3話 サファイアの目 (テル)
ざっく、ざっく。
銀色スコップで、俺は今日もゴミ山を掘ってる。
ざっく、ざっく。
頬に垂れる汗をぬぐって、曇ってきたゴーグルをおでこにあげて。
今日もひたすら掘りまくってる。
大昔に人間が捨てまくったゴミはそれはもう、じゅぶじゅぶに発酵してていい感じ。
臭いしどろどろしてるとこあるし、蒸気みたいなのぶしゅーっと出てるし。
普通の奴にとっては、鼻つまみのゴミ。
でも、技師見習いの俺にとっては宝の山だ。
「テルぅー。もう帰りましょーよー」
ぱしん、ぱしん。
先っぽが銀色金属丸出しのふさふさしっぽを地に叩きながら、飼い猫のプジがぶうたれる。
両手両足をそろえ、ちょこんと正座している殊勝な格好だが、猫ってやつは尻尾だけは嘘をつけないようだ。
「おじいさまが心配してるわよー」
腕に嵌めてる
うん、非常に正確な腹時計だぜ、プジ。
こいつ、ごはんの時間だけは、正確に体内時計感じ取るんだよな。
じっちゃんブレンドの合成カリカリって、ぶっちゃけリサイクル燃料製なんだけど。プジは、食ったらほんとうに、おいしく感じるらしい。超てきとーに人工知能つくって頭部にぶっこんだのに、味覚が偶然ついちゃうなんて、びっくりだ。
プジは全部拾ったもんでちまちま造ったから、材料費ゼロ。目はガラス球じゃなくて、なんと本物のサファイア。古代遺跡から掘り出した機械兵士の目をぶっこ抜いて、そいつを嵌めこんだんだよな。
金属ファイバーの人工毛はうまく生え広がらなくって、むらがでちゃったんだけど。これが微妙なむら具合で、いちおうシャム猫っぽく見えてる。
「テルー。もう日が暮れちゃうってばー」
びたんびたん、イラだたしく動く尻尾。なぜかその先っぽと、おでこの一部だけは全然毛が生えなくって、まるっぽ金属はだかんぼ。なんで生えてこないのか、よくわかんねえ。
プジは、ストレスハゲなのよー、とか言うんだけど、実は造ったときから禿げてる。
「ねえテルー。ごはーん。ごはーん食べにかえりたいのぉー」
「あーもう、ニャンニャンうっさい。もうちょっと、ここ掘ってからなー」
ざくうとスコップを突き立てて、俺は「ごみ山」の瓦礫をよいせとすくう。
「今日の発掘はあそびじゃねーの。仕事だからさ」
「なによ仕事って。今日はずうっと掘ってるだけじゃない」
「メイ姉さんに、❘
「うそぉ、テルがー?」
「ちょっ、なんだよその、おもいっきし疑ってるよーな目つきは」
「メケメケって、エンジン複雑よー? テルに修理できるの?」
「てきとーに冷却材ぶちこめば直るさ。熱暴走してるだけだから」
「ほんとにー?」
「おい丸はげネコ。おまえ、自分の創造主の腕を信じてないな?」
プジが、ハゲって言わないでよ! と、尻尾をばしばし。テルがてきとーなせいでハゲになったんだからねーっ、と怒り心頭だ。青いネコ目がしゅんしゅん唸る。
へいごめんな、とおざなりにひらっと手を振り、俺は瓦礫の山にまたスコップを突き立てた。
ここはすんごい昔に、紛争で滅んじまった街。
塔のような建物がそこかしこ倒れて、崩れて、風化してる。
「ごみ山」は、大昔の発掘屋が、あたりのゴミや資材や建材を無造作にかき集めたもんだ。
めぼしいもんや再利用できるもんは、もうあらかた、すでに持ち去られちまってる。
うっちゃって積み上げられてるのは、さびた鉄筋やコンクリや木材や、もとのもんがなんだったのかちょっとよく分かんない、朽ちたもん。
でもたまーに、拾い落としや掘り出しもんが見つかる。
それに……
「よっしゃぁ! あったあったー」
風化遺跡の「ごみ山」の中には、じんわり繁殖するものがある。
とくに瓦礫が密集してる奥底にあるのが、この真っ白な半有機体の金属だ。
日光の熱を吸い込んだ「ごみ山」の表層にあっためられて、蒸された木材やプラスチックなんかにぶわっと繁殖する。
「バクテリア鉱ちゃん、会いたかったぜー。冷却材には、これがうってつけだよな。熱を奪い取るから」
「ねえテル、それって、熱で増殖するんじゃないの? そのまま修理に使って大丈夫なの?」
「大丈夫さ。繁殖抑制剤をてきとーにぶちこむから、心配なしってわけ」
「もぉ! てきとーにって、また目分量で作業するつもり?」
呆れるプジを尻目に、とろんとした白い流金属をスコップですくいあげ、特製バケツに投入。スコップを背に負い、バケツにかぽんと蓋をして両手で抱えた。
「よっし。うちに戻って精製だー」
