第2話 転移
・・・紅茶の香りがする。
薄っすらと目を開けるとそこは、まばゆい光に満ちた白い空間だった。
床も天井も、その境界の見分けの付かない空間。
--空間?
部屋か?
あれ?
俺って、車にぶつかったんじゃ、なかったっけ?
そう言えば、小ぎつねは?
「目が覚めたみたいね」
「え?」
俺が、今の状況を把握できずに呆けていると、突然女の人の声が聞こえてきた。
声のした方向--うしろを振り返ると、艶やかな黄金色の長い髪にサファイヤの様なブルーアイ、透けるように白い肌の美少女が立っていた。
背の高さは、180センチある俺よりもだいぶ低い、140センチくらいか?
プロポーションは・・・まあ普通か?
「なにヒトのこと、勝手に値踏みしてるのよ」
「え!あっ、す、すいません」
腰に手を当てて、睨んできた。
「あなたが、ウカちゃんオススメの、大伴聖也くんね?」
「そ、そうですけど。#ウカちゃん__・__#?」
「ああ、いいのよ。こっちのことだから。で、さっそくで申し訳ないんだけど、転移してくれるかな?」
「はあ!?」
「だから、転移をね・・」
なんか、ムチャクチャなことを言ってきた。
転移って、ラノベじゃあるまいし。
「あの、まず今の状況がのみ込めてないんですけど。ここはどこなんですか?」
「あ~、そこからだったわね。ごめん、ごめん。今から説明するわ」
そう言うと、彼女が腕を一振りする。
すると、何もなかった空間に、ソファとテーブルが出現した。
テーブルの上には、ティーポットとティーカップ。
カップには紅茶が入っている。
さっきの香りはこれか。
「さあ、座って」
勧められるままに、二人がけのソファに座る。
・・と、当たり前のように彼女が隣りに座った。
え?ちょ、ちょっと、密着し過ぎでは・・・。
「紅茶を飲みながら聞いてね」
「は、はい・・」
あまりの密着度合いに、少し緊張しつつ頷いた。
「まずね、ここは神界よ。神々が住まう領域なの」
なんか、いよいよラノベっぽくなってきたぞ。
「わたしはその神々の内の一柱、イナンナ。愛と美、戦いと豊穣の女神よ」
わ~っ!キタよ、女神さま。
「じつはちょっと前から、あなたの居た世界の神に、ある人材を寄越して貰えるようにお願いしていたの」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺の居た世界って、あなたは別世界の神なんですか?」
「そうよ、あなたがいた世界で住んでいたのは『地球』よね?」
「は、はい・・・」
「こちらの世界で、これからあなたが行くのは『ニビル』よ」
「そ、そうなんですか」
「あなたの世界にも、わたしたちは居たことがあるけど、もう2300年も前ね。今はこちらの世界の担当よ」
「なんかよく分かんないですけど、神様に担当とかあるんですか?」
「分からなくてもいいわ。で、お願いしていたのがウカちゃん。ウカノミタマよ」
「ウカノミタマ?誰ですかそれ?」
「ああ、普通の人は知らないわよね。一般的には、お稲荷さんて呼んでるみたいね」
お稲荷さん?
お稲荷さんて、きつねの神様だっけ?
「あぁーーーー!竹駒さん!!」
「ちょ、ちょと!突然大きな声出さないでよ」
「す、すいません」
耳を両手でふさいで怒っているイナンナに、頭を下げる。
そうか、初詣で目をつけられてたのか・・。
「あ、小ぎつね・・」
「ん?どうかした?」
「いや、べつに・・」
あれも仕組まれていたのか!
