第8話 剣と鎧と無血の世

 焚き火が揺れる。三つの月が照らす、明るい夜が更けてゆく。ときおり風が吹いて、甘い花の香りを舞い上げる。


 ウバロバイトは口数が多く、人懐こい性格だった。倉田と倉田のいた世界について詳しく知りたがった。悪い気はせず、倉田も正直に答えていく。

 日常のこと。街のこと。倉田自身のこと。


「その服、かっこいいよね。いい身分だったんでしょ?」


 ウバロバイトの言葉に、倉田は自分のスーツを見下ろす。少しだけ悲しい気持ちになる。

 大学の勉強をがんばれば、いい身分になれると信じていた。でも。


「これは……奴隷の制服ですよ」


「えっ?!」


 これ以上この話を続けても悲しくなるだけだ。

 倉田はウバロバイトに話を振る。


「ロイトさんとラズライトさんこそ、いいご身分なんでしょう?」


「うん。ボクは最年少の大魔導士さ」


 なんの謙遜もなく笑んでみせる。周囲の尊敬に支えられているであろう確かな矜持きょうじがまぶしい。あまりの輝かしさに、倉田は目を細める。


「ラズライトはボクの護衛なんだよ」


 ラズライトが視界の端で頷いた。

 倉田は言う。


「鎧と剣をつけてるくらいですし、強いんでしょうね。すごいです。俺は武道なんて、っわ!」


 突然ラズライトが剣を倉田にむけて放り投げ、倉田は仰天する。その剣先が膝にあたり、鈍い痛みが……走らなかった。


「え? これ」


 倉田は剣を取り上げる。繊細な彫刻が施された銀色の鞘。柄を握り、抜いてみる。現れたのは、刃の形に削られ銀に塗装されただけの、軽石だった。


「お前の世界にはまだ、人を傷つけるための剣があるんだな」


 ラズライトが言う。淡々とした口調だが、かすかな哀愁が感じとれた。

 俺の世界への哀れみだろうか?

 倉田が戸惑っていると、ラズライトは続けた。


「『泡沫の病』が蔓延して百余年。世界から獣が消え、人同士の争いもほとんどない。数時間後に死ぬかもしれんのに、争ってなどいられんのだよ。教養としての武道は残っているものの、誰も実践したことがない。私が習ったものも、本当の殺意にどれほど通用するものかわからん」


「じゃあその格好は……」


「礼服さ。大きな使命を持つものに付き従っていること。それを一目でわかってもらうためのもの。道ゆく人々の協力を得やすくするためのものだ。まぁ」


 ラズライトはウバロバイトを流し目で見やる。


「彼の顔も、大魔導士の胸飾りも、知らぬ者はない。民は協力を惜しまないだろう。私など必要かあやしいものだ」


「そんなこと言うなよ。数時間後にボクが『泡沫の病』で死ぬかもしれないだろ? そしたらクラタを神殿まで送るのはラズライトなんだから」


 倉田は二人のやりとりを、人を傷つけない剣を、不思議な気分で眺めていた。

 三つの月がのぼる。

 ウバロバイトが小さくあくびをした。


「ああ、クラタの話が面白くて忘れてた。異世界召喚なんか使ったから疲れてたんだった。そろそろ寝ようか。明日からは毎日歩くわけだし」


 明日から、この花と宝石の大地を歩いてゆく。美しい景色を見ながら。快活な青年と、知的な女性に連れられて。獣や野盗に怯える必要もなく。

 そう考えると、倉田は明日が楽しみで仕方なくなった。

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