半日掘り続けて、「ごみ山」に大穴を開けた甲斐があったぜ。
へへへ。メケメケが直ったら、メイ姉さん、きっと喜ぶだろうなぁ。
「いくぜプジ!」
俺は靴のかかとのスイッチを押し、しゃがんでうりゃあと飛び上がった。
改造シューズの超脚力で、山のふもとまで一気に跳躍。
華麗に着地して、それからバイク型の
「まってよぉーテルー!」
プジがひょひょいと、瓦礫が飛び出てるとことを器用につたって、こっちに降りてくる。猫が俺の肩に飛び乗ると同時に、俺は右足をがっしん踏み込んで、テケテケのエンジンを入れた。
「ひゃほうー♪」
ひゅおんと、小気味よい起動音をたてて、テケテケが走りだす。お尻から「てけてけてけてけ」と、のどかに排気を噴き出しながら。
うん。まあその。テケテケはその名のとおり、速度はあんまり速くはないけどさ。乗り心地はいいよほんとに。ゆるやかに頬に当たる風がきもちいい。腕をまくった革ジャンにあたって、ひいやりする。
「あー。今日も今日とて、天使さんたちは一所懸命戦ってますなー」
暮れなずむ赤黒い空の向こうで、ぱあっとまばゆい閃光が瞬く。
ここから東部3,5マイルメーター付近は、
空を飛び交う天使たちが「スラム」と呼んでる、大きな大きな、街へ向かって。
「今日は一段と、まぶしいわねえ」
プジが東の空を眺めて眉をひそめる。
サファイアの眼がせわしなくしゅんしゅん言ってるから、拡大視してるんだろうか。
俺たちは風化遺跡から、真っ赤でじゅくじゅくな大地に敷かれた舗装路を、ひたすらまっすぐ南下した。三十分もすると、空がだいぶ暗くなってきた。真正面に、真っ黒くてでっかいお山のようで、毛ばだってるような塊が見えてくる。
俺とじっちゃんの家がある、コウヨウの街だ。ここら付近では一番でっかい街で、住んでるやつらはざっと百万人。
かつて風化遺跡の建材を組み上げて作られたそれは、遠目からみるとまさに黒い「ごみ山」。ごちゃごちゃしてて、そこかしこから蒸気がぶしゅぶしゅ噴き出してる。街の道路やビルをつなぐ回廊が絶えず動いてるし、「工場」もたくさん稼動してるからだ。
街が近づくと、細かった舗装路がぐぐっと広くなる。他のテケテケやでっかいメケメケが、合流する幹線からちらほら入ってくる。
「よーう、シング爺の孫! おまえまた、
ひゅいーんとエンジン音をたて、発掘屋のおっさんが
「まあ、おまえがヒュンヒュンに乗るのは百年はえーな。がははは」
大きなお世話だ。
無視しつつも、俺はハンドルのグリップを回して、テケテケの出力をさりげなく上げた。こいつをヒュンヒュンに改造するには、エンジンに光結晶をぶちこまないといけないんだよなぁ……
あの結晶を上級者用遺跡で掘り出せれば、発掘屋として一人前っていわれてるんだけど。俺はまだ、そんな深部に潜れたためしがない。
颯爽と追い抜いてった、あのゴーグルおっさんみたいのが入ってる発掘屋ギルドが、いいもんが出る遺跡に陣取ってるからだ。採掘料を取るは、いい掘り出しもんはみんなピンはねされるは、ひどいもんだ。
俺もどっかのギルドに入れば、いい目を見られるんだろうけど。頑固なじっちゃんが生きてるかぎり、それは無理ってもん……
――「あら? ねえテル」
突如。俺の肩に乗ってるプジが、青い猫目の瞳孔をまん丸にした。
「ねえねえ。なんか落ちてくるわよ」
ネコのまん丸目玉はびっくりしてる、というサイン。プジがその大きな目で東の空をじいっと凝視してる。
「あん? 天使の小競り合いか? そんなの日常茶飯事だろ?」
俺は脇目もふらず、テケテケのハンドルのグリップをぐっしぐし回して、さらに出力を上げた。
戦場で戦う天使たちは、撃ち落とされたら流れ星のように地に落ちるもんだ。
でもプジは、ちがうのよーと、東の空をじっと凝視した。
「戦場じゃなくって、すぐそこよ?」
「はあ? すぐそこって、拡大して見てるから近く感じるんだろ? 肉眼じゃそんなにはっきりとは……もしかして、天使が戦闘区域からふっとばされたのか?」
「ううん、ちがうわ。あの戦場からじゃないわよ。すごく上から落ちてきてる。輝いてるわね」
「上から? それ、天使じゃないの?」
「わかんない。まぶしすぎて、中の形が見えないのよねー」
プジの猫目がせわしなくしゅんしゅん稼動する。
だがまぶしすぎて、もと機械兵士の眼をもってしても、それが何かは判別不能らしい。
天使じゃなければ、本物の流れ星……つまり、隕石の可能性もあり?
