第4話 家族と家

「ロサを引き取ったときの話するのがわかりやすいかもしれんな」


 倉田の前に石のカップと、小皿が置かれる。小皿には塩漬けの小さな花が盛ってあった。

 ルブライトは使い古された大きなカップを手に、倉田の正面に座った。塩漬け花をひとつつまむ。


「ロサはなー。森の民って種族の生き残りでな」


 倉田はルブライトの耳を見る。倉田と同じ丸い耳。ロサのような尖った耳ではない。


「森の民ってやつらはよ、すげぇ保守的でな。血の繋がった共同体を家族と呼んで、家族は同じ名前を使って、家ごとに仕事を持ってた」


 はっとした顔の倉田に、ルブライトは頷く。


「逆に言や、俺らはそういう生活をしてないってこった」


 ルブライトは言葉の合間合間で茶と塩漬け花を器用につまむ。人の話し相手に慣れているのが見て取れた。


「『泡沫の病』が始まってからよ、血の繋がったやつが全員死んじまうなんて当たり前になったからな。産みたいやつが産む。みんなで育てる。子供は気に入ったやつと一緒に住んで親と呼んだり、あちこち泊まり歩いたりする。一芸に秀でたやつは寄宿して修行したりもするな。大魔導士さまみたいによ」


 倉田は、しばらく草原から出ていない、というウバロバイトの言葉を思い出した。


「で、だ。保守的に暮らしてた森の民は、数が減りすぎて共同体を維持できんくなった。自分の子供しか育てねぇから、親をなくした子が飢えて死んだりしてた。文化が違うとは言ってもさすがに可哀想だってんで、王が旅団を組んで、なかば強引に王都へ孤児たちを連れてきた。三十人くらいいたかね。ロサはそうやって連れてこられた一人だ」


 倉田は思い出したようにお茶をすする。見た目に反しほとんど味も香りもなく、飲みやすい。


「最初はほんっと大変だったぞ。誰が何してやっても『森と違う』の一点張りで受けつけやしない。だからこうやって俺は王都から離れて、ロサの親の仕事だった宿まで開いてだな。旅人の相手をさせながら、少しずつ慣らして。あーあー! 大変だったぜ!」


 ルブライトは大げさに困った顔をしてみせるが、ほんの少し笑っていた。


「一番大変だったのは、物々交換に慣れさせることじゃねぇかな」


「貨幣はないんですか?」


「ほとんど使われちゃいないね。こうも人間が少ないと、物でやりとりしたほうが早い。貨幣職人もすぐ死んじまうしよ。それに」


 ごくり、喉を鳴らしてお茶を飲み干す。


「誰も、仕事なんかで自分の時間を無駄にしたかねぇんだ。食べ物をあつめる。家具をつくる。掃除する。好きなやつが、好きなだけやる。余ったのを分けて、好きでもねぇことと交換する。どうでもいいことしてる暇なんてねぇ。あっという間にぜんぶ『泡沫の病』で消えちまうんだ。……ぜんぶ。ぜんぶな」


 倉田の背後で石の扉が開いた。

 桃色の髪に金色の瞳、ロサが腕いっぱいに薄黄色の鉱石を抱えている。


「お父様、ただいまかえりました! 鉱石拾いって楽しいですのね!」


 

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