二の巻 暗黒の女神

1話 空ゆく鳥(テル)

 イーニー ミーニー マイニー モー

 虎のつま先つかんで捕まえろ

 虎が吠えたら放してやろう

 イーニー ミーニー マイニー ……


「やだ、なにを選んでるの?」

「君たちのどっちを先に病室へ運ぼうかと……」


 白い壁。白い床。ソファが並ぶ、病院のロビー。

 俺の同僚――金髪イケメンの救助隊員が、目の前の二人の女の子を交互に指差し戸惑っている。

 黒髪おかっぱと金髪ツインテール。ふたりともパジャマ姿でかわいい。どっちがいいと思うかは、個人の好みの問題だろう。 


「それ、そうやって決めること?」


 黒髪おかっぱの子が、ほっぺたをぶっくりさせる。ソファに座ってお菓子を食べていて、おいしそうな甘ったるい匂いがしてる。


「好きな子から先に運べばいいのよっ」


 その子はばしりと、俺の同僚の肩をはたいてきた。いつもながら元気のいい子だ。

 そうだそうだと同意しつつ、俺はその子をひょいと抱き上げる。


「おかっぱちゃんは俺が運ぶぜ」

「あ、お姫さまだっこして」

「へいへい、了解。じゃあマレイスニール、お先になー」


 黒髪おかっぱ娘のおねだりに、俺は快く応えた。この子の名前、なんて言ったかな……

 おかっぱ娘はとても軽い。手足は細くてがりがり。お世辞にも健康的とは言い難い。

 でもその精神はだれよりも溌剌としてて、活きがいい。


「ね、あんた、わざとあの二人くっつけようとしてるでしょ。マレイスニールとアレイシア」


 おかっぱ娘は勘もいい。にんまり口の端を上げ、こしょっと俺に囁いてくる。


「あのふたり、相思相愛よね。マレイスニールはひまさえあれば、あの子を見舞いに来るもの」

「だよな。でも奥手っていうか、好きだとか愛してるとか、あいつらまだ言い合ってないんじゃね?」

 

 イケメンな同僚は、星間連絡航路警備隊の一級救助隊員。俺と同じレスキューのエキスパートだ。


「俺の相棒は相手の気持ちどんなんだろうって、不安がってるっぽいぜ」

「そうなのよねー。でもアレイシアは、マレイスニールのことが好き好きなのよ」

「そんでおかっぱちゃんは俺のことが好き好き?」

「ばっ……ばか! なにいってんのよ!」


 金髪少女と俺の相棒は、事故に遭った人と救った人という間柄。

 おかっぱ娘と俺も同じような関係だ。この子は、星船の機関炉が故障して船内に放射能が漏れた事故で、警備隊が救助した人々のひとり。俺たちが大わらわで被爆者を運び込んだ病院がここ。偶然にも、金髪少女が入院してるところだった。

 金髪少女と再会した俺の同僚はそれからというもの、足繁く彼女を見舞っている。

 俺もそれにかこつけて、ここに入院しっぱなしのおかっぱ娘の顔を見に来てる。この子は被爆のせいで、自分のDNAがほとんど破壊されてる。人工塩基を入れてなんとか体を維持してるが、つくりものの染色体の能力には、限界がある……


「ねえ、あたし死ぬのかな」

「そりゃあまあ、生きてるもんはいずれみんな死ぬさ」

「そういう意味じゃなくってさ。大人になる前に、って意味よ」


 おかっぱ娘は自分の状態をちゃんと把握している。大人になれるよと言い切ってやっても、嘘つき呼ばわりされるだけだから、俺は正直に答えた。


「俺としては、育ちあがって美人な姉ちゃんになってほしいわ。そんで俺とえっちなことしてほしい」

「ちょっ、なにそれ!」


 ぐるると歯をむき出されそうになったが、俺はおかっぱ娘の額に口づけを落として、怖い剣幕を剥ぎ取ってやった。


「んもう!」


 まだぷがぷが怒ってるけどそのほっぺたは真っ赤。へへ、かわいいな。

 しかしずいぶん長い廊下だな。この病院、こんなに広かったっけ?

