたと思う。
大変助かったことに、帝君は帝都の地図を内蔵してて、俺を正確にナビゲートしてくれた。
地下道に逃げ、メトロをキセルして目指したのは、星船が発着する民間空港。透明チューブのような塔が何本もそびえてるところだ。てっぺんがピラミッド壁に密着してるその発着塔からは、ふしゅんふしゅんとひっきりなしに星船が出入りしてた。
『主公、塔の頂上と接しているところには、空気膜だけしかございません。ここだけが唯一、炎都で結界壁のないところです』
旅行者を装って空港に入った俺は、案の定追手と出くわした。外への逃げ道はここしかないから、待ち伏せされて当然だ。今すぐ出航しそうな船に逃げ込むと見せかけて追手をまきつつ。俺は次に発ったでかい船に忍び込んだ。
「ああでも、ジョゼットさんに見つかったんだっけ……」
ジョゼットさんは数人の黒鴉たちと同じ船に乗りこんできた。帝都を出たとたん船外に出て飛び立った俺に、しつこく追いすがってきたけど――
『帝君! あいつらを傷つけずになんとか退けられるか?』
皇太子機は俺の無茶ぶりに見事に応えてくれた。
『泡砲を発射します。が、出力が足りません』
『はいよ! これ食って!』
三本ある予備電池を一本、機霊機に刺したら。肩先に出てる機霊体がはっきり形をとった。長い黒髪の男でハル兄よりイケメンでちょっとびっくり。でもジョゼットさんたちに白い光球を次々と発射した瞬間、たちまち消えてしまった。
『テルちゃん! テルちゃん待って! お願い戻って……!』
ジョゼットさんの声を思い出すと、なんでか胸がきゅっとする……。
泡砲は救急救命膜だそうだ。ジョゼットさんや黒鴉たちが自身をくるんできた光を機霊光でけちらす間に、帝君は次々同じ球を何回も発射して、十重ねくらいにしたものを彼女たちにぶつけた。
『……!! ……!!』
ぶあつい膜の中にとりこまれたジョゼットさんの声は、まったく聞こえなくなり。下へ下へと強制落下していった。黒鴉たちも同様に、くるくる光球にまかれて、下へ下へ――。
スペック面は全然いじらなかったんだけど、帝君の性能はもしかして相当なもんかもしれない。
そう、白金光。
もしかして帝君は、プラティノなのか?
作られたかどうかも定かじゃない、幻といわれてる伝説の……
とにかくも追手を大陸に落とした俺は、巨神が運ばれたという島都市
座標は帝君が知ってて、迷うことなく一直線。でも空調と物理結界を維持しながら島都市から島都市へ飛行するのは、かなりエネルギーを食ったらしい。帝都と同じピラミッド型の結界に守られた
そして……
「そうだ、また星船の出入り口から中に入ったんだっけ。そんで撃ち落とされたんだ」
この島都市には軍事施設しかない。帝君がそう言ってきた矢先、対空弾がどどん。
次から次へと襲い来る電磁球。結界ではじいてるうちにみるみるエネルギーが無くなって、三本目の電池を刺そうとしたら。思いっきり吹き飛ばされた……
「それでこの湖に落ちたのか。って、おお岸だ。俺の勘すげえ」
にゃあ にゃあ
猫達が鳴く。猫カリカリ、ふっとばされた時どっかに落としちゃってやばい。
俺も船に乗る前に肉まん食っただけだから、さすがにはらぺこだ。携帯食料倉庫とか見つけられるといいんだが……
それにしても巨神はどこにいるんだろう。俺のプジは。
暗い岸辺の先には、平たい建物がずらり。星空に立ち昇る、幾本ものサーチ光が左右にうごめいてる。ひゅんひゅん光の軌跡を描きながら飛び交ってるものは、機貴人か。
俺の侵入を受けて、
ここで翼を広げて発光したら、きっとすぐに見つけられちまう――
『主公、思考プロセスを継続できません……』
「あ、はい! 最後の一本!」
あわてて三本目の予備電池を刺す。水に浸かっちゃってるし古い機霊だから、電源落としたあとにちゃんとまた起動する保障はない。可能なかぎり起こしておくにかぎる。
「あのさ帝君、もしかしてここの地図とかメモリにある?」
