第2話 ロサ

「風の塔の大魔導士さまですね?」


 かけつけた女性が問う。

 可愛らしい女性だ。倉田はちょっとどぎまぎする。桃色のストレートヘアを腰までのばし、シンプルなワンピースをまとっている。豊かな胸に視線が行かぬよう、思わず明後日の方を見る。


 ウバロバイトは頷いた。


「風の塔の大魔導士、ウバロバイトです」


「ウバロバイト様ですね。ということはお隣にいらっしゃるのは……」


「そう。『神の鏡』だよ」


 女性が手を複雑に組んで頭を下げる。倉田はしどろもどろになる。


「こ、こんにちは」


「よかった。これで『泡沫の病』が」


 女性の声は潤んでいた。大きなため息は、安堵の息だろうか。


「申し遅れました。私、宿屋『鐘の』のロサ・ヴィルギニアナといいます」


 女性、ロサが顔を上げた拍子に、桃色の髪の隙間から先の尖った耳が見えた。倉田は思わずウバロバイトの耳を盗み見る。倉田と同じ丸い耳だ。


「通りすがりの魔導士さまから、召喚成功の光が見えたと教わりまして。ぜひお力になりたいとお迎えにあがりました」


「ありがとう、ロサ。感謝するよ」


 ウバロバイトの、人懐こいながら堂々とした態度。粛々と接するロサ。ウバロバイトの名乗る「大魔導士」がどれほど高い身分か垣間見えた気がして、倉田は動揺する。


「父と私の宿にどうぞ。お代はけっこうですので」


「いや、そういうわけにもいかないよ。きみたちの生活の糧を削るわけだから」


 そんなこと言わずに。いや何か困りごとはないかい? しかし……。

 お礼をするしないの押し問答をしながら、ウバロバイトとロサが歩き出す。倉田はのんびり景色を見ながら二人のあとをついていった。




「この木だね?」


 結局、宿代として木の調子を診ることになった。宿の裏にあるその木は、ぽつぽつと赤い五弁花を咲かせている。


「はい。宿で供する料理に使っていたのですが、最近花付きが悪くて」


 ウバロバイトが真剣な表情で樹皮に触れたり、土を杖先でほじったりし始めた。

 倉田は暇なのでその辺を見渡す。

 と、枯木に見覚えあるツタが巻いているのに気づいた。吸いよせられるように近づいてみる。


 そのツタは、葡萄ぶどうだった。大きな三又の葉を広げ、深紫の房をたわわに揺らしている。

 ちょうど小腹がすいたところだ。

 一房まるごと枝からちぎり取る。ずっしり重い。見るからに美味しそうだ。

 一粒もぎとり、口に含む。

 とろけるようにやわらかく甘い。野良の佇まいなのに、とてもよくできている。二粒、三粒、次々と手が進む。


「きゃーっ! 鏡さま!」


 ロサの悲鳴に、倉田はきょとんと振り返る。ロサがかけよって来たかと思えば、倉田の手首に手刀を食らわた。

 予想以上のダメージに、倉田は葡萄を落とし、無言で手首をおさえる。ロサは倉田にすがりついて揺さぶる。


「神の鏡さま! その実は猛毒です! ああ、立て札に書いておいたのに」


 言われてやっと、側に立つ薄い石の札に気付いた。刻まれた記号は『危険』。


「……読める」


 さきほどの道標は読めなかったのに。倉田は立て札と葡萄を交互に見比べる。

 ロサは相変わらず半泣きでおろおろしていた。


「大魔導士さま! 大魔導士さま! 神の鏡さまが毒の実を!」


「あー、心配しなくていいと思うよ」


 花木の周りに杖で円を引きながら、ウバロバイトが言う。


「クラタは肝臓が丈夫な民族みたいだから」


 ウバロバイトの適応の早さに、倉田の方がつっこみを入れたいくらいだった。

 ロサは相変わらず半泣きで倉田にすがりついていた。かわいい。悪くない気持ちだったので、倉田はしばらくそのままロサを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る