第12話 虚像、詰問、あれはどこだ

「え?」


 倉田は思わず呟き、グロッシュラーの足元の子を眺める。

 もじもじと人見知りする様子は、女の子にしかみえない。


「お褒めにあずかって光栄だよ」


 グロッシュラーは言い、杖の先の宝石を爪で弾いた。

 キィーンと甲高い音が響く。

 すると、グロッシュラーの胸にあった緑のブローチが、黄色くくすんだ石のブローチに変化した。足元の女の子、神の鏡かと思われた子も、グロッシュラーの脚にくくりつけられた石の棒になってしまった。


 王が再び興味深げに「ほう」と呟く。


「まったくわからなかった。見事なものだ」


「グロッシュラーは虚像魔術の使い手だからね。風の塔いち、いや、魔導士いちの使い手と言っていい」


「お褒めにあずかって光栄だよ、大魔導士さま」


 大魔導士さま、の言い方にねっとりとした執着を感じ取り、倉田は少したじろぐ。半歩下がった倉田をグロッシュラーは睨みつけた。


「しかし服のことまで考えなかったな。異界の服はそんな風なのか。今度大魔導士のふりをするときの参考にさせてもらうよ」


「御託はいい」


 ウバロバイトの語気がどんどん強くなっていく。


「風の塔からボクらを追い抜いてまで待ち伏せて、何の用だ」


「わかってるんだろ? はどこだ」


 グロッシュラーがウバロバイトをじっと眺める。まるで彼の体を包む大きなマントのどこかに、ブーツや髪の中に、それを隠しているとでも言うように。

 ウバロバイトがごくりと生唾を飲んだ。


「……言っただろう。あれは完成間際に自壊した」


「なぜオレが待ち伏せ場所にここを選んだか考えた方がいい」


 にやりと笑うグロッシュラー。


「王の御前におまえの秘密をぶちまけてもいいんだぞ、大魔導士さま?」


 隣に立つ倉田は、ウバロバイトの呼吸が早まっていくのに気付いていた。ばくばく脈打つ心臓の音まで聞こえてきそうだ。

 王は王で目前で大道芸でも始まったかのようにほほえみ、頬杖をついている。

 ウバロバイトは気取られぬよう、静かに二度深呼吸した。そして答える。


「ないものは、だせない。作業の手順が間違いだったんだよグロッシュラー。一番最後の作業、虚像の力場を刻んだきみの落胆はわかる。信じたくない気持ちもわかる。でも、ないものはないんだ」


 グロッシュラーが引き下がる様子はない。

 しばらく二人は睨みあい、互いの腹を探っていた。


 やがて折れたように、ウバロバイトが大きくため息をつく。


「わかった。……設計資料の封印場所と、解除の呪文を教えよう。それで手を打ってくれ。好きに使ってかまわない」


「悪くはないな」


 王が脇に控えた男をちらと見やる。男はウバロバイトに近づき、紙と筆記用具を貸した。


「ありがとう」


 何かを書きつける手が震えている。

 ウバロバイトが書き終わるとすぐ、グロッシュラーがその手から紙をひったくった。紙を丸め、紐で結びながら言う。


「まあ、あんな複雑なもの、自力で作りたくはないがな。あれの隠し場所の参考にさせてもらうよ」


「だから、ないものはないよ」


 グロッシュラーは鼻で笑う。


「またな、大魔導士ウバロバイトさま」


 グロッシュラーは杖をかかげ、先端の緑の宝石を爪弾く。

 キィーン。

 甲高い音と共に、グロッシュラーの姿がかき消えた。


「おお」


 感嘆する王の声。

 倉田が呆気にとられていると、耳元で囁く声がした。


「あまり気を許すなよ。こいつは見た目こそ可愛いが、食わせ者だ」


 グロッシュラーの声だ。倉田の全身から冷や汗がふき出る。


 どういう意味だ?


 聞き返すこともできず、立ちつくす。かすかな足音が遠ざかっていった。

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