3話 サファイアの目 (テル)

 ざっく、ざっく。


 銀色スコップで、俺は今日もゴミ山を掘ってる。 


 ざっく、ざっく。


 頬に垂れる汗をぬぐって、曇ってきたゴーグルをおでこにあげて。

 今日もひたすら掘りまくってる。

 大昔に人間が捨てまくったゴミはそれはもう、じゅぶじゅぶに発酵してていい感じ。

 臭いしどろどろしてるとこあるし、蒸気みたいなのぶしゅーっと出てるし。

 普通の奴にとっては、鼻つまみのゴミ。

 でも、技師見習いの俺にとっては宝の山だ。


「テルぅー。もう帰りましょーよー」


 ぱしん、ぱしん。

 先っぽが銀色金属丸出しのふさふさしっぽを地に叩きながら、飼い猫のプジがぶうたれる。

 両手両足をそろえ、ちょこんと正座している殊勝な格好だが、猫ってやつは尻尾だけは嘘をつけないようだ。


「おじいさまが心配してるわよー」


 腕に嵌めてる端末フォンを見たらば、五時五分前。

 うん、非常に正確な腹時計だぜ、プジ。

 こいつ、ごはんの時間だけは、正確に体内時計感じ取るんだよな。

 じっちゃんブレンドの合成カリカリって、ぶっちゃけリサイクル燃料製なんだけど。プジは、食ったらほんとうに、おいしく感じるらしい。超てきとーに人工知能つくって頭部にぶっこんだのに、味覚が偶然ついちゃうなんて、びっくりだ。

 プジは全部拾ったもんでちまちま造ったから、材料費ゼロ。目はガラス球じゃなくて、なんと本物のサファイア。古代遺跡から掘り出した機械兵士の目をぶっこ抜いて、そいつを嵌めこんだんだよな。

 金属ファイバーの人工毛はうまく生え広がらなくって、むらがでちゃったんだけど。これが微妙なむら具合で、いちおうシャム猫っぽく見えてる。


「テルー。もう日が暮れちゃうってばー」


 びたんびたん、イラだたしく動く尻尾。なぜかその先っぽと、おでこの一部だけは全然毛が生えなくって、まるっぽ金属はだかんぼ。なんで生えてこないのか、よくわかんねえ。

 プジは、ストレスハゲなのよー、とか言うんだけど、実は造ったときから禿げてる。


「ねえテルー。ごはーん。ごはーん食べにかえりたいのぉー」 

「あーもう、ニャンニャンうっさい。もうちょっと、ここ掘ってからなー」


 ざくうとスコップを突き立てて、俺は「ごみ山」の瓦礫をよいせとすくう。

 

「今日の発掘はあそびじゃねーの。仕事だからさ」

「なによ仕事って。今日はずうっと掘ってるだけじゃない」

「メイ姉さんに、❘二人用反重力推進機メケメケの修理たのまれたんだよ」

「うそぉ、テルがー?」 

「ちょっ、なんだよその、おもいっきし疑ってるよーな目つきは」

「メケメケって、エンジン複雑よー? テルに修理できるの?」

「てきとーに冷却材ぶちこめば直るさ。熱暴走してるだけだから」

「ほんとにー?」

「おい丸はげネコ。おまえ、自分の創造主の腕を信じてないな?」


 プジが、ハゲって言わないでよ! と、尻尾をばしばし。テルがてきとーなせいでハゲになったんだからねーっ、と怒り心頭だ。青いネコ目がしゅんしゅん唸る。

 へいごめんな、とおざなりにひらっと手を振り、俺は瓦礫の山にまたスコップを突き立てた。

 ここはすんごい昔に、紛争で滅んじまった街。

 塔のような建物がそこかしこ倒れて、崩れて、風化してる。

 「ごみ山」は、大昔の発掘屋が、あたりのゴミや資材や建材を無造作にかき集めたもんだ。

 めぼしいもんや再利用できるもんは、もうあらかた、すでに持ち去られちまってる。

 うっちゃって積み上げられてるのは、さびた鉄筋やコンクリや木材や、もとのもんがなんだったのかちょっとよく分かんない、朽ちたもん。

 でもたまーに、拾い落としや掘り出しもんが見つかる。

 それに……


「よっしゃぁ! あったあったー」


 風化遺跡の「ごみ山」の中には、じんわり繁殖するものがある。

 とくに瓦礫が密集してる奥底にあるのが、この真っ白な半有機体の金属だ。

 日光の熱を吸い込んだ「ごみ山」の表層にあっためられて、蒸された木材やプラスチックなんかにぶわっと繁殖する。

 

