17話 地下遺跡B (皇帝)

 胸が痛い。

 背中が……熱い……。

 あたりは……明るい。

 この地下遺跡には、蒸気機関の機械はないようで、白い蒸気はどこにもみあたらない。 照明のようなものはないが、まわりは……明るい。

 古代の地下道には、四角い箱のような、住居らしきものがずらり。ずいぶんと廃れて汚い。軒先がきれいなものは一軒もない。がれきやごみがそこかしこにふきだまっている。


「くそ、俺たちまる見えだな」

 

 僕を抱きかかえて走る、黒い革ジャンの男がぐちる。

 ハル・シシナエ。金髪の人の顔は、苦虫をつぶしたようだ。

 遺跡を照らしている光は、きらきら金色に輝いていて、じわじわと濃度を増している。

 その出どころは、僕の背中だ……。

 

「ちっ。蝿どもがきたか」


 目の前に赤く長い光線がちらつく。

 突然見えたその光線は、横からすっとでてきた。ここは一本道ではなく縦横無尽に道が走っているのだ。光線を放ってきているのはたぶん、僕らを追うタイガギルドの連中。あれは赤外線かなにかの策敵装置だろう。

 背後からきたのではないから、この地下遺跡の入り口はひとつではないということか。

 裏情報の伝わりの速さからすると、別のギルドのハンターである可能性もある。

 なぜなら僕は今、あまたのギルドから狙われている「商品」らしいから。

 それにしても……胸が痛い。そして、背中が熱い……。


「見つかる前に始末だな」


 ハル・シシナエが女盗賊をつかまえたときに使っていた銃は、まだ直っていないようだ。あのときのとは別の銃を、赤い策敵光にむかって打ち放つ。

 青い光の弾道が、どずんと重い音をたてて飛んでいく。

 着弾音。爆発音。くぐもった悲鳴……。たちまちそこは、血と暗闇に沈んだ。

 

「こっちだ! 聖域にいくぞ」


 僕を抱え、あまたある通路のひとつに走りこむハル・シシナエ。やはりこいつは強い……。

 

 地下遺跡B。

 それがこの場所の呼び名であるらしい。街の地下に遺跡があるなんて、ここは本当に変な街だ。


「このコウヨウはもともと、隣り合ってる二つの地下遺跡に、発掘屋たちが集まってできた街だ。遺跡は掘りつくされたが、最深部にゃギルドが申し合わせて作った、相互不可侵区域がある。武器ぶっぱは絶対だめ、そこで争うのはタブー。ギルドのボスどもが、公式の会談場所につかう聖域だよ。そこに入れば、だれもおまえに手出しはできない」


 深くもぐるのか……。


「と見せかけて、どこかにうまく、トンズラこきたいんだけどよ……くそっ、なんて光だっ」


 ハル・シシナエが、抱きかかえる僕の背中を見てうろたえる。口のはしをゆがめ、僕はわずかにほくそえむ。

 背中から漏れているのは、きらめく光。

 黄金オーロの光がきらきら出ている。しゅんしゅん、かすかに聞こえるのはアルの起動音。

 ふふ、目覚めた。右肩の方だけしか、光が出てないようだけれど。まだ開ききってないけれど。

 アルの翼が出かかっている。

 でも僕の呼吸は、かなり荒い。胸が……痛い。


「まぶしすぎる!」


 シシナエがぎりっと歯軋りする。

 どんどん黄金オーロの光が増している。アルが僕の命を吸っているのがわかる。

 どくんどくんと脈打つ血液が、黄金の円盤を循環しているのを感じる。

 広がる光。背中の円盤に流れていく生命エネルギー。

 こうなったのはありがたくも――おまえのせいだ、ハル・シシナエ!

