24話 サブマリン(テル)

「きゃあ~! テルくん、すごい!」


 メガネ黒髪美女のメイ姉さんが黄色い声をあげて俺に抱きつく。

 すばらしい感触に俺の顔はとろけそう。だって大きく波打つ胸が俺の肘に……

 ああああ! これ。これですよこれ! 天にも昇る至福の一瞬とはまさにこのこと!

 

「この扇風機一台で一階も二階も全部? しかも雪を降らせられるってほんと?! きゃあー! 校庭で雪合戦できるじゃないの」


 えへ。えへへ。さっそく降らしますよ。えへへ。

 銀色の巨大風見鶏のごときメカのスイッチをオン!

 真夏に雪景色どーん! メイ姉さん狂気乱舞! コート姿にマフラー巻いた姿に瞬間変身!

 俺もにこにこ顔のメイ姉さんから、首に赤いマフラーをかけられた。

 

「はい、テルくんの。手編みのマフラーよ」


 う、うわあ。なにこれ。すごく、すごくいい雰囲気じゃね?

 マフラーかけられてきょとんな俺、にこにこってメイ姉さんに微笑みかけられて、るんですけど。

 はたから見ると、まごうことなくカップルに見えてんじゃ……ないだろか。

 わわ。メガネ近い。なんか近づいてきたぞ?! ゆっくり接近するなにか……が触れる寸前。


「さあ雪合戦ー!」


 あ、離れた。じ、じらされたのかなこれ。


「ゆきがっせん、はい! しましょう、ゆきがっせん!」


 きゃっきゃとメイ姉さんが真っ白な校庭を走り、俺に雪玉を投げてくる。

 ばちりと肩に当たる雪を笑って払い、俺もしゃがんで両腕わしゃわしゃ。雪玉作成。

 その間にまた頭にぼこん。


「はは、メイ姉さんったら~、攻撃激しいっすよー」

「かかってらっしゃーい」


 俺はやんわり雪玉を投げる。きゃーっと悲鳴をあげてメイ姉さんが逃げ、それからころころ笑う。

 白銀の世界を駆ける俺たち。雪はふわふわ。

 銀の風見鶏塔がぶんぶん回る。ああ、また雪が降り出した。

 ふわふわ。ふわふわ。ふわふ……



――「テル! 起きなさい!」


 ぶにっと頬に当たった特大雪玉で、俺は目覚めた。

 ずいぶん弾力がある雪だと思ったら、そいつはぷにぷにの肉球。禿げ猫プジの、ありがたいおめざめ猫パンチだった。


「いつまでふて寝してるの? お客さん来たっていうのに、もう」 


 ああ……さよならまっしろ雪景色。俺の幸せ夢世界。

 プジがばしばし、俺の脚をしっぽで叩く。ふて寝じゃねえよと口を尖らすけど、こいつに嘘は通じない。

 昨夜は金髪少女に指示して鳥の丸焼き作ってもらって、俺に食べさせたりとか。なぁーなぁー♪ とスミレちゃんカラオケしてくれるとか。どえらく慰めてくれた。


『落ち込まないで、テル』


 扇風機はちゃんとできたんだ。それで昨日届けにいったんだよ。

 とりあえず教室の端に一台おいてもらって、様子を見てから、二台目三台目って作っていこうと思ったわけだよ。それでじっちゃんのメケメケに積んで学校へいったら、敷地から出てきたメイ姉さんがすごく慌てちゃって。

 開口一番、ごめんね。それからもえんえん、ごめんねごめんねの嵐。

 

「ほんとありがとうねテルくん。これ、あたしの家で使わせてもらうから……」 

 

 手を合わせて謝り倒すメイ姉さんの後ろで、どががが・ずどどん・がっしんがっしん。

 平屋建ての学校はすでに崩されてて、重機だのどかたのおじちゃんたちだのが、わんさかごった煮状態。なんと五階建ての、超でっかい学校に建て替えられてる最中だった。


『冷暖房完備で最新設備が整った学校にするそうなの。建設会社がそのあとひきつづき学校経営するわ。私は校長先生として雇ってもらえるみたい』


 工事を請け負った会社は、〈ミタチ重工〉。あのショージの駆動機会社だ。なんと建設業にも手を広げたらしい。なんでも復興事業を促進するためらしいけど、たぶんそれでもうけるためかなぁと思う。