『はい。現在より七十年前のものですが。皇太子殿下はここで軍事修練を受けられたことがございますので』
巨神を置けるところは野外か大きなドックに限られる。施設を大規模に建て替えてなければ、古い地図でも場所を絞りこむことが可能だ。
「でかい格納庫とかドックがあるとこに行きたい。でもこの警備じゃ……」
『守備についている機貴人は、識別信号を出しております。その信号を出せれば我々も守備隊と判別され、自由に動き回れるかと』
「その信号、傍受できる?」
『やってみます』
帝君は機霊箱からにゅうっとアンテナっぽいものを出し、ツツツツ。機霊と管制塔との電波中継を探し出して割り込んだ。
『解読できますが……私がこの信号を出すのは難しいですね。これは女性のものです』
「融合型機霊特有のシグナル・ノイズか。たしかに、そいつを出すのは分離型には無理かも」
『擬似ノイズを出してみます。不協和音ですので負担がかかりますが』
エネルギーを食うってことか。うう、仕方ない。
「あのさ、機霊光を出さずに飛行って可能?」
『それも負担がかかりますが、不可能ではありません』
結果は拍手ものだった。帝君はすげえ機霊だ。さすが皇太子機っていう称号もってるだけのことはある。
索敵システムは、帝君が出した識別信号に見事に騙された。半開きの翼はステルスシールドなるもので包まれ、まったく光らない。これで肉眼で捉えられない限り、ほぼ安全になった。さっそく、いくつかの格納倉庫の窓にはりついて見てみたけど。
「うう、いなさそう? もしかして研究員に嘘つかれたのかな」
『地下ドックを見てみましょう。要塞船盤古が収容されていたところです』
「バンコ? それ、どっかで聞いたことあるぞ」
『私の記憶では、盤古は我々と共に七十年前に炎上しました。おそらく墜落したでしょう』
「一緒に? 炎上?」
『皇太子殿下は、母君の
実の息子を殺すなんて。そんな母親っているのかよ?
俺の母さんは……
『テルちゃん、待って……!』
ジョゼットさんみたいな顔をしてたらしいけど。全然覚えがないけど。
『テルちゃん……』
なんかすごく、あったかかったような気がするのに。
「七十年前か。ってことは、皇太子一家と俺ってきっと関係ないよな。俺、十五だもん」
『ご一家の幻像をご覧になりますか?』
エネルギーを食うからいいよと言う前に、帝君は俺の目の前に立体ホログラムを投射してきた。
赤ん坊を抱く、まるっきりジョゼットさん顔の女の人。そばに寄り添うかっこよさげな男の人。そして、その夫婦を見守るすごい衣装のおじいさんと、おばさん。
『左から皇太子フイシュン殿下。タン皇帝陛下。フイ様。ジョゼット皇太子妃殿下。そして、凰貴姫さまです』
口があんぐり開いた。じゃらじゃら飾りだらけのおばさんは、炎の中にいた女帝陛下にそっくりだし。皇帝陛下は……
「うそ……これじっちゃんだ。俺のじっちゃんだ!」
だから女帝陛下は俺のことを孫だと思ったのか。
いやでも年が合わないよ。俺ほんとのほんとに、まだ十五だぞ?
『主公、ここが地下ドックの非常出口……』
帝君の声がかすれる。もうエネルギーがない?
識別信号発信で、裏口っぽい扉と中のロック扉を一枚開けることができた。細い階段が目の前に続く。
にゃあ にゃあ
猫の声、結構ひびくなぁ。でも非常口なんで見張りの姿はない。
どんどん進むと、つきあたりに扉。円い透明窓がついてるものだ。扉の先に広い空間があるのが見えた――
「帝君、まだ起きてるか?」
『……』
「たのむ! 扉、あと一枚なんだ」
『……』
ツツツと機霊箱から音がする。必死に信号を出してくれてるようだ。でもその音は、扉が開く前に……途絶えた。
「あと一歩だったのに」
扉の先はとてつもなく広そうで。煌々と照らされてるライトの下に、でかいものがいた。
大当たりだ。巨神だ。きっとプジ入りのやつだ。あのフォルム間違いない!