 

「だから言っただろう」


 胸がやけつくようで完全に息が上がっているものの。こいつを痛く後悔させる言葉は、ぴしゃりと吐けた。


「僕のアルは、死んでない!」


 


 


『高祖マレイスニールの裔、第五十代エルドラシア皇帝フンフツィグ・ジークフリート・アムルネシア・フォン・エルドラシアの名にかけて! 』

 

 僕はハル・シシナエに、僕を守る騎士になれと命じた。拒否するなら、おまえを倒すとおどした。

 シシナエは困ったように頭をかき、おまえは俺を倒せるのか? と問うてきた。

 即座に僕は思い切り、こいつを階段からけり落とした。シシナエが落ちていく上に、僕も飛びこみ。どんと地べたに押し付け。またがって体をおさえこみ、相手の首を両手でつかんで、どうだと問うた。


『はは……すっぽんぽんで馬乗り?』


 背中を打ったシシナエは、苦笑顔。両手をあげて降参のポーズ。

 だから僕はこいつの口から、『やるじゃないか』とか『いいぜ騎士になってやるよ』とか、そんな言葉が漏れてくるのを期待した。

 シングの孫に対する態度からかんがみるに、こいつはそんな反応をしてくれる男だと思っていた。

 正義感のためにギルドを抜け、シングの孫を気づかう言葉をつらねる。

 たぶん、優しい男。

 だからおそらく僕にも「同情して」くれると、心のどこかで踏んでいたのだ。

 なのに――。


『きれいな天使……あのな、俺は騎乗位はきらいなんだ』

『……う?!』


 僕が答えを期待して、首を締める手をゆるめたとたん。にっこりしたハル・シシナエが僕にくれた答えは――


『それにな……』

『うあああっ!?』


 青く光る、銃弾だった……。


『俺は、人に命令されるのはもっと嫌いなんだ。すまん』


 にっこりほほえんで、僕の胸に銃を当てて、引き金を引くなんて。

 ……悪魔だ……。

 




「騎乗位になったおまえが悪いんだぞ。ほんとダメなんだ俺!」


 そして今。僕の胸を撃ちぬいたハル・シシナエは、まばゆい光を放つ僕を抱きかかえて走っている。廃れきった遺跡の地下道を、なんとも形容しがたい複雑な渋顔で。

 

「マウントされんの超むかつくんだよ! マジでさっきは切れちまった! すまん! でも出力は致死じゃねえ設定にしてたから! 急所外してるし!」 


 アルは起動に手こずっているようだ。でも確実に、円盤は動いている。

 背中から漏れる光が、細く長い尾を引いて、後ろに流れていく――

 赤い策敵光が、僕らの真横から飛んでくる。シシナエは舌打ちして、その光源に向かって銃を放った。反応がとても速い。

 あわててうろたえてるのに、この射撃の正確さ。こいつがすんなり僕の騎士になってくれたら、どんなに助かっただろう。

 僕の背中が輝いているせいで、今シシナエはものすごく困っている。もっと困れと、心の中で僕は投げやりに嗤う。

 こいつが撃った青い弾道が、背中の円盤をかすった。そのショックで、アルが目覚めてくれたのだ。

 そのことには深く感謝する。でもこいつは、僕を拒否した。

 またがったとき力をゆるめないで、本気でねじふせればよかったんだろうか。手をゆるめないで。

 優しい反応をしてくれると思った僕が、馬鹿だったんだ……。

 笑顔で人を撃つなんてひどい。いくら致死レベルにしてなくたって……きつい……


「悪いけどな、騎士になれとか上から目線でいわれても、俺みたいなスレてんのには、なにいってんだこいつ、なんだよ。俺は天界なんざ情報として知ってるだけで、どんなところか実際見たことはない。機貴人になりたいなんて思ったこともない。天界のごたごたにかかわるとか、面倒くさすぎる。出世払いなんてまどろっこしい。できればいますぐ金が欲しいんだ」


 僕を抱えて走りながら、言い訳がましくぐちるシシナエ。

 胸の銃創に出血はない。撃たれたところは、小さな穴ができて焦げている。ちくしょう痛い……。

 