 エルドラシアに潰された大きな都市ふたつどちらにも、ショージの会社はでかい支社を持っていた。

 打撃ははんぱないはずだったけど、社長はすごいメンタルの持ち主らしい。こわされたら自分で治してやるぜっていう気概を持っている御仁のようだ。

 で、工事の現場監督補佐ってのが、扇風機を引きとるメイ姉さんのそばにやってきたんだけど。


『やあテル!』


 案の定そいつは俺の幼馴染で、新工場建設を手がけてるはずのショージだった。

 

『工場建設、大体めどがついてさ。そしたら建設業部に回されちゃって』


 とか、頭かいてほざいてたけど。絶対あいつ、自分で異動願いを出したにちがいない。メイ姉さんを校長に据えるっていうのも、きっとあいつが会社の上層部に話つけたんだろうなぁ。

 まあ、あいつの親父は会社でかなりえらい人らしいから、あれよという間に出世するのは当然のことだ。


『あれ? 扇風機なんてなんで要るんだ? メイ姉さんちってうちの会社の寮だから冷房が――』

『あー! 私冷房だとおなか冷えちゃうから、極力自然の風の方がよくてー』


 あああ。メイ姉さんは優しい……やっぱり俺のマドンナだ。

 ということで、全然勝負にならない勝負に俺は敗退したわけだが。

 

「あれ? め、メイ姉さん?!」


 なんと。店番しながら意気消沈の傷心昼寝してた俺の目の前に。キャミソールワンピ姿のメガネ女史の姿が……在った。


「だからお客さんだってば」 


 プジがプガプガむくれ顔。


「昨日は本当にごめんね、テルくん。あのね、今度こそ君の力を借りたいの」


 ええと。これは、夢ですか?

 思わずほっぺたをつねる俺。……うへ、痛い。どうやらこれは、現実?

 この上半身そっとかがんで俺の前の前に寄ってきて、顔見上げるこのポーズ。

 つまりその、如実に、胸の谷間がですね。大きなふくらみをもっている谷間がですね。

 こ、こう、差し出されているというか。息を呑んでしまうというか。

 

「な、な、な、なんでしょう? なにか、ご注文が?」

「あのね。クーロン博士がコウヨウに帰ってきたの。数年前にテルくんとおじいちゃまにお願いして、海底遺跡へ連れてってもらったでしょう? あのときの依頼主よ」 


 大破壊前。メイ姉さんはクーロン博士っていう人の助手をしてた。教師は兼業の非常勤だったわけなんだけど……

 

「博士がまた助手をしてほしいっておっしゃるの。だから校長先生の職は魅力的なんだけれど、お断りしたわ。非常勤の先生でいいですって」

 

 校長なんておそれ多くてと、メイ姉さんは苦笑い。さすが俺のマドンナ、なんて謙虚なんだろう。

 っていうか、なんかすごくホッとした。この人のこと、ショージに完全に奪われちゃうのかと、ちょっと落ち込んでたから。

 クーロン博士は大昔に水没した都市を研究してる人だ。

 発掘屋たちが遺跡から掘り出した遺物を鑑定するのを生業としながら、海の中に遺跡がないかどうか調べてた。そんで今までに、海底遺跡をニ、三箇所発見している。

 その大発見は、じっちゃんが作った潜水機能つきメケメケがあってこそ実現したものだ。

 

「生き残った発掘屋さんたちが続々とコウヨウに戻ってきてるでしょ。リターンラッシュよね。博士もその波にのってこっちに帰ってきたの。だってここには、潜水艦を持ってる人がいるんですもの。

 そういうわけで、博士はまた海底遺跡を探したいっておっしゃってるの。おじいちゃまの潜水機能つきメケメケを、また活躍させてくれないかしら?」


 海底遺跡。

 前に発見して調査した所で、俺はこっそり、とても古い紫色の機霊石を見つけた。今、プジの中に入ってるやつだ。

 今度も、そんなお宝が見つかるかもしれない――


「任してください! これからじっちゃん呼びますんで、いつ行くか決めましょう!」


 俺は一も二もなく、遺跡同行に同意した。

 そこにどんな危険が隠されているのか、深く考えもせず。


「バカテル」


 ぷがぷがと、なぜかプジが怒りんぼうになってたことも、ほとんど気にせずに。


「なによ鼻の下伸ばして。ほんとバカテル!」 

 



 