「バクテリア鉱ちゃん、会いたかったぜー。冷却材には、これがうってつけだよな。熱を奪い取るから」

「ねえテル、それって、熱で増殖するんじゃないの? そのまま修理に使って大丈夫なの?」

「大丈夫さ。繁殖抑制剤をてきとーにぶちこむから、心配なしってわけ」

「もぉ! てきとーにって、また目分量で作業するつもり?」

 

 呆れるプジを尻目に、とろんとした白い流金属をスコップですくいあげ、特製バケツに投入。スコップを背に負い、バケツにかぽんと蓋をして両手で抱えた。

 

「よっし。うちに戻って精製だー」


 半日掘り続けて、「ごみ山」に大穴を開けた甲斐があったぜ。

 へへへ。メケメケが直ったら、メイ姉さん、きっと喜ぶだろうなぁ。


「いくぜプジ!」

 

 俺は靴のかかとのスイッチを押し、しゃがんでうりゃあと飛び上がった。

 改造シューズの超脚力で、山のふもとまで一気に跳躍。

 華麗に着地して、それからバイク型の一人用反重力推進機テケテケに飛び乗る。

 

「まってよぉーテルー!」


 プジがひょひょいと、瓦礫が飛び出てるとことを器用につたって、こっちに降りてくる。猫が俺の肩に飛び乗ると同時に、俺は右足をがっしん踏み込んで、テケテケのエンジンを入れた。

 

「ひゃほうー♪」


 ひゅおんと、小気味よい起動音をたてて、テケテケが走りだす。お尻から「てけてけてけてけ」と、のどかに排気を噴き出しながら。

 うん。まあその。テケテケはその名のとおり、速度はあんまり速くはないけどさ。乗り心地はいいよほんとに。ゆるやかに頬に当たる風がきもちいい。腕をまくった革ジャンにあたって、ひいやりする。


「あー。今日も今日とて、天使さんたちは一所懸命戦ってますなー」


 暮れなずむ赤黒い空の向こうで、ぱあっとまばゆい閃光が瞬く。

 ここから東部3,5マイルメーター付近は、島都市コロニアのやつらがよく使う「戦場」だ。蛍のような光がたくさん空に散り、ストロボのように空をぱしぱしまばゆく照らしている。そのまたたきを横目に、俺のテケテケはほどよい速さで地を駆けた。

 空を飛び交う天使たちが「スラム」と呼んでる、大きな大きな、街へ向かって。

 

「今日は一段と、まぶしいわねえ」


 プジが東の空を眺めて眉をひそめる。

 サファイアの眼がせわしなくしゅんしゅん言ってるから、拡大視してるんだろうか。

 俺たちは風化遺跡から、真っ赤でじゅくじゅくな大地に敷かれた舗装路を、ひたすらまっすぐ南下した。三十分もすると、空がだいぶ暗くなってきた。真正面に、真っ黒くてでっかいお山のようで、毛ばだってるような塊が見えてくる。

 俺とじっちゃんの家がある、コウヨウの街だ。ここら付近では一番でっかい街で、住んでるやつらはざっと百万人。

 かつて風化遺跡の建材を組み上げて作られたそれは、遠目からみるとまさに黒い「ごみ山」。ごちゃごちゃしてて、そこかしこから蒸気がぶしゅぶしゅ噴き出してる。街の道路やビルをつなぐ回廊が絶えず動いてるし、「工場」もたくさん稼動してるからだ。

 街が近づくと、細かった舗装路がぐぐっと広くなる。他のテケテケやでっかいメケメケが、合流する幹線からちらほら入ってくる。

 

「よーう、シング爺の孫! おまえまた、スガモ初心者用遺跡に行ってきたのかー?」


 ひゅいーんとエンジン音をたて、発掘屋のおっさんが一人用反重力駆動機ヒュンヒュンで俺のそばに一瞬がぶり寄り、颯爽と横を過ぎ去る。

 

「まあ、おまえがヒュンヒュンに乗るのは百年はえーな。がははは」


 大きなお世話だ。

 無視しつつも、俺はハンドルのグリップを回して、テケテケの出力をさりげなく上げた。こいつをヒュンヒュンに改造するには、エンジンに光結晶をぶちこまないといけないんだよなぁ……

 あの結晶を上級者用遺跡で掘り出せれば、発掘屋として一人前っていわれてるんだけど。俺はまだ、そんな深部に潜れたためしがない。

 颯爽と追い抜いてった、あのゴーグルおっさんみたいのが入ってる発掘屋ギルドが、いいもんが出る遺跡に陣取ってるからだ。採掘料を取るは、いい掘り出しもんはみんなピンはねされるは、ひどいもんだ。

