第2章 出会いは泡沫

第1話 道

 街道は、色とりどりの小石に縁取られているだけで、特に舗装もされていなかった。土むき出しの道を進んでいく。


 小石は綺麗に半分だけ埋まっている。どの石も泥をかぶったり、流されたりもしていない。あまり強い雨の降らない地域なのかもしれない。


 ウバロバイトは何事も、ラズライトの死などなかったかのように快活に世間話を続けていた。倉田にはそれがかえって心配でたまらなかった。吐き出さなかった悲しみが、いつかウバロバイトを蝕み壊してしまいそうで。でもだからと言って何ができるわけでもなく、会話が途切れぬようにするのが精一杯だった。


 ウバロバイトが道標をみつけて立ち止まる。


「うん。順調。方向あってる」


 倉田も道標を見上げた。矢印型の石の板に記号が刻まれている。これがこの世界の文字なのだろう。


「読めないですね」


「また何か食べたら突然読めるようになるんじゃない? 赤い毒の実を食べたら喋れるようになったみたいに」


 からからと笑うウバロバイト。倉田もつられてちょっと笑う。


「実は俺も期待してます」


 二人は再び街道沿いに歩き出した。


「ロイトさんとお話しできるようになってよかったです。しかもこれほど簡単に」


 さきほどの草原と違い、木々が目立つ街道。それぞれ美しい花や香り高い花に飾られている。その景色を眺めながら、倉田は思い出す。


「昔読んだ少女漫画に、似たようなのがあったんですよ。『彼方から』っていうんですけど。いや、そういう趣味なわけじゃなく姉貴の本棚にぜんぶそろってて」


 ウバロバイトがきょとんとしている。


「えーっと、まあ、とにかく。俺みたいに、女の子が違う世界に飛ばされちゃう物語なんですよ。何もわからないまま世界の存亡をかけた旅に巻きこまれて」


「ほんとにクラタそっくりだ」


「そうなんです。でも彼女は、俺みたいに異世界の言葉をすぐには理解できなかったんですよ。何ヶ月も、何年もかけて旅をしながら勉強して。やっと言葉がわかったころに、自分が何者か知るんです」


 クラタはリュックを背負い直す。


「そんな苦労、俺にはできなかっただろうから。何もわからぬ状況に絶望してしまったでしょうから。よかったです」


 まばらな木々の向こうに一軒家が見えてきた。あれが今日の目的地の宿屋だろう。


 倉田がふと気付くと、ウバロバイトが黙りこんでいた。


「ロイトさん?」


「……クラタ。その少女は、最後にはどうなるんだい?」


「ええっと、確か」


 倉田は幼い頃の記憶をたぐる。


「……不思議な力を手に入れて、世界に平和をもたらします。元の世界に帰ることもできたけれど、異世界で出会った大切な人と添い遂げることに決めたんじゃなかったかな。それで、行方不明の自分を心配してる家族に、旅の間つけていた日記を送るんです。『はるか彼方からみなさんへ』って」


「クラタは日記はつけないのかい?」


 ウバロバイトの心配が見えてきて、クラタは苦笑いする。


「つけませんよ。元の世界に居場所なんかありませんから、送る相手もいません。家族とはさほど仲良くないし、これと言って友達もいないし、やりたいこともない。俺を大切にしてた母親は……昨日死にましたし。だから大丈夫です」


「クラタ、もしかしてきみは……」


 ウバロバイトが途中で言葉を止めた。鮮やかな緑の瞳に覗きこまれ、倉田は心臓が止まりそうになる。真摯な視線にこめられた、この感情はなんだろう。


 パタパタと足音が聞こえ、二人は前を見る。宿屋の方から誰かが小走りでこちらに向かってきていた。

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