「シング技師、感謝します。ヨコスカ近海の遺跡群、ぜひまた調査したいと思っておりましたのでねえ」


 長い指でメガネをずり上げる、黒髪オールバックの渋いおじさん。ぴっちり革タートルシャツに長い白衣、という姿のクーロン博士が、にっこりじっちゃんに挨拶する。

 その背には、白衣に似合わないでっかいリュック。

 となりでにこにこしてるメイ姉さんも、今日はいかにも博士の助手っていう服装。革のワンピースに白衣姿。でもやっぱり背には、白衣に似合わないでっかいリュック。


「報酬は前回同様、三十万イェン。中に埋もれているかもしれない遺物は山分けということで。それにしても、今日はずいぶんとにぎやかですねえ」


 メイ姉さんに依頼されてから一週間後の朝。海底遺跡探検隊が、コウヨウの街のはずれに大集合した。

 博士とメイ姉さん。俺とプジとじっちゃん。それから御隣さんの金髪少女に白い猫。

 

「アル、危ないから家にいろ」

「いーやっ、デス」

 

 白猫がすごく不機嫌そうに、地べたにばしばし尻尾を叩きつける。金髪少女は今日はツインテールにしててなんかかわいい。頭に黄色い作業用ヘルメット。上半身はうすい革製の胴衣。下は革のスカートに革の編み靴。少女は肌が弱いんで、いつもこんな革ルックか、天然素材のだぼだぼTシャツを着てる。

 その背中には、俺と同じでっかいリュック。


「遺跡でモンスター、倒しマス」


 なんだか妙にはりきってるなぁ。握りこぶしとか、ぐっと握っちゃってるよ。

 白猫は危ないことをさせたくないらしく、まだぶつくさ言ってる。


「ま、まあ、大丈夫だよルノ。海底遺跡はヨコスカみたいな機械獣とか出ないからさ。後続の探索を阻もうとしたやつが、最深部に化け物工場作ったみたいな、マッドなことはないから。た、たぶん」

「たぶんでは困る」


 白猫がじろり、青い目でにらんでくる。

 ヨコスカ遺跡のすぐ目の前は赤い海。大きな湾なんだが、その海底にいくつか遺跡がある。

 本日の目標は、前にもぐった遺跡のすぐとなり。遺跡穴群のひとつだ。発見されて数年もたってなくて、俗称はまだついてない。博士は1号穴とか2号穴とか、番号で呼んでいる。


「ぜ、絶対大丈夫だよルノ。万が一に備えて、最強の護衛を呼んでるから」

――「わりい、遅れた!」

 

 通りの向こうから光線銃をかついだ革ジャン男が駆けてくる……のを見るなり。白猫はひっ! と

短い悲鳴をあげて金髪少女の影に隠れた。

 白猫は金髪イケメンの革ジャン男――ハル兄がたいへん苦手らしい。なんかこわがり方が普通じゃないんだよな。姿を見たら、まず隠れる。今もがちがち震えながら金髪少女の足からちろちろハル兄を見てる。でも、もとは猫じゃないので尻尾は爆発してない。

 金髪少女がふるえる白猫を抱き上げると、ハル兄は頭をかいて苦笑した。


「わりいって。そんなに怒るなよ」

「お、怒ってなどいないっ」

「はは、よろしく。っと、テル、今日は赤毛の機貴人はいないんだな」

「ロッテさんは東南戦区で戦の予定。いまやもう、炎煌帝国機霊団のエースみたいになってるぜ」 

「テルのざっくりてきとうパワーアップ改造のおかげよー」


 プジにもちあげられえへへと鼻をこする俺は、黄色いメケメケの扉を開けてみんなを誘った。


「ささ、ご搭乗ください!」  


 どやどや乗り込む探検隊。シートベルトを閉めてくだされと、運転席に乗ったじっちゃんがみんなに勧告する。

 狭いだのアルにひっつくなだの、白猫が震え声で金髪イケメンに訴えてる。

 俺は助手席に座り、がちりとバッテン印になるベルトをしめた。とたん膝の上にプジがひょいっと乗ってくる。


「おじいちゃま、みんな乗ったわ」

「了解じゃ、タマ」


 行くぞいと、じっちゃんがメケメケのエンジンをスタートさせる。

 ヨタヨタのんびり走り出した黄色いメケメケは、のどかにヨコスカ遺跡への道のりをたどった。

 後ろで博士が遺跡の年代特定法を白猫に説明しているそばで、ハル兄がメイ姉さんにこないだもぐった新遺跡のことを話してた。


「機械獣が出ないからちょろいもんだったよ。あそこは一年もしないうちに掘られ尽くすだろうなぁ」


 真っ赤な海が見えてきたところで、黄色いメケメケは小気味みよい音をたててモードを変えた。

 