「それでおまえを助ける明確な理由がないか、考えてみたんだが」


 うしろの方で物音がする。また狩人だ。シシナエがすかさず片手でばすばすと、気配に向かって銃を放つ。僕を抱いてるのに本当に器用だ。


「俺はきれいな子が好きだ。きれいなら、性別は別にどっちでもいい。だからおまえを俺のオンナにするってのは、ありじゃないかと思う。だがおまえを囲うのは正直しんどすぎる。おまえとその周りのごたごたがしゃれにならねえぐらい面倒くさすぎる。で、冷静に考えると、一発ヤッて売り飛ばすのが、俺にとってはいちばんいい。でもそれは、お前を狙ってるだれもが考えてることだ」


 シシナエの声が、地下道にじんじん響く。

 オンナにするって、僕に女装させてごまかすってことか? 一発やるって、なにをやるのだろう?

 言葉の意味がよくわからない。


「天界でつくられたきれいな人形なんて……だれでも、ためしてみたいもんだ」


 ため……す?


「みんな天使を汚したいのさ。高慢ちきに、下界のもんを見下してるやつをな。ていうかおまえもう、イサハヤにヤられたんじゃないのか? すっぽんぽんってことは、あいつにむかれたんだろ?」


 汚すだと? ドラゴギルドの黒髪男は、それで僕にあんな態度だったのか?! 泥でもなげつけて、侮辱して笑うつもりだったわけか。たしかにあいつはとても無礼だった……


「そんな悲しげな目でにらむな、きれいな天使。マジでほれちまうだろうが」


 ほれるって、恋をするということか? 男のおまえが僕に? まて……ふざけるな!


「えっとだからまあ、俺としては今後、シングじいさんの店をずっとただで利用させてもらうってことで、おまえをテルにくれてやろうかと思ったんだ。あいつほんとにおまえのことを心配して、絶対助けるって、この数日俺にメールしまくり。ギルドの情報くれってさ……ほんっと、うるせえったらなかったんだよ」


 シングの孫が? 僕を? 絶対にたすける……? あの孫が……。

 テル、とかいったな。テル・シング。


「あいつはほんとにバカで無邪気だからな。俺みたいに汚れてねえ。この世界でおまえを売り飛ばそうと思ってないのは、あのテルだけだろうよ。なのに……なんだよこれは! マジで、アルゲントラウムはまともに動くのか?!」

 

 もちろんだ。これはまごうことなく皇帝機アルゲントラウムの、黄金オーロの光だ。

 しゅんしゅんという起動音が、かなり大きくなっている。少し空回り気味だが、目覚めるのに少し時間がかかってるだけだ。

 そう言おうとして、声が出せないことに気づく。胸が痛すぎて発声が無理だ……。

 顔をしかめる僕に、シシナエはとんでもないことを言い出した。


「もし本当に皇帝機の性能がまともなら、おまえを俺の相棒にするって選択肢がでてくるんだが」


 なんだ、と? 


「ヨコスカ遺跡攻略はひと筋縄ではいかねえ。最深部にたどりつくには、大陸ユミルの蒸気技術だけじゃむりだ。正直俺は、天界の機貴人の協力がほしい」

「な……」


 つまり。ハル・シシナエは不遜にも、アルゲントラウムの力を発掘に利用したいというのか?

 まがりなりにも、エルドラシアの皇帝機を? がらくたを掘るのに使う……だと?! 


「なあ、島都市にはもう、おまえの後釜がいすわってる。天界の帝国軍を相手どって戦いを繰り広げるには、いくら強くたってたった一体の機霊だけじゃどうにもならねえぞ? さきだつもんとか、根回しとか要る。ぶっちゃけ軍隊をつくった方がいい。だからまずは、俺の相棒にならないか?」


 ハル・シシナエは立ち止まり、それがいいとにっこりした。


「報酬は山分けだ。ヨコスカを征服すれば、おまえは大金持ちだよ。蒸気船を何隻と手に入れられる。傭兵だって雇える。いまは勝率一割ってとこが、五割以上にはなるぞ。まあその前に、おまえを売りたいって奴らからうまいことトンズラこくか、その機霊の力でぶっとばさないといけないけどな。むろん俺も相棒として協力するし――」

「ふざ……けるな……!」


 こいつのために、アルの力を使うなんて。こいつはさっき僕を撃ったんだぞ?

