第7話 覚めないねむり
ロサはゆっくりと顔をあげた。華奢な肩から桃色の長髪が滑りおちる。
「おはよう、お父様」
ロサの表情は思ったより幼い。体はしっかりと育ちあがっているが、倉田にはまだ子供に見えた。もと居た世界で言うところの、中学生か高校生くらいだろうか。まだ少女と呼べる。
そんなロサがぼんやりと言う。
「お父様、私たちどうしてこんな場所で寝ているのでしょうね」
最初は寝ぼけているのかと思った。しかし語尾が震え、目に涙がたまっていくのを見、倉田はぐっと唇を噛む。
「ね、お父様。そろそろ起きましょ? お客様がお料理しちゃってますよ。鏡様と大魔導士様がいらしたら、とっておきの淡雪香草を出そうっておっしゃってたではありませんの?」
「ロサ」
カタン。赤い宝石を裏返し、ウバロバイトが火を止める。
「勝手に厨房を使ってすまないね。朝食ができたよ」
ウバロバイトは食事を三人分取り分けたのち、小鉢にも少しだけ取り分けた。ロサと彼女の両脇に食事を置き、小鉢はルブライトの前に置いた。
「食事にしよう。クラタも」
「……はい」
倉田はロサの右に座った。ウバロバイトがロサの左に座る。
「……お父様。淡雪香草の準備をしなくていいんですの? お出ししましょうよ。私も食べてみたいですわ。調理のしかた、まだ教わってませんのよ?」
「ボクが教えてあげるよ、ロサ。とりあえずスープをお食べ。あれは食後に出すのがいいんだ」
「お父様。大魔導士様とお料理しましょうよ。はやく起きてくださいな」
朝食は薄桃色の花が浮かんだスープだった。あっさりした塩味のスープに、かすかな苦味としゃくしゃく感の残る花。体の芯から温まる、朝食らしいメニューだ。
倉田は枯れかけていた気力がみなぎってくるのを感じていた。ウバロバイトの作る食事は、体だけでなく心まで温める。
一方ロサはなかなか食事に手をつけようとしなかった。
「食べないのかい?」
ウバロバイトが問うが、ロサは答えなかった。
倉田は横目でロサをうかがう。長い桃色の髪に隠れ、表情はわからない。
髪の隙間から薄い唇だけ見えていた。倉田はそれをじっと見つめる。
かさかさに乾いた唇が、小さく動いた。
お父様。
ぐらり。ロサの体が大きく傾く。
「ロサ!」
「ロサさん!」
ウバロバイトが椅子を蹴って立ち、ロサの体を受け止めた。
「ロサ、ロサ! ロ……」
ウバロバイトの表情で、倉田はロサがもう二度と動かないことを知った。
ウバロバイトは一度だけ強くロサを抱きしめた。そしてそっと、ロサを床に横たえる。
「……食事の続きをしよう。今日は王都の宿まで歩くよ」
「はい」
ウバロバイトが倒れた椅子を戻す。そしてふと気がついたように、厨房に入る。
棚を探ったかと思うと、石の箱を取り出した。倉田にも箱に貼られたラベル『淡雪香草』が読み取れた。
箱から白いふわふわした花を取り出し、調理台に並べる。
「淡雪香草はね、その名の通りのやわらかい食感が特徴なんだ。持ち味を活かすため、砂糖水を少しふるだけの薄味でいただくんだよ。ここにあるのだと、そうだね、砂地竹の白砂糖がいいかな」
ロサのために説明しながら、調理を始めるウバロバイト。
倉田はぼんやりと思う。
淡雪香草。ロサとルブライトのとっておき。どんな味なんだろう。
ウバロバイトは慣れた手つきで砂糖水をつくっていく。
悲しいことが続いても、ウバロバイトが作ってくれる次の食事が楽しみで、それだけで今日も歩けそうな気がした。
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