第3話 宿の主
ウバロバイトは地面に複雑な模様を描き終えたようだ。
まだ混乱のおさまらないロサと共に、ウバロバイトのもとへ戻る。
「単純に花素不足だね。日々火は毎日花をつけるから、土壌から花を咲かせるための栄養が枯渇しやすい」
言いながら、マントの内側の小瓶からキラキラした砂を振りまいていく。
杖の先、緑色の石がはまった方を魔法陣に向け、トン。軽く叩くと。やわらかな光が舞い上がり、花木を包んだ。
その美しさに倉田は口を開けて見惚れる。
光はしばらく花木を撫でるように抱くように巡っていたが、やがて薄れて消えた。
「はい、おしまい。これで明日から少しずつ回復してくはずさ」
「あ……ありがとうございます、大魔導士さま!」
「宿代さ」
本当にどうということはない、というふうにウバロバイトは杖を肩にかついだ。
「花素はそのうちまた枯渇する。花素を多く含んだ鉱石の見分け方を教えるから、一緒に来て。たまに砕いてまくといい。クラタ、先に宿屋に入って休んでて」
「え、あ、はい」
きびきびと説明し、指示し、歩き出すウバロバイト。自分と歓談しているときのウバロバイトとは別人のようで、倉田は少し驚く。これが大魔導士として仕事をするときの、ウバロバイトの姿なんだろう。
見た目よりずっと軽い石の扉。それをくぐると、バーカウンターのような向こうから筋肉質な男性が振り向いた。倉田の黒髪と琥珀色の瞳を見ると、破顔する。
「外の騒ぎは聞こえていたぞ。宿屋『鐘の音』へようこそ、神の鏡。まぁ、飲み物出すから座んな」
「あ、はい」
「日光花の炒り茶でいいか? 味付けはどうする?」
「ええと、お任せします」
男は倉田のことをじっと見つめた。倉田はカウンター席に座りながら、しどろもどろになる。
「す、すみません。ここに来たばかりで何もわからなくて」
「……伝承だと、神の鏡は違う世界から来るんだっけな。すまねぇ。じゃあ聞き方変える。甘いもんと塩辛いもんと喉の乾きが潤うもん、どれが飲みたい?」
「じゃあ潤うもので」
おう、と野太い声で返事し、男は調理をし始めた。調理器具も内装もほとんどが色とりどりの石でできている。
水晶のような石をくりぬいた器に、乾燥した植物がさらさらと入れられる。倉田がそれを眺めていると、男は尋ねた。
「名前は?」
「えっと、倉田です」
「そうか。俺はルブライトだ」
「よろしくお願いします。ルブライト・ヴィルギニアナさん」
倉田が言うと、ルブライトは短く笑った。
「クラタさんよ、ヴィルギニアナはロサの名前だぜ」
「え? すみません、親子なのかと思って」
「あ? 親子だが」
「あ、す、すみません。姓の違う親子なんですね、すみませんセンシティブなところを。気が利かなくて、その」
複雑な家族関係をつついてしまったかと、倉田は焦りに焦る。
ルブライトは興味深そうに唸った。
「んん。姓なんて言葉、ものすごく久々に聞いたな。クラタさんよ、おまえさんの世界にはまだ姓があるんだな?」
「ここにはないんですか?」
「ない」
ルブライトはまた少し笑った。
お湯の沸く音。ルブライトが赤い宝石を裏返すと、調理台の火が消えた。
「懐かしいな。この感じ。ロサを引き取ったときに似てる」
お湯が器に注がれる。湯が薄黄色に染まり、乾燥し潰れていた花が開いた。
「いっちょ教えてさしあげますかね。この世界の常識を。茶を飲みながら聞き流してくんな、神の鏡さんよ」
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