16話 タマ (テル)

天に浮かぶ島々は、天のかなたを知っている。

 自在に空を飛べる機貴人たちは、自在に星の海を飛べる船をもっていて、他の星に住むものたちとやりとりしてる。この星にはない物質や技術技法を手に入れているため、技術の進歩がめまぐるしい。

 下界の、赤い大地に生きてる俺たちは、日々そのおこぼれに預かってる。

 でも島都市が他星から輸入したもので精製する、蓄エネルギー結晶や機霊核についてるエナジー吸収膜を手にできることは、まずない。タキオン反応炉も光科学物質も、天界のやつらがぎっちりしっかり独占してる。

 ほしいものは奪おう。

 まずそんな考えになるのが人間ってもんだが、翼をもってない下界人の手は、島都市にはとどかない。

 だから下界人は、枯れてしまった大地につみあげられたゴミ山から、独自の技術品をつくってきた。

 遺跡という穴にもぐって、つかえるものをほりだして。捨てられた残りカスから、独自のエネルギー結晶を生み出した。

 それが、蒸気をもやす機関石だ。蓄エネルギー結晶をマネしたやつだけど、それ自体ではエネルギーを発散しなくて、燃やさないといけない。そして燃やすと、すげえ蒸気が出る。

 そんなわけで街も乗り物もみんな、ぶしゅうぶしゅうと白い蒸気を出してる。もちろん、武器や兵器も、すべからく。憤怒と欲望と、羨望の湯気をたえず出してる。

 どうして俺がこんな難しい単語を知ってるかって?

 それはこの三つの言葉が、黒いジャンク街、コウヨウのスローガンだからだ。


『憤怒と欲望、羨望を、力に変えよう!』


 そうしてやっとのこと、すなわち数年前。ついに下界人は、空を飛べる蒸気船やブンブンを作り出した。

 天の世界、島都市コロニアに行けるものを――。

 遺跡を発掘して材料をとりまくった発掘者たち。百パーセントリサイクルの材料と資源で、空に浮かぶものを生み出した技術者たち。ほんとすげえ。 

 それにしたって、この船は巨大だ。うかべるためにどのぐらい、機関石をつかってるんだろ。

 しかもセキュリティに使ってるものがはんぱない。


「これ、上級ヨコスカ遺跡にいるやつだ!」


 通路をうめるほどの四角四面の物体――蒸気人形をまのあたりにして、俺はたじろいだ。

 赤がね色の装甲をまとった鎧人形は、実にシンプルな形。頭、胴体、手足が把握できるが、箱をつなげたようなフォルムで、全身てらてら光ってる。ミッくんの物理結界と衝突したってのに、毛ほどの傷もなさげ。どころか、どすどす進んできて、結界ごと俺たちを押しはじめた。

 

「テル・シング、ヨコスカって、やっかいなのがいるところ?」

「そうっす! たぶんこれ、やっかいなやつ!」

「スチームドールは、ヨコスカの中層域にいるセキュリティロボットよ!」


 プジのしっぽがますます爆発してる。

 ネコってびびるとしっぽがぼうぼうになるけど、こいつは今まで見たことないぐらいの乱れぶり。

 初級スガモとはちがってヨコスカは、完全武装しないと入れないところだ。

 つまり目の前の敵に勝てるかどうか、プジはそうとう危ぶんでる。

 赤外線とか飛び道具やレーザーとか、麻痺ガスとか穴トラップとか。ヨコスカは堅牢なセキュリティシステムで守られてる上、機械竜だの人形だの、発掘者の障害になるようなやつがわんさかでてくる。

 なんでこんなに障害だらけの遺跡になってるのかというと、大昔に、あそこからでる武器とか金属をひとりじめしようとしたやつがいて。ほかのやつらを排除しようと、自働修復セキュリティシステムを作ったり、最深部に警備兵製造工場を作ったらしい……ってのがもっぱらの定説だ。

