第10話 心にしみこむ味がする
できあがった料理を見て、倉田は生唾を飲んだ。白い花を香ばしい油で炒め、林檎や桃に似たフレーバーをつけた料理。昨晩の極彩色の煮物と違い、心底食欲がわいてきた。
「いただきます」
両手を合わせて言うクラタ。ウバロバイトが興味深げに眺めている。
「きみの世界では食事の前に挨拶するんだね」
「え? あ、はい。いただく命に感謝だとか……」
「敬虔な民族だなぁ」
果たしてそうかな。苦笑いするクラタをよそに、ウバロバイトはラズライトに言う。
「面白いからボクたちもやろうよ! いただきます!」
「いただきます」
ラズライトは嫌がるだろうなと、倉田は横目に見ていた。しかし倉田よりずっと丁寧に両手を合わせており、少し驚く。
倉田はきつね色に炒めあがった花びらを、スプーンですくう。しばらく香りを楽しんでから、口に含む。
「……!」
花の蜜の匂い。ナッツの香ばしさ。ほんのり甘く、ほんのり塩気がある。咀嚼をはじめると、薄切りのりんごみたいな歯ごたえがした。噛めば噛むほど香りが豊かに広がり、舌と花を楽しませていく。
「クラタ?」
ウバロバイトに呼びかけられてはじめて、倉田は自分が泣いていることに気付いた。
「ごめん、ボクたちの料理は口にあわないかな? 昨日も」
「違います、違うんです」
倉田は、慌てるウバロバイトの言葉を遮る。
「おいしくて」
元の世界では忙しい上に薄給で、ただカロリーを取るだけみたいな昼食をとっていた。夕食は母が作ってくれていたが、帰るのが夜中なものだから、いつも冷めきっていた。
全身が喜ぶような、心まで栄養がしみわたるような出来たての手料理は、本当に久しぶりだった。
涙をこぼしながら次々とスプーンを口にはこぶ倉田。それを見て、ウバロバイトとラズライトは目をあわせ、淡くほほえんだ。
「好きなだけ食べるといいよ」
「疲れていたんだな、おまえ」
倉田はがくがくと頷き、鍋が空になるまで手を止めなかった。
「よいしょ、と」
野営の片付けを済ませ、ウバロバイトは大きなカゴを背負った。ラズライトも荷物の詰まったリュックを背負い、剣を腰に携える。
ウバロバイトとラズライトが倉田を振り向く。
「さあ、旅立ちだよ、クラタ」
「準備はいいか?」
「はい」
倉田は身一つだ。準備することも特にない。
ウバロバイトは草原のはるか先、青く霞む山の方を示す。
「あの山の上の方に、神殿があるのがわかるかい?」
かなり遠いはずなのに、倉田にも神殿はすぐ見つけられた。よほど大きな建物なのだろう。黒い石造りで、青い石で装飾されているのがわかる。
「あそこが目的地の、泡の神殿だよ。高い山だけど、参道が整備されてるから見た目ほどキツくはないはず」
「綺麗な建物ですね」
「ボクもそう思うよ」
爽やかな風が渡る。倉田とウバロバイトはしばしの間、青く霞む神殿を眺めていた。神殿の麓には森が見える。森の木々もそれぞれに花を咲かせ、豊かに山裾を彩っていた。
「よし、行こう!」
ウバロバイトの明るい呼びかけに頷き、倉田は革靴を踏み出す。柔らかく倉田の足を受け止める下草。倉田を歓迎するかのように揺れる花々。
「ボク、実は風の塔に寄宿して以来、この草原から出たことがないんだ。正直この先が楽しみだよ」
丘の上り坂にさしかかったが、ウバロバイトの足取りは軽い。それを見て倉田も嬉しくなる。草を踏みしめ、どんどん登っていく。
「この丘を越えると、王都に続く街道が見えるはず。街道沿いの宿屋に着くのが今日の目標だ。街道ってどんなところだったかな。宿屋もどんなところだろうね」
丘の頂上はもうすぐだ。その先に広がる景色を見、二人で感嘆するのが楽しみでたまらない。ウバロバイトと倉田の歩調が早まっていく。
「旅程はアズライトが組んでくれたんだ。ラズライトは王都への買い出し隊の隊長だったから詳しいんだよ。ね、ラズライト。……ラズライト?」
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