「サブマリンモード、開始じゃ」


 じっちゃんがギアを変えて操作版のボタンをしぺぺと押すと、ギヤマン窓に分厚い防壁がせり上がってきて、外の景色をすっかり隠す。フロントガラスには透明な強化アクリルの分厚い板がうぃーんと降りてくる。蒸気を出す機関石の排出口が収納され、尻のスクリューが回り出す。

 その状態でしばしすすんだメケメケは、すぐ目の前に迫った真っ赤な海の中へと侵入した。

 ごぶごぶずぶずぶ、車体を洗う海の水はどろどろ。透明度ほとんどなし。

 

「ソナー起動じゃ」――「へいっ」


 じっちゃんにいわれた俺は、目の前にずらりと並ぶ計器を通電させた。

 虹色の温度探知機。目盛りたくさんの水深計測器。黒い円盤には蛍光緑の記号や放射線にひろがる波紋が浮かび上がる。ぴこん、ぴこんと、メケメケが頭のライトから音波を出し始めた。前方に何があるか。この音波ソナー探査で大体わかる。

 分厚い壁に守られているせいで、周囲の音はまったく聞こえない。真っ赤な水は濁っている。

 この計器たちだけが、頼りだ。

 サブマリンなメケメケはどんどん赤い水の中に沈んでいった。あたりはすぐに日の光を通さなくなり、俺たちは暗闇に包まれた。

 一部の煌きもない、重い闇に。






「……ってえええ!」 

「がまんしなさい!」


 俺の腹の上に禿げた猫が乗ってる。ハンモックに埋まった体は包帯だらけ。

 スミレちゃんのポスターに囲まれた親の部屋で、プジが包帯を口でくわえてぐいぐい。はずして薬を塗ろうとしてる。

 痛てえよ。おい痛てえって。

 

「ほんと、警戒しないにもほどがあるわよ」

「いやでもあれ、ほんといきなりだったんだよ」

「素手で作業するとか信じらんないっ」 


 包帯でぐるぐる巻きにされた腕から、白い布がどんどんとられていく。あきらめて俺も手伝う。自分の傷口とか、あんまりみたくないんだけどなぁ……。

 三日前に海底遺跡にいって、探検隊は大冒険。

 博士もメイ姉さんも大満足。そして俺たちはそれぞれのリュックにいっぱい、お宝ざくざく……にはならなかった。

 遺跡は半分以上浸水していて、空気のある空洞はごくわずか。ほぼ海水が詰まっていた。

 見つかったのはいくばくかの蓄電鉱石と、こわれた機霊石が無造作につっこまれてる箱の山。

 遺跡は機霊を作る実験所のような場所だったのかもしれない。

 機霊石はどれも割れてこわれていた。二つ三つ、使えそうかなっていうのを漁ってリュックに入れてたら。奥のほうから真っ白い機霊石が出てきて、そいつを取り出したとたん……


「まさか爆発するとか、ないよなぁ」


 俺、見事に爆風にまきこまれてぼろぼろ。幸い、他の人はみんな無傷で無事。反応がはやい白猫と護衛係のハル兄が、みんなを押し飛ばしたり倒したり。てことで俺一人だけ、意識不明の重態での帰還とあいなった。

 まあでも、じっちゃんにギヤマンのカプセルに入れられて、丸一日で外に出られるまで回復したけど。えらい目にあったよほんと。

 

「これ痛くないの?」

「そりゃ痛いよ。痛み止め飲んでる」


 包帯をすっかり取られた手は皮も肉もほとんど残ってない。金属の骨格が丸見え。


「じっちゃん、培養液の準備出来たかな。あの液、材料配合してから反応するまでに時間かかるんだよなぁ」


 ロボットみたいな手を見てつぶやく俺に、そろそろ再生カプセルに入れるわよーとプジが答えた。


「でもよかったわね。体の総変えにならなくって」

「うん。前に変えてまだ一年ぐらいだもんなぁ。もったいないよ」

「おじいさまが作ってるテルの百パーセント有機体の体って、いつできるの?」

「あと三年ぐらいかかるってさ。半有機体は数ヶ月でできるのになぁ」

 

