第9話 スーツの夢想と宝石

 テントを張ることもなく、交代で見張ることもなく、三人は薄い布一枚かぶって草原に寝転んだ。

 ウバロバイトもラズライトもすぐ寝息を立てはじめた。あまりに無防備。本当に野犬も野盗もいないんだな、と倉田はしみじみする。


 あまりに周囲が明るすぎて、倉田はなかなか寝付けなかった。光る花々や蛍に似た虫を、薄目でぼんやり眺めたりしていた。時々あたたかい風が吹いた。

 なんども寝返りする指先が、小石に触れた。顔の近くに持ってきてみると、ハッカ色の美しい石だった。


「いくらで売れるんだろうな。日本に持ち帰ったら」


 もし咲いている花や小石を俺の世界に持ち帰って売ったら、大金持ちになって、会社をやめられるかもしれない。一生のんびり暮らせるかもしれない。

 倉田は小石をポケットに入れる。

 何日かに一度宝石ディーラーが尋ねてくるだけで、好きなだけ眠ったり休んだりできる。スーツなんて着なくていい。電車にも乗らなくていい。そんな日常を空想しているうち、倉田はいつのまにか眠っていた。




 朝日で自然と目が覚めた。寝ぼけた倉田は枕元で充電しているはずの携帯を探す。芝みたいな草に触れるばかりの指先。

 倉田はそっと瞼を開いた。

 ああ、この世界の朝焼けは緑色なんだな。ロイトの瞳みたいだ。

 首を倒してみると、ラズライトとウバロバイトが朝食の花を摘んでいた。


「夢じゃないんだな」


 倉田は呟く。

 目が覚めたらぜんぶ泡沫の夢。酔って見ただけの世界。そんな展開もうっすら考えていた。

 でもどうやら、これは確固たる現実らしい。


 倉田が体を起こす。それに気付いたウバロバイトが爽やかにほほえむ。


「おはようクラタ! いま朝ごはん作るから、待ってて!」


「ありがとうございます」


 倉田はかぶっていた薄布を畳み、体育座りでぼんやりしていた。

 ふと明るい紅色の小石が目につき、スーツのポケットに入れた。


 ざかざかと草を踏み、ウバロバイトがかけ戻ってくる。背中に大きなカゴを背負い、そこに白い花をたくさん入れていた。


「今朝は甘露花かんろばながたくさん採れたよ。濃縮果汁で軽く味付けて、爽やかに仕上げよう」


 鍋に山盛りされる白い花。甘露花かんろばなと呼ばれているだけあり、蜜の甘い香りがする。肉厚な花弁は、倉田にも美味しそうに見えた。

 ウバロバイトがローブの中をあさる。内側に小瓶を入れるポケットがついているのが見えた。


「ラズライトー、万能ナッツ油ってそっち?」


「ああ」


 ラズライトが大きなリュックから小瓶を放り投げる。ウバロバイトはこともなげに受け取った。

 油と果汁が鍋に垂らされ、色石の大きなスプーンでかきまぜられる。炒められる白い花。あたりに香ばしい匂いが漂いはじめた。


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