 俺もどっかのギルドに入れば、いい目を見られるんだろうけど。頑固なじっちゃんが生きてるかぎり、それは無理ってもん……


――「あら? ねえテル」


 突如。俺の肩に乗ってるプジが、青い猫目の瞳孔をまん丸にした。


「ねえねえ。なんか落ちてくるわよ」


 ネコのまん丸目玉はびっくりしてる、というサイン。プジがその大きな目で東の空をじいっと凝視してる。


「あん? 天使の小競り合いか? そんなの日常茶飯事だろ?」


 俺は脇目もふらず、テケテケのハンドルのグリップをぐっしぐし回して、さらに出力を上げた。

 戦場で戦う天使たちは、撃ち落とされたら流れ星のように地に落ちるもんだ。

 でもプジは、ちがうのよーと、東の空をじっと凝視した。


「戦場じゃなくって、すぐそこよ?」

「はあ? すぐそこって、拡大して見てるから近く感じるんだろ? 肉眼じゃそんなにはっきりとは……もしかして、天使が戦闘区域からふっとばされたのか?」

「ううん、ちがうわ。あの戦場からじゃないわよ。すごく上から落ちてきてる。輝いてるわね」

「上から? それ、天使じゃないの?」

「わかんない。まぶしすぎて、中の形が見えないのよねー」


 プジの猫目がせわしなくしゅんしゅん稼動する。

 だがまぶしすぎて、もと機械兵士の眼をもってしても、それが何かは判別不能らしい。

 天使じゃなければ、本物の流れ星……つまり、隕石の可能性もあり?

 もしもそうだったら――

 とたんに俺の顔はにんまりにっこり。一瞬にして、目がきらーんと輝いちまった。

 

「材料! 加工材料ゲットできるじゃん! 隕鉄欲しいいい! プジ、落下地点にナビ頼む!」

「えーっ。ごはん……」

「結構近くなんだろ? そんなに時間かかんないって。じっちゃんに言って、特製カリカリ、倍にしてもらうからさー」

「もー」


 ぷんすかなプジがしぶしぶ、青い猫目で座標を測る。他の発掘屋に嗅ぎつかれないよう、俺はテケテケの調子を見るふりをして、そうっと舗装路から外れた。

 

「x750、Y133。今、地表に激突」 

「えっ? Y133? まじで近――」

「テル! 衝突衝撃波が来るわよ!」


 言ってるそばから、爆風のごとき突風が落下点から吹いてきて。


「おおわ!?」 


 俺のテケテケが横倒しになる。

 

「テル! 中心点の熱摩擦がすごい。爆風が来るわ!」

「ひい!? 地面に穴がぁっ! 開いてるうっ!」


 倒れたテケテケからよろりと這い出した俺の目に、落下点を中心に広がり来る爆発と、きらきら輝く何かが映る。

 落下点にあるのは、丸い……黄金のかたまり? 球体みたいだ。

 って、のんきに観察してる場合じゃない。


「プジ! 展開ディストリクトして結界張るぞ!」

「了解!」

接合ティー!!」


 プジが俺の背におおいかぶさって、俺の胸元で手を組む。

 とたんにプジの体が光りだす。毛がひっこんで。手の形が細く長く変わっていき。

 その背から、コウモリのような黒い翼が生えてきて。

 みるみる、左右に大きく広がる――

 

結界展開スケード・ディストリクト!」

 

 ぐわっと黒き翼を展開し、まるで悪魔の使いのごとき姿になったプジが、周囲に結界を張ると同時に。

 落下点からぶおおおっと巻きあがるすさまじい熱波が、俺たちが立ってるところに到達した。

 赤い大地に生えてる枯れ草が、ぱっ、ぱっ、と焼かれて消し炭になってる。

 一瞬遅かったら、俺もヤケドどころじゃ済まなかったろう。 

 

「ひい! 俺のテケテケ! 結界の中に入ってねええ」

「あっ……ごめんテル。溶けちゃった?」

「あ、大丈夫みたいだ。バケツがひっくり返って、バクテリア鉱がはりついてる」


 そのおかげで助かった。あの流体金属は熱を食ってくれるから、たぶんテケテケは焼かれることなく、また動いてくれるだろう。

 それにしても。


「これまじで、すごい……隕石じゃね?」 

 

 なんつう高エネルギーだ。どんな材料が取れるか、わくわくする。

 ごうごう吹き荒れる熱波をしのいだ俺たちは、風が収まるや、爆心地へと飛んだ。

 機霊化したプジが、ばっさばっさとコウモリのごとき翼をはばたかせる。俺たちはあっという間に、がっつりあいた大穴クレーターのまんまん中の上空に至った。


「熱が急速に引いていくわ」


 椀状に開いた大穴の底にいるものを眺めおろすなり。俺たちは息をのんだ。


「おいプジ。これは……なんか、隕石じゃなさげ?」 

「倒れてる……」


 そこにあるものを、プジがしゅんっと青い目を眇めて睨み下ろして。

 低く唸るようにつぶやいた。

 

「モノじゃない。生物。人間――だわ!」


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