 金髪少女の体の割合は六対四ぐらいで有機体の方が多い。俺の体もそのぐらいの割合だ。

 三年に一度、じっちゃんにこの体を作りかえてもらってるんだけど、そのたびに、前より背丈を伸ばしてもらってる。

 俺の頭の中には小さな小さな石が入ってる。

 その中にはほんものの魂が入ってるって、じっちゃんは言う。

 記憶だけを吸いこんだんじゃない。ほんとに尊い御霊だって。

 じっちゃんは気休めで言ったのかもしれないけど。俺はその言葉を信じてる。

  前に体を変えた時、じっちゃんはしみじみ言ったもんだ。


『おや。また消えないのかね? 記憶消去はちゃんと効いとるはずなんじゃがのう』

『頭はぼやっとしてるけどさあ、思い出せるよ? 化け物にされて、みんなに攻撃されて瀕死のタマ。俺がその手でとどめを刺してやった。でもそのとき俺は、タマの体内に仕込まれた自爆装置が起動したのに巻き込まれて……』

『即死じゃったなぁ……』

『いやあ、鮮明に覚えてるよ? 痛かったなぁあれ。あ、手足ばらばらって、そんな感覚あったぜ』

『記憶保存は難しい。うっかりするとすぐ消える。だからおまえの記憶はすべて記号情報にして管理しとるんじゃが、あのときの記憶は何度も消しとるんじゃよ。なのになぜに、消えないんじゃろうのう。

 夢はどうかの?』

『ばんっばん見てるけど? しょうもないのばっか。ジャングルでバナナ食うとか。ひたすら泳ぐとか』

『やはりこれは……』


 じっちゃんは俺の記憶が消えないことを確かめると、いつもうれしそうにつぶやくんだ。

 

 

『やはり本物の御魂が、入っとるんじゃなぁ』

 




『テル、培養液に浸かれるぞい』


 部屋の隅の金属管から、じっちゃんの声が流れてきた。


「おう! じゃあ、地下に行くか」


 ハンモックから降り、俺は足取り軽く歩き出す。いちおう重傷人らしく背中をちょっと丸めてお腹を抱えながら。

 工房に入ると、じっちゃんにため息をつかれた。

 

「さっきまでアルくんの体のメンテナンスをしてたんだがのう。やはり消えてなかったぞい」


 ちょっと困り声。


「アルくんの知能を体にいれたとき、タマくんに、洗いざらいすっかり記憶を消すようにと頼まれたんじゃがなぁ。すっかり忘れていたようだったのは、はじめの三日ぐらいだけじゃったわ。全然、消えとらん」



『どうやって償ったらいいの?!』


 

 そうだよな。白猫は望んだんだ。金髪少女には、罪を負わせたくないとか言って。

 あの体に入れる時に、じっちゃんに記憶消去を依頼したんだよ。なのに……



『わたし、この街にとんでもないことを……!』



「夢も毎日のように見とるそうじゃ。人工知能はそんなものは見ないはずじゃがのう。ふしぎなことじゃ。となると、あの娘の頭の中にあるものも、やはり……」


 首をかしげるじっちゃんの貌は、ニッコリ。とても嬉しげだった。


「やはり、本物の御魂が入っとるんじゃろうなぁ」

 

 ああそうそうと、じっちゃんは三日前に俺が死に物狂いでゲットした「お宝」を見せてくれた。

 爆発を起こした白い機霊石だ。透明な箱の中に封じてある。


「AIは完全にこわれとるようじゃが。あとでじっくり調べなさい。かなりの性能が内臓されとるようじゃぞ」

「ほんと? へへ、いじるの楽しみだなぁ」

「さあさあ、肉と皮膚の再生じゃ」


 じっちゃんに促された俺は、体の包帯をすっかりとって、寝台型のギヤマンケースに横たわった。

 手も足もずるむけ状態。胸も背中もところどころ金属の骨が見えてる。

 そんな俺の体組織を培養するための培養液が、どばどば入れられていく。

 それは生暖かく、とても心地よくて。


「ほうほう。それじゃあ、しばらくお休み」

 

 ギヤマンケースのドーム型の蓋がゆっくりゆっくり閉じるまでに、俺は眠りに落ちた。

 



「よい夢をな、テル」  

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