 ほんとうのところはどうなのかわかんないけど、みんなそう信じてる。

 なにせ一度システムを破壊して突破したところでも、時間が経てばなぜか「修復」され、倒しても倒しても、遺跡の底から機械兵だの機械動物だのが、わいて出てくるからだ。

 それにこのいかつい人形だって、ぶしゅうぶしゅうって、いたるところから蒸気を出してるもん。

 下界の人間の発明品、機関石を燃やして動いてるのは一目瞭然。

 こんなのがうじゃうじゃでてくるから、ヨコスカの最深部に行きついた発掘者は、ここ百年ぐらいの間だれもいない。システム中枢まで、到達できないんだ。

 そんな発掘場の中層に出てくるやつが、相手だなんて。っていうか。 


「さすがタイガギルド、ヨコスカの機械兵利用するとかすげえ!」


 でっかいギルドだもんなぁ。ドラゴにタイガ、ラビッツ。だいたいこの三つの大ギルドが、コウヨウの街の支配権をにぎろうと相争ってる。

 だってこの街、市長とか議員とか、そんなもん、いないもん。自警団はいるけど、守ってもらうにはさきだつものとコネが要る。

 

「ううっ、なんて硬さなのぉ!」

『押せぬ』

 

 ミッくんが、自分が展開してる結界でそのまま、蒸気人形をおしもどそうとする。でもぜんぜんだめだ。馬力で圧倒されちまってる。これ、半翼で能力全開になってないせいもあるかも。

 人形の押しは豪快でシンプルだ。ピストン運動みたいに左右のうでらしきものが、どすこいどすこい、結界玉を突いてくる。


「ミッくん! 押し返して!」

『これは無理だ』

「出力あげて!」

『了解。結界範囲をせばめて濃度を濃くする』

「そそそそれはだめ! テル・シングと猫も守るのよ!」

『むう』

「いやそうな顔しないの!」

『むう』

「腕組みして悩まないでー!」


 ぶおおおと、背後からやばい音がした。プジの青い目の中にある黒瞳孔が、一瞬で虹彩の部分を埋めつくす。


「うしろにも、同じものが!」

「ひ! はさむつもりか!?」

 

 ながい通路の前と後ろ。どすどす突いてくる目の前のものとおなじものが、なんと後方からも。

 床が。壁が。天井が揺れる。驚く間もなく俺たちは――はさまれた。


『む!』「ぐは!」「ひいっ?!」「きゃああ!」


 どうんという衝突音。と同時に、結界の表面にばちばち飛び散る、青白い火花。ミシシビシシと不穏な音をたてる壁。や、やばい。左右の壁、ヒビが……!

 

『これは。きつい!』


 ミッくんの端正なうりざね顔が、まがったへちまになってる。赤がね色の壁のごとき人形が、じりじり結界をせばめてくる。


『守りきれぬ。ロッテ、結界範囲を君だけに』「しちゃだめー!」


 ロッテさんの手から光剣がきえた。ミッくんがしぶしぶ、剣の出力を結界に回してくれたらしい。

だがそれでも結界は縮められている。

 船壁、どのくらいの厚さなんだ? びしびし走りまくるヒビ。ここが割れて崩れてくれたら、抜け出せるけど……しかしそれまで待ってたら、俺たちはぺしゃんこだ。


「テル!」


 プジが叫ぶ。分かってるプジ。つぶされる前にこいつらをはじかないとな!

 

「接合!」


 プジが俺の背中におんぶ状態でひっついてきた。


「テ、テル・シング? まさかその猫っ……」 

「ごめんロッテさん、ぎりぎりまで無理させてっ」

 

 俺の首のすぐ下で組まれたその肉球の手が、みるまに別のものに変化していく。

 黒く細く。鋭い爪をもつものに。


「第一形態展開!」


 コマンドを唱えたとたん、背中に軽く衝撃が来て。

 暗紫の影が、あたりに広がった――





 しとしと、雨がふる。

 けむる白い蒸気を冷やすように。しとしと。しとしと。

 ぎいこぎいこと、ジャンクビルの脇で大きな歯車が回ってる。


『タマ。タマー!』


 家の前の細い路地はでこぼこだって、雨が降るといつも思い出す。水たまりがたくさんできるんだ。

 大きいの。小さいの。深さもばらばら。泥水色の水玉模様。

 今はさけてる余裕なんてない。靴がぬれるのも構わずに、ばしゃばしゃはねちらかして、探す。


『タマー!』

 

 体はぐっしょり、濡れネズミ。

 あわてていそいで、みごとにすっころげ。いたいよこれ。倒れたよこれ。ちくしょう。

 よろよろ起きる。ひざいたい。けがしたんだ。でもかまってらんない。


『タマーっ!』 

『どうしたテル』


 あ。ハル兄。

 