俺、ほんとにここまで行きつけたんだ。でも最後の一枚が。扉が――
「プジ。プジ!」
どうやって開ける? ここをどうやって……
にゃあ にゃあ
猫が鳴く。俺は扉を叩く。
にゃあにゃあどんどん。にゃあどんどん。
物音がすれば、きっとあっちから開けてくれるだろう。そしたら走ってあそこにとりつくんだ。
巨神の頭の前に差し渡ってるタラップに。
にゃあにゃあどんどん。
よし、がしゃんがしゃんって、やっばい音が聞こえてきたぞ。きっと警備兵かなんかだ。
扉が――よっしゃあ、開いた!
「プジ!!」
走れ俺。白い鎧姿の警備兵を勢いよくすりぬけて。走れ俺。
登れ俺。追ってくる警備兵を勢いよく引き離して。登れ俺。
タラップ到着! 巨神の口が開いてる!
滑り込め俺! もう少しだ――!
にゃあ にゃあ
『あら?』
ごご、と巨神の首が動いた。でっかい一つ目がぎょろりとこっちを向く。
『お客さん?』
妙に高い声。巨神から出てるようだ。プジの声か? こんな図体には似合わないぞ。
よし、入った! 口から中に入れた! 落ちる。滑り落ちる。
こんどこそは気を失うもんか。プジ! プジ!!
『またきたのね、テル・シング』
どっとコクピットらしきところに落ちたら。すぐに猫なで声が降ってきた。
『あなた、そんなにあたしが好きなの?』
台座で点滅する紫色の光。じりりと放電してる紫の機霊石が、コクピットの中央に浮かんでる。
そのまんまえに、幻像が……いや、機霊体がいた。
「プジ!!」
間違いない。かつて一度だけ出た、プジの機霊体そのものだ。
すらりとした手足。出るとこ出てる胸と尻。細い腰に手を当てて、おかっぱ頭の女がくすりと笑う。かろうじて大事なとこだけ、黒い布切れで隠してる姿で。
「プジ!! 無事か? 今助けてやるからなっ」
『その名前、嫌だわ』
プジ――おかっぱ女はつんとそっぽを向いた。
『助けてどうするの? また猫にもどって汚いバラックで寝ろっていうの?』
「な?! どうしたプジ?」
『私はプジじゃないのよ、テル・シング。あたしは、長い長い眠りからやっと目覚めた眠りの女』
おかっぱ女は目を細め、俺を憐れむように見つめてきて。信じられない言葉を吐いた。
『猫には戻らないって、この前あなたが来た時言ったはずだけど? この体、とても気に入ったって』
「え?! う、嘘だ! そんな覚えないぞ?」
『あら、忘れちゃったの? 煌帝国はあたしに、好きに暴れてくれていいって言ってる。だから当分、この体を使って遊ぶつもりって言ったじゃない。ああ、そういえばあなた、びいびい泣いてうるさかったわね』
な、なんだこいつ。まじで俺のプジじゃないぞ?!
『もう一度言うけど。あたしはあなたの猫じゃない。そんなちんけなものじゃないわ。あんなあわれなものじゃないの』
おかっぱ女はけだるげに肩をすくめて、俺に手を突き出してきた。
紫色の放電がばちばち、その手の先から迸る。
「うああああ?!」
『ふふふ。あなたの猫はそこにいるじゃないの』
にゃあ にゃあ
やばいと思って放したキャリーバッグの中で、猫が鳴く。とても悲しげに、力なく。
にゃあ にゃあ
いばらのムチのようなびりっとした感触につつまれる俺を。呆然と口を開ける俺を。
おかっぱ女は冷たい言葉で刺してきた。
『大人しくお帰りなさい、ボク。あたしは決して、あなたを主人とは認めないわ。あたしが主と認める人はこの世で唯一人。ネクサス・コロニアの皇帝、アスラ・セレニス様のみよ!』
そうして。俺の視界は一色に染まった。
おどろおどろしい怒りを帯びた、紫色に――。
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