 一体どこまで続いてるんだ。果てしない……

 やっと病室の前についたか? 

 なんだこれ。入り口がいやに暗いな。電気ついてないのか。なんだかとても不安になる。

 

「入るぜ」


 俺はその暗闇に続いていそうな間口をくぐり抜けた。

 腕にしっかり、黒髪おかっぱ少女を抱いて――。





「いてえ……」

 

 なんか、変な夢を見てたな。黒髪のおかっぱ少女って……どこかで会った気がする。

 どこだっけ?

 うう、頭の後ろがぎんぎんする。

 手を当てるとぼっこり。なんだこれ、腫れ上がってるんだろうか。

 殴られた覚えなんてないが、いつの間にやられたんだ?

 ええと……

 トタン壁の俺んち。ちょっと涼しくなってきた夏の終わりの夕方。メイ姉さんがうちにきたんだよな。

 


『テルくん、この間の海底調査の時、かなり怪我してたけど……』

『いやあ、じっちゃんのおかげでこのとおり、ぴんぴんっすよ』

『すごいわね。そんなに日にち経ってないのにこの治癒力。さすがだわ』

『いやあ、それほどでも。それでまた今回も、海底調査っすか?』

『そうなのー。潜水メケメケ、また借りられるかしら?』

 

 台所にじっちゃんを呼んでメイ姉さんと話してたら、呼び鈴が鳴ってジャンク店に誰かが来た。客かと思って応対しに出ていったら……

 

『ひぐしっ! うええ?! なんだぁこれ! こなっぽい!』


 一本三つ編みで、お椀をひっくり返したような笠。袖がゆたりとした変な服。

 そんないでたちの人が二人、いきなり俺とプジに向かって粉爆弾を投げてきた。

 えらく咳き込むので胡椒かと思ったらば、なんとそれは。


『ふにいいいい。テルぅ、あたし、なんか変なのぉ』


 プジがたちまちしなを作っておかしくなったんで、マタタビだと発覚。

 

『あは? テルぅ、あたしねえ、テルのことがぁ、うふん』


 俺の足にびっとりからみつく禿げ猫は、てろてろとろりん。戦意ゼロで、すぐにぐにゃりと床にとろけた。

 まずいと思ったら案の定、禿猫は接合のコマンドもなんもかも、まったくきかない状態。 機霊になれない俺たち、大ピンチ。しっかりしろとぐにゃぐにゃ猫を抱き上げたら、うにゃあと首に抱きつかれた。

 

『ごめんねごめんね! ご主人様あ! もう、死なせないからぁっ』

『な、なに言ってんだプジ?!』


 青い人造眼からぼろぼろ大粒の涙。


『こんどこそ、アルゲントラウムをたおすからぁ。おしおきしないでえ!』

『はああ?!』


 酩酊して何言ってるかわからない猫を抱っこして、退避しようとしたら。異様な来訪者二人は銃みたいなものをぶっ放してきた。ぶしゅうと飛び出したのは、何かのガス。

 そうして俺はたちどころに意識が……遠のいた。


『恭敬地對待』


 聞こえた言葉は共通語じゃなかった。あの言葉はたしか……たしか……


ファング帝国の……言葉だよなぁ」


 天に浮かぶ島都市は、二百五十六基。その中で最も栄えているのは神聖エルドラシア帝国だ。

 ファング帝国はその一番の好敵手として挙げられる大国。島都市で一番多く人口を抱えているらしい。帝都は五十万人を越えてるって、聞いたことがある。

 赤毛のロッテさんが現在この国の傭兵隊に士官して、しゃかりきにエルドラシア帝国と戦ってるんだけど。

 