『タマがどうかしたのか?』

『い、いなくなっちゃって……外にあそびにでる奴じゃないのに』


 タマは俺が拾ったんだ。商店街の隅っこで。

 ひどい怪我してた。背中が血まみれ。猫同士でけんかしてやられたっていうより、あきらかに人間にやられた感じ。むりやり皮はがされた、みたいな……。ぐったりしてるのを家に抱いて帰って、じっちゃんに治療してもらった。

 元気になったらうちに居ついたけど、外には絶対でなかったんだ。ひどい目にあったせいだろうな。

 せいぜい、店先のベンチでちょこんと座って、通行人を観察するぐらい。ふだんはダイニングのソファを玉座にしてて。そこがお気に入りで、ほとんど動かなかった。

 それなのに。


『ハル兄。ハル兄。どうしよう。タマはきっとさらわれたんだ。助けないと。助けないと……!』


 きっとベンチに座ってるときに、だれかに持ってかれたんだ。

 だってこの街泥棒だらけだもん。軒先になんか置いといたら、十秒後にはなくなってる。

 それにあいつかわいいもん。すごくかわいいもん。青い目に銀の毛……

 えぐえぐ泣く俺の頭に、おっきな手が乗ってくる。

 

『大丈夫だ。俺が見つけてやったよ』

『ほんと? ハル兄すげえ! どこ? どこ?』

『地下遺跡Bにかくまってる』


 案内してやるって、ハル兄が俺に背を向けてしゃがむ。俺はうれしくなって、ハル兄におんぶされた。

 ああ……ハル兄の背中、あったかいなぁ……


 にゃあ


 あ。タマ?

 ネコの鳴き声が聞こえる。どこだ?


 にゃあ


 タマ! 俺だよ!

 




「タマじゃないわよ!」


 はう?! 怒りの肉球が、俺のほっぺたに食い込んだ。

 ぷにんとしたえもいわれぬ感触が、俺の五感を呼び覚ます。ああ、このネコはタマじゃない…… 

 

「プジ?」

「名前をまちがえるなんていい度胸ね、テル!」


 いや、そんなんじゃないよ。夢だよ。夢をみてたんだよ。タマがいなくなったときの……

 い、いや? あれっ? ちょっと違うか? ハル兄はあのとき一緒にさがしてやるっていったんだっけ。地下遺跡にいるなんて言わなかったし。

 地下遺跡Bにいるのは……

 

「テル・シング! よかった、目を覚ましたわね」

 

 あ、ロッテさん。えっと俺、どうしたんだっけ? プジとの接合外れてるぞ?

 ええと、プジを第一展開させて、四角四面の蒸気人形を俺たちの結界で前後に押しのけて。それから……

 なんてきなくさい匂いだ。ばちばち何かが燃えてる音。ぐほっ。せ、咳こんじゃうぞ。けむい!

 ここはまだ、タイガ・ギルドの蒸気船の中? それにしちゃずいぶん周りが、広くなってないか?

 

「小型船が、突っ込んできたのよ。それにしてもそのネコ、分離型機霊だったとはねぇ」

「へへ。発掘品でつくったんだ」

「性能よさげね。はげてるけど」


 ロッテさんが目をすうとほそめてプジを見る。

 プジはぴとぴと俺の額に肉球をひっつけた。どこも悪くないか確かめてくれてる。


「うん。すっごくいいよ、こいつ」

「もう。おべっかね」


 タマ呼ばわりで不機嫌だったプジがぽっとほおを赤らめて、べしっと最後に一手、俺の鼻に手を押し付けた。へへ、この感触、ほんと好きだなぁ。って、堪能してる場合じゃなかった。

 見回せば、細い通路はくずれていて、目の前に黒くとがった大きなものが、船の中へ向かって突き通ってる。

 蒸気人形をふきとばしたあと逃げようとした瞬間、これがきたもんで、俺はすごい衝撃をくらったらしい。むろん俺もロッテさんも機霊結界のおかげで無傷だった。それでも相当の振動が伝わってきて、気を失っちまったってわけか。

 