もしもそうだったら――
とたんに俺の顔はにんまりにっこり。一瞬にして、目がきらーんと輝いちまった。
「材料! 加工材料ゲットできるじゃん! 隕鉄欲しいいい! プジ、落下地点にナビ頼む!」
「えーっ。ごはん……」
「結構近くなんだろ? そんなに時間かかんないって。じっちゃんに言って、特製カリカリ、倍にしてもらうからさー」
「もー」
ぷんすかなプジがしぶしぶ、青い猫目で座標を測る。他の発掘屋に嗅ぎつかれないよう、俺はテケテケの調子を見るふりをして、そうっと舗装路から外れた。
「x750、Y133。今、地表に激突」
「えっ? Y133? まじで近――」
「テル! 衝突衝撃波が来るわよ!」
言ってるそばから、爆風のごとき突風が落下点から吹いてきて。
「おおわ!?」
俺のテケテケが横倒しになる。
「テル! 中心点の熱摩擦がすごい。爆風が来るわ!」
「ひい!? 地面に穴がぁっ! 開いてるうっ!」
倒れたテケテケからよろりと這い出した俺の目に、落下点を中心に広がり来る爆発と、きらきら輝く何かが映る。
落下点にあるのは、丸い……黄金のかたまり? 球体みたいだ。
って、のんきに観察してる場合じゃない。
「プジ!
「了解!」
「
プジが俺の背におおいかぶさって、俺の胸元で手を組む。
とたんにプジの体が光りだす。毛がひっこんで。手の形が細く長く変わっていき。
その背から、コウモリのような黒い翼が生えてきて。
みるみる、左右に大きく広がる――
「
ぐわっと黒き翼を展開し、まるで悪魔の使いのごとき姿になったプジが、周囲に結界を張ると同時に。
落下点からぶおおおっと巻きあがるすさまじい熱波が、俺たちが立ってるところに到達した。
赤い大地に生えてる枯れ草が、ぱっ、ぱっ、と焼かれて消し炭になってる。
一瞬遅かったら、俺もヤケドどころじゃ済まなかったろう。
「ひい! 俺のテケテケ! 結界の中に入ってねええ」
「あっ……ごめんテル。溶けちゃった?」
「あ、大丈夫みたいだ。バケツがひっくり返って、バクテリア鉱がはりついてる」
そのおかげで助かった。あの流体金属は熱を食ってくれるから、たぶんテケテケは焼かれることなく、また動いてくれるだろう。
それにしても。
「これまじで、すごい……隕石じゃね?」
なんつう高エネルギーだ。どんな材料が取れるか、わくわくする。
ごうごう吹き荒れる熱波をしのいだ俺たちは、風が収まるや、爆心地へと飛んだ。
機霊化したプジが、ばっさばっさとコウモリのごとき翼をはばたかせる。俺たちはあっという間に、がっつりあいた
「熱が急速に引いていくわ」
椀状に開いた大穴の底にいるものを眺めおろすなり。俺たちは息をのんだ。
「おいプジ。これは……なんか、隕石じゃなさげ?」
「倒れてる……」
そこにあるものを、プジがしゅんっと青い目を眇めて睨み下ろして。
低く唸るようにつぶやいた。
「モノじゃない。生物。人間――だわ!」
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