『イデオロギーっていうか国粋主義が強くって。あんまり共通語を使わない国なのよねぇ』


 って、言ってた気がする。

 ていうか、ここどこだ? まずそれからして全然把握できてない。

 窓が真横にあるけどすごく小さくて、部屋の中を照らすには足りない。その枠模様がなんともエキゾチックだ。わきたつ雲の中に、変な生き物が飛んでる彫刻。

 これってなんていう生き物だったかな。ドラゴンっぽいけどちょっと違う。翼がないもん。

 じいっとそこに目をやると、足元の方から声がした。


「你已經醒了過來,殿下」 

「ひっ?! 三つ編み男?」

 

 店を襲った男たちと同じ、三つ編みを一本垂らした頭に大きな笠。袖が長いなと思ったら、俺もそんな服を着せられてた。ゆたっとして袖も裾も長い。腰には長くてひらひらの帯。

 ずいぶん広いソファに寝せられてるなと思ったら、どうも椅子ではなさげ。俺がいるのは、なんだかでっかい寝台の上みたいだ。


「あの、共通語、喋れないっすか?」


 彼の国の言葉は片言ぐらいしかわからない。ニーハオとかオーアイニーとか、そんな程度。

 とりあえずニーハオって片手上げてから言ってみたらば、相手はなぜか両手を合わせて深々と頭を下げてきた。


「それではおそれながら、共通語を喋らせていただきます、殿下」


 なんか違和感。でんか? でんかってそれ、俺みたいのに使う呼び方じゃないような……

 ここはどこだ。プジはどこだ。じっちゃんは? メイ姉さんは? 

 大困惑で聞く俺に、三つ編み男は頭を下げながら答えてきた。 


「ここはおおとりフェンファンの中でございます。

 殿下の飼い猫さまは別室におります。

 殿下のお祖父様はいまだコウヨウにおられます。

 メイ姉さんなる女は、存じ上げません」


 おおとりフェンファンというのは、空飛ぶ乗り物らしい。

 小さな窓に寄ってみたら、白い雲がはるか下に見える。いったいどんだけ高いところを飛んでるんだと、たちまち足がすくむ。


「気圧も気温も大陸ユミルと違う……だから窓は開けられないんだな」

「御意、殿下」


 その呼ばれ方、ほんと落ち着かない。白猫が聞いたら鼻で笑われそうなんだけど。

 なんでこの三つ編み男は俺をそう呼ぶんだろ?

 つまりなんだ、俺は煌帝国のどこかの機関にさらわれたってことでいいんだろうと思う。でもなんで、どこかの皇子に接するような態度をとられるんだ? これゼッタイ、だれかと間違えられてるような気がする。

 とにもかくにもプジに会いたいと訴えたけど、要請は却下された。


「申し訳ございません、殿下。飼い猫さまと殿下は隔離せよと、陛下が思し召されておられますので」

「陛下? ってそれってまさか、煌帝国の女帝陛下のことかよ?! な、なんでそんな偉い人が俺達のこと知ってるんだ?!」

「陛下は全知全能であらせられます」

「いやその、だからなんで俺たちのことを?」

「陛下は殿下のお姿を見たいと望まれておられます」

「わ、わけわかんないぞ! プジも一緒でいいじゃんか。あいつ無事なのか?」

「申し訳ございません。飼い猫さまはご一緒に陛下に拝謁できません。しかし、ここでの身の安全は保障いたします」

 

 女帝陛下は、猫が嫌いなんだろうか? それでプジが一緒はだめといっているんだろうか?