「しっかしずいぶん手荒な」

「中から、皮マスクに皮鎧の完全装備団がわらっとでてきたわよぉ。黙って見送ったけど」


 目の前にさし渡ってるのは、一見特大のやじりみたいな形の黒船。尻の部分からもうもうと白煙があがってる。ジェット噴射で勢いつけてきたのか? ハッチと思しきところに、ロゴマークみたいなものがついてる。

 オレンジ色のウサギ……


「ラビッツギルドの紋!」

「タイガギルドが人形皇帝確保に動いてるって情報を傍受したのは、当然、あたしたちだけじゃないから。でもなりふりかまってないわね」


 みんなアムルを奪おうと、色めきたってるんだ……。

 たしかにPPD-AGの価値を考えれば、予想売却額は夢のような桁数になる。相手は天界一の版図を誇るエルドラシアだもん。

 俺……アムルにまた会えたとして、あいつを守りきれるのか? コウヨウの全ギルドを相手にするってことだぞこれ。

 この街にこれからも住んで、あいつをかくまい続ける……ざっくり適当にそう考えてたけど。

 そんなこと、できるのか?

 

「ど、どこかとおくに逃げる? うああ、どこかってどこだよ」


 俺、ここにしか住んだことないから、別のところに伝手なんてないし。

 コウヨウだけでなく、大陸中の全ギルドが食いついてくる物件だろうし。

 できるのか、俺……アムルを守りきることが……

 

「テル・シング、ここから出るわよ!」

『いくぞ愚か者』

「テル、また接合した方が」

「お、おう」

 

 ロッテさんたちが、黒船の尻部分にがっぽりあいた崩れ穴から飛び降りる。

 ぶばっと、アホウドリサイズの翼が全展開する音がきこえた。

 この大陸に、安全なとこってあるんだろうか。ああ、もっと勉強しとけばよかったな。地理とかそんなの。人が近づけない猛毒地帯とか、あるって話だけど。そんなとこには連れてけないし。

 この星から出るのがよさげな気がする。天界の星船に乗って、どこかしらない星に……

 でも俺たちみたいのがもぐりこめる船って、あるかな。いやでも、じっちゃんはどうするよ?

 孫たる俺が老後みなかったらどうするんだ? ってことはじっちゃんにも一緒に逃避行してもらうか? いやいやいやいや。落ち着け、俺。深呼吸。深呼吸。

 とにかく不安だけど。すっごく不安だけど。


「どうにかするしかねえ! 接合っ!」

「はいな!」


 プジがまた俺の肩にひっつく。みるみる形態変化したネコは、ぶばっとコウモリのような翼を広げた。


「高度200ナノメートル!」

「おう! 少しずつ下がっていこう」

「了解!」

 

 俺はとりあえず、アムルと合流したらどこへ逃げようか、真剣に考え始めた。

 あきらめるなんてことは、できない。

 だって俺が拾ったんだ。あいつ、ひどい怪我してたんだ。

 守ってやらないと、だめだろあれ……。

 それに、タマのときと同じ気持ちを味わうのは、どうしてもいやだ。

 俺が助けたものが、どこかにいってしまうなんて。俺が見つけたものが、だれかに奪われるなんて。

 そんなの死んでもいやだ。

 わかってる。ただのワガママだこれ。でもいやだ。

 ぜったいに――。

 


「ハル兄さんは、どこにいるの?」


 ぎゅおんと黒い翼をはばたかせて、背中のプジが聞く。

 ネオン輝くごちゃっとした街の上を滑空しながら。


「地下遺跡B。三丁目のコの字ビルの脇からおりれば……」


 そういったとたん。はるか前方のビルの合間から、ぱあっと光がたちのぼった。

 白くてきらきらしてて、黒い空へとひとすじ、のびてる柱……

 なんだあれ。まぶしい。目がつぶれそうなぐらいだぞ。

 前を飛ぶロッテさんとミッくんの姿が、遠くからたちのぼった光をあびて、ひどく勇壮に見える。

 光に吸い寄せられるようにビルの谷間にはいったとき。


「テル! あれ!」


 しゅしゅんと、プジが青い目玉を動かした。

 

「あれ、地上から出てるものじゃ、ない!」

 

 俺の胸はどきんと波打った。プジのことばにいやな予感を感じたからだった。


「ち、地下からよ!」

    

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る