第8話 ロサより森の民へ

 食事を終えた二人は、ルブライトとロサを外に運び出した。

 昨日世話した樹の根元に、ルブライトとロサを並べて横たえる。


「風葬なんですね」


 倉田がぼそりと呟く。ウバロバイトは淡々と答えた。


「毎日死者を焼いたり埋めていたら、なにもできない」


 ウバロバイトの言い方から、かつてはこの地にも火葬や土葬があったことを悟る。

 ウバロバイトのマントが風に揺れている。


「クラタ、準備をして。王都へ発とう」


「わかりました。リュックを取ってきますね」


「荷物を持たせて本当にすまない。ボクのマントの中は小瓶とか繊細な物が多くて、リュックは背負えなくてね……。王都で荷物持ちの護衛を雇うよ。それまでもう一日だけ頼む」


 ウバロバイトはすまなそうにしているが、倉田は上げ膳据え膳の旅よりずっと居心地よかった。この方が一緒に旅をしているという実感がある。

 しかし体を軋ませる筋肉痛を考えると、現実問題、力持ちの仲間が必要そうだ。もう若くないんだな、と倉田は苦笑いする。


 宿に入る。まだ朝食の香りが残っていた。洗った食器が干してあるけれど、片付ける人はもういない。

 そんなことを考えていたせいか、部屋を間違えてしまったようだ。

 扉をくぐった瞬間、女の子のにおいがしてすぐにわかった。ここはロサの部屋だ。

 倉田は部屋を見渡す。まだロサの気配が色濃く残っている。今にも後ろからロサが「おやめください鏡様!」と顔を真っ赤にかけこんできそうだ。

 でもそんなことはおこらない。


 大きな本棚が三つもあった。タイトルを目で追うと、植物の本、料理の本、そして歴史書がほとんどだった。

 小さな机が隣にあった。本とは綴じかたや紙質が違い、それがノートだとすぐにわかった。倉田は机に近づく。


『ロサ・ヴィルギニアナの暮らし』


 表紙をめくってみる。1ページめには、こう書いてあった。


『いつか森の民の里に向かう旅人が通ったら、この本を託すつもりです。

 孤児たちの集うゴミ捨て場に置いてもらうつもりです。

 森の外が怖くてゴミ拾いの生活がやめられない子たちに、

 森の外も悪くはないと教えるために。

 優しい誰かと出会う旅に、でてもらうために』


 倉田の視界がにじみ、ルブライトの豪快な笑顔が浮かんできた。

 ルブライトの心は、たしかにロサに伝わっていたんだ。

 倉田は涙をぬぐう。ノートを手に取る。スーツのポケットに入れる。そのとき。


 −−いちいちそんなの残していたら、荷物がいっぱいになっちゃうよ。


 アズライトが死んだときのウバロバイトの言葉を思い出した。


「うう」


 倉田はうめきながら、スーツのポケットからノートを出した。


 せめて。

 倉田はノートを食堂へ運び、一番入り口に近い机に置いた。1ページめを開いて。


 改めて昨日泊まった部屋に行き、リュックを背負う。重い。ベルトが肩に食いこむ。

 たしかに、いちいち荷物を増やしていたら、あっという間に動けなくなってしまうだろう。潰れてしまうだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る