 そんな蟲の相棒になる?! そんなこと……できるわけっ……


「どうして、僕の騎士じゃ……だめ、なんだ!!」

「言ったろ、きれいな天使。俺は人に使われるのはいやなんだ。でも俺は他のギルドのボスみたいに、顎で人をつかう性分じゃねえ。だから手下はいらない。要るのは、対等の相棒だ」


 こいつと僕が、対等の関係になる? まがりなりにも皇帝の僕が? 十の属国を従える大エルドラシアの支配者が? 下界の発掘屋ふぜいと?


「ばかに……するにも……ほどが……!」

「きれいな天使……はっきり言うが、おまえはもう、皇帝じゃないよ?」

「だま……れ!!」


 機霊の力を下界の蟲のために使うなんて。こいつは僕に、ドラゴギルドの青銅女のようになれといっているのか。堕天使になれと!


「現実をよく見ろ。おまえは今すっぽんぽんで、何にも持ってないんだ。望みのものを手に入れたければ、譲歩するしか――」

「いや、だ……アルを……よごす、なんて」


 シシナエには、この光がなにか、わからないのか?

 だれよりも清らかで。なによりも神々しいこの光が。

 アルの力は汚れた大地のために、あるんじゃない。

 天を翔けるための聖なる力を、暗い地の底のゴミために沈めるなんて!!

 

「いや……そんなの……でき……な……」

「あ……ああああすまん! 泣くな! やべえ! えっと、だから! きつい言い方だったかもしれないが、機霊が動くなら、おまえがここから現状打破するには、それが手っ取り早いっていうか一番っていうか! 俺も助かって一石二鳥っていうか!」


 だまれ蟲! 

 アルがどんなに輝かしいものか、こいつは知らないんだ。そんな考えをもつことがどんなに不遜でおろかなことか、わからないんだ。

 ならば見せてやる。僕らの力を、見せてやる。

 蟲どもの軍隊なんかいらない。そんなものなくたって。こいつが騎士になってくれなくたって。

 だれも助けてくれなくたって……。 

 僕らは。

 僕とアルは――。

 

「お、おい!」

「はな……せ!!」


 僕らは、勝てる。僕らを地におとした奴らに。ふたりだけでも、きっと勝てる。

 

「ちょっ……やめろ! ここで展開とか! 地下道が崩れ……くそ! 目が!」

 

 僕らを、馬鹿にした奴らなど。この光でみんな。みんな。みんな……


「まぶしすぎる! おいおちつけ! うわあっ!!」


 みんな、消してやる!!





 きゅるるるると、背中の円盤が回転した。

 

『安全装置……解除……』

  

 懐かしい声がきこえる。やっと読み込みが終わったようだ。

 

『プログラム起動……強制終了により破損したシナプスを回復。設定を初期状態にリセット』


 黄金オーロの光量がさらに増す。僕の背中からほとばしる光が、燦然と地下道を照らす。


『初期設定により、第一形態を自動短縮。第二形態機霊体顕現を開始します』 


 聴きたかった声。

 会いたかった……ずっと会いたかった。よかった。出てきて、くれる。

 肩の上に光が固まる。みるみる大きなかたまりになって人の形をとる……

 揺れる金の髪。二つに結ばれた豊かな髪。白い手足。白い衣……

 仰天しているシシナエが、あまりのまばゆさに両腕で顔をかばっている。


「く……!」

「あは……」


 その腕をはずしてしっかり見るがいい。

 この清涼な空気を。黄金の風を。軽やかで優しい風を。

 胸の痛みがすうと引く。呼吸が一気に楽になる。さすがだ。たった数回の呼吸で。

 もう、傷は痛くない……

 

『霊光凝縮――』

 

 君は僕を裏切らない。 

 君は僕を馬鹿にしない。

 アル。

 アル。

 待ってた。




 おはよう――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る