それにしても、なんで俺なんかが・・・・
・・・・竹駒さん、別名竹駒稲荷とも呼ばれる竹駒神社は、地元では日本三大稲荷の一つと主張されるでっかい神社だ。
毎年、何万人と言われる初詣客を集めるその神社に、俺も行っていたのだ。
「・・・・・・」
「よいかな?」
イナンナが俺の顔を覗き込む。
ち、近い。
「だ、大丈夫です」
「そうか。続きを説明するよ?」
「はい、お願いします」
俺は、ドギマギしながら答える。
「世界というのは、幾つもの複製があるの。そして、それぞれの世界を担当する神々は、その複製を創り、見守り、導く義務があるの」
転移って言うからには、別世界があるんだろうな。
でも、複製って・・。
「どうして、同じものを創る必要があるんですか?」
「複製されるのは、基本的な骨格のみなのよ。出来上がった世界は、その瞬間からそれぞれの歴史を紡ぎ出し始めるわ。そして、あなたの世界にあるコピー機と同じように、複製された世界には僅かな劣化~差異が産まれる」
「はあ・・」
「より多くの歴史が紡がれれば、それぞれの世界は多様性に満ちたものとなるの。でも、複製時の僅かな差異では、どうしてもそのバリエーションに限界があるわ」
「なんとなく分かります」
俺は、紅茶を一口飲んで頷く。
「その骨格というのは、どの世界でも神話や伝承によって記憶されているわ。だから、その世界の中で場所や国、時代が違っても、神話や伝承が基本的に似通っているのはそのため」
「大洪水とノアの箱舟とか、ソドムとゴモラとかかな?」
「そう、よく知っているじゃない。で、よく考えてみると、世にある物語やゲームなどのストーリー、人生にいたるまで、全ては神話や伝承に語られたもののバリエーションでしかないと思わない?」
「そ、そうなんですかね」
正直、そんなに本とか読んだことないし、でもゲームとかはそうかな。
「ただね、骨格はあくまで骨格であって、そのままでは、歴史を動かし、飛躍させ、バリエーションを生み出す力が足りないの」
確かに、基本フォーマットだけでは、予定調和で終わるよな。
「そのために、いつの時代にも神々によって送り込まれる存在があるのよ」
「もしかして?」
「そう、それが転生者であり、転移者なの」
「つまり・・・」
「あなたが、わたしの世界の『その存在』よ」
「でもどうして、俺がそれに選ばれたんですか?」
「それはあなたが、あなたの世界のかつての転移・転生者たちの生まれ変わりだからよ」
途中から薄々感づいてましたけど、そうハッキリ言われちゃうと、引くよね。
「あの、これってキャンセルとか出来ないんですよね?」
「悪いんだけど、もう向こうでは、あなたは死んだことになっているので、それは無理ね」
ヤッパリ・・・。
「・・・・・・・・・分かりました。腹をくくりましょう」
「ありがとう!」
数分間の熟考のうえ、了承した俺に、イナンナはパッと表情を明るくさせてお礼を言ってきた。
か、可愛いんだけど・・。
「それで、当然チートみたいなのは貰えるんですよね?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
自分でつっこむのもなんですが、いつも初詣でに行ってたならなんで、今回に限って目をつけられたのか?
言い訳としては、全国に2970社が稲荷神社があって、祀っているだけの神社は32000社もあるから、ウカちゃんは忙しい。
だから、たまたま巡り会ったのが、今回だった。
ということで。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちーと?」
イナンナが、小首をかしげてキョトンとする。
カワイイし!
「ああ、あなたの世界のラノベってやつにあるやつね。ほしいの?」
手を握って、顔を近づけてくる。
何やってんねん!
・・嬉しいけど。
「その前に・・・・、俺が行く世界って、魔法とかあるの?」
「あるわよ」
イナンナがニッコリ微笑む。
あるんだ・・。
俺の居た世界の、複製っていうわけでもないのか。
「今度の世界はね、わたしたちがあなたの世界にいた頃の世界にね、そのラノベっていうやつ?の世界を混ぜて創ってみたの」
世界、世界ってややこしいな。
「つまりは、剣と魔法の世界ということ?」
「そうね、だから普通の人には生きづらい世界かもしれないわ」
「当然、魔物や魔獣もいるってことだよね?」
「魔物はいるけど、魔獣はいないわ。あなたの世界と同じ、獣がいるだけよ」
魔獣はいないのか、『魔獣の肉、ウメエ!』は出来ないわけか。
「大事なこと聞くの忘れてた!亜人は、いるの?獣人とか、エルフとか、ドワーフとか・・・それから魔人とか!」
「いるにはいるけど、少ないわよ。種族によっては、めったに会うことはないわ」
魔人もいるのかあ。
「魔人がいるということは、魔王もいるの?・・・まさか、俺に魔王を倒せとか?」
「魔人と言っても、別に悪しきものという訳ではないわ。闇属性に長けているというだけよ。だから魔王はいないわ。強いて言えば、魔人の王が魔王ね」
良かった、魔王討伐とかあんまりやりたくないし・・。
「でも、邪神はいるわ。もしかしたら、邪神の討伐を頼まれるかもね」
「えーー!邪神って神だろ?そんなの無理に決まってんじゃん!!」
「フフフ。・・・そうでもないかもよ?」
なんだその笑いは?
気になるじゃんか!
「さて、もうそろそろ、紅茶も無くなるわね。お待ちかねのチートでも授けましょうか?」
お!遂に来たか!!
「じゃあ、目をつむってちょうだい」
イナンナが、ずっと握っていた手を離して、右手を俺の額へ当ててきた。
そこから膨大な魔力?暖かい何かが、俺の身体に流れ込んでくるのがわかった。
額から全身へと、暖かい光に包まれていくのを感じる。
************************************
「目を開けてもいいわよ」
そう言って、イナンナは右手を俺の額から遠ざけた。
言われて俺も、ゆっくりと目を開ける。
全身を包む光は消えている。
だが、いまだにほんのりと、暖かいのがわかる。
体の内側から、何かを放射しているみたいな感覚だ。
「じゃあ、ステータスって念じてみて」
イナンナが微笑んで、お決まりの詠唱を言ってくる。
『ステータス!』
頭の中で念じた瞬間、目の前に例のごとく半透明のステータス画面が表示される。
「その画面は、他人には見えないのよ」
そうなんだ。
「なんかもの凄くたくさん書いてあるんだけど・・・」
「フフフ」
【ステータス】
名前:セイヤ(大伴聖也)
年齢:17
種族:人族?
