第5話 ルブライト
満面の笑みで鉱石を抱えたロサに続き、ウバロバイトも宿に入ってきた。
ロサは手近な石の器に鉱石を入れる。
「食材集めも好きですが、鉱石拾いも同じくらい楽しいですのね」
故郷と違うという理由で何もかも拒絶していたというロサ。楽しそうに食材や鉱石を集めるロサを、ルブライトはどんな笑顔で見ているだろう。
倉田がそう思い、軽く振り向くと。
ルブライトはカウンターに伏していた。ロサが楽しそうに話をしているのに、ウバロバイトが近づいてきているのに、倉田がじっと見つめているのに、ぴくりとも動かない。
「ルブライトさん……?」
倉田が声をかけても、返事はない。
ウバロバイトが倉田の隣に立ち、ルブライトを見下ろす。ロサは気づかぬまま教わった鉱石拾いのコツや植物の栄養についての知識を父に話して聞かせている。
鉱石を片付け終わったロサが、やっとルブライトの方を振り向いた。
「お父様?」
愛娘の声すら、もう聞こえていないだろう。
何か手伝ってほしかったら呼んでくれ。
ウバロバイトはそう言い残し、適当な空き部屋に入っていった。倉田はしばらくルブライトとロサを見比べていたが、ウバロバイトの隣の部屋に入った。
倉田は扉を閉める前にそっとロサを見た。ロサはまだ呆然と立ち尽くしていた。何がおこったかわからない、わかりたくないとでも言うように。
倉田はしばらくベッドの淵に腰かけ、ただゆっくり呼吸していた。
つい数秒前まで親切にいろいろ教えてくれていた人が、振り向いたら死んでいた。話は尻切れとんぼだった。きっとまだ教えてくれるつもりだったのだろう。きっとまだ生きるつもりだったのだろう。倉田にはそれが苦しくてたまらなかった。胸が痛まぬよう、浅くゆっくり息をする。
『泡沫の病』は言い得て妙だと思った。アズライトもルブライトも、泡が弾けるように死んでしまった。何の前触れもなく。別れも言えず。
何時間経ったかしれないが、何も考えぬようにしているうちに、少し落ち着いてきた。すると全身の筋肉痛に気がついた。
倉田は学生時代、人並みにスポーツも嗜んでいた。しかし社会人になってからはベッドとワーキングデスクの往復しかしていなかった。
大きなリュックを背負って一日歩くこともできないのかと、倉田は一人苦笑する。友達と山に登ってもピンピンしていたのに。
倉田はベッドに倒れこむ。石の土台に、ふかふかした敷布団とかけ布団。中身は干し草だろうか。すこし野原の匂いがする。
その香りを楽しんでいるうち、倉田は眠りに落ちていった。深い、深い眠りに。
『……さい』
誰かの声が聞こえる。
『……りください。どうかお眠りください』
低い、祈るような声だ。
そんな風にそばで喋られたら、逆に目が覚めるだろ。
倉田は思いながら、ゆっくりと瞼を開ける。
そこは宿のベッドではなかった。
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