 いや、そんな単純な理由じゃない気がする。 

 部屋の外に出るのはOKだけど、プジがいるところに通じる扉や通路は閉じられているらしい。

 さっそく部屋から出れば、三つ編み男が楚々とついてくる。

 ゆったりくつろげるソファがあるラウンジ。長くてでかい食卓が置いてある食堂。

 こぽこぽ湯気立つ泉。客席が並ぶ劇場。

 どこも花模様の提灯が下がってたり、花が飾ってあったり、壁自体がきらきら輝いてたりしてすごいんだけど……ひとっこ一人いない。

 どうしてと聞けば、冷や汗が出るような返事が返ってきた。


「すべて、殿下おひとりのためのお部屋です。ファング帝国の首都、長安へいたりますまであと二時間、ごゆるりとおくつろぎください」


 いや、二時間しかないのにこの設備俺一人で使えって。

 全部使い切れないよ? いいとこ、食堂でご飯食うぐらいじゃね?

 どうなってるんだ。いったいどうなってるんだ。

 なぜファング帝国の女帝陛下が、俺に会いたがるんだよ……!

 わけがわからぬままに俺はとりあえず食堂に入った。長い食卓の一番上座に案内されて、椅子を引かれて座らされる。ここの窓はどでかい。横の壁一面透明で、空が大写しだ。

 雲一つない紫根の空。この乗り物、いったいどのぐらいの速さで飛んでるんだろうか。

 目の前に、まっしろなまんじゅうみたいなものが乗った蒸籠せいろが置かれた。

 腹が減っては戦はできぬ。とにかく腹ごしらえしようと熱いそいつを掴んだとき。ザッと隣の窓に何かの影が映った。

 

「飛んでる?」


 飛行物は飛び去らない。

 ぴったり俺が乗ってる乗り物の横についてる。機霊だろうか? いや……

 白いまんじゅうみたいなものを口に運ぼうとした俺は、唖然としてそのまま固まった。


「なんだあれ……でかい……」


 そいつは機霊よりもはるかに巨大な……金属の塊。しかしフォルムは人のようで、手足が判別できる。翼はあるけど、羽ばたいて飛んでるわけじゃなさそうだ。ぼうぼうと、翼についてるいくつもの管から排気炎を出している。


「なんだあれ……な、なんだよ」

 なんて……

 

「どんな燃焼機関使ってるんだよ」


 なんてきれいな炎だろう。緑? 青? 白? あの装甲、金属だよな? 

 しかしあんなの今まで見たことない。乗り物じゃなさげで、なんか剣のようなものをもってる。腕についてるのは、盾?


「あれは巨神ユーシェンでございます、殿下」


 三つ編み男が深々とかしこまりながら俺に言った。


「機霊核を燃焼機関としまして動く、鉄の巨人でございます」

「機霊核を? 心臓部に?!」


 つまりあれは、機霊を人間じゃなくて鉄の固まりに宿らせたもの?

 機霊の主人はいないのか? 

 

「主人はその身に機霊を装着いたしません。しかしあの巨人の機体を操縦いたし、自在に操ります」

 

 自在にって……

 ごくり息を飲んで、思わず窓に近づく俺の目の前で。巨神は美しい炎をぶほんとふかした。

 音は分厚い窓にさえぎられてほとんど聞こえてこなかったけど、熱波の衝撃がずどんとこっちの乗り物を揺らしてくる。

 

「す、すげえ……」


 びたりと手に当てた窓は、じんじん震えていた。ただちょっと身震いしただけな感じなのに、なんて気を放つのか。

 しかしあれに機霊が入ってるっていうことは。


「まさかファング帝国は、あれを大陸ユミルの戦区に?」

「御意にございます」


 三つ編み男はどことなく誇らしげにうなずいた。島都市は機霊を戦わせて、いろんな利権を合法的に得ている。もしあの化物みたいな鉄の巨人が投入されたら……

 あいつはどのくらいの機動力があるんだ?

 もし人間と同じぐらいの速さで動くんだったら、普通の機霊は――   

 

 俺の懸念を、三つ編み男はすぐ言葉にしてきた。

 それが絶対の正義と宣言するような雰囲気で。


「あの巨神ユーシェンを使えば。我々はエルドラシアに勝てることでしょう」 


 

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