称号:「神に導かれしもの」(別名「世界を渡るもの」、「かき乱すもの」)
加護:イナンナの加護、ウカノミタマの加護
適正属性:全属性
職業:
レベル:1
-----------------
(ステータスポイント:1000 ×100)
HP:67/67
MP:20/20
-----------------
【スキルステータス】
[スキル]
・火属性魔法LV0
・水属性魔法LV1 ウォーターボールLV0
・風属性魔法LV1 ウィンドボールLV0
・土属性魔法LV1 サンドボールLV0
・光属性魔法LV1 ライトボールLV0、ヒールLV0、浄化LV0
・闇魔法LV0
・聖属性魔法LV1 ヒールLV0、浄化LV0
・無属性魔法LV1 クリーンLV0、身体強化LV0、探知LV0、索敵LV0、気配察知LV0、魔力察知LV0、短距離転移LV0、長距離転移LV-(短距離転移がLV10の時自動取得)
・刀術LV0、剣術LV0、槍術LV0、弓術LV0、棒術LV0、武術LV-(刀,剣,槍,弓,棒,格闘がLV10の時自動取得)
・体術LV0、拳術LV0、脚術LV0、格闘術LV-(体,拳,脚がLV10の時自動取得)
・錬精術LV0
・鍛造術LV0
・器造術LV0
・創造術LV-(錬精,鍛造,器造がLV10の時自動取得)
-----------------
[ユニークスキル]
・鑑定
・アイテムボックス
・隠蔽
・無詠唱
・全言語
・空間把握(探知,索敵がLV10の時自動取得)
・金勘定
-----------------
[固有能力]
・世界知識
・魔力操作
・****
・****
-----------------
「・・・・・・チートにも程がある」
「なんか言った?」
俺が絶句していると、イナンナがまた俺の顔を覗き込んでくる。
近い、ちかい!(二回目)
「いえ・・。あの、俺もゲームとかやるし、ラノベもいくつかは読んだことがあるんで、だいたい理解できるんですけど・・・」
「そう!じゃあ、説明はいらないわね。さっそく、転移を・・・」
イナンナは立ち上がると、右手を振り上げようとする。
「す、すいません!」
「どうしたの?分からないところがあったら、画面をタッチすれば説明が出てくるわよ?」
やっぱりそうなんだ・・。
「じゃなくて!このステータスポイントのところなんですけど、なんで(1000 ×100)なんですか?」
「ああ、それね」
イナンナが、俺のステータス画面を覗き込んで頷いた。
神様は見れるのね・・・当然か。
「1000は、転生者のボーナスポイント」
「なるほど。・・なんか、ありがとうございます」
「いいのよ。で、×100は・・・・・」
イナンナは、そう言ったっきり言い淀む。
「?・・・イナンナさま?」
「・・・・あなた、初詣でお賽銭いくらあげた?」
「へ?お賽銭ですか?・・・ん~と、100円。あ!」
「そ、その分の特典だって。ウカちゃんの」
ということは・・・。
「もし、5円だったら5倍?」
「そう」
「仮に、10000円だったら、1万倍!!」
「残念だったわね」
がっくりと肩を落とす俺を、憐れむような目で見ている。
「まあ、100倍だって大したものよ。ポイント10万も割り振れるんだから」
「そ、そうですよね。でも、今度の世界の一般的なステータスって、わからないんですけど、今のこの値ってどうなんですか?」
「17歳の一般男子なら、そんなものよ。10万ポイントあったら、トンデモステにトンデモスキルの完成よ」
「じゃあ、我慢します!」
「現金な子ね」
今度は、イナンナは苦笑する。
「じゃあいい?向こうに行ったら、まずはステ振りするのよ?じゃないと、すぐに死んじゃうからね」
「え?もう行かなきゃいけないんですか?」
「わたしもじつは、忙しい身なのよ」
「わ、分かりました。お世話になりました」
俺はそう言って、頭を下げる。
「これからお世話になるのは、こっちなんだから、お礼なんていいわよ。それから、何かあったら、わたしを祀る神殿に来なさい。そこでなら、わたしに会えるから」
「はい!」
「それじゃあ、今度こそ、いくわよ!!」
イナンナが、振り上げた右手を下げた瞬間、足元に魔法陣が現れて、俺の体は光に包まれた。
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